シーン4 情報屋と蛇とパンケーキ
シーン4 情報屋と蛇とパンケーキ
「どうせなら、目的だけじゃなくて、居場所とか、連絡先もつかめればいいんだけど」
アタシが言うと、シェードはあからさまに嫌そうな顔をした。
「お前なあ、調査料、いくらかかると思ってるんだ?」
「相場はどの位なの?」
アタシは質問で返した。
「俺は、こう見えても超一流の上の上だぞ。手付と相談だけで100万ニート。そっから足代や経費、情報のレベルも含めりゃ1000万は最低でも用意してもらいたいもんだ」
「そんなお金、あるわけないでしょ。誰にものを言ってるのよ」
「開き直るなよ」
イライラしたように、シェードは頭を掻いた。
ふむ、仕方ない。
「じゃあ、こうしましょ。アタシが今の職場を首になったら、バーの仕事だけ、手伝ってあげる」
以前、こいつはアタシにパートナーを持ちかけたことがある。
その時は、表と裏、両方の仕事を手伝うのが条件だったけど、月5000万を提示したのは、しっかりと覚えている。
「断る」
あっけなく、シェードは言った。
「何でよ?」
「俺の店を潰す気か、お前の炊事レベルは殺人クラスだって、聞いてるぞ」
ま、失敬な。
数回ぐらいは、料理中に硫化水素を発生させたことはあるけれど、実際に殺したことは一度もない。せいぜい、キャプテンを一週間寝込ませたくらいだぞ。
「じゃあ、ウエイトレスやるわよ。華があっていいでしょ」
「生憎、この店は女性客が中心だ。野郎客はいらねえ」
ったく、めんどくさい野郎ね。
「仕方ないわねー、いいわよ。情報量は払うけど、ローンでね。120回くらいでお願い」
「・・・・・。」
シェードは冷たくアタシを見た。
「ったく、何て女だ」
諦めたように、彼は言った。
ほほほ、良い女でしょ。
「引き受けてやるよ、そのかわり、アレな、払えなくなった時には、あんたの体で払ってもらうからな、覚えとけよ」
げ。
シェードは二マリとした。
あー、嫌な顔だー。こいつ、だから嫌いなんだ。
すぐに変な目で、アタシを見るんだから。
「こっちはグレイスを口説きそこなったんだ、彼女を連れ込むのに、どんだけ苦労をしたと思ってんだよ。本当なら、お前の頼みなんか断ってるところだ。感謝しろよ」
グレイス。ああ、蛇女か。
アタシは、ふと、シェードのさっきの言葉を思い出した。
「そういえば、皮を手に入れ損ねた、って、何の話?」
「話を逸らしたな」
「だってさ、気になったから」
「レルミー人が、脱皮した時の皮だよ、お前、そんな事も知らねーの?」
シェードは馬鹿にしたような顔をした。
知るもんか。だって蛇人間だぞ。人種差別は良くないが、ちょっと怖いじゃないか。
「レルミー人の下半身が蛇みたいな体をしているのは、さっき見た通りだ。実際、見た目通りの生態でな、成長に合わせたり、危険を感知したり、けがをしたりすると、皮を脱ぎ捨てて新しい体になる」
シェードは得意げに説明を続けた。
この男、意外とこういった雑学をひけらかすのが好きらしい。
「で、この皮が、高値で良く売れる」
「何に使うの、まさか金運のお守りじゃないでしょうね」
「いや、それもある。だが、一番はクスリだ」
「怪我に効くとか?」
「少量なら、万能薬だ。だが、高濃度になると、毒薬や、特殊なドラッグになる」
「・・・!」
「だから、レルミー人は、故郷の星では不幸な歴史を辿ったんだ。本当は、穏やかで、心優しい人類種なのにな」
「もしかして、人狩りでもあったの?」
「ああ、辺境では、今もあるみたいだぜ」
吐き気がした。
なんて最低な話なんだ。
だけど、現実として、そういう事件は、この宇宙のあちこちで起こっている。
宇宙は広すぎる。
法で守るには、あまりにも広大すぎるのだ。
「グレイスはその為に来たんだ」
「って言うと?」
「彼女は外宇宙の人間でね、テアのエレス同盟評議会に使節として来た一人さ。最近でも向こうじゃ人狩りがあるみたいでね。どうやらエレス同盟の宇宙域に攫われているらしいって、抗議をしに来た帰りなのさ」
「ふうん」
で、そんな彼女を、あっという間にナンパしたわけね。この男は。
しかも皮目当てで。
やっぱり最低―。
「それにしても惜しかったなー」
シェードが、アタシを見て、いやらしい笑みを浮かべた。
アタシの耳に口元を寄せて。
「知ってるか。レルミー人は、興奮したり、気持ちよくなったりしても、脱皮しちまう時があるんだぜ」
興奮したり、気持ちよくなったり?
ちょっと意味を考えてから、アタシは理解して顔が真っ赤になった。
「ば、ばっかやろー」
いきなりなんて話をしやがるんだ。
動揺してしまった。
アタシはそういう話題は苦手なんだ。セクシー路線はお断りだ。
「あんたに、真面目な話を期待したアタシが馬鹿だったわ」
けけけ、と彼が笑っているのがわかった。
シェードの野郎。アタシがこういう話に免疫がないの、わかってて喜んでるな。
と、アタシは突然思い出した。
そうか、レルミー。
「シェード。リ、違う、・・・スカーレットベル、彼女ってレルミー系のテアードよ」
「レルミー系の、テアード?」
アタシは頷いた。
テアードとは、この宇宙世界で最も多い標準的なテア星系の人間種を示す言葉だ。
アタシもテア星系人、つまりテアードである。
テアードは最も亜人種が多く、地球人も、広い意味ではテアードに含まれる。
テアードがこれ程に多い理由には、人類の定義となっている共通遺伝子「エレスシード」の優位性にあった。
エレスシードを持つ人類種同士は、高い確率で自然交配が出来る。
つまり、子どもを産むことが出来る。
その時、片方がテアードだった場合、生まれる子供は、ほんの少し相手人種の特徴を受け継ぐことがあっても、基本的にはテアードとしての姿で生まれるのだ。
仮にアタシが、カース人・・・つまりタコ人間と結婚したとする。
愛し合って、子供が生まれる。
その子は、基本的に、アタシと同じ、二本の手と二本の足を持った姿で生まれる。特殊な遺伝子操作でもしない限りは、タコ人間として生まれることは無い。
それが、テアードの遺伝的優位性なのだ。
「彼女はレルミー系のテアードよ。間違いない」
昔、彼女自身が言っていた。
だから自分は、怖れることなく戦えるのだと。怪我をしても、皮を捨てれば生きのびられると笑っていた。まあ、そんな姿を直接には、一度も見たことが無かったけど。
「レルミー系か。だとしたら、意外と出身星は絞れるかもしれないな」
シェードが言った。
「でしょ、調査のきっかけをあげたんだから、少しはおまけしてよね」
「どういう理屈だよ」
呆れた顔のシェードに、アタシは内心で舌を出した。
「仕方ねえ奴だな。まあいい、調査はしてやる。ただ、時間はかかるぞ、いいな」
「大丈夫、急いではいないから」
「わかった」
「じゃあ、お願いね」
アタシは正面入り口の鍵を開けて、帰ろうとした。
シェードが、少しだけ、本当に少しだけ、何か考えるような仕草をした。
真面目な顔。
こういう時はあれだ、だいたいはセクハラ発言を考えている時だ。
ちょっと身構えたが、今回は違った。
「気を付けて、帰れよ」
珍しく、彼はそう言った。
シェードの所を出たら、急にお腹が減ってきた。
そして、何の気紛れか、気象担当者め、雨を降らせやがった。
人工の都市に、人工の気候。
なぜ必要なのかと言われると、良く分からない。
だが、人工世界の中に、何かしらの安らぎを求めると、こんな馬鹿げた仕組みが生まれる。
アタシは傘を忘れた。
何でも入るカバンにも、傘を入れるのは忘れていた。
アタシは手近なカフェに逃げ込んだ。
良い匂いが鼻を突いて、しばらく何も食べていない事を思い出した。
メニューを見て、ホットココアと、ベリー系のクリームの乗ったパンケーキを頼んだ。
待つ事数分、予想以上の品がテーブルに運ばれた。
やったー。この店は当たりだ。
ココアはとことん甘く、パンケーキもしっとりとしていて絶妙。
楽しくなってメニューを見返すと、夜はアルコールも出すらしい。
これは、一人ではもったいないくらいだな。
いや、一人の贅沢ってのもあるけれど。
ふと周りを見ると、カップルばかりだった。
うーん。
突然、寂しくなった。
美味しいのは良いけれど、やっぱり誰かと共有できれば良いのに。
コレ、私のも食べてみてー
それ、美味しそう、少しちょうだい。
そんな他愛もない声が耳に入る。
なんだか無性にイラっとした。
こっちは独り身なんだ。
楽しいのはわかるけど、ちょっとは周りも気にしろ。
楽しめないなー。
普通の生活なのになー。
雨が上がった。
アタシはすぐに店を離れた。
乗り継ぎがうまく合わなくて、帰り道は少し時間がかかった。
適当に買い物も済ましていると、いつの間にか夜の設定時間帯になっていた。
薄暗い道を小走りに歩いて、ようやくアタシは自宅に戻った。
留守の間に、メッセージが入っていた。
「彼ら」からかなと思って、少し胸が高鳴った。
開いてがっかりした。
セントラルスペース社からだった。
なんだ、会社か。
メッセージは簡潔なものだった。
「明日の朝、8時までに出社すること」
ああ、いよいよ解雇通告だ。
アタシの心は、ずしんと重くなった。
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