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シーン26 そして誰かが爪を研ぐ

 シーン26 そして誰かが爪を研ぐ


 リンには悪いことをした。

 あの面倒な中年親父のマシンガントークから逃れた時には、彼女のメンタルはかなり削られていた。

 リンって。意外と、打たれ弱いな。

 アタシなら、あの程度の親父トークなら、苛立ちはするけど堪える自信はあるぞ。

 そう思うと、久し振りに奇妙な優越感が湧いた。


 あんまり彼女が疲れ果てていたので、その日は部屋に帰って休んだ。


 翌日、アタシは別のバーに一人で向かった。

 リンは、デイジーが最初の寄港地になる惑星モルゴーで企画する、オプショナルツアーの説明を聞きに行った。


 意外と、渋い雰囲気のナイトスナックで、少し尻込みした。

 敷居が高いって、いいますか。

 ソーダを飲むために入る店じゃないなって、感じがする。


 ナイト、といっても、明確な昼夜は無いので、実質は24時間営業だ。

 入ってみると、受付もバーテンも機械人形だった。ま、そんなもんだろう。


 アタシは店内を見回した。

 目当ての「ウィル」の姿は無かった。

 ここに来る前に、一度射撃場を見てきたが、そこにも彼は居なかった。

 今日の最高得点が68点で、別人の名前だったところを見ると、彼が来た形跡はない。


 出直そうとしたところで、アタシの眼が意外な人物を目にした。


 カインだった。

 カインともう3人、おそらく、彼の仕事仲間と思われる男が、奥のテーブルを囲んでいた。


 アタシは、意を決した。

 店内にすすみ、彼らに背中を向ける形で、一番近いカウンターに腰を降ろした。

 テーブルの上にメニューが表示される。

 少し悩んだが、ソフトメニューに「シャーリィテンプル」の名前を見つけてそれに決めた。

 アタシはセロテープ型の盗聴器を用意して、彼らの隙を伺う事にした。


「二等客船も、なかなか良いもんだな」

 話声が聞こえた。


 カインと話している男の声にも、聞き覚えがあった。

 アタシを銃で脅して、車に連れ込んだ奴らだ。


「むこうだと、流石に緊張しますしね」

「本当ですよ、なんてったって、その道の奴らばっかりなんでしょう」

「正直言って、俺たちでは、場違いですぜ」

 言われて、カインはグラスを開けた。


「黙っていれば、誰も気にしない。この仕事が上手くいけば、次にあっちの席に座るのはお前らかもしれんぞ」

「そう上手くいきますかね」

「上手くいくさ。いずれにせよ、今回限りで、こんなふざけた会社経営のまねごとなどとは縁を切れる。しばらくは外宇宙のフリース星域あたりに隠れていれば・・・」

「フリースって、どんな所ですかい?」

「お前、知らないのか?」


 カインが声をひそめた。

 何やら卑猥な冗談を言ったらしかった。

 男たちがゲラゲラと笑った。


 どうやら、単なるボディガードってわけではないな。

 かなり、気心が知れている感じだ。


 アタシはシャーリィテンプルを口に含んだ。

 なんか妙に酸味が強くて、シェードのいれた方が美味かった。

 あいつ、もしかしてバーテンダーとしても、腕がいいのかしら。


 話しぶりからして、この4人の中で、カインがリーダーなのは明らかだった。

 そして、彼らが普段は一等客船に居て、そこに集まっている客というのが、やはりただ者ではない事も伺える。


 どうにかして、盗聴器を仕掛けたい。

 本当はウィルに仕掛けようと思ったが、どう考えても、カインの方が今回の裏を探るには手っ取り早い。


 絶好の機会じゃないか。

 と、思ったが、どうにもきっかけが無いと無理だった。


 しばらくそうしていたが、なかなかそのタイミングは巡ってこなかった。

 時間ばかりが過ぎて、男たちは大分酔ってきた雰囲気だった。


 このままじゃ、ソーダ腹になってしまう。


 チャンスがないなら、作るしかないか―。

 アタシはカバンからポーチを取り出して小さなコンパクトと、愛用のリップスティックを取り出した。

 で、わざと落とした。


 拾うふりをして足で蹴飛ばし、彼らのテーブルの下に転がす。

「あ、すみません」


 アタシは極力カインを見ないようにしながら、彼らの足元に体をかがめた。


 よし、良い所に転がった。


 手を伸ばして、ちょっと届かない風を装う。

「ごめんなさい」

 リップを手にし、身を起こすための偶然と見せかけて、カインのブーツに触れる。

 そこに、テープを張った。


 テープは一瞬で馴染んで、パッと見には分からなくなった。


「お邪魔しました。取れました」


 ニコッと笑って、4人に背を向けた。

 ふう、上手くいった。


 と、一安心したら。

 後ろで席を立つ音がした。


 ん。やばいかな。

 もしかして、怪しまれたか。

 ちょっと大胆すぎた? 一応、アタシ、カイン達に顔を知られてるし。


 ドキドキしながら無関心を演じていると、アタシの隣に、誰かが立った。

 カインだった。

 指が震えた。


 彼は少しだけ身をかがめ、アタシの顔を覗くような仕草をした。

 やば。

 これってチョーまずい。

 アタシは無意識に顔をそむけた。


「ねえ、そこの君。一人?」

 へ?


 アタシに向かって、カインは声をかけてきた。

 それも、ちょっと声のトーンが明るかった。


「・・・はぁ・・い」

 必死に地声を隠そうと、低い声を出そうとしたが、妙に艶のある声になってしまった。

アタシは焦った


「折角の船旅、一人じゃつまらないよね。どう、俺たちと一緒に飲まない?」

 彼の息が耳にかかった。

 げ。

 もしかして、カインの奴、アタシの事気付かずに、ナンパしてきてるの?


 アタシは彼が、昔も自分を誘ってきた事を思い出した。

 随分ナンパな奴だとは思ったが、もしかして、こいつ、アタシみたいなのがタイプなのか。


「いえ、っで、でえ丈夫です」

 噛んでしまった。


 ぷっと、奥の男達が噴き出した。

 アタシにか、それとも振られたカインにか。


 カインは引かなかった。


「そんなつれないこと言わないでさ。今、何飲んでるの?」

 言いながら、アタシの飲み物を覗き込もうとする。

 最低だ。こいつ。

 スマートさの欠片もないし、こんなんで、引っかかる女なんているのか。


「すみません。結構ですので」

 立ち上がりかけると、通せんぼをするように、目の前に別の男が立った。

 その顔を見て、アタシはまた寿命が縮んだ。


 なんと、間が悪いんだ。

 青紫のジャンバーを着たその男は、何故か楽し気な表情でアタシを見ていた。


「あ・・ウィル・・さん」


 男はウィルだった。

 アタシに名前を呼ばれて、彼は不思議そうな顔になった。


「あれ、俺名乗った事、あったっけ?」

 あー、アタシのどじー。

 えーと、えーと。


「得点板で見たんですよ。ウィル・マーブルさんですよね」

「ああ、そうか」

 彼は納得したようだった。


「なんだ、隊長、知り合いか」

「いや、知りあいって程じゃあないんですがね」

 ウィルはアタシとカインを見比べるように視線を移した。


「それより、遅れましてすいませんでした。・・・ところで、所長殿は、またナンパですかい」

「人聞きが悪いな。ちょっと、お誘いをしていただけの事だ。どうも、男ばっかりで花が無かったものでね」

 ふうんと、ウィルはアタシにもう一度目線を戻した。


「俺も、あんたとは一度話をしてみたかったんだ。どうだい、一緒に一杯」

「あ、いや、そのー」

「船旅だし、時間なら、たっぷりあるだろ」


 そんな事言われても。困る。


 ウィルと接触したかったのは、こっちも一緒だが、盗聴器はカインにしかけてしまったし、何よりも、カインにこれ以上接触し続けるのはまずい。

 今のところ、正面から向き合わずには済んでいるが、同じテーブルを囲むほどの勇気は、いくらアタシでもないぞ。


 かといって、なんか、逃げずらい雰囲気。

 どうやってこの場を切り抜けようかな。


 そんな事を考えていたアタシを救ったのは、思いもかけない声だった。


「おやー、ミライちゃんじゃあないですかー」


 それはあの、中年親父の声だった。


「今日はお一人ですかあー。もー、本当によく会いますねえー。なんかもう、運命って感じじゃないですかあー」


 めんどくさい野郎だけど、今だけはナイスタイミングだぞオヤジ―!

 カリブは店の入り口から、中を覗き込んでいた。


「あら、カリブさんー、珍しいですねー。こんな所で―」


 アタシはさっと、ウィルの横をすり抜けた。

 ウィルがカリブを見て、微かに顔を顰めた。

 なんだあのオッサンは、って顔だった。


 入ってこようとするカリブの袖をくいっと引いて、一緒に店の外に出る。


「え、どうしたんですか?」

「助かりました、絡まれかけちゃって」

「え・・ああ、そういう事」


 カリブは納得したように、アタシに合わせてくれた。

 さすがに、ウィルもカインもアタシを追ってこようとはしなかった。

 アタシは急ぎ足で展望デッキエリアに戻った。


「すいません、お酒の邪魔しちゃって」

「いやいや、お役に立ててこっちこそ光栄ですよー。どうです、折角ですから別のバーで飲み直しませんか?」


 いや。結構。

 なんだか、あなたにはきっぱりと断れる。


「ごめんなさい。そろそろ行かないと姉が心配するのでー」

「あー、マリンちゃん?」


 いつのまにか、ちゃんづけか。どこまで仲良くなった気でいるんだこのオヤジは。


「マリンちゃんなら、さっきまで一緒だったよ」

「え、どこで?」

「オプショナルツアーの説明会」

「ああ、そうですよね」

「僕も行こうかと思ったんだけど、あんまり面白くなさそうだったから、途中で抜けてきちゃった。モルゴーの史跡は結構破壊が進んじゃってるし。僕の専門外だからね。それよりも街に出ようかと思ってね」


 また、自分の話が始まりそうだったので、アタシは半ば無理やりに話を区切った。


 名残惜しそうな彼を、とっとと置き去りにして。

 部屋の前まで来た時、リンが立っていた。


「マリン、どうしたの?」

「ら。・・・ミライ。今来たの?」

「うん、どうしたの」

「ちょっと待って」


 リンは部屋のロックを凝視していた。

「誰かが、私達の部屋に入った」

「!?」


「アナログなやり方だけど、目印をしておいたの。あなたがここに居るって事は、」

 リンは、ポーチから小さなナイフを取り出して、手のひらの内側に隠した。


 目配せをして、開ける。


 中に飛び込んで、人影を探した。


 誰も居なかった。


 アタシは少しだけホッとして

「リンの気のせいだったんじゃない」

 と、言った。


 だけど、リンは厳しい表情のまま、室内に立ち尽くしていた。

 その眼が、テーブルの上に注がれていた。


 そこには、見慣れないカードがあって、見覚えのない文字が書きつけられていた。


『この件から手を引け。命が惜しければ、モルゴーで船を降りろ』


 これは、一体。

 アタシ達の背筋を、冷たい汗が流れた。


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