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シーン34 牙をむいた悪党

 シーン34 牙をむいた悪党


 焦る気持ちをギリギリまで抑え込んで、アタシは二等客船に戻った。

 誰かにも見咎められることも、邪魔される事も無かった。それなのに、二等客船までの距離が怖ろしく長く感じられて、まるで目に見えない何者かに妨げられているような錯覚に陥った。

 時々、何人かの若いスタッフが、アタシを興味深そうに見つめていたが、声をかけてくるような人は一人もいなかった。


 ようやく安心できるところまで戻った時には、アタシの膝は緊張から解かれて、がくがくと震えた。

 こうしてはいられない、早くデイジーを探さないと。

 でも、空調室って、どこにあるんだ。


 こういう時に限って、聞けそうな人が誰もいない。

 中央のエレベーターホールに辿り着いたところで、正面から見覚えのある赤毛の美人が走って来た。


「ライ、早く、こっちよ」

 リンが叫ぶように言った。


 ラライです。と、訂正してる場合じゃない。

 アタシはリンの後を追って走った。


「その様子だと、何が起こったか、わかってるみたいね」

「全部聞いてたもの。空調室は、えーと、この下ね」


 リンは非常口の扉を押し開いて、奥にある作業用エレベーターに飛び乗った。


「間に合うかな」

「デイジーも一回部屋に戻ったみたいだし、大丈夫だと思う」

「早まらないと良いけど」


 アタシ達は、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前に立った。

 カタン、と、中で音がした。


「デイジー、駄目! やめて!」

 アタシは慌ててその扉を押し開いた。


 彼女は心底驚いた顔でアタシ達を振り返った。


 デイジーは例の筒を足元において、巨大な空調システムの点検口を覗き込んでいる所だった。


「何。どうしたの、あなた達?」

 微かに声が震えていた。

 驚いたのも無理はない。

 彼女自身、ここでの作業には、不安と後ろめたさを感じていたようだった。

 デイジーは、アタシとリンを見比べて、そして、愕然と目を見開いた。


「え、あなた、まさか?」

 アタシの事を、穴が開く程見つめている。どうやら、見覚えがある面影に気付いたらしい。

 そうよ。アタシはラライ。

 デイジー、あなたはアタシの事を覚えていてくれたようね。それが、アタシにとって嬉しい事かどうかはわからないけど。


「デイジー、それをセットしちゃダメ。それは悪魔の兵器よ」

「あなた、もしかしてラライなの」

「もしかしなくてもアタシよ。でも、今はそれより大事なことがあるの」

「どういうことなの。カインはあなたのこと知ってるの?」

 質問は後だ。それより、アタシの方こそ、あなたに聞きたいことが山ほどある。


「とにかく、そのままじっとしてて、動かないで」

 アタシはデイジーをなだめるように言った。

 明らかに彼女は動揺していた。

 自分がどういう状況になっているのか、それすらも分かっていないという感じだ。


 だけど、良かった。

 どうやら間に合ったようだ。

 リンが、そっと筒に手を出した。


「あなたは、マリンさん?」

 デイジーがリンを見た。

 リンは彼女にちらりと視線を返したのち、筒の構造をチェックしはじめた。


「デイジー、あなたとカインがこの船で、いえ、この会社で何をやってきたか、アタシはもう知ってるわ。だけど、あなたもカインに利用されているだけみたいね」

「ラライ、あなたは一体何者なの? カインは、あなたの事を邪魔者って言い方してたけど、もしかして、どこかの警察か何か?」

「そんなんじゃないけど、あなた達のやってる事は、許せないわ」

 アタシはデイジーを睨みつけた。


 もはや正体を知られた以上、デイジーをこのままにはしておけない。

 だが、アタシは暴力に訴えるのは嫌いだし、さてどうしよう。

 アタシはリンを見た。


「どう、装置の方は大丈夫そう?」

「そうね、中身はわからないけど、確かにタイマーがセットされているみたい。でも、まだ起動すらしていない。今のうちに、外に捨てよう」

「それって、なんなの。エアーフレッシュナーじゃないの?」

「本気でそれを信じたの?」

「それは・・・」


 デイジーは口ごもった。

 この事だけに関しては、彼女を責めるわけにはいかない。


 彼女はその装置の真実を知らない。

 そして。

 ある意味、彼女も被害者になりかけたのだ。

 むしろ、デイジー自身も危険に晒された事を彼女に伝えれば、もしかしたら彼女はアタシ達に協力的になってくれないものだろうか。


「デイジー、話を聞いて。あなたも騙されてるの。カインは、アタシ達を、二等客船の乗員を全員皆殺しにするつもりなのよ」

「そんな、何のために。私は彼のパートナーなのよ!?」

「そう思ってるのは、あなただけよ」


「それほど、人を悪くいうものではない」


 突然、背後から声がした。

 アタシもリンも、気配に気づけなかった。


 背中に、固いものが押し付けられた。

 リンが、微かな隙を突いて振り返ろうとして、思い切り後頭部を殴られた。

 彼女が前のめりによろめくのが見えた。


「リン!?」

「お友達よりも、自分の心配をした方が良い」

「その声、カインね」


 それは、確かにカインだった。

 でも、何でここに?


「久しぶりだな、ラライ・フィオロン。その髪の色もなかなか素敵だよ」


 ・・・!?


「カイン、いつから気付いて?」

「さあ、いつだろうね」

 カインは不敵に言った。

 アタシの体を銃で小突き、少し前のめりにさせて、頭の後ろで手を組むように指示した。


 彼は突然、アタシの体を触り始めた。

 くそ。

 気持ち悪い。

 アタシの事をなんだと思ってるんだ。

 そんなに安い女じゃないんだぞ。


 カインはアタシのつなぎのファスナーを下ろした。隠してあったヘルシオンβを見つけて、遠くに放り投げる。

 ついでにアタシの尻をぺろりと触った。

 余計な事するんじゃない。


 噛みつきたいが、押し付けられている銃口の圧力が気になった。


 今度から、銃を身につけるのは考えよう。

 結局のところ、さっぱり役に立ってないし、そもそも取り出しにくい。

 なんだか損した気分だ。


 デイジーが、彼の方に近づいて、かすかに怒りと安堵のないまぜになった表情を浮かべた。

「カイン。これはどういう事なの?」

「デイジー、君には後でゆっくりと説明しよう」

 カインは彼女を下がらせた。


 なんてこった。

 状況を整理しながら、アタシは唇をかんだ。


 これは計算外だ。

 まさかカインがここに来るなんて。

 いや。

 これって、もしかしたらアタシたちの方が、嵌められたって事じゃない?


 カインは準備が良かった。

 リンが後ろ手に電子式の枷を嵌められたのが見えた。

 リンは抵抗しようとしたが、最初に不意打ちを食ったのが痛かった。それに、流石に屈強な男が二人がかりでは、流石に彼女でも勝てなかった。


 アタシも抵抗しようという気持ちはあったものの、銃には勝てない。それに、カインは意外と腕力があった。

 アタシは簡単に腕を拘束された。

 リンと同じ枷を嵌められ、そのまま二人並んで、その場に這いつくばるように指示された。

 屈辱的な姿勢だったが、今は従うしかなかった。

 男たちが、アタシの右足と、リンの左足をつなぐように固定して、さらにチェーンのようなもので空調室の壁面に飛び出したパイプ状の突起に固定した。


「さて、これでよし」


 カインは満足げに呟くと、例の筒状の装置を、アタシ達が幾ら必死に体を伸ばしても届かない所に置いて、タイマーの時間を確認した。


「さて、質問だ。ラライ君。それに、そっちの君は、名簿上ではマリンとなっていたな。まあ、どうせ偽名だろうが・・・。君たちの正体、正直に教えてもらおうか」


 カインが言った。


「アタシ達の正体? アンタに殺されかけた、ただの無職の女よ」

 アタシは暴れ出したい気分だった。


 彼は、以前アタシを焼き殺そうとした時と同じ目で、アタシを見ていた。

 言葉ほど、本気でアタシの正体を知りたいとも思っていない、そんな顔だった。


「まあ、素直に吐くわけはないか」

 カインは薄く笑った。


「どうせどこかの警察の手先か、もしかすると同業他社のスパイかな」


 それは考えすぎだけど、勝手に想像しとけばいい。

 リンが少し頭を振るのが見えた。

 アタシが思った以上に、殴られたダメージがあるようだった。


「もっと痛い目にあいたいなら、ご希望にお応えするが」


 彼はアタシとリンを見比べて、結局アタシを選んだ。

 ちぇ、やっぱりどっちの方が弱いか、見ても分かるらしい。

 だけど、こう見えて、あきらめの悪さは誰にも負けないぞ。


「痛いのは嫌い。だけど、あんたになんか、何も話すもんか」

 アタシは精一杯強がってみせた。


 だけど、そんな反抗心も、この男には負け犬の遠吠えほどにも伝わらなかった。


 カインは容赦なく、アタシの横顔を張った。

 痛ったー。

 ってーか、女の顔に手をあげるなんて、とんだクズ野郎だ。


 涙目になったが、我慢してもう一度睨みつけた。


「カイン・・・」

 デイジーに声をかけられ、彼はふと彼女を見た。


「そんな女の事より、早く私に事情を説明してほしい、・・・あなたが私を騙したって、それって、本当なの」

「デイジー、それは誤解だよ」


 カインの気が、アタシからそがれた。

 彼は面倒そうにデイジーを見た後、仕方なさそうに小さくため息をついた。


「そうだな。どうせ死ぬ女に、これ以上構っていても意味がないか」

 声は、今までになく冷たかった。


 死ぬ・・・か。

 殺す、と言わなかったな。


「なあ、ラライ君。君はどうやら、これが何であるのかを知っているようだ。だとしたら、君たちに残される時間も、少しくらいは想像がついているんじゃないかな」


 カインの表情に、凶悪さが宿った。


 これが、彼の本性か。

 なるほど、こいつは人が恐怖に慄く姿を見るのが好きなんだ。

 最低で最悪。

 ちくしょう、どうにかして、この場を切り抜けないと・・・。


「時間をあげよう。折角の人生最後の時だ、お友達と一緒に、十分に語り明かせばいい」


 カインの手が、筒状の装置に触れた。

 何かが動作する音が聞こえる。


 アタシは、全身の毛が逆立つのを感じた。


 彼は空調室に、アタシ達を置き去りにした。

 外側からロックをかける音がした。


 カインの嘲笑う声が、しばらくの間、耳に残って離れなかった


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