シーン3 助かったのは良いけれど
シーン3 助かったのは良いけれど
目を覚ました時、アタシはまだ助かった事を理解出来なかった。
アタシは救助船の中で、医療チームの手厚い看護を受けていた。
室内には他にも船の乗客が乗っていた。彼らは大変親切で、アタシがどうやって助かったのかを説明してくれた。
アタシがモーリスを庇って抵抗した事は、皆が見ている。
そのために海賊から乱暴を受けたのだと、同情してくれる乗客も多かった。
中には、アタシをちょっとした英雄みたいに言う人もいた。
だけど。
こんな、泣き虫で弱すぎる英雄なんて、情けなくて言葉も出ない。
宇宙海賊は、アタシをゴミと一緒に放りだした後、船を破壊して去っていった。
それでも、かすかに良心が残っていたのだろうか、アタシが詰められているダストボックスに信号弾を撃ってくれた。
救助船が到着して、信号が変な所から出ている事を訝しんだスタッフが、アタシを発見してくれた。
最初はもう手遅れだと思ったらしい。
だが、ラージサイズのスペーススーツが幸いして、酸素も十分残っていた。それと、アタシが気を失っていた事で、無駄な体力を使わずに済んでいたのも、幸運だった。
メディカルボックス漬けにされたおかげで、月の裏の街「ハイロウシティ」に戻った時には、アタシは自分の足で歩けるほどに回復していた。
モーリスも無事だった。
だが、セントラルスペースカンパニーに戻ったアタシ達を待っていたのは、「出社停止および、無期限謹慎」の厳しい処分だった。
ってーか。
採用試験中のアタシにとっては、実質、解雇通告のようなものだ。
理由は、無謀な旅行プランを企画し、乗客の身を危険に晒したうえ、会社に甚大な被害を与えた、というものだった。
アタシは身も心も擦り切れたぼろ雑巾みたいになって、まだ引っ越してひと月にもならない自宅のドアを開いた。
ベッドと、衣装ケース一つと、小さなメイクボックス、あとは備え付けの冷蔵庫だけの、殺風景な部屋。
少し硬めなベッドに倒れ込んで、あたしは大きくため息をついた。
助かったのは良かった。
日頃の行いが良かったからだと思った。
だけど。
リンの言葉と行為を思い出すたび、泣けてきて仕方が無かった。
こんなにメンタルが回復しないのは、いつぶりだろう。
半日くらいそうしていただろうか。
お腹が減ってきた。
体は正直だ。
どんなにつらくても、体は生きようとしている。
冷蔵庫を開けた。
長期の仕事のつもりだから、買いだめは何もない、と思ったが、フルーツジュースが残っていた。
甘さは正義なんだ。
甘いものがあれば頑張れるんだ。
甘さに勝てる苦痛なんて無いんだ。
そう思いながら。
アタシは「彼ら」に会いたくなって、声に出して泣いた。
ひとしきり泣き終わった。
やっぱり甘さは、心の中和剤だった。
少しだけ、何かしようと思った。
メイクボックスを開けると、まだ新品の口紅が入っていた。
『口づけを、貴方に』とか、なんとかいう宣伝文句と、やたらとキュートなモデルの写真に魅せられて買った口紅だ。
色は、薄いピンク。
朱色にしなくて良かった。
口紅と、軽いメイクをしたら、気分が軽くなった。
たった一つの愛用のカバンに、口紅をポンと放り込む。
なんでも入る、アタシの魔法のカバン。
リサイクルショップで1500ニート(700円位)
なんでも入るが、その分だけしっかり重くなる。
そして頻繁に、どこに何が入っているか分からなくなる。
アタシは、居ても立っても居られなくなって、カバンを掴むと外に出た。
公共交通機関を乗り継いで、約1時間。
アタシは「Shade & shade」の看板の前に立っていた。
一見すれば、ただのカクテルバー。
だけど、ここのマスターは、腕利きの情報屋だ。
シェード・エルクス、またの名を「黒の道化師」。
性格は・・・正直どうしようもない変態だが、その情報料と行動力は頼りになる。
できれば会いたく無かったものの、この近くで裏世界に通じているのは、彼くらいなものだ。
ドアにはまだ鍵がかかっていた。
とはいえ、中に気配はある。
裏口にまわると、案の定開いていた。
アタシは勝手に入り込んだ。
おっと。
シェードは居た。だが、お取り込み中だった。
カウンターの向こう。お客様用のソファにもたれて、女を口説いていた。
「ああ、グレイス。君の髪は美しい、まるで、翡翠の川のようだ」
ああ。女の人、緑の髪をしてるからね。
うまい事言ってるつもりかもしれないけど、あんまり伝わらないよ。
アタシはこっそりと覗き見ながら、心の中で突っ込んだ。
「それにこの頬も、そして、瞳も。俺を虜にする」
うわ。くっさ。
こんな言葉で騙される女なんかいるのかねー。
と思っていると、
「ああ、シェード、嬉しいわ」
女が両手をシェードの首にからめた。
マジか。
あんな男のどこが良いんだ。
確かに顔は美形だけど、中身はただの変態だぞ。
しかも、筋金入りだぞ。
「私の全部を愛してくれる、シェード」
「もちろんさグレイス。この腕も、胸も、そして、この美しい尻尾も」
ん。
今なんと言いましたか?
しっぽ、そう聞こえたんですけど。
もしかして、獣人系の人類種のお方?
と思って、身を乗り出して、アタシは悲鳴をあげた。
上半身は、そりゃあ美人さんでしたよー。
シャーリィも顔負け、胸もはちきれんばかりで、もう、男なんてイチコロでしょーさ。
でもね。
下半身はちょっと、いかがでしょうか。
蛇でしたよ。
それも大蛇ですよ。
もちろん、立派な人類種の方だとは承知してますが。
シェードって、女なら何でもありなのか―。
って何より。
アタシ蛇だけは駄目なんだー。
「っ、お前いつの間に入ってきた?」
「シェード、その子はなんなのよ!?」
慌てふためくシェードの声と、何かを勘違いした蛇女の怒りを孕んだ声が聞こえた。
ぱあん、っと、シェードが平手打ちを受ける音。
女はぷりぷりした様子で店を出て行った。
「グレイス、ちょっと待ってくれよ。・・・ああー」
シェードが後を追ったが、ムードをぶち壊された女の機嫌は戻らなかった。
あえなく撃沈し戻って来ると、彼はアタシをぎろりと睨んだ。
ちょっとだけ、悪い事したかなー。
「ラライ、お前なあ」
「あはは、ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけどさー」
「グレイスはレルミー人の純潔種なんだぞ、皮を手に入れるせっかくのチャンスを!」
レルミー人か。
なんだっけ、ちょっと聞き覚えがある。
皮を? それって、どーゆーこと?
「ったく、本当に疫病神だな、お前は」
彼は頭を抱えながらも、先ほどまでグレイスを口説いていたソファーに腰を下ろした。
疫病神か。言われてみるとそうかも。
この間は、こいつに踊らされたけど、結局その事実を知ったアタシ達に、彼は一応の報酬を払った。
デュラハンの武装修繕プラスα。
アタシの借金返済と、身分証明の偽造。
そして、
アタシのアパート探し。
「疫病神ついでに、知りたいことがあってきたのよ」
「金は持ってきたんだろうな」
「後払いでいいでしょ」
「良くねえっ」
なんてケチな奴だ。
アタシはカバンをごそごそとあさった。
で、取り出したのは。
飴玉。
「なんだこりゃ?」
シェードが聞いた。
「アタシの、今回の仕事の、報酬の全てよ」
「はあ?」
この飴玉は、セントラルスペースカンパニーの待合室に置いてあったものだ。
帰りがけ、一つまみ、いや、二つまみもらって、カバンに入れてきた。
文字通り、死ぬ目にあって帰ってきて、事実上解雇を言い渡されたのだ。このくらいの報酬をもらったところで、誰に何を言われるものか。
「ってなわけで、アタシの話を聞いてくれる、シェード」
「何が、ってなわけ、だ」
噛みつくように言いながらも、彼は少し考えるように、その飴玉を見た。
包みをとって、一つ口に放りこむ。
悪くはない、という顔をした。
「で、何なんだよ、俺に聞きたい事って?」
「まずは話を聞いてよ」
彼は、仕方なさそうに腕組みをした。
アタシは、乗っていた船が海賊に襲われた事。
彼らが、何かしらの積み荷を探していて、それを見つけて持ち去った事。
海賊の正体が、スカーレットベルだった事を伝えた。
「スカーレットベルか。久しぶりに聞いたな」
シェードは、少し感慨深げに言った。
そして、アタシに何かもっと聞きたげな顔をしたが、言わなかった。
シェードはアタシが「蒼翼のライ」だった事を、おそらくは気付いている。だが、アタシがそれを否定しているうちは、それを口にしようとはしない。そんなスタンスを保ってくれていた。
そして多分、「スカーレットベル」と「蒼翼のライ」の関係性についても、いくらかは推測ができているのだろう。
・・・真実にかなり近い所まで。
「じゃあ、お前は、そのスカーレットベルの目的を知りたい。依頼の内容はそれでいいのか?」
彼はアタシに確かめた。
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