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摘人世界(てきじんせかい)  作者: まるマル太
【第1章】あなたは社会に必要な人間ですか?
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★プロローグ★

★プロローグ★




朝の日差しがカーテンの隙間から射し込み、まぶたを優しくなぞる。


目覚めた俺は、枕元のデジタル時計に視線を向けた。


・・・時刻は午前6時30分。

アラームの鳴る7時30分までは、まだ余裕がある。


少し早いけど、起きようかな。



簡易ベッドから身を起こし、足を床に下ろす。


勢いよくカーテンを開けると、眩しいほどの快晴。

7畳一間のアパートに朝が訪れた。



キッチンの蛇口をひねり、ぬるま湯が出るのを待ちながら顔を洗う。


服を手早く着替え、洗濯物を洗濯機へ放り込んで、

柔軟剤と洗剤を投下し、スイッチを押す。



そのまま冷蔵庫に向かい、1Lボトルのコーヒーを取り出す。

カップに七分目ほど注ぎ、牛乳を少量加えたら、即席カフェオレの完成だ。


ソファへ腰を下ろし、自然とルーティンが展開されていく。



・・・これが俺の朝。もう、考える必要もないほど身体に染み付いている。




時は2050年6月。


梅雨入りを目前に控えた愛知県。


俺、御子柴みこしば りゅうは、

大学2年生として、最寄り駅近くのアパートで一人暮らしをしている。


秋田の実家を離れてから、早くも2年目に突入だ。



すっかり一人暮らしにも慣れ、友人にも恵まれ、

俺は今、人生で最も充実した日々を送っている自信がある。


それだけに、この時間が卒業と共に終わってしまうことが、心底惜しい。


りゅうさん、今日は早起きで偉いジン!』


ソファの脇から声がする。

俺の“モバイルポット”、ジングーが、こちらを見上げていた。


『今日の占いだジン!

 竜さんはビックリ・ビックリ・サプラーイズ!

 とっても驚く出来事があるジン!』


「んー、おけ。」



・・・モバイルポット。


それは、かつてのスマートフォンの後継にあたる自律稼働型AI端末だ。


ドロイド君を思わせるデザインに、フランスパンのような手が付き、

底部の4つのローラーで自在に移動する。


通話、ネット、ゲーム、そして防犯。

放電や体当たりで軽い戦闘すら可能な、頼れる相棒だ。


高校3年の時に流行り始め、俺も大学入学と同時に乗り換えた。


最初こそ愛着を感じていたが、今では“ただの便利な機械”くらいの扱いになっている。

スマホに戻す気も起きない。不思議なものだ。



ジングーの製造元はメイジョーン・カンパニー。


彼らが開発するポットの体色は紫で、

機能拡張に強みを持つ国内メーカーの一角だ。



「ジングー、テレビつけて。」


『了解だジン!』


ちなみにこの“ジン”という語尾、変更不可の初期仕様だ。

今さら恥ずかしいと感じることもあるが、皆が使っているので慣れた。



テレビから流れるのは、今日も深刻な社会問題——少子高齢化。


人口ピラミッドはつぼ型、年金制度はほぼ崩壊。

かつて65歳だった定年も、今や“無期限”。



・・・とはいえ、俺にはまだ遠い話だ。

大学生の今、実感など湧きようがない。




《今日のゲストは冷泉れいぜい 奏多かなたさんです!》

《こんにちはー!冷泉れいぜいでーす!》


画面に現れたのは、どこか見覚えのある男。



冷泉れいぜい 奏多かなた。27歳。


ベストセラー作家であり、天才メンタリスト。

“アイデアの狂人”“Mr.アウフヘーベン”など、数々の異名を持つ。



深紫のシャツにオフホワイトのワイドパンツ、黒い革靴。

それが彼のテレビ出演時の定番スタイル。


マッシュ気味のパーマヘアに、整った顔立ち。

その笑顔は同性から見ても爽やかすぎる。


——率直に言おう。俺は、”彼が大嫌い”だ。



理由は単純明快。


半年前、俺が気になっていた女子が、冷泉の大ファンだった。


誘ってもサイン会を優先され、ついには目の前で

冷泉れいぜいさんと付き合いたい」とまで言われる始末。


・・・彼が“大トロ”なら、俺は“かっぱ巻き”以下。


わかってる。わかってるけど、納得なんてできるか!


あんな生まれながらの天才完璧人間、存在しちゃダメだ!

不公平過ぎる!!



《今日は重要なお知らせがあるんですよね?》

《そうなんです! 皆さんのモバイルポットを確認してくださーい!》


ジングーに目をやると、画面に見慣れない通知。

アプリ『Coming soon』のアップデート情報。


中身は未記載、説明欄も空白。



「フザけてんのか、コイツ・・・」


《今日の9時からいよいよ新作アプリの機能提供スタートです!

 ぜひぜひお楽しみに!》


どうせ”冷泉れいぜいのテレビ出演予定がチェックできるアプリ”とかだろ!

そんなもんいらんわ!



「くっだらねぇ・・・!」


アンチ心が爆発し、俺はジングーにテレビを切らせた。

ふと時計を見ると——8時40分。


「はっ!?」


1限は9時開始。

家から大学までは徒歩12分。


俺が今日1限に入れている授業の配点割合は

出席80%・テスト20%というある意味”楽単”と呼ばれる類だ。


しかし、あろうことか一度でも遅刻をすれば出席が0点、

つまりその時点で”落単”確定というトンデモギミックな授業なのだ。


絶対に、遅刻はできない!!


俺の優雅な朝が、冷泉れいぜいに奪われた・・・!




──そんなわけで、大急ぎで身支度を整えた頃には、

時計の針はすでに8時55分を過ぎていた。


まずい!!

これ、全力疾走してもギリギリか!?



・・・とにかく家を飛び出し、全速力で駆け出す。


ジングーも、俺の背後を猛スピードで追いかけてくる。


最初の信号・・・青、クリア!!


次の信号・・・ギリギリだが、これもクリア!!



いける・・・!!

いけるぞ、これは!!


腕時計を確認すると、8時59分を指していた。


大学の門が見えてきた!


あとは直線を全力で走り抜ければ、

ちょうど授業開始の瞬間に教室へ滑り込める計算!


いや、もうちょい加速すれば、

開始前に着席までいけるかもしれん!!


限界を超えて、俺は単位を掴んでみせる!!!



「おっっっし!! 行くぜ!!」


勢いよく声を張り上げ、気合を入れたその瞬間。


「邪魔だあああああ!!」


突如として背後から危機感が走り、

次の瞬間、背中に激しい衝撃を受けた。


視界がブレる。

世界が傾ぎ、俺は勢いのまま地面に叩きつけられる。


そしてそのまま、1メートルほどアスファルトを滑走した。


「いってぇぇぇーーーっ!!」


飛び上がり、痛みのあまり何度もその場でジャンプしてしまう。


要するに、アスファルトで走り幅跳びをかまし、顔面から着地したような格好だ。

どう考えても痛くないわけがない!!



「ああ・・・俺の単位が・・・」


絶望のどん底で、肩を落とすしかなかった。


「ったく、こんな時に突っ込んできたのは誰だよ・・・?」


ぼやきながら背後を振り返ると、

倒れた自転車が後輪を空しく回しており、

その隣にいたのは、明らかに苛立ちを滲ませた初老の男性だった。



「お前・・・この野郎!!」


怒号とともに、男は俺の胸ぐらを掴んできた。


「邪魔だって言っただろ!! 避けろよ!

 俺の自転車と洋服はどうしてくれるんだ!

 まったく最近の若者は、年寄りに対する礼儀も知らんのか!

 このマヌケが!!日本の教育はどうなってるんだ・・・!」


──いやいや、チャリで突っ込んできたのお前だろ!?

理不尽すぎる・・・!



・・・が、男の顔がやたらと強面だったこともあり、

その迫力に完全に気圧され、俺は弱々しく睨み返すのがやっとだった。


なんなら「ヤバくなる前に謝っとくか・・・」とすら考え始めていた、

その時だった。



「アルティメットォォォォ・・・ジャスティィィィス!!」


背後から勢いよく足音が接近し、

次の瞬間、初老の男性の顔が視界から消え、胸ぐらを掴んでいた手も離れる。


男はアスファルトに叩きつけられ、赤い鮮血がわずかに飛び散った。



「だ、誰だ!? こんなことして、タダで済むと思うなよ!?」


だが言葉を言い切る間もなく、

謎の影が男に飛び乗り、馬乗りの体勢で殴打を開始した。


まるで楽器を奏でるようにリズミカルに、

しかも、口ずさむ妙な歌に合わせて、左右から連続パンチを繰り出していく。


「殺す〜♪ 殺す〜♪ アイ・アム・ジャスティ〜ス♪」


初老の男は最初こそ苦しげな声を上げていたが、

肉を打つ鈍い音が響くたびに、その声も次第に消えていった。


歌のリズムに合わせて、左へ、右へ──

血飛沫が飛び散っていく。



あまりの衝撃に、俺はただその場で立ち尽くしていた。




──1分ほどが経っただろうか。


地面に倒れた男は、目を見開いたまま絶命していた。



「フハハハハハ!! やはり“正義”は必ず勝つ!!

 貴様は“ワクワクとドキドキ”のための犠牲だ!!」


そう高らかに叫びながら、謎の影はゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。


──その血塗れの男に、俺は見覚えがあった。



「・・・お前、機械科の今在いまざい 征儀せいぎか!?」


「そうだが、俺様はお前を知らんな。・・・同級生か?」


身長は170cm弱でごく平均的。

だが噂では、空手の有段者でかなりの筋肉質だという。


今日の服装は、ジャストフィットな半袖の白シャツに、

動きやすそうな黒のスウェットパンツ。


髪型は短髪をワックスで逆立てたようなスタイルで、

彼の活発なイメージにぴったりだった。


目付きは鋭く、いかにも強面という印象。


──大学では、奇声を発する変人・迷惑者として有名だった。


誰かと一緒にいるところを、少なくとも俺は一度も見たことがない。



その変人と対面したことで、俺はようやく正気に戻った。



「お、おい・・・お前・・・! 殺人事件だろ、これ!?

 ど、どうするつもりなんだよ!?」


現実感がまったく追いつかない。


同級生が、一般人を殴り殺した・・・のか!?




「お前さ、冷泉れいぜいの会社の新作アプリ、チェックしてないのか?」


そう言いながら、今在が指差した先には、

見たことのない配色のモバイルポットがあった。


片側が赤、もう片側が紫。

形はジングーと同じだが、普通のポットは単色だ。



すると、例の“半分こポット”が、いきなり両手を挙げて喋り始めた。


今在いまざい 征儀せいぎの社会貢献度が更新されました。

 社会貢献度”65”。本日の規定値以上、排除対象外です。』


・・・ん?なんて言った?”社会貢献度”?

それに・・・”排除”だって?



「コイツは俺様のモバイルポット、“アラタマ”だ。」


「そんなことはどうでもいい!

 ”社会貢献度”ってなんなんだよ!!」



その時だった──


背後から女性の悲鳴が聞こえ、振り返ると、

100メートルほど先の歩道で、鉄パイプを持った男が

30代くらいの女性を無我夢中で殴っていた。



「おいおい・・・なんだよ、一体何が始まってるんだ・・・!?」


「まぁ、焦るな。同級生。

 アラタマ、あの女の社会貢献度を計測しろ!」


『社会貢献度“24”。本日の規定値未満、排除対象です。』



「ふむ。じゃあ次に、鉄パイプ男は?」


『社会貢献度“32”。本日の規定値以上、排除対象外です。

 対象外の人間を排除すると、あなたの社会貢献度が0に固定されます。

 ご注意ください。』


「了解。まぁ、あいつも低いけど、基準クリアしてるなら仕方ねぇな。」


今在いまざい 征儀せいぎはそう言って、俺に薄く笑いかけた。



「おい、今在いまざい

 ”排除対象”って、どういう意味だよ!?」


「分かりやすく言えば、“殺してもいい人間”ってことだ。

 今日の朝9時から、政府公認の“摘人てきじん政策”が始まったんだよ。

 その発案者は、Mr.アウフヘーベンこと、冷泉れいぜい 奏多かなたらしい。」




・・・そんなバカな!?


そんなニュース、一切聞いていないぞ!?


いや、待て。

これは夢だ。そうに違いない。


“人を殺しても良い”なんて、現実であり得るはずが──


だが、地面に打ち付けた俺の顔からは今も血がにじみ、

痛みがひたすらに現実を突きつけてくる。


──認めたくはないけれど、これは紛れもない、現実だ。





★プロローグ★ 完結

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