シーン22 黒の道化は躍らせる
シーン22 黒の道化は躍らせる
「シェードッ、あんたでしょ、リンに何をしたの?」
アタシが怒鳴り込むんだ先で、その男はシャーリィに縛り上げられていた。
「すまんラライ。アタシが気付くのが遅れたばっかりに。リンがこいつのセクハラ地獄にあってしまった」
「人聞きの悪い事を言うな。俺は親睦を深めながら、ちょっとだけ皮を貰おうとしただけだぞ」
悪びれもせず、自称宇宙一の情報屋にして、宇宙一の探し屋は言った。
その場に、変なものが落ちていた。
リンの腕?
つーか、リンの腕の皮だ。
「って、もう手を出してんじゃない。リン、大丈夫!」
アタシが振り向くと。
「う、腕だけだったけど。強制的に脱皮させられた。初めてだ。こんなの、怪我もしてないのに」
リン本人が一番動揺していた。
顔が真っ赤になっている。こんなリン、本当に始めてだぞ。
「強制的ってのも誤解なんだがな―。ただ俺は、彼女が自然に脱皮するように絶妙なトークと雰囲気を作り出しただけで、・・・ぐはっ」
アタシはかちあげ式エルボーをお見舞いした。
「それが強制ってのよ。リン、人権損害で訴えてもいいんだからね」
「これ以上、関わりたくない」
本音だろう。
にしても、最低な野郎め。
生きているだろうとは思ったが、節操のない。
「ところで、どうしてこの星に居るのよ。あんた、出入り禁止じゃなかったっけ」
「俺の類まれな交渉術を侮るな。ちゃんとミリア長官の許可は頂いたさ」
平然と言った。
本当に、まともな交渉をしたのかしら。
ミリア長官。まさか、こんな奴に弱みを握られたんじゃないでしょうね。
あーあ、これで平和な場所がまた一つ減った。
「それよりも。俺はお前に情報を持ってきてやったんだぞ。しかも特別サービスでだ」
あんたがサービスっていう時点で、既に怪しいんだけど。
「なんの情報よ」
「セントラル・スペースカンパニーの件だ。他にあるか」
「それもそうね」
アタシは仕方なくシェードを自由にした。
キャプテンを除く全員が、食堂室に集まった。
バロンが全員に飲み物を持ってきた。
アタシとリンにはフルーツジュース。シャーリィにはエネルギードリンクの一種で、最近はやりのメガパーワウワウ。自分用には梅昆布茶を準備した。
「俺には無いのか」
「旦那は白湯でじゅうぶんでやんす」
「・・・」
シェードは自分の湯のみを一瞬覗き込んでから、ハンカチを取り出した。
湯呑にかけて、指をパチリ。
あららびっくり、ワインに早変わり。
って、あんたは何者だ。
リンが、かなり驚いた顔をした。
駄目よリン、こいつに興味を持っちゃ。腕の皮だけじゃすまなくなるわよ。
「まずはこいつを見てくれ」
シェードは、セントラル・スペースカンパニーの新しいパンフレットファイルを机の上に置いた。
アタシは手に取って、「これか」と呟いた。
カインがいつだったか言っていた。千人規模の客を集めたクルージング。
「船はツインテ―ル級か。もとは軍用船よね」
「そこが一つの売りだな。珍しい船だってことも、客寄せになる」
「変な形の船だね、上部ブロックと、下部ブロックが別の船みたいに見える」
シャーリィが口を挟んだ。
「シャーリィさんの言う通りなんですよ」
「というと?」
「下部ブロックは、独立して輸送艦、兼、移動式ベースになるんです。上部ブロックは切り離されると、高速戦闘艦に早変わり。エレス同盟の前線制圧用に使われてた機体ですね。累計で二万台くらい生産されたけど、初期配備分は、そろそろ退役が始まってるんですよ」
「詳しいねー」
まあね。と胸を張ると。
「兵器マニアだからね」
ぼそりと、リンが言った。
「で、今度はこの船で、大がかりな輸送を始めるっていうの? クルージングを利用して兵器の密輸、やってるんでしょ」
「今までは、そうだ。だけど、今回は少し趣向が違っている」
彼は、パンフレットの次のページを出した。
「募集は二種類。二等客船の一般客が千五百名と、一等客船の特別客や招待客、三百名だ」
「一等船、って?」
「上の高速戦闘艦を二等客船、下を一等客船に分けているらしい。この一等客船の客ってのが曲者でね。一般応募もあったが一瞬で完売だ。俺が調べたところ、実際には応募自体がダミーだったみたいだな。ここの客は、つまり全員が別の目的で集まった連中だ」
「別の目的か。・・・随分ときな臭いわね。どこまで掴んでるの?」
シェードは薄ら笑いを浮かべた。
全部掴んでるって顔だが、こいつの困ったところは、知っていても、話さないことがあるって事だ。その辺が、こいつを信用しきれない理由でもある。
「おそらく武器の輸送ではなく、輸送しながら、航行中に行商をするつもりだ。寄港地を見てみろ、トマス、グリー、ベルニア、モルゴー、どれも内乱やら革命やらで、危ない所ばっかりだろう」
「大丈夫なの、こんな船で行ったら、刺激しちゃわない?」
「危険が一つの売りなんだ。表向きは、戦争で失われかけている名所名跡をめぐるって内容になってるがな。それに、幾つかミステリーエリアが設定されている。おそらく、この辺は外宇宙だろう」
モーリスの話を思い出した。
地球人は、他人の不幸を見たがるって。そして、チープなスリルを求めるのだ。
「なるほどねー。これまでスカーレットベルに大分損失を出させられたから、大がかりな手で、一気に儲けようってわけね」
「そういう事だ。社運をかけてるって、言ってもいい。こいつを潰せれば、実質上セントラルスペースの資金は潰える」
だが、と、シェードは言った。
「問題が、二つある」
アタシ達は彼の言葉を待った。
「一つ目は、千五百人の一般客だ。今までスカーレットベルがやったみたいに船を襲えば、彼らを巻き添えにしてしまう。簡単な言い方をすれば、最初から人質がいる様なもんだ」
確かに。それは、大きな問題だ。
これだけ大きな船を、犠牲者を出さずに潰すなんてこと、出来るわけがない。
「二つ目は、俺にもまだ見えていないものがある。セントラルスペースの連中は、このクルージング中に、何か大きなデモンストレーションを行うつもり、らしい。だが、それが何か分からない。兵器会社のデモンストレーションだ、良くない事だろうってのはわかるんだがな」
「あんたにも、調べられないことがあるのね」
「時間が足りてないだけだ。なにせ、俺は他にも幾つか事件を掛け持ちしているんでね」
アタシの言葉はシェードのプライドの琴線に触れたらしかった。
「ともかくだ。さて、あんたらはどうするね」
彼は訊いてきた。
なるほど、これは慎重に対策を考えないといけないぞ。
だけど、ちょっと引っかかる。
何でシェードは、急にここまで、あたし達に好意的になってるの?
多分。何かあるんだろう。アタシ達を躍らせたい理由が。
でも癪だけど、もはや後には引けない所に来ている。いや、アタシの就職の恨みだったら、まあまあ我慢もするけど、リンの事を考えると、そうはいかない。
シェードは、金属製に見えるカードを二枚差し出した。
「これは?」
「二等船のしか手に入らなかったが、クルーズのチケットパスだ。二人分ある」
アタシは手に取ってみた。
記録スイッチがついている。これで本人の様々なデータを入力して使用する。客船の鍵だ。
「何が行われるのか、内部から調べるのが一番だ」
シェードの言葉に、シャーリィが冷たく睨んだ。
「嫌なヤローだね。あたし達をスパイに使おうってのかい」
「そういうな。さっきも言ったが、俺は掛け持ちなんだ。パスが二枚だが、わかっている寄港地を上手く使えば、あんたらでも接触して情報交換は出来るだろうし、バックアップ体制はとれるだろう。俺も、後方支援は考えている。・・・それと」
シェードは少しだけ真剣な顔をした。
「俺が直接動けない理由もある」
「その理由は、教えてくれるんだろうね」
シェードは仕方なさそうに頭を掻いた。
「実は、セントラルスペースを内偵してる奴が他にもいる。目的はわからん。だが、これが厄介な事に俺の天敵でもあってな」
「へえ。あんたの天敵なら、会ってみたいね」
シャーリィは少し楽しげな顔になった。
「エレス軍事警察だ」
「げ」
「俺は昔からマークされてる。アンタらの事はノーチェックだろうが」
「嬉しいような、悲しいような、だね」
シャーリィはアタシに目を向けた。
「どうやら、話に乗っかるしかなさそうだ。じゃ、誰が乗るか、だけど」
「一人は私ね。文句は無いでしょ、一番の当事者なんだから」
リンが言った。
もう一人か。
本当はアタシが行きたいけど、顔ばれしているしな―。
「あっしは、目立ちすぎるでやんすね」
「じゃ、あたしかい。良いけど、ラライはそれでいいのか?」
シャーリィは、アタシが本当は行きたいのをわかって、気にしているようだった。
それに、この事件はアタシ達の事件なのだ。デュラハンのメンバーに、危険を負わせたくはない。
「変装するなら、良い物があるぜ、ちょっと下を向きな」
シェードが、アタシに言った。
言う通りにしてみると、彼はスプレーみたいなものをアタシの髪にふりかけた。
おお、と周りで声が上がった。
アタシは何が起きたか分からなかった。
バロンが、そそくさと手鏡を渡してくれた。
アタシは目が点になった。
アタシの髪が。
アタシのトレードマークの、綺麗な青い髪が。
真っ赤になっていた。
まっかっかー。
「って、何してくれんのよ、ブルーヘアーはアタシの個性なのよ。よりによって、こんなダサい色にしてくれちゃって!」
「ダサい? 赤が?」
ヤバい。
口が滑った。
本物の赤毛がここに居たっけ。
「あったたったたったたー。すみません、赤はダサくないですー」
リン様―。
暴力は、暴力はいけません。
これって、リバースバイパーホールド(背面毒蛇固め)ってやつですよね。
かなりマイナーな技だと思うんですが。
やっぱりリン、あんた蛇技にこだわってるでしょ。
バロン助けて。
と、キュートな視線を彼に向けたが。
「いくらラライさんでも、赤を悪く言っては、駄目でやんす」
しまった。
こいつもパーソナルカラー「赤」だった。
「色素変化用のスプレーだ。俺も変装時には使ってる。リムーブスプレーで簡単に戻せるから、心配はいらない」
それを早く言って。
あたしもうギブしてるんだけど、誰も助けてくれない。
「もっと本格的な変装でも良いんだろうけど、うまい奴は一瞬で性別も年齢もまるっきり化けちまうからな。でも、・・・あんたらは慣れていないようだし、かえってシンプルな変装の方が、ぼろが出にくいだろ」
シェードが得意げに言った。
どうでもいいから、そろそろ許して。
アタシ、変装しなくても苦痛で顔が変わりそうよ。
「さて、このスプレーセット、2つで1万ニートにおまけしてやる。買うよな」
残念。お金が足りません。
ようやくリンに解放されたアタシは。
「シャ、シャーリィさん。必ず働いて返すから・・・買って」
「はいはい」
シャーリィがため息をつき、リンはその様子を見て
「堕ちたものね」
ぐさりと、アタシにとどめをさした。
つくづく、何て一日だ。
もしかしたら、アタシの人生でも最悪の一日なのではないだろうか。
下がって、上がって、下がって、下がって。
「でも、こうしてみると、あんたら似てるなー」
「え、アタシ達が?」
「同じ髪の色で二人並べば、まるで姉妹みたいに見えるね。ラライも全然印象変わるし、喋らなければ、あんただってばれないかもな」
シャーリィはアタシとリンを見比べて言った。
ほんとだ。
体形も近いから、ちょっと双子みたいだ。
「さてと、俺はもう行くが、準備が整ったら迎えに来るぜ。ハイロウまでは送ろう」
「なんで。アンタとなのよ」
「出航日に余裕持って間に合わせるためだ。乗船手続きだってあるんだぞ。デュラハンの船じゃ遅すぎる」
シェードが立ち上がった。見送る気も無かったから、彼が食堂を出て行っても気にしなかった。
受け取ったリムーブスプレーを試していると、いつの間にか、リンが居なくなっていた。
気になって、少し探した。
船の外に彼女はいた。
何か、シェードと話をしている。
なんだろう、何か頼みごとをしているみたいだ。
と、シェードが軽く頷いて、去っていく。
覗いているようで、感じ悪いな。
アタシはリンが振り向く前に、船の中に戻った




