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清楚系アイドルなクラスメイトと夜の関係になりました〜「深夜アニメをリアタイしたい」って言われてももう遅い! 明日も撮影なんだから早く帰って寝てください!〜

作者: バルサミ子

一応区切りまで書いてます。


 うちのクラス、一年C組の小野町沙羅(おのまちさら)はアイドルだ。


 それも国民的、と枕詞ついてもおかしくないレベルのアイドルだ。


「清楚の擬人化」

「三百年前なら国がいくつか滅びてた」

「紅白歌合戦は紅組vs白組vs小野町沙羅にすべき」


 みたいな狂った褒め言葉も小野町さんを見てると大袈裟では無い様に思えてしまう。


 俺みたいな一般オタク、佐藤翔(さとうかける)とはそれこそ生きている世界の違う人間だ。



「あぁ……小野町さんと同じ教室の空気を吸えているだけで幸せだ」


「さすがにそれは気持ち悪くないか?」


「翔……この気持ちが分からないなんて人生の九割以上損してるぞ」


「そんな人生でいいのかよ」



 ここまで崇拝されてるとそのうち本格的に宗教でも作られるんじゃないだろうか?


 あり得ない程綺麗で、でもどこか親しみやすさの感じる顔立ち。

 誰もが憧れ羨むほど艶やかな黒髪。

 雪の様に真っ白で、それでいて不健康さを微塵も感じさせない肌。


 しまった、いつの間にか小野町さんを目で追っていた。

 視線を強奪する美貌はもはや暴力的だな……。


 更に優れているのは容姿だけではない。

 

 分け隔てなく誰にでも優しく、(おご)った所は何一つない。

 そのおかげで生徒からも先生からも人望が厚い。


 どんなに穿った見方で見ても欠点が見当たらない。


 それが小野町沙羅という生き物だ。


 別に俺は小野町さんのファンというわけではない。

 小野町さんの出てるテレビや雑誌を欠かす事無く見るわけでもないし、ライブにも行った事がない。

 

 俺はアニメとゲームが好きなだけの一般オタク。

 変わった事といえば、一人暮らしをしてる事以外にない一般オタク。


 それより今日は新作ゲームが発売されるんだ。

 予約は済ませてあるし、帰りにでも受け取りに行こう。



※ ※ ※



 しまった……ゲームやり過ぎて夕食を取り損ねてしまった。


「なんかあったっけな……」


 冷蔵庫を漁っても何もない。

 そういえば今日の帰りに何か買って帰ろうって思ってたんだっけ。

 ゲームの事で頭がいっぱいで完全に忘れてた。


「……牛丼でも買いに行くか」


 最近独り言が増えてきたな。

 一人暮らしを始めたら独り言が増えるって言うのは本当らしい。


 手早く支度をして外へ出る。


 今住んでいる部屋は新築駅チカマンションの十二階。

 3LDKで一人暮らしには広すぎる部屋だ。


 両親が云十年のローンを組んで買ったらしいのだが、急に海外転勤が決まったせいで俺一人がここに住む事になった、という経緯だ。


 立派なエントランスを抜けると、外は少し肌寒かった。

 梅雨明けとはいえ、まだ初夏だからこんなもんか。


 特に気にする事なく徒歩一分程度の場所にある牛丼チェーン店へと向かう。


 牛丼チェーン店は一人暮らしの味方だ。

 何かにつけてついつい通ってしまう。


 そのせいで多分店員には顔を覚えられているだろうな。


 等とボーっと考えている間にもう準備ができたらしい。

 さっさと帰ってゲームの続きがしたいから今日はテイクアウトだ。


 片言の店員に見送られて足早に店を出てマンションに戻る。


 幸いな事に明日から三連休だ。

 このまま徹夜でゲームをするのも悪くないかもしれない。


 

 エレベーターが開くと先客がいた。

 先に乗っていたのは若い女性。

 マスクにサングラスという少々怪し気な恰好をしている。


 顔はすっかり隠れているけど、小野町さんだよな……?

 背格好といい、雰囲気といい間違いない。


 顔が隠れていても分かる。

 これがオーラってやつだろうか。


 どうしよう、挨拶するべきか?

 いや顔を隠してるって事は、声をかけて欲しくないって事だろうし……。

 というかそもそも小野町さん同じマンションに住んでたの……?


 エレベーターはは気まずい沈黙に包まれていた。

 

 そのせいだろうか。



 ぎゅるぅ~~~



 静かなエレベーターにはっきりと響き渡る腹の虫の音。

 発生源は俺じゃない……。

 

 ゆっくりと振り返ると、腹を手で押さえた小野町さんと目が合った。

 どうしようこれ……あまりにも気まずい。



「ねえ……佐藤君」


「あ、はい……」


「もう我慢できない!!!!」


「え……?」



 いつの間にかサングラスを外した小野町さんが、両手で肩をガッと掴んで上目遣いで俺に迫ってきた。

 

 どういう状況なのこれ?

 理解が全く追い付かない。

 


「厚かましいお願いなのは分かってるの……! その……」


「な、なんですか?」


「……その牛丼、分けてくれない!?」


「え?」



 国民的アイドルに牛丼を分けてくれと言われた時の対処法。

 知ってる人がいたら教えてください。




※ ※ ※




「お邪魔します」


「な、なにもない所だけど」



 国民的アイドルが家に来た。

 牛丼を食べるために家に来た。


 どう接したらいいのか微塵も分からない。

 せめて不快にさせない様にしないと……。



「何か……飲む?」


「じゃあお水もらえるかな?」


「分かった、じゃあちょっと座ってて」



 理性を保っていられる自分を褒めてやりたい。

 新しいミネラルウォーターと食器を引っ張り出した。



「えと、それじゃいただきます」


「いただきます」



 国民的アイドルと向かい合わせで牛丼シェアしてる。

 一体どういう状況なんだこれ。

 

 きっともう頭が理解する事を拒否したのだろう。

 もはや緊張すらしない。



「ふ……ふふ……あははははははは!!」


「え? ちょっと小野町さんどうしたの?」



 牛丼を口に入れた小野町さんが、突然大声で笑いだした。

 口にでも合わなかったのだろうか?



「炭水化物……美味しい……これよ! これが食べたかったのよ!」


「そ、そうなんだ。小野町さんが喜んでくれてよかったよ……」



 国民的アイドルが牛丼を大喜びで食べている。

 お嬢様キャラがチェーン店のハンバーガーをやたら気に入る現象の亜種だろうか?


 小野町さんはあっという間に牛丼を完食してしまった。



「ごちそうさまでした。美味しかった~!」


「なんていうか……意外だったよ。小野町さん、そんなに牛丼が好きだったなんて」


「あ……しまった」



 小野町さんがまるでこの世の終わりみたいな表情を見せた。

 牛丼を食べた程度でここまで絶望できる人間がいるのか。



「……佐藤くん、今から話す事を絶対に話さないって誓える?」


「よく分からないけど、分かった。誰にも話さないよ」


「あ、ちなみにバラしたら多分佐藤くん次の日には山に埋まってると思うから気をつけてね」


「え、話す事ってそのレベル!?」



 まさか唐突に脅迫される事になるとは思いもしなかった。

 しかもこれ冗談じゃない、目が本気の目だ。



「私って完璧清楚アイドルじゃない? だから下手にイメージ変わる様な事できなくなっちゃったのよね」


「あ、自分で言うんだ」


「事実だもの。私本当はガサツだし、ゲームとかジャンクなお菓子とか大好きだったの。でもアイドルをやっていくのにその個性は邪魔だった。だから私は一切の無駄を削ぎ落した。その結果今の完璧清楚アイドルになったの」


「お菓子とか……ゲームとか、別にいいんじゃないの?」


「よく言うじゃない、『あなたは磨けば光る原石だ』って。原石が宝石になるには余分な物を全て削らなきゃいけない。私が完璧なのは邪魔になる全てを削ったからよ」



 言葉が出なかった。

 同年代なのに、ここまでの覚悟を持ってアイドルをやっていたなんて……。

 ダラダラ生きているだけの俺とは大違いだ。



「でも凄いよ、完璧になるためにそこまでするなんて」


「う~ん……削ったというか削らざるを得なかったというか。幸か不幸か私天才だったのよ。前はそれほどじゃなかったんだけどね、完璧扱いされるにつれて欠点を見つけてやろうって人が増えてきたのよね」


「確かに、知りたいとは思っちゃうよね」


「それで、四六時中週刊誌の記者に狙われる様になってね。でもそんな奴らが喜ぶネタをくれてやるのって癪じゃない? それで意地張ってたら一人でコンビニにもいけなくなっちゃったのよ。多分今私がコンビニでポテチ買ったら週刊誌は大喜びで記事を書くわ」


「ポテチ程度で!?」



 ポテチ買ったらスキャンダル扱い。

 普通なら笑い飛ばす所だけど小野町沙羅ならあり得ない話じゃないと思ってしまった。



「去年事務所移籍してからマネージャーにも完璧清楚演じなきゃいけなくなって……。それ以降まともにジャンクフード食べられてないのよ」


「それは……キツい。俺には無理だ……」


「でしょ!? もう限界……って時に佐藤くんが牛丼持ってエレベーターに乗ってきたってわけ。エレベーターに充満する牛丼の匂い……あれは拷問よ」


「なんか、ごめんなさい」


「いいのよ、むしろ佐藤くんがいなかったら私スキャンダル起こしてたわ。本当にありがとう」



 牛丼で国民的アイドルを救ってしまった。


 でも小野町さんがそこまで追い詰められていたなんて……。

 何もできない俺だけど、小野町さんの力になれる事はないだろうか?



「それじゃ、もう帰るわね。もし君がこの事をバラしたら、沙羅ちゃんがそんな事するわけないだろ!ってファンから袋叩きにあって殺されるわ」


「想像できるのが怖いよ……」


「言っておくけどこれは本当よ。去年私にセクハラしたお笑い芸人、日本に住めなくなってカンボジアに引っ越す事になったんだから」


「あの芸人そんな事になってたのか……」



 ネットで散々叩かれてたのは覚えてるけど、日本に住めなくなったって……。

 この秘密は墓場まで持っていかないと、本当に命が危ない。


 それでも、やっぱりこの人の力になりたい。

 さっきの幸せそうに牛丼を食べる姿が忘れられない。

 

 

「あの、俺に何かできる事はないかな?」


「……あなた自分が何言ってるか分かってるの?」


「ごめん、身の程知らずだよね。俺如きが小野町さんの力になろうなんて」


「違うの、私と関わってるのがバレたら死ぬかもしれないのよ!?」


「分かってる! それでも……好きな物を好きと言えない辛さなら分かるんだ。俺……オタクだから!」



 好きな物が皆に受け入れられないんじゃないかという恐怖。

 オタクの俺なら分かる。

 まあ……深刻さのレベルが全然違うけど。



「ありがとう……本当に嬉しい。ならさっそくお願いしてもいい?」


「俺にできるならなんでも」


「あのね、ポテチとコーラが食べたいの」


「分かった、買ってくるよ」



 あれ、これただのパシリじゃね?

 と冷静さを取り戻したのはコンビニについてからだった。




※ ※ ※




「ポテチとコーラ……夢にまで見た組み合わせ……!」


「まさかこんな喜ばれるとは思わなかったよ」


「このなんとも言えない油っぽさ……! 人工甘味料のわざとらしい甘さ……!」


「褒めてるんだよね?」



 半泣きでポテチを頬ぼる姿まで綺麗なのはさすが国民的アイドルだというべきか。

 ここまで喜んでくれるならパシリだって何だってやろう。



「そう言えば佐藤くんも一人暮らしなの?」


「そうだよ、家族は今仕事の都合で皆外国にいるからね」


「……そうなんだ。佐藤くんも大変だね」


「小野町さんの足元にも及ばないって。今日小野町さんに会わなかったらそのままずっとゲームしようかなって気楽に考えてたくらいだよ」


「ゲーム!? ゲームもあるの?」



 目を輝かせながら小野町さんが詰め寄ってくる。

 そういえばさっきゲームも好きだったとか言っていた事を思い出した。


 それにしても……。


 さっきまでは色々驚きっぱなしで気にする余裕もなかったが、部屋で女子と二人きりというのは健全な高校生男子には中々厳しいものがある。



「うわ、これ今日発売のス〇ブラじゃない! ねえ、一緒にやろうよ」


「いいよ。CPU相手にはちょうど飽きてきた所だったし」



 冷静を装っていたが内心めちゃくちゃ嬉しかった。

 オンラインで見知らぬ人と対戦する面白さと知り合いとわいわいしながらプレーする楽しさは似てる様で全く違う。

 こうして誰かとゲームをするのは小学生の時以来だ。 



「ふふっ……なんか思い出すなぁ。小さい頃こうして友達と夜遅くまでゲームしたっけ」


「夜遅くにやるのってなんであんなに楽しかったんだろうね」


「それは多分特別だったからじゃないかな。いつもは出来ない事を誰かと共有する、ちょうど今みたいにね」


「その誰かは俺なんかでもよかったの?」


「もちろん、だってこんなの佐藤くんとじゃないとできないから。今日、佐藤くんに会えて本当によかった」



 その笑顔は少し俺には眩しすぎて、横目で見るのが精一杯だった。

 代わりにゲーム画面を見てるけど、見てるはずだけど全然集中できない。

 

 理性は既にノックアウト寸前だった。



「それじゃそろそろ私帰るね。明日も撮影あるし」


「あれ、もう日付変わってる!?」


「なんか久々にゆっくりできた気がする……。ねえもし佐藤くんさえ良ければなんだけどまた遊びにきてもいい? 深夜になっちゃうと思うんだけど」


「大丈夫、どうせもうバレたら殺される所まで来てるんだから今更だよ」


「それじゃ、私たちは夜を共にする秘密の関係って事で」


「もうちょっと言い方あったでしょそれ!?」



 こうして俺は国民的アイドルの小野町さんと夜を共にする秘密の関係……を結ぶことになった。




※ ※ ※




「疲れた……! 佐藤くん、コーラはある!?」


「ライブお疲れ、キンッキンに冷やしてあるよ」


「助かったよ~、皆私の事水とスムージーしか飲まない生き物だと思ってるからさぁ……。ライブ終わりで疲れた体には炭酸! これ常識だよね」


「ライブ終わりにコーラ飲むくらいならさすがにいいんじゃないのか?」


「そろそろ分かるでしょ? 私がコーラを飲んでる姿を見られた日には解釈違いでスタッフが何人か倒れて救急搬送される事になるよ」


「……あり得ないって断言できないのが怖いよ」


 

 小野町さんが夜な夜なうちに来るようになってから三カ月近くが経った。


 相変わらず小野町さんのアイドル活動は順風満帆な様で、新聞の一面で見ない日はないくらいだ。


 俺と小野町さんとの関係は誰にもバレていない。

 俺が生きているのが何よりの証拠だ。



「ぷは~! これよこれ、口に残る甘ったるさがたまんない!」


「前から思ってたけど、小野町さんてもしかして食レポ下手?」


「いや、普段は先に言う事決めてるし、台本あるし割となんとかなるよ。私の場合美味しいって笑えば許されるし」


「知りたくなかったその裏事情」


「そんな事より佐藤くん。例のアレ……頼んでおいてくれたんだろうね?」


「小野町さんがくる十分前に届いたばっかりだよ、ほら宅配ピザ」



 届いたばかりの宅配ピザを食卓に並べる。

 これは小野町さん待望の品だった。


 いくら好きな物が食べられる様になったとはいえ、本職はアイドル。

 この完璧視される様になったきっかけからも分かる通り基本的には仕事熱心なのだ。


 ピザは小野町さんがこれまでずっと我慢してきた食べ物の一つだ。

 ライブを終えた自分へのご褒美という大義名分を持ってようやく口にしようと決断できるレベルの御馳走だった。



「あぁ……なんて背徳的なんだ! だが私は今日までピザを食べるためにライブの練習を積んできたんだ。今日ばかりは我慢しないぞ!」


「国立競技場3daysワンマンのご褒美がピザって……。いや小野町さんがいいなら全然いいんだけど」


「いいに決まってる! さあ、冷めないうちに早く食べないとね」


「「いただきます」」



 小野町さんがうちに来るようになってから食事には気を付ける様になった。

 こんなに頑張ってる人が目の前にいるのに俺だけ自堕落にしてるのは悪いと思ったからだ。

 もちろんこの事は小野町さんに話す気はないが……。


 そういう理由もあって俺にとっても宅配ピザは久々に食べる物だった。



「美味しすぎて笑えてくるよ……! 塩辛くてコーラが止まんなくなる」


「食べた後に喉からっからになるけど美味いんだよなぁ」


「それもピザの醍醐味だね、次はどれにしようかな……」



 おもちゃ箱を前にした子供の様に純粋な目。


 この顔を見て解釈違いだなんて言う人は本当にいるんだろうか?

 もうちょっと素の自分を出してもいいと思うんだけど?


 なんて言うのは小野町さんの努力を否定する事になるから口にしたりはしない。


 この表情を皆に知ってほしいと思う。

 でもそれ以上に小野町さんの新しい一面を知る度に、自分だけに見せて欲しいという気持ちが芽生えてきていた。



「ご馳走様。私、今幸せだ……」


「じゃあこれ片付けちゃいますね」


「頼むよ佐藤くん、私は一足先にソファに陣取ってるよ」



 慣れた様子で小野町さんがソファに腰を下ろして寛ぎ始めた。

 疲れているのかいつもより更にぐでんとしていた。



 片づけを終えてリビングに戻ると小野町さんが何やら難しそうな顔をしてテレビを見ていた。

 どうやらこの後何のアニメを見るか悩んでいるらしい。



「佐藤くんのオススメはどっち? 両方とも面白そうだけど……」


「う~ん、どっちもいいけどオススメはこっちかな。ちょうど今放送されてるやつだし、確か今日の深夜が放送日だったはず」


「今はまだ22時を回ってすぐか……これもしかしてこの後の放送までに追い付いてリアタイできるんじゃない!?」


「いやいや、これ放送時間確か二時半とかだった様な……明日大丈夫なのか?」


「明日はなんと……撮影が一件しか入ってないの、しかも午後! こんなの夜更かしするしかないでしょ!」 



 高校がある事を理由に平日の仕事を控えている小野町さんはその分休日は朝から晩までずっと仕事をしている。

 明日は祝日だというのに午後にしか仕事が無い。

 これは年中無休の小野町さんからしたらあり得ない事だった。


 だが三日続けてのライブの後なら当然か。

 むしろそれでも仕事が入ってる事の方がおかしいんだ。


 なら小野町さんの好きにするべきだろう。

 夜は小野町さんにとって唯一自分でいられる時間なんだから。




※ ※ ※




 困った事になった。

 時刻は深夜一時を過ぎた頃、ついに小野町さんが寝落ちしてしまった。


 ちょっと目を離した間にいつの間にか眠ってしまっていた。


 いくらなんでも無防備過ぎないだろうか?

 この3カ月で理性を鍛え上げた俺じゃなきゃ取り返しのつかない事になってしまっていただろう。


 小野町さんの横にいるのは男子高校生という煩悩の塊みたいな生き物なのだ。



「小野町さん! 起きて、起きて!」


「……ん、大丈夫起きてる」


「いやいや全然大丈夫じゃないって! ほら、続きはまた今度にして帰って寝よう!」


「……いや、帰らない」



 どうやら小野町さんは眠いとちょっと幼児退行するらしい。

 こんな可愛らしい一面があったなんて……。

 

 いや今はそんな事を気にしてる場合じゃない。


 辛うじてまだ意識はある様だが、瞼が全く開いていない事から本格的に眠ってしまうまでは時間の問題だろう。


 だが一向に起きる気配がなかった。


 こうなったらもう取れる手段は一つしかない。

 空き部屋で寝てもらう事だ。


 さすがにソファで寝落ちさせるわけにはいかない。

 寝違えて撮影ができなくなったりしたら、それこそスキャンダルものだ。



「小野町さん! 今から準備するのでせめてベッドで寝てくださ~い!」


「分かった……寝る」



 返事を聞くとすぐに空き部屋に向かった。

 幸いベッドがそのままだったのでシーツと掛布団を用意するだけで済んだ。


 ベッドメイキング……というには雑な仕事を終えてリビングに戻る。


 必死の説得が通じたのか小野町さんは起き上がっていた。

 よかった……最悪の事態は免れた。



「ごめん……完全に寝てた」


「よかったぁ……このままソファで寝ちゃうんじゃないかと」


「悪いけど、もう一歩も歩けそうにないんだ……今日だけは泊めてほしい」


「空き部屋があるからそこで……ついてきて」 



 そう言っても動く気配がない。

 辛うじて立っているという状況らしい。


 これは……不可抗力だ!


 躊躇いながら小野町さんの手を取った。

 どこかにぶつからない様にゆっくりと部屋まで誘導する。


 部屋につくと小野町さんは倒れ込む様にベッドにもぐりこんだ。

 その動きに一切の躊躇はなかった。



「これはこれで傷つくなぁ……俺一応男なんだけど」


「好きな人の家以外で……こんな事しない。おやすみ……」



 その言葉を最後に静かな寝息を立て始めた。


 

 心臓がバクバクしてる。

 体中が熱い。


 突然の不意打ちに思わず倒れそうになった。



「ズルいなぁ……」



 こっちは必死で伝えようか悩んでいる一言をそんなあっさり口にするなんて。


 こんな状態では返事はおろか確かめる事もできない。

 それに多分小野町さんも起きたら覚えてすらいないだろう。


 だから……聞かなかった事にしよう。


 例えそれが本音だったとしても。



 この言葉は自分の口からしっかりと目を見て向き合って伝えたい。

 近いうちに……必ず。



 その勇気がでるまで、もう少しだけ今のなんて名前を付ければいいか分からない曖昧な関係を続けさせほしい。

 

多分この関係がバレたら日本の平均寿命が1歳変わるレベルで死人が出ると思います。


他にも色々短編書いてるので、下のリンクやユーザーページから是非どうぞ!


今後の励みになりますので、ページ下部から⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎→★★★★★と評価していただけると嬉しいです。

それではよいお年を。

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