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シーン32 潜入作戦準備中

 シーン32 潜入作戦準備中


 気分が悪いなんてもんじゃない。

 久しぶりに最低な気分だ。


 アタシも昔は人殺しだった。

 言い逃れが出来ないくらい、多くの人命を、簡単に奪ってきた。

 犯罪結社の野望をくじく為なら、悪人だったら、殺しても良いって、どっかで割り切っていられた。


 だけど、今のアタシは違う。

 贖罪になんてならないけれど、二度と、同じ過ちは繰り返さないと誓っている。


 だから、こういう、人の命を命とも思わない連中のやり方は、許すことが出来ない。


「ちょっと、頭を冷やしてくる」

「どこに行くの?」

「ストレス解消」

「ディナーまでには戻りなさいよ」


 リンは止めなかった。

 アタシは射撃場に向かった。


 受付の男は、アタシを見て、苦笑いを浮かべた。

 この間、女と思って馬鹿にしたのを、思い出しているのだろう。

 シャーク46を頼むと、今回は何も言わず渡してくれた。


 あー。むしゃくしゃする。


 アタシは銃を撃った。

 カインの顔が浮かんで、その次に撃たれたクレンの姿が脳裏に浮かんだ。

 そして、あのブラウンヘアーの男。

 デイジー。そして、ウィル。

 いったい、何がどうなっているんだ!?

 本当に、この船を化学兵器で汚染するつもりなのか。


 全てを撃ち終えると、得点板に98点の文字が浮かんだ。

 文句なしの一位だ。

 周囲から賞賛の拍手が飛んだ。


 まあ、ざっとこんなもんよ。

 銃の扱いじゃ、そう簡単に負けないわよ。


「いやー、見事な腕前ですねえー。ミライちゃんやるもんですなあー」


 ん、この声は。

 アタシは恐る恐る振り向いた。


 最近見かけないと思ったのに、カリブが満面の笑みを浮かべて立っていた。


「か、カリブさん。あなたも射撃するんですか」

「いやー。全く縁のない世界でしたがねー。せっかくこういった船に乗ったんだし、話の種に良いかと思いましてねー。あ、じゃあ、その銃をお借りしてっと」

「あ、これは」


 止める間もなく、カリブはアタシの手から、シャーク46を受け取った。


「お客さん、その銃は!」

 店員が焦って声をかけたが、時すでに遅し、カリブは射撃場の中に入っていた。


 し~らないっと。


 激しい銃声と、手首を痛めたであろうカリブの悲鳴が聞こえた。

 アタシはカリブの射撃が終わる前に、その場を逃げた。


 でも、98点か。

 この間のウィルの点数を抜いたな。

 満足しながらぶらぶらと歩き、あたしは、ふと彼の事を考えた。


 ウィルはカインが兵器の密売をしている事を知っていながら、彼に加担している。

 と、いっても、金で雇われた用心棒としてのドライな関係だ。

 化学兵器の事も知らなかったし、デモンストレーションの事も、知らないと言っていた。


 もし、この船で行われる化学兵器の実験のことを知ったら、彼はどう反応するだろうか。

 一度、話をしてみても良いかもしれない。


 アタシは部屋に戻った。



 さっきはビデオレターのせいで、クレンが殺された事や、ブラウンヘアーの男の事を伝え忘れていた。一通り話し終えると、リンの表情は曇った。


「クレンを殺したのは、カインの部下? それとも、そのブラウンヘアーの男? それに、なぜ彼女は殺されたのかしらね」

 リンは自問自答するように言った。


 それは、アタシも疑問に思っていたところだ。

 なんとなくだけど、あのブラウンヘアーの男が撃ったのではないと思う。

 彼は彼女の脈を確かめた。

 自分が撃ったカインの部下には目もくれなかったのに。


「いったい何者かしらね、その男」

「そういえば、リンは会った事ないんだもんね」

 彼女は残念そうに頷いた。


 アタシはクレンのポケットから拝借した一等客船のパスカードを見せた。


「あなたにしては、機転が利いたわね」

「もっと、素直な言い方してくれない・・・」

「素直なつもりだけど」

「・・・」


 彼女はそれを手に取って、記録されたデータを確認した。

 クレンの個人データが浮かび上がった。


「偽名での登録か。本人認証はあるけど、この程度のセキュリティなら、私の技術でも書き換えられそうね。じゃあ、登録しなおそうか」

「まって、誰で登録するの?」

「私だけど」

「ねえ、アタシじゃダメ?」

「なんで、あなたなのよ。一等客船に潜入するとしたら、周り全部が敵みたいなものよ、あなたみたいな弱カスが行っても、危険なだけでしょ」


 弱カスって。

 弱いって言われるのは慣れてるけど、カスって言われるのって、地味にへこむわあ。

 でも、そんなこと気にしてる場合じゃない。


「アタシにも考えがあるの。ただ一等客船に行っても、勝手がわからないし、幾らリンでも危険が大きいと思う」

「それはあなたも一緒でしょ」

「そうなんだけど」


 アタシはリンに、自分の考えを伝えた。

 リンは、それを聞いて、少し悩んだ様子だった。


「考えさせて、まだ時間はあるし」

 彼女は言った。


 だが。

 思ったよりも、時間は無かった。


 二人でディナーを楽しんでいた時だった。

 はじめて一番高級なレストランを選んで、ナイフとフォークを使うお上品な料理を口に運んでいると、店内アナウンスが流れ始めた。


 『お客様に、航路変更のお知らせをいたします』


 アナウンスは、そう言って始まった。


 『次の寄港地はベルニア星の予定となっておりましたが、現地にて武装勢力同士による戦闘状態が発生したため、予定を変更し、トマス星系、第一惑星トーマを目指します』


 リンが、口に運びかけていた肉を落とした。


「ミライ、これって」

「そうね、計画を早めた・・・いえ、最初からこのつもりだったのかも」


 どうやら、じっくりと作戦を練っている場合ではなさそうだ。

 アタシ達も、覚悟を決めるしかなかった。


「仕方ないわね。じゃあ、あなたの考えに乗ってみる・・・か」

 リンが諦めたように言うのを聞いて、アタシは席を立った。

 リンも、すぐに後を追ってきた。


「パスの更新は、すぐに終わらせる。あなたは彼と交渉してみて」

「りょーかい」


 アタシは、船の後方、プレーン格納庫のある付近に向かった。

 ここに来るのは初めてだった。


 何度も来ようと思ったのだが、彼らが居るのを知っていたので、ずっと避けてきたのだ。

 ウィル本人は良いけれど、ドッグ星で周りの連中に絡まれたのが、アタシの中では結構   ブラックな記憶になっている。


 だけど、そうも言っていられない。


 傭兵団「ウィル・オ・ウィスプ」が待機する詰所の扉を、アタシは叩いた。

 見覚えのある、昆虫のような外見をしたガメル人が顔を出した。

 アタシはウィルに用事があってきた事を伝えた。


 幸いなことに、彼はそこに居た。


「あんたか、えーと、ミライだったな」

「相談があってきたの。ちょっといい?」

「忙しくはないが、暇でもねえんだ」

「大事な話なの」

 ウィルは、訝しむようにアタシを見た。


「人目は無い方が良いか」

「出来れば」


 ウィルは、詰所に残っていた面々を追い出して、アタシを中に入れた。


 休憩所、といった感じの空間だが、いかにも荒くれ男の現場らしく、煽情的なポスターが堂々と張り出され、合法麻薬の使いカスが異臭を放っていた。


 やたらと固いソファに腰を下ろすと、目の前に卑猥な雑誌が置いてあって、目のやり場に困った。


「こんな所に来るなんざ、あんたも勇気があるな」

 ウィルがからかうように言った。

「ここの連中は、みんな女日照りだ。あんたみたいな美人、場合に寄っちゃあ、きれいな体では帰れんぞ」

「冗談はよしてよ」

「本気で忠告してるんだぜ」

「そういうのは良いから」


 アタシはウィルの軽口を制した。


「ねえウィル、アンタ一等客船への出入りも出来るんでしょ」

 聞くと、彼は微かに顔を顰めた。


「まあ、基本はこっちで待機だが、その必要があれば。許可は貰っている」

「実際に行った事は?」

「何度かあるぜ。大きめのブツを移動するからって、プレーンの操縦を頼まれた事もあったしな」

「じゃあ、船内はだいたい把握してるわね」

「何が言いたいんだ?」


 ウィルは、うっすらとアタシの目的を察した様子だった。

 いかにも面倒そうにアタシを睨んだ。


「アタシを案内してほしいの。その、格納庫に行って、何があるのかを確認したい」

「無理だ。パスがいる。一人一人登録してあるからな、貸すことも出来ない」

「パスなら、こっちで用意するから。お願い」

「マジかよ」


 ウィルは天を仰ぐ仕草をした。


 そうだ。

 今、アタシ達に必要なのは、情報だ。

 カインの企みが、本当に化学兵器の実証実験なのか、それとも、他に何か考えがあるのか、その答えを知るには、彼が「何を持っているのか」、今回のオークションのメインディッシュとは何なのか、それを、早急に突き止めなければならない。


 それには、この目で確かめるのが一番だ。


「そこまでする理由は何だ。俺が、あんたに協力する理由はあるのか?」

 ウィルが訊いてきた。


「理由なら、あるわ」

「ぜひ、聞かせてもらいたいもんだ」

「化学兵器よ」

「は、時代錯誤な話だな。今どきそんなもんに」

「それが、違うのよ」


 アタシは彼に、モランが突き止めた兵器の話をした。

 ウィルの表情は、話を聞くうちに、みるみると変わっていった。


「そいつが本当なら」

 彼が、歯ぎしりをするのが見えた。


「俺たちも巻き添えになるって、事じゃねえか」


 そういう事になる。

 彼らが居るこの場所も、その兵器がモランの言う通りであるならば、20時間以内には確実に汚染される。そして、その時は、確実に迫っていると、考えた方が良い。


「そうなるわね」

「カインの野郎、ふざけやがって」


 ウィルは、握りこぶしをテーブルにたたきつけた。

 テーブルが割れるのではないかと思って、びくっとなった。


「良いだろう、手を貸すぜ。だが、その恰好じゃ目立ちすぎる」

 彼は、立ち上がって、部屋の隅から何かを探し出した。


 鬼火のトレードマークが入った、つなぎのスーツだった。

 あとは、同じデザインの整備用帽子。


「ここじゃなんだ、部屋で着替えてこい。展望デッキで待ってるぜ」

 彼は言った。


 アタシは大きく頷いて、リンの待つ部屋に戻った。




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