シーン24 軍艦カレーと射撃場
シーン24 軍艦カレーと射撃場
逃げ切れなかった。
というより、運が悪かった。
いけ好かない中年親父から、ようやく逃げ切った、と思ったら。
向こうから歩いてくるデイジーが見えた。
デイジーは誰かと一緒に歩きながら話している様子で、まだ、アタシには気付いていなかった。いくら、正体がばれていないといっても、極力、鉢合わせは避けたいところだ。
アタシとリンは少し通路を戻って、下の階に行った。
3つのレストランが並んでいるフロアだ。
特別な飲み物や、別注の料理を申し込まない限りは無料で利用できるとあって、大勢の乗客がごったがえしていた。
それもそのはず、時間的に、このツアー始まって最初の食事タイムなのだ。
3つのレストランはちょっとフォーマルな、世間で言えばお高めのところと、おそらくは一番人気であろうビュッフェスタイル。それに軽食のとれる食堂に分かれていて、それぞれに雰囲気が異なっていた。
来なくてもいいのに、後ろから、デイジーがついてきた。
とりあえず、彼女に背を向け、どこで食べるか相談しているふりをしてやり過ごした。デイジーは一番高級そうなレストランに入っていった。
見覚えのない男が一緒だった。
年のころは、三十代半ば過ぎくらいだろう。背も高く、スポーティな印象の男だった。
食堂からは、良い匂いが漂っていた。
せっかくだし、何か食べてから行動する事にした。
デイジーを避けて、一番無難そうな食堂を選ぶ。
それが間違いだった。
店内は、まあまあ混んでいた。
「相席でお願いします」
ウェイトレスに笑顔で言われて。
「良いですよ」
と答えたのが運の尽きだった。
「おや、またお会いしましたねえ」
隣に座ったのは、あの中年親父だった。
リンが、げっそりした顔をした。
残念なことに。
中年親父がコミュニケーションの標的に選んだのはアタシだった。
マシンガントークが始まった。
まあ、聞いてもいない事を、喋る、喋る。
アタシの相づちなんか、まるで無視。
嫌になってこっちが無視しても、何も気にしない。
生まれが何処だとか、旅行が趣味だとか、独身だけど娘がいるとかいないとか。
好きな色は赤で、君の髪はとても素晴らしいとか、なんとかかんとか。
誰か助けてくれー。
って顔でリンを見ると、彼女はあからさまに他人のふりをした。
いや。
双子の姉妹を演じてるんだから、どうせなら不幸も分かち合いましょうよ。
「おまたせしましたー」
アタシの眼からしたら、随分と可愛いウェイトレスが、料理を運んできた。
どうせならそっちに興味を持ってくれればいいのに、親父はアタシに夢中だった。
なんで、アタシに寄ってくるのは、変な奴ばっかりなんだ。
内心ぼやくと。
「類は友を呼ぶのよね」
リンが勝手にアタシの心を読んで、小声で呟いた。
・・・あんたは超能力者か。
アタシ達の前に並べられだのは、カレーライスだった。
リンが「え?」って顔になった。
だってさ、何を食べるか聞いたら、何でも良いって言ったじゃない。アタシのオーダーに文句があるとでも。
「ミライ、あなた、軽く食べるって、言ってなかったっけ?」
「そのつもりだったけどー。メニュー見たら、これはいっとかなきゃって、思っちゃって」
「なんでそれが、カレーなのよ」
「それはね」
アタシが理由を話そうとしたら、親父が割り込んだ。
「さすがミライさん。わかってらっしゃる。軍艦といえば、軍艦カレーですな」
「そ、そーなんです」
って。
アタシの名前まで、しっかりチェックしちゃってるじゃないこの男。
もー何なの。
と、言ってる間にも、親父のところにもカレーが来た。
くそ。チョイス被りか。
仲良し三人組みたいになってしまった。
「いただきまーす」
仕方ないので仲良く食べる事にした。
うん。これはいい感じ。
なかなか、美味いじゃないか。
と思って顔を上げると、リンが涙目になっていた。
「どうしたの? えーと、マリン姉さん」
「か、・・辛い」
「え、これが?」
アタシは、自分の舌を疑った。
いや、辛くないぞ。
普通に美味いし。ほら、親父だって、水の一滴も飲まずに一気に食べてる。
汗はものすごいけど。
「あなた、・・・ワザとでしょ。私が、辛いの駄目なの知ってて」
「あれ。そーだっけ?」
「そーだっけ、じゃないわよ。カレーは甘口でって、いつも言ってたでしょ!」
「ごめん、忘れてたー」
本気で忘れてた。
そうだった。
リンは、アタシよりも更に激しい甘党だった。
っていうより。
辛いのも酸っぱいのも、もちろん苦いのも苦手な、いわゆる、おこちゃま舌。
リンは、ぷるぷるしてアタシを睨んだ。
「ごめんごめん。クリームソーダ頼んであるから、ゆるして」
「クリームソーダ?」
「アイスのったやつ」
「・・・」
リンの顔から、殺気が薄れた。
「君たち面白いねえ。またご一緒してくれるかな。はいこれ」
親父が、アタシ達よりも一足先に食べ終わって、席を立った。
去り際に、何かをアタシに手渡した。
名刺だった。
きちんとフィルムでラミネートされ、キラキラと光沢を放っている。
「ノーフォーク中央大学 宇宙文明科 文化史特別講師 カリブ・ライト」
そんな肩書が記載されていた。
あんなのが、学校の先生なのか。
捨てようと思ったが、うかつに捨てて、捨てたのがばれると、それはそれで面倒そうだ。
アタシはとりあえずカバンにポイした。
食事も終えたアタシ達は、もう少し、船内を散策することにした。
船のクルーにも、怪しい所は特別感じられなかった。
セントラルスペーストラベルのバッジをつけた見慣れない添乗員を数名見かけた。
彼らは、まさしく人材派遣のレンタル人員らしく、決められた受け答えと、マニュアル通りの対応に徹している様子だった。
あの程度の仕事ぶりなら、アタシの方がもっと良い働きができるのに。
なんとなく悔しくなった。
ついでに、一等客船へのゲートも数か所、確認した。
さすがにアタシ達のチケットでは通る事すら出来ず、無駄足になった。
一等客船の連中は、こっちの施設にも顔を出せるけれど、こっちの乗客は、向こうの施設を使えない。当たり前ではあるが、なんだかこれまた不愉快だ。
諦めて部屋に戻る途中。
リンが、トレーニングジムを見つけ、少し汗を流したいと言い出した。
アタシも、と思ったが、今動いたらカレーが逆流しそうだ。
すぐ隣のブロックに、射撃場があるようだったので、ここだけは別行動する事にした。
そこは、もともと、軍の射撃練習場だった。
10人前後が並んで、実際の銃で、射撃を試せるにようになっている。
銃も好きに選べて、その日の最高得点者は、入り口のパネルに名前が表示されていた。
一定の得点をクリアすると、景品がもらえる仕組みか。
アタシは面白そうだと思った。
痛快な音を響かせている男がいた。
次々と標的を撃ち抜き、高得点をマークしていく。
男が銃を打つたびに、周囲のギャラリーが歓声を上げた。
この男は。
さっきデイジーと歩いていた奴だ。
すべて撃ち終えると、パネルに96点の表示がでて、文句なしの最高得点だった。
名前が出た。ええと、『ウィル・マーブル』か。
男は得意げな顔で、ブースを出てきた。仲間らしいオレンジ色のバンダナをした男が、彼にジャンパーを手渡した。
まてよ。
あのバンダナ男、見覚えがある。
ドッグ星で、アタシとバロンに絡んできた奴だ。という事は、あの男もしかして。
アタシはじっくりと彼を見た。
間違いない。「ウィル」。そのままだ、「ウィル・オ・ウィスプ」か。
ジャンパーの背に入った、笑う炎のパーソナルマーク。
あの後ろ姿は、忘れていない。
アタシは思案した。
あの男に接触できれば、なにか掴めるかもしれない。
デイジーとも繋がっているようだし、もしかしたら、この船で行われるデモンストレーションとやらにも、関わっているのではないだろうか。
だけど、どうやって接触する?
話しかけるにも、きっかけがいる。しかし、あまり不自然でも駄目だ。
悩んだ結果、アタシは、射撃場に入った。
「え、おねーさんがやるの・」
受付の男が、いい感じに頓狂な声をあげてくれた。
ウィルが、アタシの方を見た。
ほんの少し、目が合って、彼は面白いものを見る様な目をした。
アタシは彼に気付かないふりをしながら、幾つかある銃の中から、エネルギーリボルバー式のシャーク46を選んだ。
凶悪な程の音と反動。そして、破壊力を持った、通称リストクラッシャー。
軽はずみに撃てば、あっという間に手首が折れる。その位、最悪な銃だ。
そして。
その昔、アタシの相棒だった銃だ。
「おねーさん。その銃は辞めた方が良いよ、怪我するよ」
受付の男が、何とかアタシを止めようとしたが、アタシはきかなかった。
やがて、諦めたように。
「どうなってもしらないよ」
アタシを射撃ブースに入れてくれた。
女のアタシが、よりにもよってシャーク46を持って挑戦するというので、結構な人数のやじ馬が立った。ウィルもまた、その一人だった。
冷やかす声が、アタシの耳にも届いた。
言ってなさいな。
さてと。
久しぶり。この感じ。
ぱっと、標的が浮かんだ。
アタシのシャーク46が轟音を上げた。
立て続けに数発。全て正確無比に、標的の中心を撃ち抜いていく。
薬莢を捨て、次のステージまでの間にエネルギー弾を補充する。
タイムロスも、殆どない。
今度の標的も、全てアタシの餌食になった。
連続して5ステージを修了するころには、周囲は静まり返っていた。
呆気にとられた。そんな感じだった。
「得点は・・・95点!」
どよめきと歓声が起こった。
ちぇ、一点届かなかったか。
最後の数発、ちょっと手がつかれたのと、熱くなってリボルバーの回転が鈍ったせいだ。
カレーが胃の中で踊ったせいもある。
アタシは銃を置いて、ブースを出た。
受付の男がぽかんとしていたので、
「景品は?」
と、尋ねると、彼は思い出したように薬莢で出来たキーホルダーを渡してくれた。
一応箱入りで、賞品っぽい感じのものだった。
アタシは周囲の眼を集めながら、外に出た。
そこに、ウィルが立って居た。
彼は案の定、話しかけてきた。
「いい腕だ。人は見かけにはよらねえって、よく言ったもんだ」
「ありがとうございます。」
アタシは微笑んだ。
彼はアタシに、少なからぬ興味を持ったようだった。
「銃の扱いなんて、どこで覚えたんだ。あんた、テラスじゃないな、テアードか?」
「テラス系のテアードです。銃は、護身用に習ってたんです」
「ほう、護身にしちゃ、やるもんだ」
「あなたこそ、すごいですね。私も見てたんですよ。一点届きませんでした」
「俺のは、自分のブラックバードだからな、慣れてるだけだ」
「ご謙遜を」
よしよし、良い感じで食いついてきた。
彼がアタシを値踏みするように観察しているのがわかった。
「どうだ、このあと少し一緒に話でもしないか」
彼がアタシを誘いかけたところで。
「ミライ、何やってるの!?」
肝心なところで、仲間に邪魔された。
リンが、顔を真っ赤にして、こっちを睨んでいた。
やば、事情を先に説明した方が良いな。
接触には成功したし、まだ、時間もあるだろう。
「あら、姉さんが呼んでますので、では、また」
「あ、ああ」
ウィルが、若干名残惜しそうにアタシを見送った。
リンは血相を変えていた。
アタシに並ぶと、小声で、
「あなた、何最初っから目立つマネしてんのよ。少しくらい自重できないの」
詰め寄ってきた。
「これには、ちゃんと、わけがあるのよ」
「わけ? どんな」
「ひとまず、部屋に戻りましょ」
アタシは、急ぎ足で自室に戻った。
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