表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/43

シーン2 朱色の瞳は交わらない

 シーン2 朱色の瞳は交わらない


 顔はヘルメットに覆われて、見えない。

 だけど、体形は女のそれだった。

 身長は、ブーツを履いている分だけ高く見えるけど、アタシと同じくらい。

 すらりとして、かなり細身だと推測できる。

 腰ベルトには、非常に珍しい装飾を施した実剣のサーベルを差していた。


 まさか。

 アタシは言葉もなく、その姿を見つめた。


 その朱色のスペーススーツにも、ブーツにも、サーベルにも、見覚えがある。

 いや、見間違えようがない。

 でも、なんで。

 なんで彼女がここに居る!?


「お久しぶりね。ライ」

 彼女は言った。

 そして。

 ヘルメットを、ためらいもなく外した。


 スペーススーツと同じ、鮮やかな朱色の長いストレートヘアーが舞った。

 どこかに幼ささえも残した、細く、凛々しく白い相貌。そして、静かな情熱を奥に顰めた、朱い瞳。

 彼女は、あの時のまま。

 3年前、アタシ達が道を違えたその日のままの姿で、そこに立っていた。


「リン。あなたなの?」


 アタシは、それ以外の答えがある筈が無い事をわかりつつ、そう尋ねるしかなかった。


「3年ぶり・・・ね」

 彼女はふっと笑った。


「ええ、私よライ。驚いたわね。まさかあなたがこんな船に乗ってるなんてね」


 それは、紛れもなく「リン」だった。


 宇宙海賊「蒼翼のライ」の一人。

 チームの頭脳でもあり、優秀なオペレータ―。そして、アタシの最強のパートナー。

 アタシが「ライ」を名乗り始めた頃から、そう、初めから最後まで、アタシを支え続けてくれた「リン」こと、リン・スタンスフィールだった。


「リン、これはどういう事? あなた、普通の生活に戻ったんじゃ、無かったの?」


 アタシの言葉に、彼女は少しだけ眉を顰めた。

 その表情は。

 怒り、それとも、困惑?

 なんだろう、懐かしい再会を喜んでいる気配がない。

 むしろ、敵意にも似た感情を、アタシは感じた。


「そうそう、あなた普通に戻りたいって、言ってたものね」

 彼女はどこか嘲るような口調で言った。


「で、望み通り、普通の生活を始めたってわけね。ここは、おめでとうって、言った方が良いのかしらね」

「リン、どうかしたの?」


 あなたの雰囲気。なんだろう、前と、ちょっと違う。

 アタシの知ってる、リンじゃないみたい。


 突然、リンは、サーベルを抜いた。


 何をするのかと茫然と見ていると、彼女は切先をアタシに向けた。

 一閃は、目にも止まらぬ速さだった。

 アタシは息をのんだ。

 身動き一つ、出来なかった。

 紙一重、彼女の剣先はアタシの肉体に触れなかった。


「私も、普通に戻っただけよ。あなた、覚えてないの?」

 冷たい言葉が、彼女の唇を離れた。


 彼女の言葉が終わるか、という時、

 アタシの服が、胸元で、ぱらりと切れた。


 えっ、斬られてた? やだ、何してくれてんのよ。

 アタシは思わず胸元を隠した。


 その様子を、リンは、まるで汚らわしいものを見る様な目で見た。


「そうやって恥ずかしがる姿なんて、昔だったら、考えられないわね」


 いや、胸を出すのは昔も今も恥ずかしいです。

 言いたかったが、彼女の雰囲気には余計な言葉を挟ませない凄みがあった。


「3年か。長いものね。でも、あなたがそんなに女らしくなるなんて、思いもしなかった」


 彼女の言葉には、どこか棘があった。それが何故なのか、アタシには理由が解らなかった。


 以前の彼女は、厳しい中にも、優しさを持っていた。

 そして誰より、「ライ」の理解者だった。

 なのに、目の前にいる彼女は、彼女であって、彼女でない。そんな気がした。


「好きな人でも出来たの、ライ?」

 唐突に、彼女が訊いた。


「そんな、あたしまだそんな人なんて・・・」


 いないと言いかけて、一瞬「彼」の相貌がよぎってしまった。


 これは、さすがにちょっと、口にしにくい。

 好きとか嫌いとか、恋愛レベルの感覚では測れない。

 測りたくないのかもしれない。

 アタシ自身、まだ自分の感情がどういうものなのか、わかってはいないのだから。

 友達以上ではあるけれど、恋愛対象なのか、といえば、わからない。

 大切な仲間?

 なんだか、うまく表せないんだよね。


 だけど、「彼」を思い出すと、なんだか顔が熱くなる。

 これだけは、ちょっと困ったもんだ。


「断言はしないのね。でも、まあ、そういう事か」

 彼女はサーベルを戻した。


 乗務員の服を、適当にアタシに放り投げ、また蔑むような目をした。


「昔もそうだったけど、いっそうポンコツになったみたいね、あなた」


 ぽ。ポンコツ―?

 いくら何でも、それは言いすぎだ。

 それに、昔もって、何だ。

 リンは昔から、アタシをポンコツだって思ってたとでもいうの。

 そんな、信じられない。


「昔のあなたなら、もう一度仲間にでも誘おうかと思ったけど。残念ね。失望したわ」

 彼女は言った。


「どうやら、男が出来て、骨抜きになっちゃったみたいね・・・。全然、昔みたいな覇気は感じないし、その分だと、この数年、よっぽど楽して生きてきたのかしら」


 さすがに、ちょっと頭にきた。

 確かに骨のない軟体男が気にはなっているが、それとこれとは話が違う。

 遊んでだっていないし。楽な思いなんて、一つもしていない。


 それに、アタシは何にも変わったつもりはないぞ。

 変わったとしたら、それはリンの方じゃないか。


「リン、いい加減にして、あなたどうしちゃったの」

 詰め寄って、胸ぐらをつかもうとして、躱された。


 それだけじゃない。

 腕を取られ、ロックされると、膝を蹴られてその場に膝まづかせられた。


「生身だと、相変わらず弱っちいわね。何にも成長してない・・・どころか、全然鍛えてないじゃない。これじゃあ、もう、こっちの世界で生きるのは無理ね」


 さすがにそれは言い返せなかった。

 確かに。

 3年前から、アタシは筋トレも何もしてないし、戦う練習なんて何もしていない。だって、必要がないもの。


「本当にどうしちゃったのよ、リンも、普通の生活に戻りたいって。アタシがチームを解散するときだって、真っ先に賛成してくれてたじゃない」

 アタシが言った途端。

 リンの顔色が変わった。

 見たことも無いくらい、アタシを憎むような目をした。


「だから、私は普通の生活に戻ったって、言ったでしょ」

 いきなり、蹴られた。


 暴力はんたーい。

 ってーか、リン。なんでアタシにこんなことするの?

 アタシに、こんなことをする必要が、どこにあるの?


 リンは容赦なかった。


 アタシは、それだけの目にあわされるとは、思いもしなかった。

 文字通りサンドバック状態だ。

 殴る。蹴る。

 アタシは、為すすべなく、その場に倒れた。

 勝てっこない。

 リンは、筋金入りのソルジャーだ。

 昔から。

 白兵戦で、肉弾戦でリンに勝てる奴なんて、チームでも一人もいなかった。


 リンは、その手を止めなかった。

 アタシがいくら降参しても、許してはくれなかった。


 ぼこぼこにされながら、アタシは涙が溢れた。


 あー、なんてみじめなんだ。

 昔の仲間に殴られて、泣きだしちゃうなんて。

 こんなのアタシじゃない。アタシらしくない。


 だけど。


 自分でもどうしようもなかった。

 ボロボロにされて、プライドもズタズタ。

 抵抗しようとしたけど、出来ない。止めようと思っても、出来ない。

 丸まって、彼女のヒールが体に刺さるのを感じながら、アタシは耐えるしかなかった。

 意識が飛びそうになったところで、やっと、彼女は辞めた。


 アタシの胸ぐらをつかんで、


「ライ。二度と私の前に現れないで、いいわね。今度会ったら、殺すわよ」

「・・・・」


 アタシは何も答えられなかった。

 ただ、呆けたように、コクコクと頷いた。

 彼女が殴るのをやめてくれるなら、蹴らないでくれるなら、それだけで良いとさえ思ってしまった。


 情けなくて、かっこ悪い。

 でも、立ち向かう勇気も、実力も無い。

 それに、彼女に立ち向かいたくもない。


 彼女の言葉だけが、頭の中でぐるぐると回った。


 『私も普通に戻っただけ』と、彼女は言った。


 思い出した。


 彼女は、アタシと出会う以前から、すでに海賊だった。

 チームで唯一、もともと海賊だった女だ。


 宇宙海賊、スカーレットベル。

 それが、彼女の昔の名前だった。


 でもそれって。

 リン。


 あなたが一番嫌っていた名前じゃなかったの?


 リンに蹴飛ばされて、アタシは通路に放り出された。

 リンの部下と思われる連中が、駆け寄ってきた。


 リンはもう、ヘルメットを被りなおしていた。


「積み荷の方は、情報通りでした。もう、積み替えは終わってます」

 男の声に、リンは満足げに頷いた。

 アタシは、ボロボロになりながらも、耳だけは必死にそばだてていた。

 こうなれば、何一つ聞き逃すもんか。

 こいつらの目的が何か、絶対に突きとめてやる。


「この女は?」

 アタシを見て、少し驚いたように男が言った。


「さっき、生意気だった女だ。見せしめのために少し遊んでやった」

「は、はあ?」

 男は戸惑ったような声になっていた。


 男の反応から、彼女がこのような事をする事は、普段、ほとんどないのだと感じた。

 つまりこれは。


 アタシがよっぽど、彼女に嫌われたのか。

 彼女に、何か考えがあったのだろうか。


 できるなら、後者であってくれ。

 でないと、泣いても泣ききれない。

 いくらアタシでも立ち直れない。

 辛すぎて死んじゃう。


「乗客どもは?」

「脱出ポッドに押し込んで、外に排出しました」

「死人や、けが人は」

「いません。・・・この女は、どうします?」

「脱出ポッドは全部使ったのか?」

「はい」

「ちっ、仕方ない」

 リンは舌打ちして、アタシを見た。


「スペーススーツを着せてやれ。ダストボックスに詰め込んで、外に捨てろ」

 情け容赦のない一言だった。


「いや、やめてよー」

 アタシは泣き叫んだが、無駄だった。

 たった一人で勝てる筈も無く、ぶかぶかの宇宙服を着せられて、ゴミの中に押し込まれた。


 変な音がして、無重量の中に投げ出されたのがわかった。


 ああ、これ、助からない。

 もうだめだ。


 まさか、リンに。

 アタシが一番信頼していた彼女に、こんな目にあわされるなんて。


 アタシは泣き続けた。

 意識が無くなっても、何も見えなくなっても、ずっと。



お読みいただいてありがとうございます

引き続き、次回もよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ