シーン33 無鉄砲にも程がある
シーン33 無鉄砲にも程がある
リンの仕事は流石だった。
一等客船に繋がるセキュリティゲートを潜り抜ける時は、内心ドキドキものだった。
クレンのパスカードは、ちゃんとアタシの認証に切り替わっていた。
無事アタシが通り向けたのを見て、ウィルもほっとした顔をした。
「なかなか似合うじゃねえか、そのままウチに就職するか?」
アタシのつなぎ姿を見て、ウィルが冗談交じりに言った。
「冗談でしょ、アタシは二度とやくざな仕事には戻らないと決めたの」
「って事は、昔はやくざ者だったって事か」
「・・・・」
アタシって、いっつも余計な事言っちゃうのよね。
一等客船は、流石に豪華な造りになっていた。
レストランも、カジノも、劇場も完備されている。
だが、それにもかかわらず、レジャー船の華やかな雰囲気は感じられず、そこで働くスタッフの顔にも、明らかな緊張の色が伺えた。
「あんまり、キョロキョロするなよ。色んな奴がいるからな」
通り過ぎる乗客を自然にやり過ごしながら、ウィルは小声でアタシに注意した。
「この中で、素性を知ってる人って、いる?」
「ああ」
ウィルは展望テラスの一角で足を止めて、アタシに並んだ。
「顔を向けるなよ。通路をエレベーター側に歩く集団が見えるか」
彼が示した方向に瞳だけを向けると、4.5人の男の姿が見えた。
先頭を歩く男は、かなり異様な姿をしていた。
顔が二つある。
正面を向いた顔と、後頭部に、もう一つの顔。
あれは、フォーノック星系の人類だ。
「奴は武装勢力組織、リブス解放戦線の、指導者の一人だ」
「あの、有名な過激派テロ組織よね」
「そうだ」
ウィルはポケットからタブレット状の合法ドラッグを取り出して噛み始めた。
独特の匂いがする。
いくら合法でも、アタシはドラッグが嫌いだ。
あからさまに嫌悪感を表情に出したけど、ウィルは気にしなかった。
「向こうにいるのは、ビノー革命軍のウィスカ将軍。あと、今レストラン側からこっちに来るのは、宇宙海賊パルカのキャプテンだな」
「同盟圏の賞金首ばっかりじゃない」
「ああ、危険な連中だ」
ウィルは彼らが立ち去るのを待って、再度歩き始めた。
格納庫へと繋がる通路には、幾つかの隔壁があって、その度にパスの確認を求められた。
一度通っているのだから問題は無いとわかっていても、何だか緊張してしまう。
50人は乗れそうな巨大なエレベーターに乗って、更に2ブロック進んだ。
体が軽くなって、重力が軽減されたのがわかった。
「そろそろ目的地かしら」
「ああ、この先だ。一応、今は商品のお披露目をしている筈だから、見物くらいはできるだろうぜ」
彼は格納庫の入り口を開いた。
中は膨大な広さだった。
そして、息をのむほどの「商品」が、そこに陳列されていた。
大量の破壊兵器、虐殺兵器、制圧兵器。
どれもこれも、一般に出回るようなものではない。
アタシは一つ一つを見て歩き、その度に掌に汗をかいた。
アタシも兵器マニアだが、そういった好きと、これは、意味合いが違う。
アタシが好きなのは古き良き兵器の「形」であって、技術開発という人の血と汗と涙が込められた性能向上の段階を、その造形に見出すことにある。
簡単に言えば、形が持つ「無駄」や「無意味」さが、それを作った者の感性を伝えてくるような気がして、ある意味美術品を愛でる感覚に近い。
でも、ここにある兵器はそうじゃない。
ただ理不尽に、壊しつくす、殺しつくす、ことだけを追及したものだ。
まあ。
言い訳みたいなものだけど・・・。
矛盾してるって、言われるかもしれないけど。
まあ、世界は矛盾があるから成り立ってるわけで。
アタシは矛盾も愛して生きているのだから、それでいいのだ。
「目当てのものはありそうかい?」
「いえ、今のところは・・・」
言いかけて、アタシは言葉を止めた。
咄嗟に、拡散ミサイルボックスの陰に身を潜める。
ウィルが不思議そうに追ってきた。
「どうした」
「あそこ、見て」
あたしは、格納庫に面した側壁の透明な窓の向こうに、一人の人影を見つけた。
見覚えのあるブラウンの髪。
・・・あの男だ。
「ウィル、あの男は?」
ウィルは、目を細めた。
「あいつか、確か、パープルトリックのカーティスとかって奴だな」
「パープルトリック?」
「なんだ、知り合いか」
「ちょっとね」
アタシの記憶に、その名前は残っていた。
確か、以前、カインが口走った名前だ。何かの兵器を競り落としたとか言っていた。
それに、パープルトリックといえば、新興犯罪組織リングの傘下で、その昔、デュラハンが身を寄せていた組織だった筈だ。
そうか、あの男がカーティス。
一等客船の乗客だったのか。どうりで、あまり見かけない筈だ。
カーティスの姿が消えると、入れ替わるようにしてデイジーが姿を見せた。
てっきり彼女は二等客船にばかりいるものと思っていたので、少し意外だった。どこに行くものかと思っていると、彼女は格納庫に入ってきた。
ウィルはアタシの手を引いた。
格納庫の奥に小さな作業用プレーンがあった。ウィルはその狭いコクピットにアタシを押し込むと、自分も乗ってきた。
やだ、どこ触ってんのよ。
アタシが身をよじって、少しでも体を離そうとすると、
「すまんな。だが、ここなら安全だ」
彼はプレーンのシステムを起動させ、モニター画面を開いた。
「デイジー、こんな所で何やってんのかな」
「向こうから見たら、俺たちの方こそ怪しいぜ」
「まあ、そうだけど」
アタシ達は、彼女の動きをじっと観察した。
彼女は何かを待っている様子だったが、その仕草が、どうも落ち着かない雰囲気に見える。普段の彼女の毅然とした様子を知っているだけに、どこか違和感を覚えた。
程なくして、待ち人が姿を見せた。
ある意味、予想通りの人物だった。
カインだ。
いつものように、取り巻きを連れていたが、その数は2人になっていた。
ウィルが外部マイクのスイッチをオンにして、ボリュームを上げた。
指向性マイクらしく、明瞭に音を拾った。
「こんな所に呼び出して、何の用?」
デイジーの声が流れた。
「頼みたいことがある」
「急な進路変更で、お客さんの一部から文句が上がってるんだけど。オプショナルのキャンセルとかも入れないといけないし、忙しいのよ」
「心配はいらない、放っておけ」
「本業を捨て置けって?」
「デイジー、我々の本業はこっちだ」
カインが有無を言わさぬ口調になった。
デイジーの表情までは読めなかったが、憮然とした雰囲気だけは伝わってきた。
どうやら。
デイジーはカインの部下には違いないけれど、計画の全てを知らされているわけではなさそうだった。
「で、何をすればいいの?」
デイジーが仕方なさげに言った。
カインが指を鳴らした。
彼の部下の一人が、細長い筒状の物をデイジーに渡した。
「これは何?」
「エアーフレッシュナーさ。今日中に、二等客船の空調室にセットしてほしい。手順は書いてある」
「なんで、今更こんなものを?」
「ちょっとしたご褒美だよ、我々のカモフラージュをして頂いたお客様へのね」
「こんな事、自分でしたらいいじゃない。すぐしないといけないの?」
「タイマーで起動するから、今日中に仕掛けてくれればいい」
「変な話ね。本当にフレッシュナー? こんな少量で、効果なんてなさそうだけど」
「これも、我々の技術の応用でね」
デイジーが仕方なく、筒を小脇に挟んだ。
「用件はそれで終わり? なら、私はもう行くわ」
「ああ、手間をかけるね」
カインの声に、愉快そうな響きが隠れていた。
アタシも、ウィルも、それが何なのか理解できていた。
デイジーの姿が見えなくなるまで、カインはその背を見送っていた。
アタシはウィルと顔を見合わせた。
「デイジーを止めないと」
「そうだな、だが、俺はどうしても確かめたいことがある」
「何? どうしたの」
ウィルが、思いつめた顔をしていた。
「これは、カイン本人の考えなのか。それとも、背後に誰かがついているのか。俺にはどうしても、カインがそこまで大それたことを考えつく奴には思えないんだ」
「ウィル・・・」
「すまんな。俺は俺のやり方でやらせてもらう、あんたは、もう少しだけ、ここに隠れていてくれ」
ウィルはアタシが引き留める間もなく、ハッチを開いて飛び出していた。
アタシは体を伏せて、なんとか彼らの視界から身を隠した。
何を考えてるの、ウィル。
無鉄砲なのもいいけど、程があるんじゃない。
突然姿を見せたウィルに、カインは驚いた顔をした。
「ウィル、どうした。こんな所へ。幾らお前でも、そうそう出入りして良い所じゃないぞ」
「カイン。聞きたいことがある」
ウィルの表情には、鬼気迫るものがあった。
「全部見たぜ。さっきデイジーに渡したのは、実験用の化学兵器なんだろ」
「ウィル、お前、どうしてそれを?」
「なあ、カイン、何でこんな事をする? 化学兵器の売り込みはわかるが、一般人を巻き込むってのは、あんたらしくねえ。それに・・・」
ウィルが言葉を詰まらせた。
怒りを飲み込んでいるのがわかった。
「あんた、俺達が巻き添えになるってわかってて、こんな事を仕掛けたのか?」
ウィルがカインの肩に手を伸ばした。
その手を、カインが払った。
「カイン!?」
ウィルは、信じられないというように相手の名を呼んだ。
カインの手に、銃が握られていた。
側に立つ二人の男も、それぞれに銃を抜いて、ウィルを狙っていた。
「ウィル。君たちは深入りしすぎた。外部の人間にしては、知りすぎたんだよ」
「じゃあ、ハナからこのつもりだったのか」
「全てを清算しろとの、お達しでね。それが我々アストラルの生きのびる道さ」
ウィルが、両手を上げた。
「後ろ盾がいるんだな」
「その位は、予測していただろう」
「まあな」
カインが部下に向かって顎で指示した。
「こいつを連れて行け、ここでは、まずい」
「俺を殺すなら、すぐの方が良い。その方があんたの身のためだぜ」
ウィル!
アタシは声を出して飛び出したかったが、それで、この状況が良くなるとは思えなかった。
ウィルを助けたい。
だけど、相手は三人で、しかも彼を盾にとられた状況では、いくらアタシの銃さばきが優れていても、リスクが高すぎる。
それに、彼はこうなる事をわかっていて、飛び出したようにも見えた。
一体、何のため?
アタシは溢れる感情を必死に堪えた。
やがて、彼らの姿が見えなくなると、ようやくアタシは身を起こした。
こうしてはいられない。
ウィルも助けないといけないが、まずはデイジーを止めないと。
アタシは走った。




