シーン30 惑星グリーの配達屋
シーン30 惑星グリーの配達屋
「クレンって名前、聞いた事あるわね」
リンは、アタシの話を聞いて、すぐに思い当たったようだった。
「知ってる人?」
「ううん、面識はないけど、一応同業者よ」
「宇宙海賊?」
彼女は頷いた。
アタシの額に、濡らしたタオルをあてながら、
「クレン・ホワイト。宇宙海賊ギルドの一つ、ブラッディリップス傘下の女海賊。まあ、そんなにあくどい稼ぎはしてないみたいだけど、この道じゃあ結構古株だからね、名前くらいは耳にしてるわ」
「ブラッディリップスか。名前からして怖そうな組織ね、それが今回の黒幕かしら」
「クレンはお客様でしょ。違うんじゃない」
リンはあっさりと言った。
「でも、一等客船に集まってる連中の素性は、なんとなくわかってきたわね」
「そういった、宇宙海賊とか、犯罪結社の連中ね」
「ええ。予想通りだわ」
リンは部屋のミニ冷蔵庫を開けて、甘そうなイチゴミルクのドリンクを取り出した。
アタシにくれるのかと思ったら、自分で飲みだし、うまそうにぷはーっと息を吐いた。
なに見せつけてんのよ。
「アタシにも水分ちょうだい。甘いのが良い」
「あなたは補水液でも飲んでなさい」
リンはアタシに別のドリンクを手渡した。
これ、甘いけど、塩分強めで美味しくない。しかも、常温だ。
「まあ、これでデイジーもクロと判明したわけだし、何かしら掴めるまで、私は盗聴器とにらめっこしてるから、あなたは早く体調戻しなさいよ」
「あーい」
アタシは仕方なくふて寝した。
やっぱり、体を洗うには光シャワーが一番だ。
あらためて、そう思った。
そこから惑星グリーまでの旅では、とりたてて新しい情報は掴めなかった。
ウィルからの接触もなく、デイジーは添乗員の仕事に専念しているようだった。
そして、カインは自由奔放だった。
あの男は、時々オークションの内容について話をしていたが、実質、その企画を運営しているのは、彼自身だとは到底思えなかった。
夜になれば、あちこちのバーやラウンジに姿を見せ、言葉巧みに女に声をかけていた。
殆どはあえなく撃沈していたが、たまーに、成功する夜もあった。
リンと交代でアタシがヘッドホンをかけていた時、真夜中に盗聴器からとんでもない声が聞こえてきて、アタシは動揺のあまりフルーツジュースをこぼしてしまった。
運悪くそれが下にいたリンの頭にかかり、アタシはその晩、獄門刑、とまではいかないが、リンの格闘技(寝技中心)の実験台に処せられた。
くそ。
全部カインのせいだ。いつかこの恨み晴らしてやる。
そんな事を繰り返しているうちに、惑星グリーへの寄港日となった。
アタシ達はモルゴーで船を降りなかったが、この期間、アタシ達に脅しをかけてきた奴は、何も手出しをしてこなかった。
単なる脅しだけだったのか。
それとも、これからなのか。
いずれにしても、油断はできない状況だった。
惑星グリーは岩と水の惑星だ。
非常に厳しい自然環境で、その為に人類も特殊な進化をした星だ。
4本腕が特徴の人類種などは、この星を起源にしている者が多い。
この星がコースに選ばれた理由は、比較的地球圏から馴染みが無く、かつ、このグリー周辺には巨大で、何万年も続く時空嵐が存在し、かつては宇宙圏の中でも、非常に危険な航海地域として、知られていた事にある。
この自然が生んだ悪環境は、次第に宇宙のアウトローの根城となっていき、巨大な犯罪者によるシンジケートを生み出した。
エレス軍事警察の一斉攻撃が行われたのが、80年前。
かつて宇宙を恐怖に震え上がらせた、宇宙海賊団ダイダリアスの要塞跡や、人身売買を仕切っていた犯罪組織の収容所跡などが、今は犯罪遺構として残され、あまりメジャーではない観光スポットとなっている。
その観光拠点となるのが、衛星オルカノートだ。
グロリアスエンジェル号は、ここで2日間の停泊をするのだが、今回はモルゴーの時とは違っていた。
船が、一等客船と二等客船に分離し、それぞれ違う港に寄港したのだ。
ツアーの内容が一等客船では本星の自然をめぐる環境ツアー、二等客船ではポルカでの自由時間とオプショナルでの犯罪遺構ツアーとの説明だった。
カインやウィルは一等客船と共に離れてしまい、通信機の音も途切れた。
どうせ、目の届かぬところで、またいかがわしい積み荷の受け渡しをしているのだろうと予測は出来たが、その間、何も手出しができないのは、多少腹立たしかった。
リンは今回もデイジーのオプショナルツアーに参加した。
クレンという女には十分気を付けるように話しはしたが、二人の会話を信じるなら、クレンはここで船を降りる筈だった。
アタシは街に降りた。
モルゴーの時のような歓迎ムードもなく、街も、結構さびれている印象だった。
旧市街はそれなりに中途半端な犯罪の街を演出していて、監獄風のカフェだったり、海賊グッズを売るお土産店などが並んでいた。
驚いたのは、その街のところどころに、本当の武器屋が紛れ込んで店を出していた事だった。それと、何気なく露店の店先を眺めたら、本物の悪性ドラッグが並んでいた。
今でもこの辺は、かなり治安が悪いのだ。
そう察しがつくと、アタシは一人で街を歩くことに寒気がした。
そろそろ、デュラハンのメンバーと、接触できてもいいころなんだけど。
思いながら発信器のスイッチをオンにしたまま歩いたが、どれほど待っても彼らは姿を見せなかった。
なんか、取り残された気分だ。
仕方なく、今日のところは一度船に帰ろうと思った。
角を曲がって、港の方向を見失った。
さっき来た所まで戻ろうかと思案していると、馴染みのある嫌な音が耳に入って、アタシは隣の路地を覗き込んだ。
音は、ブラスターの発砲音だった。
路地の手前に女が倒れていた。
その先に、二人の人影があった。
一人はカインの部下だ。
そしてもう一人は、あれは、公園で会った男だ。
濃茶色の髪に、涼やかな目をした、名前も知らない男性。
アタシが池に落ちそうになった時、助けてくれた人。
そして二人は、撃ち合っていた。
名も知らぬ男の銃口が光った。
それは、正確にカインの部下を撃ち抜いていた。
あまりにも静かで、あまりにも唐突な銃撃戦。そして、そのあっけない幕切れ。
アタシは茫然と立ち尽くして、その光景を見た。
ブラウンヘアーの男が、振り向いてアタシを見た。
つかつかと歩み寄ってきたと思ったら、倒れている女のところで体をかがめ、首筋に手を当てて脈を取った。
どうやら、手遅れらしかった。
アタシは咄嗟に、その女がクレンではないかと直感した。
男が顔を上げ、アタシと目が合った。
銃口を、アタシに向けた。
ちょっとまって、事態がゼンゼン飲み込めないんですけど!
はじめて、男が口を開いた。
「どこまで、見た?」
クールで、低くて、痺れるような声。
これが普通の出会いだったら、無理やりにでも運命の出会いにしてしまいたくなるほど、それは女を虜にする声だった。
でも。この状況は運命どころではない。
「な、なにも、アタシは何も見てません」
「本当か」
「本当です。本当。アタシ目が悪くって・・・・」
アタシは何を言ってるんだ。
でも、下手な素振りをすれば、問答無用で殺される。そんな気がする。
男は、アタシに歩み寄った。
銃口を向けたまま、何をするのかと思ったら。
いきなり。
アタシのスカートをいっぱいにめくり上げた。
な、何をすんのよー!
と、叫びかけた口元には銃口。
男は、アタシの太ももに手を触れ・・・もとい、太もものホルスターにおさまった銃を確認した。
「ヘルシオンβ、護身用か」
彼は呟くと、アタシのスカートから手を離し、同時に、銃をスーツの下のホルスターに隠した。
「ここで見たことは、忘れろ。それが、君の為だ」
「わ、忘れろって言ったって。あなた、人のスカートの中見といて、それってセクハラでしょ。その、なんって言えばいいの、・・・事と次第によっては、痴漢で訴えるからね」
取りあえず銃をしまったようなので、アタシは喚いた。
彼に睨まれた。
アタシは委縮した。
「心配するな。君の体には興味はない」
いや、そーじゃなくてね。
それはそれで、失礼なんですけど。
「なんなんですか、これっていったい、警察。警察を呼びますよ!」
「別にかまわないが、それだと君も困るだろう」
「え・・・!?」
「事情聴取をされれば、君の経歴も問われる。君の、何も出ない経歴もね」
・・・・!
・・・・・?
ええーっ!?
どーゆーことよ。こいつ、何を言ってるの?
「次、こいつらのようになりたくなければ、今日の事は忘れろ。そして、さっさと船を降りるんだな。君も、君の相棒もね」
「あ・・・あんたって、いったい何者?」
「君が知る必要はない」
男は踵を返した。
この男。・・・アタシたちの事を、全て知っている。
そして。
間違いない、あたし達を脅したのはこの男だ。
アタシはそれを確信した。
男の姿が、路地の先に消えていく。
アタシははっとして、この状況が非常にまずい事に気付いた。
逃げようとして、踏みとどまった。
倒れている女の懐を探る。
こいつがクレンなら、きっと見つかるはずだ。
時間が無い、だけど、折角のチャンスなのだ。
ようやく、一枚の見覚えのあるカードが見つかった。
一等客船のパスカード。そこには「クレイン・ミッシェル」の名前が入っている。
クレン・ホワイトの偽名か。もしくはこっちが本名か。
アタシはそれを懐にしまって、急いで路地を離れた。
船に戻っても、まだ胸の動悸は治まっていなかった。
街の方角でサイレンが聞こえた。
きっと、二つの死体が発見されたんだろう。
リンが早く戻らないかな、と待ちわびていると、部屋の呼び出しブザーが鳴った。
船のスタッフからだった。
『サカザキ様に、配達便が来ております』
事務的に言われて、甲板付近にあるサービスセンターに顔を出した。
オレンジの髪をした配達マンが、時代遅れの紙巻き式ドラッグを口にくわえたまま、態度悪く待っていた。
「あんた、ミライさんの方かい。それとも、マリンさんか」
男はアタシを見るなり面倒くさそうな声を出した。
「ミライの方です」
「そりゃよかった。じゃ、ここにサインな」
「はい」
「じゃ、まいど」
男はアタシに薄っぺらな封筒を一枚だけ手渡しして、あっという間にいなくなった。
封筒には『銀河配送オレンジ便』と、手作り風のラベルが張ってあった。
ん。どっかで聞いたような
個人の運送屋、いわゆる運び屋みたいだけど、なんか聞き覚えがある。
アタシは裏面を見た。
差出人は。
『サリー・ナイト』
これって、シャーリィの偽名だ。
アタシは急いで部屋に戻った。




