シーン28 敵も味方もありゃしない
シーン28 敵も味方もありゃしない
ウェルバーの繁華街にある、喫茶店「モグリ」
地下にある喫茶店だから、「モグリ」らしいが、この名前のセンスは良くない。
もう少し、どうにかならなかったものだろうか。
静かな店内に、アタシとウィルは向かい合って座った。
「あんた、酒は飲めないんだろ」
言われて、アタシはびくっとなった。
「なんでそれを・・・」
「あんな店で、シャーリィテンプルを何杯も頼んでりゃ、その位は想像がつく」
「アタシの事、なんか誤解してるみたいですよね。何か、調べてるとかって?」
「まあ、半分は俺の想像だがな」
彼は苦そうなコーヒーを頼んで、アタシは、かき氷の入った冷え冷えサンデーを頼んだ。
「なんでそう思うの?」
「なんでって、そりゃあ・・・」
彼は唇の端を吊り上げた。
「俺は純粋なテアードじゃない。こう見えても、ベルニアの血が入っている」
ベルニア?
今回のツアーにも入ってる、危険星域の名前だ。
確か、地球と一緒で、テアードの亜流人種が文明の中心にはなっているけど、近年まで他星系との交流がなく、独自進化した星だった。
そして、そのベルニア人の特色は。
獣人系。
純潔のベルニア人は、いわゆる獣の耳や、目を持つ者が多い。中には、尻尾を持つ者だっている。
アタシの古い仲間にも、一人だけそういう奴がいた。
「外見はテアードだが、これでも若干のベルニア特性が残っていてな、俺の場合、鼻が利くのが特徴だ。大抵の人間は、臭いで区別がつく」
いやな特性ね。
汚れ無き乙女には、天敵じゃない。
ん? 汚れ無き乙女って誰だって?。
アタシの事に決まってんでしょーよ。
「あんたと、射撃場で会った時、初めて会ったはずなのに、嗅いだことのある匂いがした。最初はわからなかったんだが、ほら、あんた、ゼロのところで倒れてた女だろ」
「・・・!?」
げげ。
そんな、まさか。
「いや、何の話でしょー。アタシには何のことやらさっぱり」
「あんた、嘘つくの下手だな」
ウィルは馬鹿にしたように笑った。
「髪の色は違っているが、間違いない。あの時、カース人と一緒に居た、そうだな」
得意げに、アタシを指さした。
アタシは、むっとしてサンデーを口にした。
そこまでばれてちゃ仕方ない。
だが、それは、ただそれだけの事だ。
「例えそうだとしても、それが何よ。アタシはただ観光ツアーを楽しんでるの」
「じゃあ、なんで、カインに接触しようとしていたんだ?」
「あれは、あっちが勝手に絡んできたのよ」
「わざとリップを落としてか?」
この男。
何て奴なの。ずっと、アタシを見てたって事か。
アタシは無言になって睨んだ。
甘くて美味しいはずのクリームの味がしなくなった。
「嫌な男ね。アンタ」
「やっと、素が出てきたな」
「アタシを脅すつもり?」
「いや、その理由はない。ただ、言っただろ、あんたに興味があってね」
ウィルの考えが読めない。
アタシは慎重に言葉を探した。
「じゃあ、何が目的、アタシの事を知って、どうするつもりなの?」
「さあ、まだ決めてはいない」
「それならアンタは、何のために雇われてるの? それとも、アンタもカインの計画に加担してる一人なの?」
「カインの計画?」
ウィルの表情に、僅かだが、初めて困惑の色が浮かんだ。
この反応は、もしかすると。
彼は、知らないのだろうか。
「そうよ」
「詳しく聞かせてくれ」
「まずは、そっちの話からよ。ウィル、アンタは、どこまで関わってるの。何のために船に乗っているの?」
これは賭けだった。
ウィルがもし、カインの部下で、同じ目的のために船に乗っているのだとしたら、彼はアタシを殺そうとするだろう。そして、悔しいが、アタシが彼を倒して生き延びる確率は、それ程高くない。
けれど、彼が本当にただの傭兵で、カインとの関係がドライなものであったなら、うまくすれば、彼を抱き込めるチャンスはある。
「俺の任務は、この旅の間、グロリアスエンジェル号を海賊や武装勢力の襲撃から守る事だ。ただ、それだけだ」
「本当にそれだけ?」
「ああ、なんでそう疑う」
「アンタが、スカーレットベルの要塞を攻撃したからよ。あれは、誰の依頼?」
「・・・なんでそれを!?」
彼が目を剥いた。
やっと、この男を驚かすことが出来た。
さて、この指摘はどっちに転ぶか。良い方向か、悪い方向か。
良い方向に、転んでくれればいいけれど。
「いろいろ情報筋があってね。アタシだって、アンタの正体くらいは知ってるのよ。鬼火のウィルさん」
彼は動揺を隠すように、苦すぎるコーヒーを口に運んだ。
アタシのサンデーは、すっかり溶け始めていた。
なんてもったいない。
「セントラルトラストは、俺の上客だった。それを、スカーレットベルに悉く襲われちまって、俺たちの評判もがた落ちさ。それでも、なんとかスペーストラベルに仕事を貰えるようになって、これまで食い繋いでいた。ま、恥ずかしい話だが」
ウィルは話し始めた。
「スカーレットベルには、いずれは仕返しせにゃならんと思っていた。そんな時、カインにアジトの情報が掴めたと教えられてな、それで、攻撃したってわけよ」
「あんな汚い手を使ってね」
「汚い手? 何の話だ?」
「化学兵器よ。細菌か毒かは知らないけど、スカーレットベルの要塞に仕込んだでしょ」
「待て、そんな事は、俺は知らんぞ」
ウィルの顔が、微かに青ざめたのが分かった。
この反応は、嘘をついている様子ではない。
「本当に知らないの?」
「ああ。むしろこっちが訊きたいくらいだ。それって、本当の話なのか?」
あたしは頷いた。
「それでか。妙に反撃が少ないし、簡単に事が進みすぎると思ったんだ。余計な邪魔が入らなければ、あのまま・・・」
彼の言葉が止まった。
アタシを見て、何かに思い当たったようだった。
「もしかして、あん時のパイロット・・・、いや、まさかな」
そのまさかです。
でも、それは別に教えなくてもいいだろう。
「とにかく、あの時スカーレットベルの要塞は、既に化学兵器にやられてたの。アンタ達がやらされたのは、ただの証拠隠滅よ」
ウィルは沈黙した。
アタシの言葉が正しいかどうか、真剣に考えている様子だった。
「とにかく、セントラルスペーストラベル社ってのは、・・・あのカインって奴はそういう男なのよ」
ウィルは顔を上げて、アタシをじっと見た。
「そこまで調べて。いったいあんたは何者なんだ」
「アタシは、ちょっとだけ、その会社に恨みがあるだけよ」
「恨み?」
「そう。個人的なね。だけど、このツアーで、カインが何か良からぬことをしているみたいだし。・・・だから、それを掴みたくてここに居るの」
「それを知って、どうするんだ」
「アタシにもわからないけど、それが本当に良くない事なら、止めなきゃって思ってる」
「なるほどな」
納得したように、ウィルは頷いた。
よし、このままこっちのペースで話を進めよう。
「約束よ、あなたの知っている事を教えて」
アタシの質問に、彼は戸惑いを見せた。
「俺が知っているのは、カインが武器の密売をしてるって事だけだ」
「オークションね」
「そうだ、一等客船にその道の客を集めて、船内で競売にかけている。品物も客も、寄港地ごとに積み替えたり、入れ替えたりしながらな」
なるほど、それであの積み荷だったってわけか。
「カインは何か、大きなデモンストレーションをするんでしょ。それについては?」
「それは聞いていないな」
「そう」
アタシは少し頭を整理した。
ウィルは、単なる船の守護をしている。その事には、おそらく間違いが無い。
カインの裏の顔も、スペーストラベル社の真実についても、多少は知ってはいるが、所詮、彼はフリーの宇宙生活者だ。
傭兵団である彼らの素性を考えれば、その程度の事を問題視するほどの倫理観など、ある筈がないだろう。
彼にとっては、仕事があって、支払いがあればそれで良いのだ。
だが、はっきりしたことが一つある。
アタシの目的と、彼の仕事を天秤にかければ、アタシ達はやっぱり敵同士だ。
「さて、お互いの目的も、少しは目星がついたし、これからどうするかよね」
「そうだな」
「アタシの事を、カインに言う? それが一番簡単かしら」
「それでもいいが、そうしたら、あんたはどうする」
「あんたをこの銃でシビレさせて、この星のどっかに捨ててくる」
アタシは。
机の下でヘルシオンβを抜いていた。
「あんたが銃を持ってるのは知ってたぜ。なにしろ、さっき見えてたからな」
そこは言わなくていい。恥ずかしいから。
ウィルめ、本当に撃つからね。
「だが、俺も銃には自信がある。撃ち合うか」
彼もまた、すでに銃を手にしていた。
アタシ達の間に、緊迫した空気が流れた。
どっちかが、軽く人差し指に力を入れたら、とたんにこの店は戦場になる。
アタシが勝てば、死人は出ないけど、アタシが負けたら、死体が一個ここに転がる事になるんだろう。
さーて、ウィルさんはどうしますかね。
「お互い、銃の腕は同等だ。ここは、一旦休戦といこう」
彼はそう言った。
「信じると思う?」
「信じろ、俺は銃を置く」
思ったよりもあっさりと、彼はテーブルの上に銃を置いた。
隣の席の客が、ぎょっとした顔をした。
やれやれ、仕方ない。
アタシも銃をしまった。
「どうやら、俺達は敵同士みたいだが、かといって、あんたが俺の仕事にとって、脅威になるとも思えん。それに、カインの野郎が、俺に秘密にしている事があるってのも、気に食わないな。ここでの話は、聞かなかった事にしておくぜ」
「アタシがそれで納得するとでも。アンタに秘密を知られて、そのままにしておけると思う?」
「さあな。だが、あんたには何も出来ん。俺も、あんたの邪魔はするつもりはない。それでいいだろう」
「それだけじゃ、信頼できない。アンタが、これから先アタシの協力者になるっていうなら、話は別だけど」
「俺に、スパイになれってのか」
「そういう事」
ウィルは、少しの間沈黙した。
アタシは、彼の答えを待った。
しばらくして、アタシのサンデーがただの溶けたクリームの塊になった頃、彼は重い口を開いた。
「いいだろう。ただし、報酬はいただく。俺は、ただで仕事はしない主義だ」
「今、金はないわ」
「後払いでも良いぜ。なんなら、体で払ってくれてもいい」
にやりと、彼は笑った。
冗談なのはすぐに分かったが、アタシは怒った顔をした。
「500万ニート。それでどう?」
「馬鹿みたいに格安だな」
「楽な仕事でしょ、何か気付いたことがあったら、アタシに知らせてくれるだけで良い」
「なるほど。なにも気付かなければ、何も知らせなくてもいいわけだ」
ま。そーゆ―ことか。
頭の切れる女を演じるのは疲れる。
もとがこんなだからねー。
とりあえず、余裕ぶった笑みで誤魔化した。
ただ問題は残る。
最大の問題は、アタシの正体、というか目的がこいつにばれた事を、リンが知ったら、アタシはどんな目にあわされるだろう。
おそらく。
ものすごく怒られるんじゃないだろうか。
Mランに跨りかけて、アタシは一つだけ思い出して声をかけた。
「もしかして。アタシ達の部屋に忍び込んだのって、アンタじゃないよね」
「何の話だ?」
「いや、身に覚えがないなら、いいの」
そうだろうとは思ったが。
やはり侵入者はウィルではない。
色々なモヤモヤが払拭できないまま、アタシは船に戻った。




