シーン5 ついに手にした社員証
シーン5 ついに手にした社員証
翌朝、アタシはセントラルスペース社の事務所が入っている、高層のビルディングに顔を出した。
買って三度しか袖を通していないダークスーツ。
たった三度目にして、解雇通達の呼び出しとは、我ながら、何とも情けない。
28階のランプがついた。
自動扉を抜けると、ガラス張りの小奇麗な受付があって、テラス(地球系)の女が二人、無表情で座っていた。
こんなに愛想が悪いなら、いっそロボットでも置いておいた方が良いのに、と思いながら、アタシは最低限の笑顔を向けた。
「臨時社員の、ラライ・フィオロンです。所長に呼ばれてきました」
「許可証を」
「これですねー」
社名の入ったキーカードを渡す。
あくまで今のところはお試し期間中なので、正式な社員証は貰っていない。当然デスクなんかもないし、自分の会社だというのに、まるでお客様扱いだ。
「応接室でお待ちください」
言われて、小さな部屋を案内された。
これまた小奇麗な部屋だった。
窓が広く、ハイロウシティの雑然とした風景が見下ろせる。
観葉植物は、・・・偽物か。
壁際の棚には旅行雑誌と、古いパンフレット。小さなシャトルの模型が飾られているが、おそらく安い既製品だろう。
少し待たされて、ようやくノックの音がした。
「失礼、遅くなったね」
入ってきたのは、思いがけず二人だった。
一人は見覚えがある。
若くはないが、年配というには申し訳ない。グレーを帯びたブロンドをオールバックにしていた。一見柔和な表情を浮かべながら、どこか抜け目のない印象がある。
確か名前は、カイン・ミゲル。
このセントラルスペース社、ハイロウ支所の所長だ。
面接の時に、アタシの髪の色をしきりにほめてくれたっけ。
ははーん、かなりの女たらしかな、と、勝手に想像したのを覚えている。
もう一人を見た。
こちらは、初めて見る顔だった。
女だ。
これもまた、年齢をはかりにくい。
だいぶ落ち着いた印象だが、意外と若いのかもしれない。
茶色の髪を高くまとめている。ちょっと、苦手な予感がした。
「急に呼び出してすまなかったね」
カインが口を開いた。
アタシに座るように言って、自分も正面に腰を下ろした。
女は、横に立ったままで、腕組みをしていた。
「怪我の具合は?」
「あ、大丈夫です。メディカルボックスに入ってましたから」
アタシは答えた。
メディカルボックスは、宇宙生活者にとっては欠かせないものだ。怪我や、軽い免疫の低下ぐらいなら、丸2日も入れば治療することができる。しかも、救急隊の強力なタイプにお世話になったので、もしかしたら出発前よりも元気かもしれない。
「それは良かった。ところで、君は今日の要件について心当たりは?」
「ありません」
アタシは即答した。
いや、きっと解雇通告なんでしょうけど。
でも、アタシから言い出すのは、ちょっと嫌だった。
「少し聞きたいことがあってね」
「聞きたい事?」
アタシは聞き返した。
おや。
解雇、では、ないのか。
いやいや、油断はできない。油断して落とされたら、ショックが大きすぎる。
「君たちを襲った、宇宙海賊について、少しね」
ああ、そっちの方か。
でも、その話なら、警察にもかなり聞かれた。
今更、何で聞くんだろう。
「君は抵抗して、それで、相手に連れていかれた。そこで、暴行を受けた。そうだね」
「・・・はい。それで、間違いないです」
「相手の姿は見たかい?」
「ヘルメットを被っていたので、わかりません。でも、赤い服を着て、女性のようでした」
「リーダーかな」
「そう思います」
ふむ・・・、と彼は思案気な顔になった。
まあ、自社の旅客船を破壊され、死人が出なかったにしても、大きな損失を被ったのだから、気になるのはわかる。けど、どこか、この会話に違和感を覚えた。
「なぜ、君を殺さなかったんだろうな」
「アタシにはわかりません」
「見せしめにするなら、君の姿を乗客に見せつけた方が、効果がある筈だ。それなのに、君をわざわざ人目のない部屋まで、連れて行ってから暴行した。そして、君だけを宇宙に放りだした」
彼は、そこで一旦言葉をためた。
その眼が、アタシをじっと観察していた。
アタシの表情を、胸の動悸を、その指先に走る緊張の仕草まで。
「わざわざ、信号弾を打って、君を発見できるようにまでしてね。何故そんな真似をしたのだろうね。君はその海賊と、何か話をしなかったのか」
なんだこれ。
まるで、尋問みたいだ。
カインは、なんだろう。何かを疑っているのか?
アタシを、・・・か?
まさかねー。
「特に、話なんかはしてません」
「本当に?」
「本当です。・・・でも」
アタシはカインを見つめ返した。
「アタシを宇宙に捨てたのは、向こうの手違いみたいです」
言うと、彼は興味深げに身を乗り出した。
「アタシは海賊たちが話しているのを聞いたんです。本当はアタシをほかの乗客の所に連れて行って、見せしめにしようとしたけど、もう脱出ポッドに押し込めて出しちゃった後だったから」
そうだ。
アタシは思い出した。
あの時リンは舌打ちをした。
意図しなかったことが起きたからだ。
本当はアタシを、脱出ポッドに乗せるつもりだったのに、部下が早まった。
でも、アタシをそのままには出来なかったから、ゴミと一緒に外にだして、ちゃんと助けが来るようにしてくれたんだ。
リンには、アタシを、殺す気なんかなかった。
「なるほど、他に彼らは何か言っていたかね?」
アタシは思案した。
積み荷がどうとか、話していた気がする。
だけど。
「他には別に・・・」
アタシは誤魔化した。
カインは納得した様子では無かったが、アタシを穴のあくほど見つめたあと、少し緊張を解くようにふっと笑った。
「質問ばかりして、すまなかったね。・・・君も初仕事だったというのに、大変な目にあわせてしまった」
「そんなこと・・・」
「乗客や、キャビンアテンダントのスタッフが、君に礼を言っていたよ。冷静で、かつ、迅速な対応をしてくれたと」
「あ、ありがとうございます」
アタシは頭を下げた。
「デイジー」
彼はそこで始めて、傍らに立つ女の名を呼んだ。
女は、アタシの前に一枚のカードと、ストラップのついた、綺麗なビー玉状の物を置いた。カードにはセントラルスペース社のマークが入っていた。
「これは?」
「正式な社員用のパスカードだ」
「え?」
「君を謹慎にしたのは、こちらの勘違いだ。モーリスが、君の事を悪く言うのを鵜呑みにしてしまってね。その、彼が海賊を倒すのを邪魔したと」
も・・・モーリス、あの野郎!
どうしようもない奴だとは思ったが。そこまで最低な奴だったのか。
「他の者から真実が聞こえてきたよ。君は彼を救って、代わりに酷い目にあわされたのだとね。彼にかわり、謝罪したい。モーリスには、私から注意をするよ」
「そんな、所長が謝る事では」
「お詫びというわけではないが、君を正式に採用したいと思う。それと、そのストラップは私からのプレゼントだ」
彼は少し悪戯っぽく笑った。
「なに、そう見えて防犯ブザーだよ。力いっぱい引っ張ると、大きな音が出る」
アタシはビー玉を手に取った。なかなかきれいな物だった。
「カバンにでもつけておくと良い。これ以上、危ない目にあわないようにね」
カインはウィンクをした。
それから立ち上がって、アタシにも立つように促した。
「紹介しよう、デイジーだ。君の教育係になる。こうみえて、ツアーコンダクターとしては一流だ。・・・あとは、君から良いかい?」
デイジーは頷いて、少し値踏みするようにアタシを見た。
ケインがアタシ達を残して部屋を出ると、彼女はおもむろにアタシの手を取った。
「握手よ。テアードにはこういう風習は無いかしら?」
「いえ、よろしくお願いしますデイジーさん」
この口ぶりだと、彼女は生粋のテラスか。
彼女は早速、アタシに一冊のパンフレットを手渡した。
「いきなりで悪いけど、5日後に、フォボス行きのクルーズがあるの。私と一緒に行く予定だった子が、急に辞めてね。添乗員としてサポートしてくれる?」
「はい。大丈夫です」
大丈夫どころか、大喜びで行きますとも。
それも、フォボスか!
近いし、最高のリゾート地じゃないか。
「7日程度の無理ない日程だし、慣れるにはいいと思う。これから打ち合わせするけど、予定は大丈夫?」
アタシは頷いた。
やったー。
解雇通達どころか、大逆転だー。
正式採用。ついに、ついにアタシはやったんだ。
デイジーはすぐに仕事の説明をはじめた。
アタシは身を乗り出しながら、笑みがこぼれるのを抑えることが出来なかった。
結局、アタシがアパートに帰ったのは、夕方だった。
デイジーは、サバサバとしていて、仕事のできる女、という感じだった。
思ったよりは、話しやすかったが、打ち解ける、という雰囲気ではなかった。
彼女の説明を受けながら、一通り注意事項を確認した。
フォボスについてもう少し知らないといけなかった。帰り際にフォボスの観光ガイドを3冊も買ってみた。
夜ご飯を食べようとして、面倒になった。
これはあれだ、外食をしよう。
思い立って、すぐ近くの小さなダイニングバーに行った。
「ポートドック」というその店は、地球の家庭料理を看板メニューにしていて、比較的安い。そして、何より美味しい。
太った調理師と、おなじく太った妻の二人で切り盛りしており、アタシが三日に一度は食べに来るので、最近では頼まないうちにサラダをサービスしてくれるようになった。
で、アタシの顔を見るたび
「きちんとしたもの食べないと、体悪くするよ。一人なんだろ」
呆れたように言う。
ほっとけって。
お店に貢献してあげてるんじゃないか。アタシは客だぞ。
揚げ豚と、イカリング、それにチーズをまぶしてもらった。のどに詰まりにくい白パンに挟んで食べるのが格別なのだ。
飲み物は、ソーダにした。
体に悪そうなものばかり注文して~と、ぶつぶつ言うのが聞こえる。
あんたは母親か。
あたしは、料理を待ちながら、ぼんやりと昼の会話を思い起こした。
確かに、何故なんだろう。
リンは、なぜあそこまでアタシをボコボコにする必要があったのか。
見せしめにする為?
いや、それは違う。
あの時は、ショックと痛みで正常な思考が出来なかったが。
あれは、アタシを守るためだったんじゃないだろうか。
誰から?
そして、それは何の為?
答えが見える様で見えない。
そうこうしているうちに、料理が運ばれてきた。
レモンが添えてあって、頼んでいないオニオンスープがついてきた。
なんて良い店だ。
今日は、就職が上手くいったお祝いだ。有難くいただこう。
アタシは思い切りほおばって、口の中を火傷した。