シーン27 傭兵は不敵に笑う
シーン27 傭兵は不敵に笑う
砂漠の星。惑星モルゴー。
100年前に終結したドゥ帝国からの独立運動と、エレス宇宙同盟への加入をめぐる内戦で、惑星の表土の80%が焦土と化したこの星では、今も多くの民が貧困にあえいでいる。
どこの星にも言える事だが、惑星の地表に住む者たちと、宇宙に出た者たちとの貧富の差、そして文明技術の差がどんどん広がりを続け、新たなる問題の火種を生んでいる。
「グロリアスエンジェル号」は、大気圏へ突入した。
砂漠の都市ウェルバーで、3日間の停泊を予定している。
アタシがカインに仕掛けた盗聴器は正常に作動していたが、これまでのところは、それほど有用な情報も得られないままだった。
ただ、仕掛けたのがブーツのせいで、歩く音がやけに耳に痛く、リンはノイズカットして音声のみの自動録音に設定するまでの数時間、ヘッドホンを耳に当てながら、ひどい顔でアタシを睨んだ。
ただ、気になるワードも入手した。
「今回の目玉は、パープルのカーティスが落札した」
昨日の夜、カインが漏らした一言だ。
誰に対しての言葉だったのかわからないが、「落札」という言葉から、何かしらのオークションが行われた。もしくは、行われている事だけは、容易に想像できた。
シェードの言う、行商の意味が、少し理解出来たような気がする。
セントラルスペース社が、クルーズを利用して、兵器のオークションを行っている。
しかも、それは既に始まっている。
だが、それだけなら、これほど長いクルージングを企画する理由はない。もう少し計画の全貌を暴いて、場合によってはその計画を破綻させる方法を考えなければならない。
そして、デモンストレーションとやらが何であるのか、それも気になる。
アタシは机に置かれたメッセージの事を思い出した。
あれは、一体誰の仕業なのだろう。
アタシ達が、この船の企みを調べていることを、誰かが知っている。
それは、予想だにしない事だった。
正直言って、アタシもリンも、まだ大きな行動を起こしていない。せいぜいカインに盗聴器を仕掛けた程度で、あとは単に遊んでいたといっても、過言ではない。
それにも関わらず、警告は届いた。
アタシ達が乗り込んでくる事自体を、最初から気付いていた奴がいるのか。
答えは何も出せないまま、そして、それ以上の調査も進まないままで、船は街に降りた。
リンは、デイジーと接触を図るため、彼女の企画した遺跡巡りのオプショナルツアーに参加した。
ウェルバーに到着すると同時に、チャーターした小舟に乗って出かけてしまったため、残されたアタシは、一人で街に降りる事にした。
レジャー気分に見えるよう、スワローハットに白地のワンピースを着た。
サングラスは縁取りまで赤い物を用意し、趣味は悪いが、髪の色に合わせてみたら、意外と似合った。
スカートの内側には太ももにホルスターをつけて、護身用のヘルシオンβを、今度こそ、ちゃんと身につけて隠した。
初の寄港地とあって、下船する乗客は多かった。混雑と、例の中年親父との遭遇を回避するため、アタシは時間を多少遅らせた。
そのせいで街の観光協会による歓迎の式典は見逃したが、地元のティーンエイジャーのマーチングなど、それほど頑張って見に行くほどでもない。
アタシがタラップを降りた頃には、港内は若干閑散としていた。
惑星の地表らしく、重力がしっかりと強くって、体が重く感じた。
そして、風に砂塵がはらんで吹いて、なかなか目と鼻に厳しい。
三回ほど連続してくしゃみをすると、側をブーンと音を立てて、オートバイ型Gランナー通称Mランが駆け抜けた。
ジャンバーの笑う炎を見て、すぐにウィルとわかった。
Mランは船の横を真っ直ぐ後方の格納庫の方へと走っていった。
アタシはちょっと気になった。
歩いて追いかけると、まあ、なんと巨大な船だ、後方に辿り着くまでく10分近くもかかってしまった。
格納庫の周りには、中を覗かせないためだろうか、2メートルくらいの簡易バリケードが張られていた。
入り口にはアルバイトの警備員が立っていて、アタシの様なギャラリーを「来るな来るな」と頑張って追い払っている。
せっかく労力使って歩いてきたんだし、ちょっとくらい見せなさいよ、ケチ―。
アタシがぴょこぴょこ飛び跳ねていると、「ウィル・オ・ウィスプ」のプレーンが数台、バリケードの内側の奥で立っているのが見えた。
随分と、ものものしいな。何を出し入れしているんだろう。
アタシは周りを見渡して、少し離れた所に、空港用の乗降車があるのに気付いた。
こっそりとそっちに行って、車の上によじ登ってみると、さっきより視界が開けた。
アタシはカメラ付きスコープを取り出した。
我ながら怪しい格好だが。
まあ、軍艦好きのマニアの行動と、見逃してくれたまえ。
コンテナが幾つも運び込まれ、そして、出て行く。
あのコンテナの感じは、何だろう。結構大きいものが多い。
積むのと、降ろすのか。
商品の入れ替えと、出荷って奴かな。
アタシはスコープを目から離した。
「スカートの中丸見えだぜ」
「え、うそ?」
急に声をかけられた。
アタシは焦って下半身を抑えようとして、バランスを失った。
数メートルとはいえ、落ちたら危険な高さだ。
「ほら、受け止めてやるから、跳びな」
アタシはその声に従った。
ちょっとだけ目をつぶったが、痛くは無かった。
誰かがアタシをしっかりと受け止めてくれていた。
この声は。
ウィルだ。
「そんなとこで、何を覗いてるんだい、えーと」
「み、ミライです」
アタシはドキドキして答えた。
ウィルはアタシを下に卸した。
「のぞき見は感心しねえな。まあ、おかげでいいもん見せてもらったけどよ」
アタシは真っ赤になった。
「の、覗き見って言うか。あ、アタシ、プレーンとか好きなんです」
「へえ。プレーンが、珍しいねえ」
彼はニヤニヤしながらアタシを見た。
やばいなあ、どう思われたかな。・・・やっぱ、疑われたかな。
「まあ、あの銃の腕前といい、普通の女じゃないとは思ったが、そんなに好きなのか」
「ええ。あれって、カザキ社のエイネルの改造型ですよね」
「ほう、わかるのか?」
「いい機体ですよね。多少古い設計だけど、無駄がなくって」
「まあ、悪くはないな」
アタシは、堂々とプレーンマニア女を演じることにした。
こうなりゃ、やけだ。下手に繕うよりは、よっぽどいい。
「本当にプレーンが好きみたいだな」
「変わってますよね。アタシ。姉さんにもよく言われるんです」
「そういえば、姉さんの方は?」
「オプショナルツアーに行きました。アタシは遺跡には興味ないし、こういう所で働くプレーンとかを見たくって。ところで、ウィルさんこそ、こんな所で何をしているんですか?」
アタシは逆に質問した。
どれ、どんな反応しますかねー。
「俺かあ」
ウィルは少しだけ答えあぐねる様子になった。
「俺は、乗客ではないからな。その、船のボディガードだ」
ボディガード? つまり、クルーズの自警部隊として雇われたという事か。
「そうだったんですか」
「ああ。だから、あんまり表立って遊んでもいられなくてな」
「その割には、楽しんでいたようですけど」
「まあ、もともと真面目にするのは性分じゃなくてね」
彼はそう言うと、アタシを手招きした。
「これから、何か用事はあるかい」
「いえ、別にありませんけど」
「じゃあ、ちょっとつき合えよ、プレーンを見せてやるよ」
お。これは、願ってもない感じではないですか。
アタシは迷ったふりをして、頷いた。
彼はMランのタンデムシートにアタシを乗せて、バリケードの内側へと走った。
貨物の積み込みは、相当の量と大きさだった。
少なくとも、食料品や日常品にしては、規模が大きすぎる。
注意深く観察すると、遠くに別の輸送船が幾つも停泊していて、堂々と荷物を交換しているのが見えた。
「なんの荷物なんですかねー」
アタシはさりげなく直球勝負をかけた。
「さあ、知らん」
ウィルはあっさりと躱した。
ウィルがアタシに見せたのは、彼のものと思われる、暗紫色のプレーンだった。
一目見ただけでは、ベース機すらも分からない、正体不明のマシン。
だけど、一度戦ったアタシには、うっすらとその素性が予測できていた。
「こいつが俺のプレーン、その名もダークバイアだ」
彼はその巨体を見上げながら自慢げに言った。
「さて、プレーン好きのあんたには、こいつのベースが何か分かるか」
さて。
なんでしょうね。
あたしはじっとそのボデイを見つめた。
「もし、一発で当てたら、あんたの知りたい事を教えてやるぜ」
突然、彼が意味深な言葉を口にした。
その眼が、アタシをじっと見つめていた。
「え、何のことですか?」
「とぼけなくってもいい、あんた、なにか探ってたんだろ?」
な、ななななな、何でそれを?
こいつ、何かに気付いてるの?
アタシは焦った。
まてよ。
って事は。
まさか、あの部屋に入って、脅しみたいなカードを置いてったのって。
もしかしてこいつか!?
「そのかわり、外したら、もう少し俺に付き合ってもらうぜ」
ウィルが、意味ありげに笑った。
・・・どうしよう。
どう答える?
「アタシは何も探ってなんか、いませんよ」
「そう言うだろうとは思ったが。・・・まずはこっちのゲームが先だ。ほら、この機体が何者か、判るかい」
アタシはかなり焦った。
だが、この男は今のところ、アタシに対して、それほど敵意を浮かべている感じでもない。なんとなく面白がっているだけ。そんな風に見えた。
ここは、彼の言うゲームに付き合ってみるか。
アタシは機体を見上げ、少し周囲を歩いてから、気付いた。
外装に惑わされるな。
これは、オーバープロテクターだ。
骨格をよく観察すれば、見えてくる。こいつは・・・かなり古い。
「プレーンじゃ、無いわね。その原型になったやつかしら」
言うと、ウィルの眉がピクリと動いた。
「エレスがまだ銀河通商同盟を名乗っていたころの汎用人型兵器ね。スケルターって呼ばれたやつ。その中でも、万能機として名高いホットバイア型。どう?違う?」
彼はピューっと口笛を吹いた。
「驚いたな」
その言葉は、彼の正直な気持ちだったろう。
いつもの不敵な笑みが消えて、アタシに対する、かすかな尊敬の念さえ感じられた。
「じゃあ、アタシの勝ちね」
「ああ。どうやらそうらしい」
彼は肩をすくめた。
「俺は、ちゃんと約束は守るぜ。だが、ここじゃなんだ、場所を変えないか?」
アタシに異論はない。
頷くと、彼はもう一度アタシをタンデムシートに乗せた。




