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シーン6 おや、もしかして天職ですか?

 シーン6 おや、もしかして天職ですか?


 それからの数日間は、目まぐるしく忙しかった。

 出発前にやっておくことも多いが、デイジーから課題に出された、トラブルケアの確認が一番厄介だった。

 旅行規定に対処法の記載が無いトラブルを予測して、対策を考えるのだ。

 もともとが、「何とかなる」考えで生きてきたものだから、綿密に計画を立てるのがこれほど難しいとは思わなかった。


 それと、オプショナルツアーの現地確認や、予約にも頭を悩ませた。

 過去のプランニングを参考にしてみても、季節外れで実施がなかったり、事前に一定の予約人数が必要だからと受け付けてもらえなかったりと、なんとかお客さんに提案できる内容が固まるまで、右往左往した。

 経験の無さが、正直辛かった。


 宇宙船の旅なら慣れている。

 慣れていないのは、遊ぶことだ。


 10代の頃から、「蒼翼のライ」として、戦いに明け暮れていたから、アタシはろくに遊んだ記憶がない。

 レジャーというものの記憶が無いのだ。

 そういう意味では、今まで随分と損をしてきたが、まあ仕方ない。


 一番問題なのは、どうすればお客さんが楽しいか、の想像が出来ない事だった。


 唯一の救いは、今回の目的地がフォボスだということだ。

 ここだけは、一度、訪れたことがある。

 きれいな海と、一流のホテルが立ち並ぶ、素晴らしいレジャー星だ。

 あの美しい景色と、美味しい料理を思い出して、アタシは仕事だとは思いながらも、わくわくする気持ちが抑えられなかった。


 ま。

 ちょっとだけ辛い思い出もあるけれど。

 それはそれ、これはこれだ。


 悩んだ挙句、一応は水着も準備した。

 もしかしたら、少しぐらい現地で休み時間を貰えないものだろうかと期待した。



 あっという間に出発の日が来た。

 ハイロウシティは地球の月にあるから、フォボスまでは、亜空間移動すら必要としない距離だ。

 移動に約1日。

 現地で5日間。

 旅は、順調に進んだ。


 最初の2日間は、一通り名所を回って、残りの3日間は有名なビーチでフリータイムだ。

 アタシが難儀したオプショナルツアーは、この3日間の中で実施された。


 デイジーは、ソウルフードを食べながら、下町のバザーをめぐるツアーを企画した。

 それも面白そうだったが、アタシは船で沖合の島々をめぐるツアーを担当した。宇宙の船旅と違って、海の船旅というのも珍しくって面白いと思ったのだ。それに、船に乗っている以上、迷子を出さなくて済むという思いもあった。

 こっちの方が楽ではあったのだが、正直、外れだった。


 ろくな客がいなかった。


 あからさまにいやらしい目でアタシを見てくる中年オヤジと、学生らしきティーンエイジャーが三名。それも、男二人と、ちょっと可愛めの女一人という、お決まりのパターンだ。

 あとは、人生に疲れた女が二人と、その他諸々。

 子連れも一組いたが、旦那の方がすぐに船酔いをして大変だった。


 うーむ。ロマンスの欠片もない。


 アタシは添乗員だし、期待をしてはいけないが。

 これだけきれいな海だと、期待したくなるじゃないか。

 まあ。

 こんな格安観光のツアー旅に、良い男が一人で参加してくるはずなど、あるわけが無い。


 事件は何一つなく。終わった。


 最終日に半日だけ自由時間を貰えたが、その頃にはフォボスの風景にも飽きて、海に入る気もしなくなっていた。

 オプショナルツアーで一緒になった中年オヤジが、何かと話しかけてきて、面倒だった。海に行くと言ったら、ついてきそうな勢いだった。


 仕方なくモールでぶらぶらと散歩をして、自由時間も終わった。


 こうして、アタシは、一つのツアーをはじめて全うした。

 大きなミスは、一つも無かった。

 やりきった。

 一つ大人になった。

 大変ではあったが、全てが終わると、達成感があふれた。

 ついに天職に巡り会った気がした。



 全ての客を帰路に就かせて、報告書をまとめているうちに、夜になっていた。

 アタシは会社の外に出て、飲み物を買ってきた。

 と。


 モーリスを見かけた。


 彼はひどく駆け足で会社を出て行くところだった。

 ひとしきり荷物を抱えていた。

 この間の事で、文句の一つも言おうかと思ったが、すごく思いつめた表情をしていたのでやめた。

 結局彼は、アタシに気付きもしないまま去っていった。


 オフィスに戻ったアタシを、カインが待っていた。


「もう帰ったかと思ったよ、初仕事はどうだった?」

 彼はいつもと同じオールバック姿だったが、少しだけラフな感じに見えた。


「とても勉強になりました」

 アタシはお利口さんな回答をした。

 彼は所長だ。あまり、フランクな受け答えをするのも良くない。


「それは良かった。デイジーも褒めていたよ」

「ありがとうございます」

 微笑んで見せる。


 正直、デイジーが褒めたとは意外だった。

 仕事上の彼女は、どちらかというと、無機質だった。

 この表現が正しいのかどうかはわからないが、淡々と仕事をして、確実で間違いない判断をして、それ以上でも、それ以下でもない。アタシがミスをすればカバーして、アタシがうまくやればスルーして、とにかく、それ以上をしないし、求めないスタンスだった。


 カインは、何かアタシに用事でもあるのか、立ち去る気配が無かった。

 ちょっと微妙な沈黙があった。


「あ、さっきモーリスさんを見かけました」


 アタシは沈黙に耐えきれなくなって、話題を振った。

 カインは微かに嫌な顔をした。


 やば―、触れるべきじゃなかったかな―。


 少し後悔した。


「彼はね、退社することになったよ」

 ややあって、カインは言った。


「こういう事を話すのは、あまり良くないとは思うけど、彼は、最後まで君を悪く言っていた。まあ、責任逃れをしたかったんだろうな」


 アタシは内心ムカッとしたが抑えた。

 モーリスは最低な奴だが、所長がこう言うんだから、まあ、抑えるしかないだろう。


「解雇ですか?」

「いや、形の上では自己都合の退職だよ。うちも人手は足りてないからね。彼も、もう少し大人の対応をしていてくれれば、そこまで厳しい事にはならなかったのに」

「そうですね」


 答えながら、内心ざまーみろ、と思った。

 なんにも出来ないくせに、人の悪口だけ言うなんて、まあいい気味だ。


「ラライ君。ところで、今夜、何か予定は?」

 唐突に聞かれた。


 かなりびっくりした。


「・・・何もありませんけど」

「疲れているだろうけど、初仕事を全うしたお祝いに、一緒に食事でもどうかな?」


 まじか。

 アタシはドキッとしてケインを見た。


 下心なんてないよ。って顔しているけど、わかるもんか。

 アタシは答えに窮した。

 断りにくい。けど、誘われてうれしいかといえば、そうでもない。


 正直、彼はアタシの好みではないし。何より、あまりに急すぎてちょっと引いた。

 それに、なんだろう、嫌な感じがする。


「すみません。まだ慣れてないものですから、今日はもう休みたくて」

「そう。じゃあ、仕方ないな。また、次の機会に」

「ええ、その時はぜひ」


 答えながら、

 やだなー。次なんて無くていいよー。

 と、内心では冷や汗をかいた。


「明日からは、確か休みだったね」

 彼が訊いてきた。


「はい、3連休を頂けると聞いています」

「そこからは、ちょっと内勤を頼むよ。デイジーのサポートをしてくれ」

「わかりました」

「この次のツアーは、少し大がかりなものになる。千人規模の、ミステリークルージングツアーを決行することになっていてね」

「千人ですか!?」

 アタシは驚いて大声になった。


 千人も客を乗せるとなると、かなり大型のクルーザー船が必要だ。自社所有の船では到底無理だろう。


「社運を賭けた取り組みでね、ここだけの話、外宇宙を通るツアーだ。テラスはまだ外宇宙を知らない奴が多いからね、食いつくと思うよ」

「船はどうするんですか? レンタルですか?」

「軍払い下げのツインテール級を旅客用にした物が手配できている。問題ない」


 すごい。

 ツインテ―ル級だと、千人どころか、万人でも乗れるレベルだ。


「今、募集を始めたばかりだが、早くも予定数の半分くらいは集まってきている。出航は80日後。それまでに、色々と準備を進めないとね。君にも期待しているよ」


 彼は、ポンポンと、何気ない風を装って、アタシの肩に触れた。


 ボディタッチは良くないんだぞ。

 思いつつ、顔には出さなかった。


 仕事が終わったのは、それから1時間くらいしてからだった。


 受付の女たちはもう帰ってしまっていて、退社の手続きをどうしようかと迷っていると、なんだか話し声がした。


 アタシの好奇心が疼いた。

 声は、所長室からだった。


 覗いてみたい。でも、どうしよっかなー。

 鍵穴なんてないしなー。


 思いつつ、そっとドアの前に立った。


『ああそうだ、こっちは計画通りに行っている。大丈夫、どうせこれで最後だから』

『・・・・』

『わかっている。これ以上の損失は出さない』

『・・・・』

『今回のデモンストレーションは最高だ。きっと、かなりの値がつくぞ』

『・・・・』

『いいか、それまでにしっかりと客を集めておけよ』


 声はカインのものだった。

 相手の声が聞こえない所を見ると、何かしらの通信をしているのだろうか。


 ま、どうせ仕事の話か。


 あたしは興味を失って、帰ろうとした。

 そこで、人に会った。


 この時間にまだ他にも人がいるとは思っていなかったので、正直かなりビビった。


 やば、立ち聞きしてたのが、ばれたかなー。


 相手は、デイジーだった。


「お疲れ様でしたー」

 アタシは何事も無かったように挨拶をしたが、彼女と目が合った瞬間、なんだかすごい顔で睨まれた。

 ・・・ような気がした。


「お疲れ様」

 彼女は、いつものように淡々と挨拶をして、ノックもせずに所長の部屋に入っていった。


 アタシは、逃げるように退社した。



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