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1.ゲームのはじまり

 

「何やら大きな勘違(かんちが)いをなさっているようだが、この娘は雪村ではない。真木縁者の娘で、名を雪と言う。侍女として仕えていた頃に見初(みそ)めてな。内々で縁組の打診をしていたところだ」


 朗々とした声が辺りに響く。

 私は強く抱きしめられたまま、ぼんやりとその人を見上げていた。



 ―――――――――――――――――――――――――――――― 




 気が付いた時、私はひとり 薄暗い山中に立っていた。


 朽ち果てた枝が、昏い空を引っ掻くように伸びている。

 闇深い森の奥。そこかしこで瘴気(しょうき)が渦を巻き、黒い(もや)が辺りを包み込む。


 壊れた輿(こし)

 恐怖に竦む侍女と、傷つき倒れた男たち。


 その前では、赤い5つの目を光らせた巨大な蜘蛛が、耳障りな音を立てて威嚇している。


 土蜘蛛(つちぐも)だ。


 ひと際大きな額の赤目が、少女を抱き締めた侍女を映す。

 それを獲物と見定めた妖蟲は、鋭く尖った前足を無造作に振り下ろした。



 ああ、私はこのシーンを知っている。

 先日、改訂版が発売された乙女ゲーム『花押(かおう)を君に』。

 通称『カオス戦国』の冒頭シーンだ。


 鋭利な爪が侍女を裂く寸前、前脚が斬り飛ばされて 宙を舞った。

 咆哮(ほうこう)を上げ、闇雲(やみくも)に暴れまわる巨体が、まわりの木々をなぎ倒す。


 右手に持った槍を握りなおし、私はもう一度、跳躍する。

 土蜘蛛の弱点は、額の中央にある ひと際大きな赤い目だ。

 そこに思いっきり槍を突き立てると、ずぶりという嫌な感触とともに、十文字槍の先端が赤目に沈み込む。


 と同時に。


 のたうち回っていた巨体が 煙のように消え失せた。



 ***************                *************** 


 震える侍女が抱いていたのは、小柄で可憐(かれん)な少女だった。

 このゲームの主人公、桜姫(さくらひめ)だ。


 卵型の小さな顔に、小動物を思わせる大きな瞳。

 桜の髪飾りをつけた髪は、薄闇の中でも柔らかく輝いている。

 誰がみても(たお)やかな超絶美少女で、庇護欲(ひごよく)を誘いまくりですよ。


 さて、ここで選択肢が出るはずだ。


 ① 誰……?

 ② 雪村(ゆきむら)なの……?

 ③ (気絶する)


 この場合、当然②が最良選択肢だ。


 雪村は五年ぶりに再会した幼馴染だから、これを選べば“好感度+5”になる。

 ちなみに①は好感度変化なしで、「お忘れですか? 昔、尼寺でよく遊んだ雪村です」とちょっと寂しそうな表情になり、③だと好感度-5になる。

 それなら選ぶ選択肢は『②』しかないだろう。えい。


 と思っているのに。

 目の前の桜姫は ゆっくりと気絶した。


 何で!?

 慌てて倒れかけた姫を抱き支え、そこでやっと気が付いた。


 桜姫があったかい。

 そして姫を抱く腕は、間違いなく男のもの。


 取り落とした赤い()の槍、(よろい)(おお)われたぺたんこの胸元。

 ゲームでこのアングルは見たことはないけど、この所持品は間違いない。



 私、プレイヤーキャラの『桜姫』じゃなく、攻略対象の『真木雪村(さなきゆきむら)』になっている!?





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