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シーン31 デュラハンからのビデオレター

 シーン31 デュラハンからのビデオレター


 タイミング良く、リンが戻ってきていた。


「私は空振り。あなたはデュラハンと接触できた?」

 彼女の質問を無視して、アタシはシャーリィから届いた包みを開けた。


 中には二個のメモリーキューブが入っていた。


「それは?」

「デュラハンから届いた。メッセージだと思う」


 リンが自分の情報端末を開いて、キューブをセットした。


 ぱっと画面が浮かんで、バロンが映った。

 あら、なんか懐かしく感じるわ。

 彼は少し緊張したように手を振っていた。


 『えーと、えーと、もういいでやんすかね』

 『ばか、もう始めてるよっ』

 シャーリィの声が横から入った。


 『あー。えーと、ラライさんでやんすよね。えー、今、この映像を見ているという事はでやんすね。ラライさんの旅も無事お進みしているという事でやんして。えー、本日はお日柄もよく、あー、宇宙の旅に、お日柄も何も無いでやんすかね・・・』


 うーん、前置きが長い。というか、バロンさん、あなたこういうの向いてないわ。


 『どけ、バロン、お前駄目だ』

 シャーリィが彼を押しのけた。


 『あー、ラライ、リン、生きてるな』

 彼女の顔がアップになった。


『すまないけど、色々あって、しばらくは合流できそうにもない。といっても、大きな問題が起きた訳じゃ無いから、あたしたちの事は心配いらない。むしろ、心配しているのは、そっちのほうだ』


 アタシとリンは顔を見合わせた。


『順を追って話す。まずは、一番目だ。セントラルスペーストラベル社、あんた達の乗っているその船の会社が、クルーズの開始後、見計らったように不渡りを出して、事実上倒産を発表した。現在のクルーズに関しても、中止が発表されているが、多分そっちまではそういった情報は届いていないだろう』


 なんだって!?


「計画的に会社を消したわね。いよいよ怪しい事になってきた」

 リンが呟いた。


『経営陣は夜逃げ状態、クルーズ客の家族が、大慌てで会社に詰め寄ったけど、もぬけの殻って奴だった。クルーズの運行状況も、不明になっていて、まあまあ大混乱になっている』


「切り捨てってやつか。きっとスカーレットベルに標的にされて、色々やりにくくなってきたから、今の組織での兵器売買を、一旦終了する気なんだ」

「ああ、私もそう思う」

 リンも同意した。


『二番目だ、おそらく、最後のデモンストレーションは、兵器の実証実験だ。アストラルが開発した兵器の実験を、そのクルーズで試そうとしている』


 それは、なんとなく想像できていた。

 あたし達はシャーリィの次の言葉を待った。


『三番目だが、あんたの皮膚についていた化学兵器の痕跡についてだ。これは、別のキューブに、ドクターモランからの報告をそのままコピーしている。本人の解説付きだ。早急に確認してほしい。なかなか、恐ろしい代物だ』


 リンは、もう一つのキューブを握りしめた。

 その額に、珍しく汗が滲んでいた。


『で、あたし達は、その化学兵器の調査を継続している。その為、地球圏でシェードの野郎と共闘中だ。幸い、あいつの知り合いの運び屋で、自称宇宙一の運び屋って奴がいたからこのデータを託すけど、正直、あんた達の事が心配だ。おそらく、そのデモンストレーションを計画している兵器ってのが、この化学兵器じゃないかと、あたし達は睨んでる。・・・もし、見当違いなら、それで良いんだけど』


 シャーリィが言葉を区切った。

 横からにゅるんと、バロンが顔を出した。


『ラライさん、危険と感じたら、どっかの星で船を降りるでやんす。ラライさんが何処にいても、必ず迎えに行くでやんすから、お体には気を付けるでやんすよ~』


 ぶちんと、映像データは切れた。


 と、思ったらもう一回ついた。

 一瞬だけキャプテンの気の抜けた横顔がアップで映って、またシャーリィが出てきた。


『そうそう、シェードからの伝言だ。リン、あんたの探し物は見つかったそうだ。そのうち、何とかして届けるってよ』


 今度こそ、データは消えた。


 アタシは、リンの顔を見た。


「シェードに何か頼んだの?」

「まあね」

「秘密なの?」

「別にいいでしょ。大したことじゃないわ」

「ふうん」


 アタシはそれ以上突っ込むのをやめた。

 彼女が聞かれたくない事なら、これ以上聞く必要が無い。


 リンは、もう一つのデータをセットした。


 資料データと、映像データが同封されていた。

 まずは映像から見る事にした。


 画面いっぱいに、ドクターモランの顔が映った。

 あまりにも顔が長すぎて、顎から下と、額から上が見切れていた。


 『あー。あー。デュラハンの諸君元気かね』


 カメラを向けると、なんで人は最初に「あー」って言うんだろう。

 余計なことが気になった。


 『君たちに依頼を受けた物質について、現段階で判明したことを報告する。まず最初に、これだけ時間がかかった原因は、彼女の皮膚に付着した物質の変質があまりにも早く、復元に手間取った事だ。普通の化学兵器や細菌兵器の場合、必ず物質が残存するものだが、それが異常に少なかった。この原因については、あとで触れる』


 モランは、アタシ達が見てもチンプンカンプンな化学式のような物を画面にかざした。


 『これが、その正体だ』


 彼は自慢げに言った。


 『見ての通り、これは非常にユニークな構造をしている。細菌兵器と化学兵器の融合という奴だ』


 見てもわからん。

 だけど、リンはうんうんと頷いていた。

 いや、絶対アンタも分かってないでしょ。リン、わかったふりするのは良くないよ。


「細菌兵器も、化学兵器も、今じゃあんまり有効な武器じゃないよね」

 アタシはリンに向かって言った。


 細菌兵器は、繁殖に一定の時間を要するし、新種の菌でも発症する前に、免疫効果を生み出す装置が宇宙生活圏では当たり前に使われているから、よほど予防設備のない場所でなければ通用しない。

 そして、化学兵器の場合は、確かに危険ではあるけれど、シェルター等で隔離してしまえば、一気に船や基地を殲滅する事は出来ない。

 使い道があるとすれば、無差別テロくらいなものだけど、兵器として使用するには条件が限られすぎている。


 『これは、いわばサイレントキラーだ。時限爆弾式の化学兵器と言ってもいい』


 ドクターモランは言った。


 『この兵器は、細菌に近い状態で存在し、自己増殖する形で空気拡散を開始する。この時点では、全くの無害だ。ところが、ある程度の増殖を終えると、一気に変質する。まるで脱皮をするように表面の保護膜を脱ぎ捨て、そこから接触性の毒素を放出する』


 モランの顔は、真剣なものになっていた。

 アタシもリンも、無言になっていた。


 『今のところ分かった事は、拡散から、毒素の放出まで、およそ20時間。おそらく、軍艦クラスの巨大船の空調を循環して、全域にいきわたるように計算されている。そして、毒素排出へ至る適正温度は0℃から40℃。実験結果では、それを超えると、増殖活動を停止し、不活化する。ただ、あくまで不活化だ。死滅・・・というのは表現があっていないかもしれないが、その為には空間を80℃以上にする必要がある。皮膚に残存していなかった理由も、ここにあって、この毒素は熱での変質がしやすい特徴があった』


「拡散するのは、決まった温度帯だけってことね」

「私達の一般的な居住施設は、大概その温度だけど」

 リンが唇をかんだのが見えた。


 『もう一つ、発見がある』


 モランは言葉を続けた。


 『この毒素構造は、もともと自然界に存在していたものだ。表面の不要な構造を死滅させ、内部から新しい物質を生み出す構造。これは、レルミー人の脱皮と同じ原理だ。実際、調べたところ、レルミー人の生体組織を利用して作り出されている。もっと簡単に言えば、レルミー人を媒体にして培養されたものだ。はっきり言って、非常におぞましい事実だがね』


 衝撃的な言葉だった。

 アタシは、吐き気を覚えた。


『おそらく、リン君が生き延びたのは偶然ではない。この毒素は、レルミー人から作り出された分、レルミー系の人種には効きにくい。もっとも、効かないわけではないのが、厄介な所だ』


 リンの眼が見開いた。


 そうか。

 これで、繋がってきた。

 リンの鉱山衛星が、アストラルカンパニーに狙われた理由。

 レルミー人が狙われて、さらわれた理由。


 そういえば、リンの要塞が襲われた時、対宙砲のところでリンの居場所を教えてくれた人や、プレーンで出撃した人たちが、何人かいた。

 他の人は、着替えの途中で力尽きたくらい即効性の毒だったのに、その人たちだけが、動くことが出来た。きっと、リンと一緒に行動してきた、レルミー系の人たちだったんだ。


 それにしても。


 モランの話が本当なら、アストラルカンパニーは、人間をさらって、人体実験を繰り返して毒を作り出した。

 そして、それをリンの要塞で試して。


 それだけでも反吐が出そうな程、最低な話なのに。


 次に、・・・もしかしたら、この船の中で、試そうとしているの?


 まさか。

 そんな事、あるのだろうか。


「リン、大丈夫」

 アタシは彼女に声をかけた。

 ショックを受けているのではないか、そう思ったからだ。


「私なら大丈夫。この位の事、予測していたから」

 リンは気丈に答えた。


 モランは更に色々と、専門的な話を続けていたが、その辺はあまりに難しすぎた。

 アタシに理解できたのは、毒素を放出する前の状態であれば、比較的簡単に、特定の薬剤によって無害化する事ができるかもしれない。という、楽観的な話ぐらいだった。


「これが本当なら、この船を選んだ理由がわかるわね」

 リンが言った。

 なるほど、確かにそうだ。

 切り離しのできる船だもの、そういう実験には向いている。

 軍艦クラスの船で、どこまで通用するかを実証できれば、それは確かに効果的なデモンストレーションになるだろう。

 そして、それを平気で行う連中は、犯罪者社会の中でも一目置かれる存在になるに違いない。


 でも、本当にそこまでやる?



「だけど、まだそうと決まっているわけじゃないよね」

 そうあって欲しいという期待を込めて、アタシは言った。


「そうね、今のところ予定だと、次に切り離しを行うのは、最終目的地トマスの直前、外宇宙エリアか。それまでに、事実を確認しないとね」


 リンが真剣な声で言った。

 アタシの背筋は、いつの間にか冷たい汗でびっしょりになっていた。


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