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シーン38 ピンチの後に何が来る

 シーン38 ピンチの後に何が来る


 時だけが過ぎていく。

 うだるような暑さに負けるのが先か、それとも救助の船が到着するのが先か。


 閉めきったコクピットの中で、アタシ達三人は、誰一人言葉を発せなくなっていた。


 モニターの中では、何も知らない乗客たちが、怨嗟の声をあげていた。

 いや、声を出せるのは、まだ良い方だ。

 殆どの乗客は、ぐったりとその場に倒れ込んで、もしかしたら、かなり危険な状況になっているのかもしれなかった。


 かといって。


 いまこの太陽から離れれば、化学兵器はサイレントキラーの本性をむき出しにする。

 じわじわと死ぬか、即死を選ぶか。


 あまりの苦しさに、後者を選びたくなる一瞬があるが、そこに希望はない。

 センサーが、何かを捉えた。


 アタシは微かに目を開けて、震える指で外部モニターを拡大表示した。


 何かが接近していた。


「リン・・・」


 声がかすれた。

 アタシ以上にぐったりとしていた彼女が、それでも何とか顔を上げた。


「船か」

 レナイスン中尉の声もした。

 彼は流石に強かった。ここに居る中では、一番意識もはっきりとしているようだった。


 アタシは奇跡を信じて、その機影を見つめた。

 希望は。

 絶望にかわった。


 ちくしょう。

 追いついてきやがった。


 それは、見覚えのある一等客船だった。

 強制的に、通信回路がオンになり、見たくもない顔がモニターに表示された。

 カインだった。


 『何のつもりだ、いったい何が起きた?』

 カインの不愉快な声が、アタシの意識を揺さぶった。

 彼はまだ、このコクピットに居るのがアタシだという事を理解していなかった。


「おあいにく様ね、カイン」

 アタシは精一杯の笑みを浮かべて、モニターを見つめた。


 『お前は、ラライ。なんでそこに居る。死んだんじゃなかったのか』

 カインの驚愕した声が響いた。


「残念ね、アタシは結構しぶとい女なの。カイン、アンタのたくらみはおしまいよ」

 『どういう事だ?』

「アンタの化学兵器。どうやら欠陥品みたいね。ちょっとした温度変化で役に立たなくなるの。ふふ、知ってた?」

 『なんだと、そんな、・・・馬鹿な事あるものか』

「じゃあなんで、アタシは生きてるのかしら」


 アタシは時計を見た。

 20時間はとうに経過している。

 本来なら、毒素の排出は始まっている筈だ。

 つまり、モランの調査結果は正しかった。兵器は拡散状態のまま、不活化したのだ。


 音声だけが途切れた。


 画面の向こうで、カインが焦った表情で何かを叫んでいるのが見えた。

 彼の背後に、幾人かの姿が見え隠れしている。

 さては、カインはオークションの目玉商品を、プレゼンテーションしている真っ最中だったのかもしれない。


 きっと、オークションの客が、カインに説明を求めているんだろう。

 と、突然画面に、別の男が割って入った。


 音声がオンになった。

 ウィルの、苦々しい声が響いた。


 『やってくれたな、ラライ。さてはシールドを持っていやがったな』

 ご名答。

 アタシは不敵に微笑んだ。


「アンタなんかに殺されてたまるもんですか」

 『そう言っていられるのも、今のうちだ』

「それはどうかしら?」

 『兵器は消滅していない。そうだろう?』


 アタシはドキリとした。

 ウィルの奴、この化学兵器の特性を知っている?


 『図星だな。そうでなけりゃ、いつまでもこんな宙域に留まっている筈がねえ』

「だとしたら、どうするの?」

 『簡単な話だ、お前のいるコクピットを破壊して、こっちの船でけん引する。そうすりゃ、温度は下がって、化学兵器は活動を再開する』

「・・・」


 アタシはつばを飲み込もうとしたが、からからに乾いて、もはやつばも出なかった。


 こっちの船に、武器はない。

 さてと、遂に手詰まりだぞ。


 『待っていろ、ラライ、今度こそ、けりをつけてやる』


 ウィルの姿がモニターから消えた。


 程なく、一等客船から、複数の光が離れた。

 ウィル・オ・ウィスプのプレーン部隊だ。


「ラライ、流石にやばいわね」

 リンが、悔し気に洩らした。


「コクピットを捨てよう。ここだと、外から狙われるぞ」

 レナイスンが言った。


 それしかないか。

 アタシは立ち上がった。

 リンも立ち上がったが、そのままよろけて片膝をついた。

 お互い、かなり体力を消耗していた。


 プレーンの推進装置が放つ光が、アタシ達の船を取り囲むように展開するのが見えた。

 思ったよりも、早い。


 『覚悟は良いか、ラライ』


 ウィルの声が届いた。


 覚悟なんて、するもんか。

 アタシは唇を噛んだまま、モニターを睨んだ。


 一瞬。閃光が見えた。

 撃たれた。そう、思った。


 アタシは目をつぶり、そして、しばらく衝撃を待った。

 だけど。

 何も起きなかった。


「ラライ、あれ・・・」

 リンの呟きが聞こえた。


 アタシは薄目をあけ、そして、見開いた。


 巨大な船が、亜空間の壁を突き抜けていた。


「エレスの軍事警察?」

「いや、違う」

 レナイスンが否定した。


 確かに、それは軍船ではなかった。

 巨大なカーゴ型宇宙船。つまり、貨物船だ。

 側面に、オレンジのマークが入っているのを、アタシは見た。


 『えーと、お取り込み中申し訳ありません』


 掠れたような男の声が、アタシ達の船の音声回路に割り込んできた。

 この声、聞いたことがある。

 確か、デュラハンのビデオレターを持ってきた男だ。


 『お届けの物をお持ちしました。お受け取り願います』


 貨物船の側面が、その巨大なハッチを開いた。

 中から飛び出してきたものを見て、アタシは声を失った。


 それは、一機のプレーンだった。


 猛烈な勢いで宙空に踊り出ると、その機体は、ウィスプのプレーン部隊へとミサイルを発射し、自らも突撃を開始した。


 雑音交じりの声が届いた。


 『ラライさん、無事でやんすか~!!』


 その声は、バロン。

 バロンが、来てくれた!?


 それだけでも、アタシは涙が出るほど歓喜したが、貨物船が運んできたのは、彼だけではなかった。


 オレンジの貨物室の開口部から、黒い光が放たれた。

 その凶悪な軌道は、一等客船をかすめて太陽へと吸い込まれていく。

 激しい衝撃と共に、客船の外装がめくれあがって、無残な傷痕を作った。


 『ラライ、リン、待たせたね!』

「その声は、シャーリィ!」

 『良かった、その感じだと、無事みたいだな―』

「助かったわ、でも、どうしてここがわかったの?」


 シャーリィが笑う声が聞こえた。


 『忘れたのかい、こっちには、宇宙一の〈探し屋〉がついているんだ。それに今回は、宇宙一の〈運び屋〉も一緒なんだよ』

 『そーゆ―ことだ』

 彼女の背後から男の声がした。


「この声は、シェードか!」

 レナイスンが血相を変えた。


 『おっと、レナイスンの旦那も元気そうだな。悪いが、いがみ合いは無しでいこうぜ』

 シェードの飄々とした声だけが届いた。


 貨物船の中から、一艘の船が現れた。

 それは、紛れもなくデュラハンの宇宙船だった。


 『片が付いたら、お受け取りのサインをお願いします』

 宇宙一の運び屋とは思えない、呑気なオレンジの声が聞こえた。


 デュラハンの船は、アタシ達の船に接近を始めた。


 護るように、バロンのキャンベルは戦闘を開始した。

 アタシは彼の雄姿に目を向けた。


 修理が済んで、カラーリングも一新したキャンベル。さぞかしカッコよく仕上がっているものと思った・・・が。


 あれ。


 アタシの眼は点になった。


 全塗が無理だから、赤を差し色にして、全体に「赤」のイメージが出るようにカラーリングをするって、言ってたよね。

 確かにそうなんだけど。


 バロン。

 あなたどうして、縦の赤ストライプにしちゃったの?

 なんだか、紅白幕にしか見えないわよ。

 カッコいいっていうより、すごくおめでたい感じになってるけど・・・。


 『あっしの新プレーン、〈クリムゾンストライカー〉の実力を見せるでやんす!!』

 バロンが叫んで、数機の敵プレーンに銃弾を叩き込んでいた。


 さすがバロン。機体の色はアレだけど、腕は良い。

 感心していると、振動が来た。


 デュラハンの船が、アタシ達の船に横付けして、ゲートをつなぎ始めていた。


「まって、シャーリィ、こっちの船は化学兵器が拡散してる。つなぐと危ない」

 『心配するな、そんなのわかってる』


 シャーリィと、シェードの声が重なった。


 『仔細は後で説明する、こっから浄化剤を注入するぞ、それにリンもそこに居るか?』

 シェードが彼女を呼んだ。


「私なら、ここよ。生きてるわ」

 『良し、例のブツ、確かに持ってきたぜ』

「本当なのシェード!」


 リンの顔に、満面の笑みが浮かんだ。


 『俺が嘘をつくか』

 つくよね。


 『この船に乗せてある。受け取りに来い。報酬の方は後でいいが、忘れんなよ』


「リン、アイツに何を頼んだの?」

 アタシの問いかけに、リンは口を開きかけた。


 振動に邪魔をされた。

 今度のは良くない感じだと、すぐに直感した。

 どこかに被弾したようだった。


 再びモニターに目を向けて、アタシは迫りくる敵影に気付いた。


「バロンさん! 危ない、避けて!」


 アタシの声は、一瞬遅かった。


 暗紫色に、笑う炎をマーキングしたウィルのプレーン〈ダークバイア〉のライフルが、バロンの乗るキャンベルの肩を打ち砕いた。


 『不意打ちとは、卑怯でやんす~!』

 『バカか、戦闘に卑怯もクソもあるか』


 ウィルが嘲笑った。

 以前戦った時を遥かに凌ぐスピードで、ウィルはバロンを翻弄した。

 ゼロのところでカスタムしたのか、性能が格段にアップしているように見えた。


 いけない、このままだと、バロンが危ない。


「ラライ、急いでデュラハンの船に行って」

 リンが叫んだ。


「え、アタシが、なんで?」

「いいから、早く! でないと、あなたの大切な人が死んじゃうわよ」


 有無を言わさぬ口調だった。

 確かに、迷ってる暇はなさそうだった。

 アタシは、理由も分からないまま、コクピットを飛び出した。


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