シーン7 何だか不穏な空気です
シーン7 何だか不穏な空気です
翌朝。アタシはすっきりと目を覚まし、シャワーを浴びた。
うーん、気持ちよかー。
よかよ~。
解放感に満たされ、キャミソール一枚でベッドに横たわり、大の字に伸びる。
仕事を終えた満足感と、充実感。
これよ。
アタシが望んだのはこれなのよ!
普通に働き、普通に休んで、普通に生きる。
生きるって素晴らしい。
しかもここはアタシの部屋だ。
裸で転がっていても、誰にも文句を言われない。
なんなら寝ながらご飯を食べてやる。
宇宙海賊デュラハンの船にお世話になっていたころとは違って、ノックもせずにいきなりドーンとドアを開けられることも無いしー。
・・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
デュラハンか。
そろそろ、会いたくなっちゃったな―。
ちゃんと仕事できたよ、って、伝えたいなー。
心配・・・。
してくれてるかなー。
彼らの事を。
・・・いや、「彼」の事を考えたら、何故だろう、少しだけ、変な気分になった。
変?
うん、変だぞ、アタシ。
「彼」の顔が、頭から離れなくなったぞ。
いやいや。「彼」のキャラクターが強すぎるだけなのだ。
アタシは、変じゃない。そうだ。これはただの気の迷いだ。
アタシは頭から布団をかぶってもぞもぞした。
なんだか、気がモヤモヤすると、アタシは頭を隠したくなる性分らしい。
なんとなく隠れた気になって、安心するのだ。
いつの間にか、そのまま二度寝していた。
そのままだと風邪をひくところだったが、部屋の片隅でシティサービスの通信システムが鳴り始めて、訳も分からずアタシは通信を開いた。
やば、何て格好だアタシ。
キャミソールはめくれあがってるし、髪はばさばさ。おまけに涎が流れてた。
慌ててカメラはオフにする。
「あー、ラライか。俺だ」
シェードの声がした。
危ない所だった。
「アタシよ。どうしたの、こんな朝から」
「馬鹿か、もう昼前だぞ、昼」
アタシは時計を見た。本当だった。
あーあ、時間って、待っててくれないのね。
「それよりな、今日、今からでもいい、こっち来れるか?」
「もしかして、何か分かったの」
「ああ。こんな通信より、直接話した方が良い」
「・・・そうね」
この感じは、良くない情報か。あたしは咄嗟にそう感じた。
「今から準備するわ、1時間もあれば着くと思うけど」
「店で待ってる。ちゃんと顔洗って、服着て来いよ」
・・・・。
「な、なんでわかるのよ!」
「お。図星だったか」
「・・・・」
「俺ぐらいになるとな、声の調子だけで、おま」
あたしは通信を切った。
あの変態め。
もしかして、この部屋に隠しカメラでも仕込んでんじゃないでしょーね。
だったら、今度こそ殺す。息の根を止めてやる。
アタシは誰も殺さない。
「ライ」を辞めた時にそう誓った。
・・・でも、アイツが相手なら、破っても仕方ない!
その方が、全ての女性の為になるのだー。
最低限のメイクをして、アタシはシェードの店に向かった。
最初から店の奥にまわり、裏口から入った。
シェードはキッチンで旨そうなソーセージを焼いていた。
ワインをさっとふりかけて香りをつけて、さらに乾燥した香辛料をふりかける。
見事な手さばきだ。
「アタシにもちょーだいね。朝も昼も食べてないの」
声をかけると、彼は驚いて、手にしたショットグラスをこぼした。
「キッチンドリンカーは良くないわよ」
「うるせえ、って、お前、また裏から入ったな。たまには正面からきやがれ」
「いやよ、めんどいもん」
アタシはカウンター席に座った。
シェードは渋々ソーセージを追加して焼き始めた。
「お前、酒は飲まないよな?」
「アルコールはいらない。甘いものが良い。お任せで出して」
「金取るぞ」
「じゃあいらない」
シェードは苦虫をかんだような顔になりながらも、アタシの前に青いジュースを出した。
一口飲んで、さすがに「うっ」となった。
いや、確かに甘いけど、甘すぎる。
何事も過ぎるは良くない。
「これは・・・何?」
「かき氷シロップの原液」
「・・・」
「サイダー追加」
「200ニートな」
くそ。金をとられた。
アタシはサイダーにシロップを混ぜた。
ソーセージは、美味しかった。
ごちそうさま。
じゃなくって。
「で、何がわかったの、シェード?」
アタシが尋ねると、シェードは微かに声をひそめた。
「大きくは二つだ。一つ目からいくか、あんたが言ってたスカーレットベルって奴な、最近の動きと、まあ、居場所だけは掴んだ」
「ほんと? 早かったわね。流石はシェード。宇宙一の肩書は伊達じゃないね」
彼は得意げな顔をした。
おだてると、結構、饒舌になる男なのだ。むふふふ、アタシは知っている。
「海賊活動を再開したのは、テアの標準時間で換算すると、約2年前。どこの組織にも属してはいない。あまり表沙汰になっていないのは、その、仕事をかなり選んでいるからだ」
「と、いうと?」
「スカーレットベルの仕業と断定できそうな海賊事件は、この2年で、僅かに5件。この間のクルーザー襲撃事件は、その数には入れてない」
「2年で5件だと、確かに少ないなー」
シェードは頷いた。
「おそらく、略奪行為を目的にしていないからだ。彼女は明確にターゲットを絞っている。彼女が襲うのは、セントラル・トラスト・物流サービスの、長距離貨物船だけだ」
「セントラル・トラストって? え、まさか」
「そのまさかだ。お前さんの会社と、大本は一緒だよ」
アタシは耳を疑った。
アタシを採用してくれたセントラル・スペース・トラベル社は、もともとがセントラル・トラスト・サービスという、運送会社だったものが、業務拡大に合わせて子会社化したものだった。
「で、はっきり言うぞ、二つ目だ。お前の会社な、そこ、なんだか、かなり怪しいぞ」
え。
なんですってぇー。
そんな馬鹿な。
そんな馬鹿な話はありませんですよー。
「こいつを見ろ」
彼はモニターを浮かべて、何かしらの数字データを見せた。
「お前の会社の運行データや、収支のデータだ。それと、人員データ。どうだ。これをみて、何か感じないか」
「すごい数のツアー実績と、利用者数よね。収支も、悪くは無いんじゃない。人件費もかなり低く抑えているし」
「お前って、騙しやすいな」
「・・・・」
どういう意味だ。
「よく見ろよ、前月だけで大小合わせて45便のクルーズ実績が記載されている。お前の所の船舶保有数は?」
「知らない。20隻ぐらい?」
「ここをよく見ろ、8隻だ」
「本当だ」
「8隻で45便。一か月で一隻が5回以上の出入港をしている計算になる。無理じゃあないが、現実的に怪しい。パイロットに休みは? お前みたいな添乗員の数は? ほら、思い出してみろ」
・・・。
確かに。
アタシははっとなった。
「アタシ、モーリスとデイジー以外の添乗員と、会ったことが無い。それに、あの事務所で他の社員に会ったのだって、せいぜい4.5人程度だわ」
「だろう。それに、この収支をみろ。かなりの黒字を出してる。格安ツアーが売りの旅行会社にしては、利潤が良すぎないか」
シェードの言う通りだった。
この数字は、おかしい。
この客数で、これだけの利益を出すとするなら、一人あたり何百万かかるかわからない。
「でも、アタシ、この間もちゃんとツアーしてたし」
「近隣星への短期ツアーだろ。ダミーだよ」
「・・・!」
アタシは、体中の力が抜ける感じがした。
「そんなあ、やっと就職できたのに。もしかして、これって粉飾してるってやつ?」
「それほど、生易しい話、ではないかもしれない」
「マジでー」
「大真面目」
アタシはカウンターに突っ伏した。
「スカーレットベルの動きも気になる。あいつがセントラル・トラストの貨物船を集中的に襲い始めてから、物流サービスは危機的な状況になって、長距離便の運航は取りやめになった。・・・その辺りからだ、ツアー数が一気に増えたのは。もしかしたら、いや、高い確率で、この件は絡んでいるかもな」
「彼女の居場所、分かったんだっけ?」
「ああ。因縁だな。トマス星系に近い外宇宙だ」
トマスか。
エレス同盟内での、火薬庫ともいうべき紛争地域だ。
「まだ名前を付けられていない惑星、一応識別上はBB3636RHの第二衛星をアジトにしている。衛星っても、かなり小さめでな、まあ、岩石の塊みたいなところだ」
「外宇宙か。まあ、そうだよね」
アタシは納得して頷いた。
外宇宙というのは、別に範囲的な意味ではない。
エレス同盟や、ルゥ惑星連合、ドゥ銀河帝国といった、一定の宇宙文明レベルに達した宇宙生活圏に属していないエリアや、星系、また文明レベルが低すぎて、接触を見送られている星々を指す言葉だ。
いわゆる法の外側になる為、宇宙海賊のような無法者にとっては、格好の隠れ家になっており、秘密裏に開拓を進められているケースも後を絶たず、常に星間問題の現場になっている。
ちなみにだが、この月が属するテラ、つまり地球も、ついこの間まで外宇宙の扱いだった。
今でこそエレス同盟の一員となったが、そこに至る過程では、かなり大きな戦乱と混乱が続いた。
早々に宇宙にでた者たちは、比較的その戦火を免れたが、地上に固執した者たちは、文字通り地獄を見た。
そして、その傷跡は、今もなお消えてはいない。
「で、どうするんだ? 居場所はわかっても」
「何も出来ないわよねー」
あたしはソーダを飲み干した。
何だか喉がカラカラだった。
「どっちにしても、少し、身の振り方を考えた方がいいかもしれないぞ」
「そうね・・・。アタシも自分で調べてみる」
言ってみたが。何を調べればいいのか分からなかった。
ケインやデイジーに直接聞くのも憚られるし、かといって、他に顔を知っているのは受付の女くらいだが、それこそ話しにくい。
アタシの脳裏に、モーリスの顔が浮かんだ。
嫌な奴だが、まあ、どうせ会社を辞めた男だ。
一番後腐れがないかもしれない。
「つい最近、会社を辞めた人がいるんだけど、何か知っているかな?」
「なんとも言えないが、話を聞くぐらいは良いだろう」
「居場所を知りたいな。名前は、モーリスって言うんだけど」
「お前さんがそう言いだすと思って、調査済みだ」
「さっすがー。たまに驚くくらい有能よね。シェードって、仕事だけは出来るのねー」
「だけってなんだ、だけって!」
シェードは言いながらも、一枚のメモをアタシに差し出した。
「TV局前通りの、ビア・バーだ。そいつは、いつも、そこで夕飯を食べてる。今から行けば、ちょうど良い時間だな」
「ありがとね、シェード」
アタシはメモをカバンに突っ込んで、席を立った。
「また、何か分かったら教えてね」
言って、正面の入り口から出た。
扉を出た時、店の奥で何かの音がした。
シェードが何か言ったが、気にしない事にした。
どうせ、調査料金の事だろう。
聞かなくていい事は、聞かない方が良い。
アタシは足早に立ち去った。