シーン29 バスルームにも危険の香り
シーン29 バスルームにも危険の香り
モルゴーに居る間中、アタシは三日とも街に出てみたが、デュラハンとの接触はできなかった。まだ、準備が出来ていないのか、それとも、あえて次の寄港地、グリーあたりでの接触を考えているのだろうか。
居場所を伝える発信器にも、一切何の反応も返ってこなかった。
リンには、ウィルとの事を正直に話して、見事に怒られた。
ってーか、殺されかけた。
正直に謝ってるんだし、どうしようもなかったんだから、穏便に会話で解決したアタシの努力を誉めてくれてもいいのに。
すぐ暴力に訴えるんだ、あの蛇女。
弱い者いじめは良くないんだぞ。
アタシは恨みがましい目で、ベッドの上で盗聴器の自動録音をチェックする彼女を見た。
彼女はシャワーを浴びたばかりで、上気した肌の上に、キャミソール一枚と下着だけの姿で胡座をかいていた。
不必要に色っぽい。
リンってば、昔から、あんなに色気あったっけかな。
アタシは昔の彼女を思い返した。
どこかで、過去の印象と、今の姿には違和感が生まれていた。
やっぱり。
一度誰かを好きになったりすると、人は変わるんだろうか。
「何か聞こえる?」
「ううん、特別な事はぜんぜん。デイジーも、カバンから離れちゃってるみたい」
彼女はオプショナルツアーを利用して、デイジーのカバンに盗聴器を忍ばせるのに成功していた。ツアー自体はそれなりに好評だったらしいが、宇宙のあちこちを知るリンにとっては、随分と退屈なものだったらしい。
「カインの方はどう? オークションは行われてるのかな」
「時々出品してる商品について話してるわね。無差別型の広範囲兵器とか、あんまり良くない兵器の名前も聞こえてきてる。当然だけど違法よね。だけど、この会話録音だけじゃ、何の証拠にもならないから、軍事警察に情報リークして、強制捜査させるにも役不足ね」
「軍事警察を利用するの?」
「まあ、一番手っ取り早いでしょ。私達、戦闘手段とか持ってないし」
「軍事警察か、そういえばシェードもそいつらが動いてるって言ってたよね」
リンはその鋭い朱色の瞳でアタシを見た。
「そうね。私も今後に響くから、直接の接触は避けたいけど」
「海賊稼業、これからも続ける気なの?」
「さあ。まだ、決めてない。だけど、普通に生きるのって、難しいわ」
「そこは同感」
アタシは頷いてから、着替えをトラベルポーチと一緒に手に取った。
「どこか行くの?」
彼女が訊いてきた。
「パブリックバス。広いお風呂があるんでしょ、この船。まだ行った事なかったし、モルゴーの風と砂で、頭がギシギシするの」
「気を付けてね」
「何に?」
「色々なものによ。アンタって、どこに行ってもトラブルメーカーなんだから。のぼせて倒れないように」
「子ども扱いしない」
アタシは部屋を出た。
プール施設の隣に、大きなパブリックバスが併設されていた。
パンフレットで見て以来、楽しみにしていたが、今まで利用するタイミングを逸していた。
湯船、とやらにつかるお風呂は、地球の習慣らしく、アタシにとっては馴染みがない。
わざわざ大量の水で体を温めるなど、非効率極まりない気もするが、人気があるところを見ると、贅沢な楽しみとも言えるのだろう。
窓の外には、宇宙の星々が煌めいて、モルゴーの大気圏を抜け出したことが分かった。
ツアーが始まったばかりの頃に比べて、船内の雰囲気は落ち着いてきた。
長い船旅に楽しみを見出して、施設を頻繁に利用する客と、部屋に閉じこもる客。あからさまに退屈さを表情に現す客もいる。
心地いい事に、モルゴー以来、あの中年親父の顔を見ていない。
アタシは鼻歌交じりにパブリックバスのゲートをくぐった。
そして、カルチャーショックを受けた。
地球式のパブリックバスって、水着着用NGなのか。
そうなのか。
めっちゃ、恥ずかしいんですけど。
説明書きまであって、湯船にはタオルをつけちゃいけないとか、先に体を流せとか、色々と注文じみたことまで書いてある。
おそるおそる周りを見ると、慣れた地球系の人たちは、それが普通とでもいうように服を脱いでいた。
クレイジーだ。
だけど、これも文化圏の違いってものなんだろう。
アタシはしばらくためらったものの、この貴重な経験を逃すのももったいないと思い、勢いにまかせて服を脱いだ。
風呂は。
たいそう気持ちよかった。
宇宙を眺められる展望風呂は、湯船の中に七色のライトが仕込まれて、幻想的な雰囲気に包まれていた。
時間を忘れる程まったりと温まったのち、鏡の前のカウンターで体を洗う事にした。
実に不思議な感覚だった。
よし、髪を洗おう、と、思って。
アタシは、シャンプーを忘れた事に気付いた。
備え付けが無いものかと、おろおろして周りを探していると
「はい、これ」
隣に座った女の人が、親切に差し出してくれた。
「あ、すみませんー。んー?」
アタシは固まった。
デイジーだった。
「・・?」
彼女がちらりとこちらを見た。
アタシは慌てて視線を逸らし、必要以上に髪を泡立てた。
シャンプーは良い匂いがした。フローラルの香りってやつだろう。
それにしても、まさか、デイジーとこんな所で隣同士になるなんて。
アタシはちらりと横目で彼女を見た。
彼女は目をつぶって、流しっぱなしのお湯で髪を洗っていた。
むむむ、これは。
アタシの視線は、彼女の胸にくぎ付けになった。
で、でけえ。
隠れ巨乳って、奴なのか。
理不尽だ。同じ女なのに、こうも違うのか。
デイジーの胸は、アタシの倍以上は軽くあった。
そのくせ、腰は細いし、尻はパツパツしてる。
どこをとっても、アタシとリンが束になっても、勝てないくらいのプロポーションだ。
デイジーって。
こんな体してたっけ?
「デイジー」
背後から、女の声がかかった。
聞き覚えの無い声だ。ハスキーだが、割と落ち着きのある、大人の女の声だった。
アタシは頭を泡でもこもこにさせながら、聞き耳を立てた。
「テラス(地球系人)の風呂ってのは、変な習慣だね」
「お気に召さなかった? クレン?」
「嫌いじゃないが、慣れない」
クレンと呼ばれた女は、そのまま湯船に向かった。
風呂に対する感想としては同感だ。
この女は、テラス以外か。だとすれば、客にしては珍しい。
デイジーが彼女の後を追うように立った。
アタシはほっとしてシャワーのノズルを開いた。
シャンプーの泡が目に入りすぎて、もう大変になっていた。
アタシは鏡越しに、二人の姿を探した。
デイジーはすぐ見えた。だが、クレンという女の姿は、湯気ではっきりと見えなかった。
添乗員の同僚だろうか。それにしては、話す雰囲気が馴れ馴れしい。
「今のうちくらい、楽しんでた方が良いわよ」
デイジーが言った。
「すぐに船を降りちゃうんでしょ。グリーに着いたら」
「ああ。あたしの欲しいものは手に入ったしな」
「メインディッシュには、興味が無いの?」
「特別、そうでもない」
「欲が無いのね」
「欲とかいう問題じゃないさ。それより、デイジーはそれが何か知ってるのか?」
クレンが訊いた。
ん。この会話、もしかして。
アタシは彼女達に気付かれないよう、少し距離を取りながら、湯船に入った。
しずーかに、聴覚だけを研ぎ澄ます。
二人の会話は続いていた。
「実は、どんなものかまでは、聞いていないんだけど。かなり自信作みたいよ。カインの話を鵜呑みにするのは、少し危険だけど」
「あいつは、昔からお調子者だからな。いつも詰めが甘い」
「だから、本部からもお目付け役が来てるんでしょ」
「あたしはそいつも苦手でね。二枚舌野郎だからな」
本部?
カインの背後に組織があるって事か。
いや。あって当然だ。アストラルカンパニーも、セントラルスペースも、きっと、その組織の末端にあるんだろう。
「いずれにせよ、あたしみたいなはぐれ者一匹、これからのオークションに参加を続けるには資金不足さ。ちょっと面白い旅だったけど、途中下車も悪くない。デイジー、アンタも気をつけなよ」
「私が、なんで? 私はホスト側の人間よ」
「あんたの事を、探ってる奴がいるぞ。正体は最後まで隠さないと」
「それって!?」
「昔馴染みの老婆心ってやつさ。ま、少しは気にしておきな」
クレンが立って、風呂を出て行った。
デイジーは、湯船の中で、しばらく考え事をしていた。
クレンという女が言った意味を、おそらく自分の中で解釈しているのだろう。
それにしても。
クレンという女、ただ者ではない。
もう次の星で船を降りるみたいだが、リンが彼女を探っている事に、いつ、気付いたというのだろうか。
もしかして、リンと同じオプショナルツアーに紛れていたのかもしれない。
しばらくして、デイジーは風呂を出た。
脱衣所でまた一緒になるのもどうかと思い、アタシは時間を置いて風呂を出る事にした。
が、それがまずかった。
アタシはちゃんと湯あたりをして、脱衣所の手前で鼻血を吹いて倒れた。
船の救急員に助けられて、救護室で1時間以上氷で冷やされたあと、保護者であるリンに引き取られた。
「何やってんのよ馬鹿」
リンはアタシを見るなり言った。
いや。頑張った成果なんです。
むしろ、いろいろと情報を仕入れたので、褒めてください、
アタシはぐったりしたまま、部屋のベッドに移された。
どうでもいいが、救急隊員はけっこうイケメンだった。
名前くらい、聞いておけばよかった。
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