シーン25 美形男子に良い奴はいない?
シーン25 美形男子に良い奴はいない?
アタシはリンに、あの男が傭兵団「ウィル・オ。ウィスプ」の隊長であること、そして、彼との接触を図るために、わざと目立つマネをした事を説明した。
「あいつがウィスプか」
リンの眼に暗い色が灯った。
それはそうだ、彼女の要塞を攻撃し、彼女の仲間を奪った仇なのだから。
「何のために、この船に乗ってるのかな。デイジーと話していたところ見ると、ホスト側だよね。もしかしたら、一等客船にも出入りしているかも」
「うまく接触して、盗聴器を仕掛けたいところね」
アタシは頷いた。
「あなたにしてはやるじゃない。じゃあ、うまく接触を続けてみて」
リンはミニテーブルに、小さな道具を二つ置いた。
片方は、豆粒くらいの機械で、盗聴器に見えた。よく使われるやつだ。
もう一つは、小指の爪ほどの大きさの、透明なテープの切れ端にしか見えなかった。
「それ何?」
「どっちも盗聴器よ」
「どっちも?」
彼女はテープの方をつまんだ。
「これは、貼る盗聴器。エレス軍が開発したものよ。どっちを使う?」
「使いやすいのは?」
「カバンとかに忍ばせるなら機械の方だけど、そうでなければ、こっちを目立たない所に貼るのが簡単かな」
なかなか、技術も進歩しているもんだ。
アタシは悩んだ挙句テープの方をカバンに入れた。
「アタシはもう一回ウィルに接触してみようと思ってるけど、リンはどうするの」
「あんまり、別行動もしたくないけどね」
「二人で近寄ると、警戒されないかな」
「だったら、私はデイジーと接触してみる。私は顔ばれしてないし、・・・確か彼女は、カバンを持ってたしね」
「確か、いつも同じ、斜め掛けのバックをしてた」
「なら、好都合ね」
リンはもう一つの盗聴器をポケットにしまった。
「すぐに行動に移る?」
アタシの質問に、リンは首を横に振った。
「あまり性急に動いても、相手を警戒させるかもしれない。まだ旅も始まったばかりだし、少し様子を見ながら動こう」
「そうね」
アタシは船のパンフレットをもう一度開いた。
「じゃ、疑われない為にも、もう少し本気で遊びましょうか」
「あなたね・・・」
リンが呆れた顔をしつつも、パンフレットを覗き込んできた。
で。アタシ達は、展望デッキ横にある、ナイトラウンジに来た。
ウィルはアタシに興味を持った。
だとすれば、向こうから声をかけてくる可能性もある。
わざと、同じ時間に同じ場所で過ごせば、つまり、アタシ達がある程度決まった行動サイクルを作り出すことで、彼がアタシを見つけ出しやすくなるかもしれない。
ここなら人目につくし、割と暗くて、何よりも雰囲気がいい。
奥の方では、少しお洒落なカップルが、チークを踊っていた。
難点は、アタシがお酒に弱い。というか、ほとんど飲めない事だ。
こればっかりは体質なので、仕方ない。
そして、リンもまた同様だった。
なんで、こんな所まで、そっくりなのよ、アタシ達。
「蒼翼」のメンバーは5人いたが。そのうち三人は酒豪といっていいほど、酒に強い。
なのに、なんで飲めないアタシ達だけが、ここにこうしているのかしら。
まあ。
最近はノンアルコールでも、十分にお洒落なカクテルはあるし。
自分からカミングアウトしなければ、二人して極甘のジュースを飲んでいるとは、思われないだろう。
二人並んで、チビチビやりながら、ぼけーっと窓の外に広がる宇宙の光景を眺めていると、そのうちに、遠目からアタシ達を見ている客が増えている事に気付いた。
まあ、こういっちゃなんだが、赤毛の美人姉妹は、それなりに目立っていた。
この船の乗客は、ツアーの性質上、男性客が多い。それも、お一人様や、男性のみのグループが目立つ。あの、カリブとかいう中年親父なんかが良い例だ。
もちろんカップルや夫婦、ファミリーなどもいないわけではないが、こういったロングクルーズにしては、かなり特異な乗客比率になっているのは間違いない。
そのうち、ナンパでもされたりして、と思っていると、さっそく何人かに声をかけられた。
見るからに普通の乗客だったので、アタシ達は、その度に適当にあしらった。
さすがに5度目のお断りをした頃には、リンもうんざりした顔になっていた。
予定では、今日はこの後、もう一か所、別のバーを覗いてから、展望風呂とやらを利用して、お休みタイム。
明日は朝からジムとプールと、ミュージッククラブを回る予定を立てていた。
バーを出て、少し歩いた。
船内公園の文字が目に入った。
こういった巨大船だと、船員の心身の健康維持を目的に、船内に自然の木や土を運び入れ、人工の公園を作ってヒーリングスペースにしている場合がある。それを再利用した場所だろう。
アタシはリンの手を引いた。
「なに、公園? 行ってみたいの」
リンが訊いてきた。
「覗いていくくらい、いいでしょ」
なんとなく、先のバーの雰囲気がきつかった。
言い寄ってくる男たちのアタシを見る表情。顔だけじゃなく、足や胸に注がれる好奇の視線が、アタシの気分を悪くさせた。
ちょっとだけ、例え、それが造られた物でも、風を浴びたい。そう思った。
リンは察してくれたようだった。
いや、彼女も
もしかしたら、同じ感覚を抱いたのかもしれない。
公園の中は人もまばらで、思った以上に解放感があった。
船の中だというのに、芝生の丘と広い池があり、その周りには数本の木が植えられ、ベンチが設置されていた。
池を挟んだ向こう側に、ボート小屋が見えた。
乗るつもりはなかったが、アタシは池の周りの遊歩道を一周歩く事にした。
リンは、ベンチに腰掛けて、自分はここで待っていると言った。
風が気持ちよかった。
歩いてみると、意外と起伏に富んでいて、池のちょうど真裏あたりからは、リンの姿は見えなくなっていた。
水面に魚の姿を見つけて、木の板でできた桟に降りてみた。
近くで、つば広の帽子を被った子供が魚に餌をやっていた。
へえ、親子連れもいるんだなー。
アタシは微笑ましくその光景を見た。
池の端に、箱が置いてあって、魚のえさが一袋ずつ売られていた。
何気なくアタシは水面に指先を入れて、その冷たさを楽しんだ。
「あっ」
声がしてアタシは振り向いた。
何かの拍子に、子供の帽子が飛んでいた。
アタシはとっさに手を伸ばして、帽子の庇を掴んだ。
良かった。
と、思ったのもつかの間。
あら。
アタシは水面に向かって、バランスを崩していた。
って、まずい。あたし、泳げないのに。
以前、二回ほど溺れて死にかけた事がフラッシュバックした。
でも、体は重力に逆らえない。
水に落ちるのを覚悟した瞬間だった。
アタシの体を、誰かが引き戻した。
ふわりと、アタシはその場にお尻を突いた。
子供とその親が、慌てて駆け寄ってきて、アタシの手から帽子を受け取り、早口でお礼を言った後、ばつが悪そうに去っていった。
アタシは、何が起きたのか、すぐには理解が出来なかった。
けど。
アタシの後ろに誰かが立っている。
あ。助けられたんだ。
「すみません、ありがと・・・」
アタシは振り返って、そこで言葉を飲み込んだ。
男性がいた。
始めて見る顔だった。
まだ若い。けれど、甘さよりも大人の色気を感じさせる風貌だった。
髪の色は黒に近い濃茶で軽くウェーブしている。前髪はやや長めだが、うなじのあたりから、綺麗に刈り上げられていて、とても清潔感が感じられた。
瞳の色も同じダークブラウンで、その眼は鋭さの中に、優しさを湛えている。
はっきり言おう。
超イケメンである。
そして、どうしよう、アタシの好みのど真ン中だった。
彼は、無言だった。
「ありがとう、・・・ございます」
アタシが言い切ると、彼は、興味なさげに、ぷいと横を向いて歩きだした。
何よ。せっかくお礼言ってるのに。
と思って、よく見ると、彼は両耳にイヤホンをしていた。
あ、音楽を聴いてて、アタシの声なんか耳に入ってないんだ。
彼はスタスタと歩道を行ってしまうと、すぐに斜面のかげに見えなくなってしまった。
アタシは我に返って、あわてて彼の後ろを追った。
助けてくれたのは間違いない。ちゃんと、お礼言わなきゃ。
でも、彼は居なかった。
アタシは、彼を見失った事に気付いた。
え?どこにいってしまったんだろう。
一瞬視界から離れただけなのに。こんな短時間で、彼はどこに姿を消したというの。
少し道を進んだり、戻ったりを繰り返したが、いくら探しても、彼の姿は無かった。
なんだよ。
ちょっとカッコいい人だって、思ったのに。
全然愛想も無かったし、それに、逃げるみたいに居なくならなくってもいいじゃない。
アタシは後ろ髪を引かれる思いで、リンの待つ方向に歩いた。
まあ、でも、別に大したことではないか。
同じ船の中に居るんだから、またどこかでは会えるだろうし。
それに。
ここ最近、イケメンに会って、まともな奴だったためしがない。
美形男子に、良い奴を期待してはいけないって、学んだばかりじゃないか。
アタシが戻ると、リンは誰かと話していた。
で、アタシを見つけて、ものすごく恨めしい顔をした。
「おや、ミライさん。奇遇でっすねえ」
あー。
カリブとかいう中年親父だ。
何でこんなによく会うんだ。
アタシはリンを置いて逃げようかと思ったが、彼女はアタシの手を掴んで許さなかった。




