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シーン35 罠は二重に三重に

 シーン35 罠は二重に三重に


 外の様子が全くわからない空間に居ても、船が亜空間航行をする感覚はわかる。特にスペーススーツを着ていないと、体中の血液が湧きたつような不快感が生まれるのだ。


 この部屋に監禁されてから、軽く10時間は経っていた。


 縛られた手足はうっ血しているみたいで、指先がしびれる感覚が続いていた。そのうちに全身が重苦しくなってきて、微かな吐き気を感じるほどに体調が悪くなった。

 最初のうちは、大声を出してみたり、手の届く範囲を手当たり次第に叩いたりして助けを期待してみたが、どれもこれも徒労に終わった。


 目的地はトマス星系の第一惑星トーマだと、アナウンスは言った。

 トーマは、星系の名前の由来になった星でもあるが、実は太陽にもっとも近すぎるため、人類種の自然生存条件に適合せず、第二惑星のウルマとともに、現在はエレス同盟の管理管轄外、つまり外宇宙の扱いになっている。


 一つの星系内に外宇宙地域が混在するのは、それなりに珍しい事である。

 第三惑星から第十五惑星までの星々がドゥ帝国やルゥ惑星連合の干渉を受け、泥沼の戦乱状態に陥った事が背景にある。

 最終的に、トーマ星系の統一政府はエレス同盟への加入を決定したのだが、無政府状態で取り残された二つの惑星とその周域は、各勢力の不可侵地域として残された。


 そうすると、当然のように行き場のない犯罪者や組織が、巣食い始める。

 気がつくと、そこには煩雑にして、奇妙な犯罪文化が生まれていた。


 第一惑星トーマの周辺には、現在、どの宇宙勢力からも独立した居住衛星が、すでに数百以上存在している。そこでは、法が無視され、常に危険と隣り合わせになっている反面、あらゆる人類の悦楽もまた、享受する事が出来るようになっていた。


 それは、トマスの巨大太陽が生み出した影とも言える。


 この世界に立ち入る事は、一般の人々にとっては、それだけで大きな冒険だ。そして、このクルーズが「ミステリー」という言葉の底に隠した目玉企画こそ、このトーマへの寄港なのである。


「もうそろそろ、危ない時間かしらね」

 アタシは隣に並ぶリンに話しかけた。

 アタシ達はお互いの足を固定され、しかも後ろ手のままうつぶせに倒れていた・


「まだ。大丈夫よ。さっきタイマーを見た感じだと、装置が動作を開始するのに、あと5時間はある。そこから船内に充満して、毒素の放出を始めるのには、そこから20時間」

「じゃ、あと実質一日か」

「そうなるわね」


 言ったきり、リンはまた押し黙ってしまった。


 アタシはリンを見た。

 お互い無様な格好だ。

 アタシは、まあ、こういう不当な扱いには何故か慣れてるけれど、リンにとっては、おそらく耐え切れない程の屈辱に違いない。

 もともとが、どちらかといえばドSな性格だ。それだけに、誰かに拘束されるなんて、彼女のプライドが許さないだろう。

 それが、こうして敵の手に落ちている。

 彼女のメンタルが、少しだけ心配だ。


 アタシはもう一度、脱出を試みた。

 芋虫のように這ってみたが、結局チェーンのせいで、届かなかった。

 だったら、空調室の機械をいじくって、何らかのエラーを起こして人を呼ぼうとしたが、それも失敗した。拘束されたリンの足が変な方向に曲がりかけて、彼女が悲鳴を上げた。

 あわてて体勢を戻そうとしたら、顔面から落ちてあごを打ってしまった。


 まさに、手も足も出ないとは、この事だ。

 万策尽き果てたアタシは、それでも何かしらこの場を抜け出す方法はないかと、頭だけをフル回転させていた。


「ライ」

 彼女が、思いつめたように呟いた。

 リンの眼が、微かに潤んでいるのを、アタシは見てしまった。


「ごめんね、ライ。私のせいで」

「な、何よ。リンのせいなんかじゃ、ないわよ」

 珍しく謙虚に出られて、アタシは調子が狂った。


「だって、私がもっと冷静に状況を判断していたら、こんな事にはならなかった」

「どっちかって言えば、アタシが悪かったの。もう少し慎重に動くべきだったのに。どこかでカインに正体を掴まれていたみたいだし」

「だけど、今回の事件は、もともと私の個人的な復讐だったのよ。それなのに、あなたを巻き込んでしまった」

「セントラルスペースに、恨みがあるのはアタシも一緒。リンがいなければ、ただ何も知らずにいただけだわ。結局、添乗員としてこの船に乗っていたかもしれないし。リンが気に病む事なんて、一つも無いんだから」


 元気づけようとしたわけではなかったが、明るい言い方になった。

 リンの眼から、涙が溢れた。


 アタシは動揺した。

 リンが泣くなんて。

 しかも、アタシの目の前で。

 ちょっと、どう声をかけて良いか分からなくなった。

 そして。


 こんなこと言ったら、彼女に申し訳ないけど。


 へこんでるリンが、めちゃくちゃ可愛いらしく見えた。


 普段、強気な顔しか見ていないだけに、余計にそう思った。

 アタシが男だったら、惚れてしまうかもしれないレベルだ。


「ごめんね、ライ。今の私じゃ、みんなを救えない」

 リンが悔しさをかみしめるように言った。


「そんな事ない」


 アタシは首を振った。

 アタシにだって、何の根拠も、確信も、策も無い。

 だけど、こんなとこで負けてたまるか!

 死んでなんかなるもんか!

 その想いだけは、どんな逆境でも変わらなかった。


「アタシ達は負けない。何の罪もない人たちを、あいつらの欲望の為だけに、殺させるわけにはいかないんだ。だから、何とかこの場を脱出しないと。絶対に、諦めるもんか」


「ライ・・・」


 アタシは頷いた。

 かっこ悪くて、説得力もないもないけど、彼女は、じっとアタシを見つめて、しばらくしてから、小さく「うん」と、頷いた。



 それは、唐突だった。

 空調室の扉を開ける音がした。


 アタシの背後に、誰かが立った。

 音もなく屈み、最初に二人をつなぐ足かせを、次に、腕の拘束を解く。

 アタシは信じられない思いで、肉体が軽くなるのを感じた。


「君たちが、敵でない事は確信した」

 男は、アタシ達の耳元で、そう囁いた。

 聞き覚えのある声だった。

 この声は、まさか。


 アタシ達は、彼を振り返った。


 見覚えのある、中年オヤジが、そこに居た。


「か、カリブ・・・さん?」


「ミライちゃんに、マリンちゃん、大変な目にあいましたねー」

 カリブは、呆気にとられるアタシ達に満面の微笑みを向けた後、急いで例の筒状の装置に駆け寄った。


「カリブさん、あなたは一体?」

 アタシはそれだけ聞くのが精一杯だった。

 彼はアタシ達に、背を向けたまま答えた。


「申し訳ないけど、全部、話は聞かせていただきましたよ」

「ど、どういう事?」

「失礼とは思いましたけれど、これも仕事でしてねー。あの名刺、どうせ偽物ですから、後で捨てておいてください」

「名刺を?」


 言ってから、アタシははっと気づいた。

 カリブの名刺、確かアタシ、カバンに入れてたけど・・・。

 きちんとラミネートされていて・・・。

 ラミネート?


 アタシとリンは顔を見合わせた。


 フィルム型盗聴器だ。

 リンが言ってた。あれは、エレス軍が開発したものだって。


 つまり、・・・彼はエレス軍人?

 アタシは、その衝撃の事実に気付いて倒れそうになった。


 内偵していたエレス軍事警察の捜査官ってのは、カリブなの?


 リンが、涙を拭いて立ち上がった。


「カリブさん、それ、止められますか?」

 彼女の問いかけに、カリブは首を傾げた。

「おかしいな。これ、何の仕掛けもされてない」


 装置を何度も確認して、スイッチらしき部分を押す。

 甲高い機械音とともに、装置が止まった。


「ん、今のは?」

 アタシも、カリブに近づいた。

 覗き込むと、確かにタイマーは止まっていた。


 ホッとすべきところなのに、逆に嫌な予感がした。

「これって、ただのダミーみたい。いまの音って、もしかしたら」


「・・・発信音か」

 リンもまた、それに気付いた。


「やばいですねえ。一旦この場所を離れましょうか」

 カリブが装置を持ったまま、空調室の入り口に向かった。

 扉が開いたままだった。


 油断していた、わけではなかった。


 エネルギー銃の銃撃音が響いた。

 アタシは目を疑った。


 銃口が光っていた。

 あの銃口の特徴的な形を、アタシは知っていた。

 ブラックバード。

 地球製の、高精度のハンドガンだ。


 呻き声をあげて、カリブは倒れた。

 頭部を撃ち抜かれていた。


 殺された?


 アタシはそれを直感した。

 確認は出来なかったが、撃たれた場所が最悪だ。


 彼はアタシの足元で、ピクリとも動かなくなった。

 筒状の装置が、彼の手を離れ、コロコロとアタシの足元を転がっていった。


「貴様っ!」

 リンが躍りかかった。


「駄目、リンっ!」


 銃撃は容赦なかった。

 リンの胸元を、ブラスターが貫いた。

 彼女の体が糸の切れた操り人形みたいに、よろけて崩れ落ちるのを、アタシは成す術もなく見つめた。


「り・・・リン!?」


 アタシは銃口を振り向いた。

 信じられない。

 そう簡単に、信じる事など出来るものか。

 だけど、あのブラックバードは、間違いない、彼の愛銃だ。


「何故なの。なんで、アタシ達に銃を向けるの?」

 アタシは、かすれた声で訊いた。


「なんでなの、アタシ達を裏切ったの、それとも、最初からアンタはそっち側だったの、答えて、ウィル!?」


 男は、室内に姿を現した。

 やはり、間違いはなかった。


 紛れもないウィルが、アタシに銃を向け、そこに立っていた。


「ご苦労さんだったな、ラライ」

 ウィルは、いつもと変わらない笑みを口元に湛えていた。


「ウィル、あんたはアタシを・・・アタシ達を、利用していたの?」

「ま、簡単に言えば、そういう事だ」

 彼は、足元に倒れたカリブに一瞥を与えた。


「まさかこいつだったとはな。エレスの軍事警察が内定に入っていたのは気付いていたが、なかなか正体を掴ませてくれなかったもんでね。お前たちを泳がせておけば、接触を図るだろうと踏んだのが、大正解だった」

「そんな事の為に・・・、じゃあ、今までアタシに協力してくれたのは、全部カリブさんをおびき出す為だったの?」

「そうさ。なにしろ、最後のデモンストレーションをするのに、こいつがどうも邪魔でね」

 彼の表情には、今までに見たことも無い程、満足げな色が浮かんだ。


「エレス軍事警察は、必ず内偵部隊と特殊攻撃隊が連携している。仲間を呼ばれてはたまらんからな」

 ウィルはそう言って、念を押すように、カリブの胸元を撃った。

 アタシは顔をそむけた。


「アタシ・・・アンタの事、信頼しかけてたのに」

「そりゃ、悪かったな。だけど、あんたこそ、甘ちゃんすぎるぜ」


 ウィルはアタシに銃口を向けなおした。

 鈍色の銃身が、やけに冷たく輝いていた。


「アンタの正体は、最後まで分からずじまいだったが、まあ、どうせただの雇われ者だろう。こっちとしても、なかなか楽しませてもらったぜ」

「ウィル、アンタこそ一体何者なの。ただの傭兵、ってわけじゃ、なかったみたいね」


 ウィルは笑った。

 嫌な笑い方だ。こいつの事、本気で嫌いになれそうだった。


「冥土の土産に教えてやる。俺の雇い主はカインじゃない。俺は、本部に命じられて、カインの企みが上手くいくかを確認しに来た。ついでに、ちょっとした手助けをしにな。いってみれば、俺はカインの子守役さ」


 本部?

 アストラルか。それとも、もっと大きな犯罪組織か。


 アタシの脳裏に、バスルームで盗み聞きした会話が蘇った。


「クレンが言っていた、本部からのお目付け役って、アンタだったのね」

「ほう、あの女がそんな事を。そういやアイツも、エレス軍のスパイだったな」

「・・・!?」


 そうか。それで、クレンは殺されたのか。

 アタシの中で、事件が一つに繋がり始めた。


 船が揺れた。

 この感覚は、おそらく、二度目の亜空間航行に入ったのだ。

 という事は、もう、惑星トーマまでは目と鼻の先だ。


「少々、おしゃべりが過ぎたな。ラライ、そろそろ時間だ」

「ウィルっ!」

「せめて、楽に死なせてやる」


 彼は引き金を引いた。

 銃撃は、正確にアタシの心臓を撃った。


 激しい衝撃に弾かれて、アタシの体は宙を舞った。

 意識が飛んだ。



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