★第3話★ コミュ障インフルエンサー
★第3話★ 「コミュ障インフルエンサー」
俺、御子柴 竜は、工学部のイケメン陽キャ軍団の一員——西願 紘と共に、血生臭い大学構内を歩いている。
背後をついてくる俺のモバイルポット“ジングー”の頭部に目をやる。
設定したとおり、空中に現在時刻が表示されている。
——午前10時7分。ちょうど一限の中盤。
だが、こんな非常事態の中、大学構内は混乱した学生たちでごった返していた。
教室前で周囲を警戒する者。
構内をキョロキョロしながら歩き回る者。
惨状に既に慣れたのか、ベンチで昨晩のアニメの話をしている者までいる。
そして何より——そこら中に転がる人間の死体。
そして、その横には、持ち主を失ったと思しきモバイルポットたちが立ち尽くしている。
今の時代、スマートフォンのようにポットを連れて歩くのが当たり前だから、死者の数と同じだけポットが渋滞しているわけだ。
「・・・酷い有様だな、こりゃ。」
陽キャの紘がボソリと呟く。
「ああ。こんな状況で授業なんてやってられないし、
明日から普通に大学生やってられるかも怪しいな・・・」
——ついさっきまで、俺はこの世から消えることを本気で考えていた。
でも今は、そんな気分じゃない。
人間ってのは、短時間に強いショックを受けるとナイーブになるものらしい。
全身の細胞が、目の前の地獄を必死に現実として受け止めようとしていて、正直、今はそれ以外のことを考えることができない。
「ん? あー、坂口たちが合流したいって言ってるけど、ミコちゃんも混ざる?」
紘が自分のポットに目をやりながら訊いてくる。
坂口たち——つまり、俺らの陽キャ軍団の他メンバーってわけだ。
——正直に言うと、俺は紘以外のメンツとは全く気が合わない。
別に過去に揉めたとかじゃなく、授業で話す程度の接点しかなかったけど、それだけで十分だった。
陽キャDNAが強すぎる奴らとは、どうやっても波長が合わないと確信したからだ。
「俺はいいや!大学構内も怖いし、先に帰ろうかと思ってたし!」
「え、帰り道も危なくない?」
「いや、俺、下宿だから近いし!」
「そっか・・・気をつけろよ。」
紘は自分のポットと共に構内の奥へと去っていった。
——さて、俺は無事に帰れるのだろうか?
「ジングー、俺の社会貢献度は?」
『社会貢献度“31”。本日の規定値以上、排除対象外です。』
ジングーに計測させた俺の社会貢献度は“31”。
”本日の規定値”というのはおそらくキリが良いところで“30”だろう。
——社会貢献度を上げるには、“規定値未満の人間を殺害する”こと。
逆に、社会貢献度が“規定値以上の相手に攻撃を加える”と減少することが分かっている。
つまり、俺が何か社会貢献度が低下するアクションを起こせば、30未満になった瞬間、他人から合法的に殺害されるってわけだ。
——数ポイントの変動が命取り。
それでも、人を殺すなんて俺にはできない。
だから今日は、下手に動くより情報収集に徹する方が良い気がする。
とはいえ、不確かなネット情報を鵜呑みにするのはリスクが高すぎる。
下手をすれば、命を落とすこの状況では、信頼できる情報網が必要だ。
——俺はさっき、死にかけていた松原 秋留を不本意ながらも殺した。
海藤 群司は生きているらしいが、連絡は取れない。
彼の社会貢献度も不明。不安だけが募っていく。
「あーもう!誰を頼ればいいんだよ!」
人脈の薄さに、自分でも呆れる。
——今在 征儀
暴力マッチョで、謎の“不適合者センサー”を持つヤツに頼るか?
——それとも紘か?
信頼はできるが、あの陽キャ集団と関わるのは気が重い。
俺がそんな葛藤をしていた時だった。
「もしかして・・・困ってる?」
その声に振り向くと、そこには——女子。しかも、見覚えのある顔。
「・・・鈴木 結乃・・・で合ってる?」
「合ってるよ。」
——身長160cmほどで、女子としては平均よりもやや背が高い。
黒髪をローポジションでまとめたポニーテール。
白のワイドTシャツに、膝下丈のベージュのスカート。
スニーカーは白。
背中にはブラウンのレザーバックパック。
そして、黄色いモバイルポットが付き従っている。
——彼女は俺と同じ工学部・機械科の学生。
授業もよく一緒だったが、これが初めての会話だった。
彼女は正直なところ“浮いている”。
顔面偏差値は高い。大きな瞳とふっくらした頬。
釣り目気味だけど、柔らかい印象。
——でも俺なんか比べものにならないレベルの”極度のコミュ障”だ。
話しかけても無視、反応しても勝手に会話終了。
入学当初はその美貌で男子の注目を集めていたが、今ではほとんど話題にすらならない。
いや、悪い意味で話題になることが多い。
「・・・困ってるか困ってないかで言えば、困ってる。」
会話が通じない覚悟で答えたら、彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。
「じゃあ、私のコミュニティに入ってよ。インフルエンサー“ゆのぽん”のコミュニティ」
「は?」
俺は驚き、数秒固まった。
直後、結乃は自身のポットから空中にスクリーン投射し、
彼女のQwitterアカウントを俺に見せる。
「えぇぇぇ!? “ゆのぽん”って、あの7万フォロワー越えのインフルエンサー!?
リツイートでたまに流れてくるアレ!?」
まさか、同じ大学、しかも同学年とは・・・。
つまり、現実ではコミュ障でも、ネット上では無双してるタイプってことか。
なんだかなぁ・・・。
「そうなんだよ。先月分の利益は80万円くらいで」
「はい、コミュニティ入れてください!!」
俺は秒速でジャンピング土下座をキメた。
「え、あー、わかった・・・。社会貢献度のマニュアルを、
他のインフルエンサーや企業よりも早くコンテンツ化したくて。
それで、同じ学部の君に声をかけたの。」
慣れない説明に戸惑いながらも、彼女は必死に話す。
その様子が、なんか面白い。
「君、じゃなくて、俺の名前は御子柴 竜だぜ!
報酬は“ゆのぽん”と同じ大学特典で弾ませてくれ!!」
「う、うん。マニュアルの出来次第ではね。
もちろん、ただ働きにはならないけど。
ところで、御子柴君の社会貢献度っていくつ?」
——ヤバい。
「・・・31です。」
「ええっ!? もう死にかけじゃん・・・!」
「失礼な! 確かにさっき殺されかけたけどな! てかお前はいくつだよ!」
彼女は答えず、レザーバックパックから財布を取り出し、
1万円札5枚を俺に突き出してきた。
「え? 俺、まだ何もしてないけど?」
「社会貢献度は“消費”で上がるって分かったの。5万円で"1"上がる。」
なるほど・・・殺さずして社会貢献度を上昇させる方法を、こいつはもう見つけてたのか。
「マジ助かる・・・!神だわ!」
「・・・御子柴君を、ここで失うわけにはいかないからね。」
——唐突な彼女の言葉に、俺は違和感を覚えた。
俺を“失うわけにはいかない”?
それってつまり、代わりはいないってことだよな?
一度も話したこともない俺に固執する理由が、金儲けだけとは思えない。
——こいつ、何か隠してるな。
「いやー! そこまで言われちゃうと、めちゃくちゃ頑張れそうだわ!」
俺は警戒を悟られないよう、テンション高く返す。
結乃の真意は気になるが、少なくとも今は彼女の存在が俺の生存確率を大きく引き上げている。
なら、まずは近くで様子を探るのが得策だ。
「“ゆのぽん”の活動拠点とかないの? この5万、さすがに設備投資に使いたいな。」
「ネットビジネスだから拠点はないけど・・・。
私の下宿先の隣の部屋が空いてるから、そこ事務所にしようか?
家賃は私が出すよ。」
——やっぱり成功者は発想が違う。
こうして俺は、“ゆのぽん”こと鈴木 結乃と共に、社会貢献度について探ることになった。
★第3話★ 「コミュ障インフルエンサー」 完結
お読みいただきありがとうございます!
今回は同級生であり、コミュ障ながら
Qwitterで活躍するインフルエンサー、
鈴木 結乃が登場しました。
主人公である御子柴 竜は、
彼女には何か”裏の目的”があると踏んでおり、
その調査も含めて彼女のネットビジネスを手伝うことにしました。
次回は学校ではなく、
この摘人システムを作り出したサイドの
人間達の話になります。