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シーン41 目指した未来は違っても

 シーン41 目指した未来は違っても


 アタシ達はグロリアスエンジェル号を離れて、デュラハンの船に乗った。

 エレス軍事警察の船が救助活動を開始するのが、遠目に見えた。


 アタシは頭の先から光シャワーを浴びて、ついでに髪の色を元に戻した。

 うん、やっといつものアタシらしくなった。

 順番を待っていたリンと交代して部屋に戻る。

 下着姿のままベッドに寝転ぼうとして、ふと鏡を見た。


 寝る前に、リップを塗ろうかな。

 唇、荒れちゃってないかな。


 薄桃色の唇を見つめて、頬が熱くなった。


 ・・・。


 ・・・・。


 バロンをびっくりさせちゃったけど、アタシも、何やってるんだろう。


 勢いで、・・・キスしちゃったよ。

 アタシの初めてだって、彼、知ってるかな。

 知ってるワケ、ないよね。


 急にものすごく恥ずかしくなって、ベッドに飛び込んだ。

 頭から枕を被って、身悶えて、寝落ちした。



 気付いた時には、リンが隣にクッションを敷いて寝ていた。

 こうしてみると、彼女も可愛い顔してる。

 こんなに過酷な生き方をしているなんて、この横顔を見ただけでは、きっと誰にもわからないだろう。


 とりあえず。

 アタシ達はやったんだ。

 ちゃんと生き延びて、やれるだけの事はやった。


 カインは逃がしちゃったけど、最悪な事態が起きるのを防いだ。

 ウィルも逮捕できたし、今回の事件を画策した連中も、レナイスンが必ず、追い詰めてくれるんだろう。


 だけど、リン。

 まだ、終わってない。

 あなたの大事な人は、まだ見つかっていないもんね。

 このままにはしておけないよね。


 そう思って、リンの赤い髪に手を伸ばした。

 アタシの大事なパートナー。

 もしかしたら。

 また、すぐに歩む道は離れちゃうのかもしれないけど。

 描いてる未来は、違うのかもしれないけど。


 そんな感傷に身を浸していると。


「おーい、起きてっかー」

 前触れもなくシャーリィがドアを開けた。


 ったく、何も変わってないな、この船は。

 絶対にノックしないし、女の部屋なんて意識も皆無だ。

 と、後ろから。


「駄目でやんすよ、姐さん。寝てるかもしれないでやんす」

 バロンの声と、

「どうせなら、静かに開けろよ。寝てたら起きちまうだろ。もったいない」

 シェードの声がした。


「どうしたの、みんな揃って」

 体を起こして、下着姿だった事に気付いた。


「あーっ、ちょ、ちょおっと待って」

 慌ててシーツを被ったが、一歩遅かった。

 シェード&バロンの眼がハートマークに変わった。

 バロン、お前もか。


 

 身支度を整えてから、アタシは皆を部屋に入れた。


「で、どうしたんですか」

「いやあ、これまでのいきさつも、説明しとかないとなって思ってね。ほら、あたし達が駆けつけるのが遅れた理由とかさ。この宙域なら、船も自動運転できるし」

「それに祝勝会って奴でやんす」

 バロンがお菓子やつまみ、それに沢山のドリンクを持ってきた。

「お前、気が利くな―」

 誰より先に手を伸ばしたのはシェードだった。


 アタシとリンは仲良くフルーツジュースを手に取った。

 リンはまだ眠そうな顔をしていた。


「なあリン。アンタに良い土産があるんだ」

 シャーリィが、意味ありげな笑みを浮かべた。


 ちゅーっとジュースを吸い込みながら、リンは軽く首を傾げた。


 シャーリィは、非実体式のモニターを目の前の空間に浮かべて、何かのデータを開いた。


「これは、何?」

 リンが怪訝そうな顔をした。


 文字が羅列されている。

 よく見ると、それは人名のリストに見えた。ざっと、数百人はいる。


「俺が、グレイスに頼まれた仕事さ。掛け持ちしていたって言っただろ」

 シェードが口を挟んだ。


 グレイスか。あのレルミー人ね。確か、人狩りの横行に抗議するため、わざわざ外宇宙から同盟評議会に苦情を言いに来たんだっけ。

 彼女は、シェードに何かを頼んだのか。


 アタシの疑問を察したように、シェードは説明した。


「グレイスは、口先ばかりで何もしない同盟評議会に愛想をつかしてね、俺を頼ってきた。さらわれたレルミー人を、探してほしいってな」

 そう言って、気持ち良さそうにアルコールの缶を開けた。


 アタシはリンを見つめた。

 彼女は、加えていたストローを口から離して、茫然とリストを見つめていた。


「そして、俺は突き止めた。アストラルの化学兵器工場と、研究のために集められたレルミー人の収容所をな。だが、流石に一人じゃそれ以上手が出せなくてね」

「そこで、あたし達との共闘、って事になったのさ」

「まあ、破壊工作と陽動作戦はあっしらの得意分野でやんすしね」

「キャプテンが切り込み隊長やってくれたしな」

 三人が、うしししし、と笑った。


「って事は、シャーリィさん、バロンさん?」

 彼女達は、力強く親指を立てた。


「あたし達は、アストラルの基地も、工場も、全部ぶっ潰してきた。ついでに、兵器の中和用浄化剤もちょうだいしてね。睨んだ通りだったよ。奴らは兵器の開発とともに、専用の浄化剤の研究も進めてた。・・・・それからね」

 シャーリィは、意味ありげな視線を、リンに送った。


「リン、そのリストはね、救出したレルミー人のリストだよ」


 それって、つまり。


「あ」


 小さく、リンが言葉を洩らした。


 リストの中に、小さな名前を見つけた。

 彼女はその名前を、本当に愛おしそうに指さして。


 大粒の涙を、こぼした。




 地球圏にほど近い惑星フォトンの宇宙空港は、シャトルの発着時間が迫って、大勢の人々が気忙しそうに歩いていた。


 大きなスーツケースを引いた男が、時間を気にしていた。


 トーマ星系往きの臨時便が、そろそろ搭乗手続きに移る筈だった。

 それなのに、なかなかアナウンスが流れない。

 何度も時計に目を向けて、逸る気持ちを抑えた。


 手続きカウンターの解放を告げるチャイムが鳴って、男はようやく自分の登場する便が到着したかと顔を上げた。

 だがそれは、ぬか喜びだった。

 遅れていたのは彼の便だけではなかった。

 地球行きのアナウンスが流れ、彼は舌打ちをした。


「随分と、焦っているじゃないのカイン」

 女の声がして、カインは驚いて振り返った。


 眼鏡の似合う見覚えのある女が、背後に立って、彼を微笑みながら見つめていた。


「デイジーか」

 彼は微かにほっとしたような声を出した。


「こんな所でどうしたんだ、君はてっきり、ハイロウに戻ったものと思っていたがね」

「夜逃げ同然で破産した会社の責任をとらされちゃ、幾ら私でもたまらないわ」

「まあ、確かにね」


 カインは言って、仕方ない事だったんだ、とでもいうように肩をすくめた。


「それにしても、上手に逃げるものね。オークションも、最後は失敗したけど、いくらかは儲かったんでしょ」

「結果的には大赤字だよ、君もそれは知っているだろう」

「個人的には、別なんじゃない」

「君らしくないな。分け前が欲しいのか」

 カインは懐に手を入れた。


 そこに隠されているものが何か、デイジーは知っていた。

「こんな所で、それは無いんじゃない」

「どうかな。幾らでも方法はある」


 デイジーは左右に男が立ったのを見た。

 いつもの連中、カインの取り巻きども。

 結局、こいつらも一緒って事か。


「大人しく帰れば、俺だって手荒な真似はさせたくない。なあデイジー、もう俺たちとは、関わらない方が身のためだ」

 カインが、そう言って、いつもの人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべた。


 チャイムが鳴った。

 今度こそ、彼の乗る便が到着した合図だった。


「時間だな、それじゃあ、元気でなデイジー」

「残念だけど、そうはいかないのよ」


 デイジーが、目を細めた。


 瞬間、彼女の体が動いた。

 傍らに立つ男の腕を抑え捻り上げると、体勢が崩れた所へ鋭い一撃を叩き込む。

 男が苦悶の声をあげて昏倒した。


「デイジーお前っ」

 もう一人の男が、両手で掴みかかる。

 デイジーはそのタックルを難なく躱して、体を反転させた。

 鮮やかなヒールキックが、男の顔面を捉えた。


 全てが一瞬だった。

 何が起きたのか、カインは理解が出来なかった。


 デイジーは銃を抜いていた。


「な・・・デイジー、これは、どういう事だ」


「こういう事だ」

 男の声がした。

 見覚えのあるブラウンヘアーの男が、カインの正面に立っていた。


「パープルのカーティス? あんたが、どうして?」

 カインが呆けたように呟いた。


 涼やかな目に、静かな正義の色を灯して、レナイスンは軍事警察の身分証を取り出した。


「セントラルスペース社ハイロウ支所長のカインだな。貴様には逮捕状が出ている。罪状は、・・・ありすぎていちいち読み切れん」


 カインの手が何かを訴えるように伸びかけて、止まった。

 言葉が出なかった。

 彼は、その場に立ちすくんだまま、一歩も動けなかった。


「よくやってくれた、イメルダ少尉」

 レナイスンが、デイジーに心からの信頼の笑みを向けた。


「い・いめるだ?」

 カインは、それまでデイジーと呼んでいた女に、震える視線を向けた。


 デイジーは手錠を取り出した。


「エレス軍事警察のイメルダ・アシュリーです。カイン、あなたを逮捕します」

 手首の骨が折れるほどの勢いで、イメルダは手錠をかけた。


 彼女の表情に、安堵の色と、僅かな後悔の色が重なった。


 クレン。こんなことくらいで、あなたの仇が取れたとは思えないけど。

 イメルダは、心の中でそう呟いた。



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