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シーン40 信じる先にある光

 シーン40 信じる先にある光


「リン、聞こえてる、聞こえてるよ!」

 アタシは答えた。


 『早く離脱して、そのままじゃ、もう機体がもたないわ』

「そうしたいけど、無理なんだ。重力に負けて、離れられないのよ」

 『そんな・・・!』


 リンが絶句した。

 そりゃ、言葉も無くなるよね。

 かといって、宇宙船だって、下手すれば飲み込まれるほどの重力だもの。

 そう簡単に、助けになんてこれるはずがない。


 さすがに、今度こそ、無理かな。

 あー、やっちゃったかなー。


 アタシは遠くなっていくデュラハンの船に視線を向けた。

 駄目だ、もう戻れない。


 バロン。


 彼の顔が浮かんだ。

 なんだよ。こんな時に思い浮かべるのが彼だなんて。


 だけど。

 やっぱり彼の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。


 最後に、もう一回会いたかったよ。

 どうせなら、お別れ行ってから行きたかったよ。


 アタシはそう思って、じっと見つめた。


 太陽の光が機体を包んで、眩しくって、何も見えなくなり始めた。


 ・・・・。

 ・・・・・。


 こんなの。やっぱり嫌だ・・・。


 アタシの眼に、どうしようもない思いが溢れた。


 一瞬なのに、その瞬間は、とても長く感じられた。

 打ち破ったのは、彼女の声だった。


 『ラライ、私に命を預けられる?』

 リンだった。


「・・・?」


 なんか、昔も、彼女に同じ言葉をかけられたような気がする。

 あれはいつの事だったっけ。

 間違いない。

 彼女の言葉だ。

 そうだ、まだちゃんと覚えてる。


「チャンスは一度、生きるか死ぬか、どうなっても一度だけ」

 アタシは呟くように言った。


 『・・・ラライ、よくそんな昔の言葉、覚えてたわね』

「リンも、覚えてた?」

 『もちろん』


 アタシは、涙を拭った。


「リン、何か方法があるの!?」

 『確率は1%未満だけど、あなたならやるわよね』

「もちろん」

 『わかったわ。シャーリィ、聞こえる? あなたの腕が居るの』


 通信機に、シャーリィの声が割り込んだ。

 『聞こえてる、でも、どうすればいい。あたしの船なんかじゃ救出は無理だぞ』


 『今からそっちに座標を送る、高重子砲を、タイミングを指示するから最大出力で撃って』

 『わかったけど、そんなんで助けられるのか』

 『それしかないの。・・・ラライ、よく聞いて』

 リンが覚悟を飲み込む声で言った。


 『今からあなたの目の前を、高重子砲の弾道が走る。知っての通り、重子砲は小さなブラックホールよ。弾道が通過するコンマ数秒、重力が中和されるわ。その瞬間を突いて、重子砲の弾道軌道を飛びなさい。そうすれば、太陽を離れられる』

 『無茶苦茶だー』

 シャーリィが叫んだ。


 『そんなことして、下手したら重子砲の方に吸い込まれて死ぬぞ』

「やらなきゃ100%助からないわ」

 アタシは言った。


 アタシはリンを信じる。


 今までだって、ずっと信じてきた。

 これからだって、ずっとだ。

 それで死のうが、悔いはない。

 彼女を信じて抗ったって思えるだけ、さっきよりはマシだ。


 『それでこそラライよ。良い? シャーリィ、座標を送るわよ』

 『わ、分かった』


 彼女の緊張が、通信機越しに伝わってきた。

 タイミングは、一瞬。それも、一回だけだ。


 『5・4・3・2・・』

 リンがカウントダウンした。

 『1・発射』


 黒い光が走った。

 アタシは、出力を振り絞って、弾道に機体を重ねた。

 遅すぎても、速すぎても、駄目。

 出力が高すぎても、低すぎても、死ぬ。


 だけど。


 アタシは。


 生きた。


 まるで翼が生えたみたいだった。


 アタシのジュピトリスは、ウィルの機体を抱えたまま、重子砲の軌道を追うように飛んで、それからゆっくりと離れた。 

 さっきまでの恐怖が嘘のようにあっけなく、僅かほんの数秒で、アタシは助かった。


 死という名の絶望は遠くに消えていった。

 かわりに、震えるほどの歓喜が胸の内側で沸き上がった。


 宇宙の色が見慣れた漆黒に戻って、遠くに、アタシ達の船が見えた。


 『マジかよ』

 ウィルの呟きが聞こえた。


「リン、聞こえる? 成功よ。アタシよ、助かったのよ!」

 アタシは大声で叫んだ。


 『聞こえてるわよ。ちゃんと、見えてるわ。さすが・・・ラライね』


 違う。これはあなたのおかげよ。

 リンが居てくれたから、アタシは生き延びることが出来た。

 やっぱり、あなたって最高のパートナーだ。



 しばらくして、アタシは再びデュラハンの船に戻った。

 レナイスンがウィルを待ち構えていた。


 ウィルはコクピットから出てくると、意外なほど無抵抗だった。

「カーティスか?」

 ウィルは彼を見て、意外そうな顔をした。

「エレス軍事警察のレナイスンだ」

「そうか、あんたがそっち側だったのか」


 レナイスンが手錠を見せる。諦めた様子で、ウィルは静かに両手を出した。

 彼はアタシを振り返った。


「ラライ。・・・あんた、凄えな」

「ウィル・・・」

「脱帽だ。完全に俺の負けだよ」


 ウィルは最後にそう言って、口元にうっすらと微笑を湛えた。


 客船は安全圏に移動し、船内の温度も安定したようだった。

 しかし、大半の乗客は熱射病の症状を起こして、中には重篤な状況に陥っている者もいた。


「間もなく、軍事警察の船が到着する。心配はいらない」

 ウィルを勾留して戻って来ると、レナイスンはアタシの顔色を見て、気遣うように言ってくれた。

「全員助かる?」

「大丈夫だ。軍の船には医者もいる。メディカルボックスだって十分にある。誰一人死なせはしない」

「良かった」


 アタシは心底ほっとした。

 カツカツという足音が近づいてきた。


「軍事警察か、それじゃあ、とっとと逃げようぜ。面倒になるしな」

 言いながら、黒髪の男が姿を見せた。


「お前、シェードか、貴様よくもぬけぬけと俺の前に来れたもんだな」

 レナイスンの眼の色が変わった。


「待てよ、俺は今回に限っては、何にも悪いことしてないぜ」

「あくまで、今回は、だろう。貴様については色々と聞きたいことがあるんだ、直近では、プレーンメーカーの恐喝疑惑とか、身に覚えがないでは済ませんぞ」


 あ、それ、事実です。

 言いたかったが、やめた。

 下手にその事件を叩かれたら、アタシも埃が出てきそうだ。


「さあてね、俺は覚えがない。どうしても話がしたいってんなら、この事件が片付いてから、じっくり時間を作るぜ」

「俺は今でも構わんぞ」

「旦那には、セントラルグループの摘発っていう、大仕事が残ってるでしょーが」

「くっ」

 レナイスンが、悔し気な顔をした。


「まあいい。今回だけは見逃しておく。デュラハンの連中も、さっさと立ち去れ、俺の仲間が到着してからでは、厄介な事になるぞ」

「言われなくてもそうするさ、じゃあなー」

 シェードは口笛を吹きながら、船室の方へと戻って行った。


 レナイスンはアタシの方を振り向いた。


「本名は、ラライ・フィオロンだったな」

「ええ」


 彼はアタシの心を読むかのように、じっと見つめた。

 微かに緊張を覚えた。


「君には助けられた。礼を言う」

「え、いやー、礼だなんて、そんな」

 思いがけずそんな事を言われて、アタシは照れた。


「君の正体が・・・、いや、これはどうでもいいか」

 レナイスンは自嘲するように笑って、それから、少しだけ意地悪な顔をした。


「また、いずれどこかで会おう。それまでには、しっかりと足を洗っておけよ。間違っても、俺に逮捕されることの無いように気をつけてな」


 は、はい。気を付けます。

 アタシは苦笑いでその場を切り抜けた。


 それだけ言い残して、レナイスンは客船の方に戻って行った。


 で、アタシは。


 振り向くと、シャーリィが困った顔をして待っていた。


「どうかしたんですか? あれ、バロンさんは?」

「それがなー」

 シャーリィはバロンの乗った脱出ポッドを指さした。


「アイツさー、ポッドから出てこないんだよ。なんだか中でいじけちまってるみたいでさ。全く、どうしようもないタコ助だよ。なあ、ラライ、アンタ行って引っ張り出してくれ」


 そういう事か。


「わかりました」

 アタシは軽く返事して、彼のいる脱出ポッドに駆け寄った。



 中を覗き込むと、うん、分かりやすい格好だ。

 彼はアタシに背を向ける格好で、八本の足を揃えて小さく体育座りになっていた。


「バロンさん」

 アタシは声をかけた。


 彼の肩がぴくっと反応した。


「バロンさん、出てきてよ。もう終わったよ」

「・・・」



 彼は無言だった。

 あれ、どうしたのかな。

 そんなに、プレーンを壊されたのが、ショックだったのかな。

 まあ、ショックでないワケはないけど。


「キャンベル、残念だったけど、カッコよかったよ。アタシ達が助かったのも、バロンさんのおかげだよ」


 アタシは明るい声でそう言った。

 けど、駄目だ。

 バロンったら、さっぱりこっちを向いてくれないや。


「バロンさん。どうかしたの?」

 アタシは聞いてみた。

 こういう時は、素直に聞いてみるのも、一つの手だ。

 少しそのままで待っていると、ぽつりと、バロンは話し始めた。


「本当は、あっしがラライさんを助ける筈でやんした」

 言葉は、とぎれとぎれだった。


 泣いてるのかな。

 何だか声が震えてる。


「なのに、逆にラライさんに助けられて。・・・そればかりか、ラライさんがピンチの時に、・・・あっしは、・・・あっしは、何も、・・・何も出来なかったでやんす」

 バロンが悔し気にダンダンと床を叩いた。


「あっしはもう、男として失格でやんす。いや、人として失格でやんす。人間失格なんでやんす。ラライさんを守るだなんて、もうそんな事、恥ずかしくて言えないでやんすよ」


 バロンったら。

 なに落ち込んでるかと思ったら、そんな事か。


 アタシはなんとなく、ため息をついた。

 彼の気持ちは大変うれしいが、アタシはバロンに守って欲しいなんて、そんなことを思っていたわけじゃない。

 その、・・・なんだ、大切に思ってもらってる、って事だけで十分に幸せなのだ。


 ったく、世話が焼けるなあ。

 これだから男って。


 ・・・。

 ・・・・。

 アタシは決心した。


 仕方ない。

 ちょっと特別に、ご褒美だぞ。


 思い切って、アタシはポッドの中に飛び込んだ。

 勢いに任せて、感情に任せて彼に抱き付いて。

 それから目をつぶった。


 彼が振り向こうとするより早く。

 頬のあたりに、軽く。

 ちゅっとした。


「え・・・」

 バロンが、一瞬なのが起きたのかもわからず呟いた。


 え、じゃないわよ。

 こっちは、人生初をあげたんだからね。

 もっと、激しく感動なさい。


 彼はアタシを見つめ、何が起きたのかを考えて、そして・・・理解した。


 とんでもないことになった。


 ゆでダコどころじゃない。彼は舞い上がって、もうすっかりタコアゲ状態。

 体中から湯気が出るみたいになって、まっかっかーになった。


 そんな彼の姿を見て、アタシは笑った。

 ようやく、本当に自分が生き延びた事を実感した。



いよいよクライマックスです

次回更新はシーン41

シーン42エピローグ

同時に連続で更新いたします

最後までよろしくお願いいたします



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