シーン21 鬼火も怖いがライも怖い
シーン21 鬼火も怖いがライも怖い
こんな時は、あれだ。
シャーリィに買ってもらったヘルシオンβ。護身用の麻痺ガンで威嚇するくらいなら、大事にはならない。
アタシは腰に手をやって。
ホルスターが無い! 事に気付いた。
あるわけがない。
そういえば、銃なんて持つの久しぶりだったから、思わず机に飾ってしまった。いやほら、武器ふぇちのアタシとしては、あのラインを眺めているのが好きな訳であって・・・。
「どうしたんだ、姉ちゃん?」
挙動不審なアタシに向かって、事もあろうに虫男が手を伸ばしてきた。
そうだ。
護身用ならもう一つ、あれがあった。
小型のパラライズスティック。
ビリリっと来る、あれだ。
アタシは咄嗟に、何でも入っているが、時に肝心なものがみつからない魔法のバックに手を差し込んだ。
あれでもない、これでもない。
でも確かに入れてあるはず。
使ってないから、多分奥の方かな。
よし、あったー。
アタシはぎゅっと握りしめた。
うん。びりっと。
びりびりっと、きたね。
「うきゃあーーーー」
アタシは叫んだ。
パラライズスティックは、効いた。効いたよー。
※大変危険ですので、保管時はケースに収納してください※
説明書きなんて。
読むもんか。
アタシは何もせずに倒れた。
体中が麻痺しましたわよ。そりゃあもう。
あっけにとられたのは、囲んでいた男たちだった。
襲おうとした相手が、勝手に倒れたんだから、そりゃ、引くよねー。
「お、おい。どうしたんだ、勝手に倒れたぞ」
誰かが呟くのが聞こえた。
かわいい子だと思ったけど、なんかヤバい子に声かけちゃったんじゃねー、という微妙な雰囲気が流れ始めたのがわかる。
ただ一人、そんな場の雰囲気に流されない奴がいた。
「よ、よくもラライさんを傷つけたでやんすね~!!!」
バロンだ。
あー。勘違いしてる。誰かがアタシに手を出したと思ってるんだ。
・・・。
仕方ない。あとは任せました。
アタシは、戦線離脱です。
・・・。
ってーか。これってヤバくない。このままだと、アタシってば、貞操の危機じゃないの?
「お、俺達はまだ何にもしてねえ」
「黙れでやんす。ラライさんの仇でやんすよー」
アタシはまだ死んでません。
バロンのべちべちパンチが炸裂した。
だが。
さすが軟体パンチ、効いているとは到底思えない。
「てめえ、やりやがったな。刺身にしてくれる!」
か弱く倒れたアタシの横で、不毛なる戦いが始まった。
ぺちぺちぺち。
ぽよぽよぽよ。
軟体人間相手に打撃戦は無意味よね。そしてバロン。あなたも打撃は向いていないと思う。せめて、締め技とかの方が良くないですか。
あー、もうどう収拾したらいいの。
っと、アタシの視界に見慣れないブーツが映った。
あんまり近くに立たれて、顔が見えない。
なにせ全身がマヒしちゃって、首すら回せないんだもの。
もう借金だってないのに。
「てめえら。いい加減にしておけよ。素人に手を出すんじゃねえ」
渋い声だ。
男で、年は・・・40手前って感じかな。もしかしたらもう少し若いのかも。
「あ、やべえ、隊長が来ちまった」
誰かが焦ったように呟いた。
隊長。こいつらのリーダーか。
「てめえら、女に暴力を振るったのか」
「い、いや、そいつは勝手に」
「言い訳をするな」
男が、手加減なしの拳を受けた。
音だけで怖い程の一撃だった。
バンダナの男が、数歩よろめいて、尻もちをついたのが見えた。
なんか。ごめん。でも、やっぱり、あなた達が悪いんだ。
「すまんな。うちの奴らが」
隊長がバロンに話しかけたのが見えた。
「別に。わかれば良いでやんす」
「気を失ってるのか。早く、介抱してやるといい」
「言われなくても、でやんすよ」
いーえ。頭ははっきりしてます。でも、体がピクリとも動かせないのです。
バロンがアタシに駆け寄ると同時に、男たちは隊長に急き立てられて、去っていった。
なんだったんだ。はた迷惑な奴らめ。
男の、・・・隊長の背中がようやく見えた。
茶色の髪。
それよりも、アタシはそのジャンパーの背に書かれたマークに目を奪われた。
笑う炎のマーク。
あれは、リンの要塞を襲ったプレーンのマークと一緒だ。
じゃ、アイツらが。
声をあげて追いかけたかったが。
アタシは動けなかった。
あー。
どうしてアタシってこうなんだ。
ったく、自分で自分が恨めしい。
バロンがアタシの体を抱きあげた。
む。今、重そうな顔したな。
失礼だぞ、って思ったが。そんな軽口すら、今は唇を揺らせなかった。
数十分後、アタシは工場の一角に立派なイスを設置していただいて、女王様よろしく座っていた。
といっても、未だに体はピクリとも動かない。
だいたい一時間くらいで、少し動けるようになる筈なんだけどな。
思いながら掛時計を見るが、まるで故障でもしているかのように進まない。
バロンは社長のゼロと工場内の事務室に行って、うち合わせに入っていた。
巨大な工場の奥には、修理を待つ数台のプレーンがあった。
バロンは、それを見ただろうか。
アタシは微かに動く瞳に力を入れて、何とか焦点を合わせた・
間違いない。
アタシが戦ったやつだ。
行動不能に追い込んだのと、足を破壊した正体不明のプレーンだ。
まさか、同じ工場を使っているとは、あっちも知ったらびっくりするだろうな。
「いやー、すげえ腕前だよ。あいつらと戦ったっての。神業ってやつだぜ」
見知らぬ若い技術マンが、向こうからやってきて、手前に居るスタッフに話しかけた。
「外装の隙間から、動力中枢だけを破壊してやがる」
「そんな真似できんのかよ、実戦だったんだろ」
「しかも相手はキャンベルだったってよ」
「まさか。あんなロートル機に?」
「そのまさかさ。さすがの鬼火も、気が立っちまってぴりぴりしてたぜ」
そりゃそうよ。
アタシを誰だと思ってるの。
プレーンの操縦だけは、誰にも負けないの。
話はまだ続いていた。
「それってさ、蒼翼のライだったりして」
アタシはどきりとした。
「確かにな―。そんくらい腕の立つパイロットで、名前が通ってるっていえば、このエレス圏内だとライくらいなもんだよな」
「お前、ライの戦い方見たことあるか?」
「まさか、え、お前、見たのか」
声をあげたスタッフ以上に、アタシの方が驚いた。
もし体が動いていたら、間違いなく彼らの話に加わっていた事だろう。
「俺の兄貴がさ、一回偶然見たんだよ。すごかったらしいぜ、ミサイルの雨の中を悠々と飛び回って、十台以上の敵プレーンを、次々と落としたそうだ。はっきり言って、人間業じゃなかったってよ」
「じゃあ、鬼火なんてもんじゃねえな」
「ああ、怖いくらいだったらしい」
男たちの話を聞きながら、アタシはいつの戦いだったのかを考えた。
まあ、敵の数が多いのは、いつもの事だった。
どの戦いも、いつ死んでもおかしくないものばかりだったし。
その頃のアタシは、死ぬことを怖いとも思わなかった。
今じゃ。
考えられないけど。
「ドゥとか、ルウの『騎士』と比べたら、勝てるかな」
「奴らは別格の強さだって聞くぜ。チェリオットなんか、一台で惑星の一つ二つ吹き飛ばしちまうんだろ」
「だけど、操縦のテクなら、ドゥの『チェリオットライダー』やルゥの『ドレッサー』にも引けは取らないんじゃないか」
うむうむ、ひけはとらないよ。
あんた達、良い事言うねー。
アタシは内心で楽しくなってきたが、麻痺した顔は無表情のままだった。
「ライだったら、見てみたかったな」
「いや、それは無いだろ―」
「なんでさ、これだけの腕だぜ?」
「ライがキャンベルなんか乗るかよ」
「・・・・・」
それが、乗るんですけど。
二人が笑うのが見えた。
ふむふむ。
アタシの評判は、まだ墜ちてはいないようですな。
やっぱり、一番いいとこで辞めといてよかった。
過去は捨てたけど。こうして褒められてると思うと、気分はいいぞ。
それにしても。
まさか噂のライ当人が、こんな所にお人形座りさせられて話を聞いているとは、お天道様でも思うまい。
でもって。
鬼火・・・ウィル・オ・ウィスプか。
傭兵団って言ったな。だとすれば、雇い主が居るはずだ。
まあ。一つしか考えられないけど。
「ラライさん。終わったでやんすよ」
彼の声が聞こえた。
首を、向けようとした。
ぎぎぎ、って音が聞こえるくらいぎこちなく、アタシの首は動いた。
唇にも力が入りにくくて、喋るのも面倒になった。
「そのままで、良いでやんすよ。だいぶ安くしてもらえたでやんす。部品も在庫ので間に合うって事でやんす」
それは良かったわ。
あ。ところで。
「と・・・ぞう・・・ば・ずる・・・・の」
(塗装はするの?)
アタシは訊いた。
「一応見積もりは出してもらったでやんす」
すごい。通じた。
「やっぱり資金不足で、全塗は無理でやんした」
肩を落としているかと思いきや。意外と明るい顔をしていた。
「全身真っ赤は無理でやんしたが、さし色にして、赤いイメージになるように塗装してくれるって事でやんした」
それは良かった。
アタシも早く見てみたい。
「ゼロさんからでやんす」
「?」
「プレーンの中古カタログでやんす。ラライさんも、早く次のプレーン買わないのか、って言ってたでやんすよ」
アタシの眼の中にハートマークが浮かんだ。
素敵なお土産じゃない。
眺めるだけでも眼福ってもんよ。
アタシは再びバロンに抱きかかえられた。
工場の連中が奇妙な目で見ていたけど、気にしない。
ちょっとだけお姫様気分になった。
船に戻った頃には、アタシの体はようやく動くようになっていた。
出迎えたのはリンだった。
アタシ達を見て、珍しくほっとした顔をした。
「お客さんが来てるわよ」
「え、アタシに?」
リンはこくりと頷いた。
そして一言。
「なんなの。あの人」
微かに表情が恥ずかしそうな、困惑したような色を浮かべた。
なんだ。リンがこんな表情するの、見た事ないぞ。
まさか。
アイツが湧いたか。
アタシはそれを察した。




