シーン20 手をつないでもいいですか
シーン20 手をつないでもいいですか
あー。気持ちいー。
バロンが爆走させるGランナーの助手席で、アタシは両腕を思い切り伸ばした。
病院で受けた理不尽なダメージが、開け放した窓から入る風と共に消えていく。
ようやく、アタシ達みたいな不法宇宙生活者のオアシス、ドッグ星に来たという実感が、油の匂いと共に鼻孔から体をかけめぐった。
「病院はどうでやんしたか?」
「最悪。二度といかない」
「あっしも病院は大嫌いでやんす」
好きな奴なんているもんか。
アタシ達は『ゼロ・マジック』の契約駐車場にランナーを固定して、大通りを歩いた。
一見するとオフィス街にも見える、立派な町の一角にその店はある。
店名の入ったドアを潜ると、見覚えのある受付嬢が顔を見せた。
数回しか来たことが無い割に、彼女はアタシ達を覚えていた。
まあ。
アタシ達も、それなりにはインパクトのあるコンビでしょうからね。
「ごめんなさいねー。社長、仕事が入って工場の方に行っちゃったのよ」
「どのくらいで戻るでやんすかね?」
「お客さんと一緒だったから。商談もあるみたいだし、2.3時間はかかるかしら。待って、連絡してみる」
彼女はぱたぱたと奥へ走っていった。
「どうするでやんす?」
アタシは時計を見た。
まだ、昼を少し過ぎたくらいだし、時間ならありそうだ。
「数時間なら、街で遊んできてもいいんじゃない」
「そうでやんすね~」
彼がニコッと笑った。
「やっぱり時間はかかるって。ちょっと面倒なお客さんみたいだから」
「面倒?」
彼女は声をひそめた。
「傭兵団なのよ。ウィル・オ・ウィスプ(鬼火)って名前の」
聞いた事は無い。でも。傭兵団って聞いただけで、胡散臭い事はわかる。
でもまあ、この店は表向き立派でも、裏では盗品を堂々と扱う闇ルートのショップだから、そういう客が居てもおかしくない。
って。
バロンさんも立派な宇宙海賊だった。
「じゃ、頃合いを見て、もう一度来てみるでやんす」
「あ、待って」
受付嬢は通信機の音に気付いて、再び走った。
遠くから。
「3時間後に、工場に直接来れないか、だって。どうしますー?」
アタシとバロンは顔を見合わせた。
工場の場所なら知っている。
前に、アタシのV-ウィングを作ってもらったのも、その工場だった。
「じゃあ、行くって、伝えててください―」
彼女は右手でOKマークを作った。
アタシ達は店を出た。
時間もあるし、繁華街に向かった。
雑然とした街並みには、ドッグ星らしいパーツショップが並んでいる。
見てみたい気はしたが、アタシは先立つものが無いし。バロンも修理にどのくらいかかるかがわからない分、ウィンドーショッピングも目の毒だ。
どうしようかと思っていると、ちょっと素敵な雰囲気のオープンカフェが目に入った。
あ。
アタシは無性にパンケーキが食べたくなった。
そういえば、誰かと一緒に食べたいなって、思ったことがあったっけ。
「そういえば、ちょっとお腹がすいたでやんすね~」
「アタシも―。バロンさん、あのカフェあたりで休まない?」
まあ。なんていいタイミング。
バロンがナイスな呟きを洩らしてくれたおかげで、アタシはごくごく自然に彼を誘った。
だけど、ちょっと彼は微妙な顔になった。
あれ、バロンって、好き嫌いあったっけ?
「どうかした?」
アタシは訊いた。
「随分と、お洒落な店でやんすねー。あっしには、ちょっと場違いじゃないでやんすか」
なんだ。そんなこと気にしてんのか。
いいじゃない。アタシが気にしないんだから。
「そんな事ないよー。アタシ、パンケーキが食べたい」
アタシは半ば無理やり彼を座らせた。
カース人の彼にとって、店のチェアは、多少座りにくそうだった。
アタシはフルーツトッピングのパンケーキと、少しだけ甘さ控えめって書いてあるココアを注文し、彼は宇宙ツナサンドとホットジンジャーを頼んだ。
なんだか。
ゆったりした気分になってきた。
雑踏の音もいいBGM。
程なく注文した料理が運ばれてきて、アタシはその甘さに舌鼓を打った。
「美味しいね―」
「そ、そうでやんすね~」
少しだけ困ったように、彼は答えた。
どうしたんだろう。口に合わないのかな。
アタシが顔を上げると、バロンは食べながら、やけに周りを気にしていた。
他の客が、どうかしたのかな。
アタシもそっと周囲を見た。
こうしてみると、周りもほとんどがカップルか、もしくは若い女が多かった。
まあ。こういう店はそんなものだけど。
気にしなくてもいいのに、と思いかけたところで、小さく囁くような声が耳に入った。
アタシは、ちょっと・・・いや、かなりイラっときた。
周りの女が、ひそひそと囁く声。
それは、どうやらアタシ達を笑っているらしかった。
若い女と、この辺の星系では馴染みがないから、珍しいタコにしか見えないカース人の二人連れ。確かに奇妙な組み合わせだとは自分でも思うけど。
あれ見て―。とか、
やだー。あんなのと付き合ってるのかしら―。とか。
全部、聞こえてるんだケド。
静かにしてくれない!
アタシの大事な時間を邪魔しないでよ。
アタシは怒鳴りつけたい気持ちを、必死に堪えて、パンケーキを口いっぱいにほおばった。
そこに居る間中、アタシは胸がムカムカして。
それからは二人とも、ロクな話が出来なかった。
一通り食べ終わると。
「行こう、バロンさん」
アタシは席を立った。
あー、腹立つー。
男は見た目じゃないんだ。いや、女もだ。
外見が何だろうが、問題は中身だ。
誰が何といおうと。本当に大切なのは、心なんだ。
性格とか、考え方とか、生き方とか。
それを知りもしないで、余計な口を挟むんじゃねーよ。
アタシは。
周りのバカな女たちに見せつけるように。彼の手を握りしめた。
ぎゅっと。
バロンは少しだけびっくりした顔をしたけれど、すぐにアタシの気持ちを察してくれた。
吸盤のついた触手を、アタシの指にからめるように這わせ、くるくるっと巻きつけてくる。
これって、単に手を握ったのとは、違う感触。
手をつないだ。って奴だ。
アタシ達は無言で、そのまま車まで歩いた。
怒りと勢いに任せた行動だったけど。
我に返ると、とんでもなく恥ずかしくなった。
まっすぐに、彼の顔が見れない。
顔は多分真っ赤だろうし。
体中が熱くなった。
ティーンエイジャーじゃあ、無いんだから。
こんな事くらい、どうってことない。
って言いたいけど。
どうやらアタシの異性経験値は、小学生レベルだったみたいだ。
車に乗りこもうとして、手を離そうとした瞬間、彼はちょっとだけ力を入れた。
なんか、びびっときた。
やばいな。
こりゃ。
「少し。ドライブしよ」
アタシがようやくそれだけ口にすると、やっと手が離れた。
空っぽになった指が、ものすごく寂しかった。
生まれてしまった気まずさをかき消すように、音楽のボリュームを最大に上げた。
アタシ達は街の周囲を走った。
工場のある港近くのブロックに向かってハンドルを切り、頭上に透明の展望パネルが広がる貨物用のストリートを駆け抜ける。
そこからは宇宙空間がのぞいていた。
「まだ少し、時間があるでやんすねー」
「いいんじゃない、少し早めでも。近くで待とうか」
アタシ達は工場近くの路上にランナーを止めて、周辺を散策することにした。
自動販売機で珍しくコーヒーをひとつ買って、街路樹の下に設置してあったベンチに腰掛ける。
大人の気分で飲んでみたが、うー。
「苦っ」
あんまりアタシの口には合わなかった。
「バロンさん。残りあげる―」
「いただくでやんす」
彼は美味しそうに飲み干した。
でも、苦さのせいで、気持ちが少し落ち着いた。
アタシは彼の横顔を見て。この時間がとても幸せに感じた。
・・・。
が。
そんな幸せの時間は長くは続かなかった。
「なんだー。妙なカップルがいるぜー」
いきなり、男の野卑た声が、アタシ達の背後から浴びせられた。
驚いて振り向いた先に、4.5人の、見るからに柄の悪い連中が立っていた。
皆、つなぎ状のスペーススーツを着ているが、その人種も様々で、とうてい、真っ当な筋の人間には思えなかった。
「綺麗な姉ちゃんを連れてるから、どんな野郎かと思ったら、まさかカース人のタコ野郎とはな」
最初に声をかけてきた、中央の男が笑った。
この男はテアードかテラスか。頭にオレンジのバンダナを巻いていた。
隣りに立つガメル人(虫型人間)が、人工音声機で笑うのが見えた。
「よう、姉ちゃん。そんな奴より、こっちで俺たちと遊ばねえか」
横の男が言った。
こっちの男は腕が4本ある。珍しい、グリー星の人類種だ。
「ご遠慮します」
アタシは言った。
バロンの手を掴み。
「そろそろ、行こう」
逃げようとしたが、いきなり囲まれた。
「何をするでやんすか」
バロンがアタシを庇うように立った。
これは、ちょっとまずい。
相手は大人数だ。
いざとなればバロンには8丁拳銃という奥の手はあるが、なによりもここはドッグ星だ。
相手が誰であろうと、この星上でいざこざを起こせば、場合によっては二度とこの星の大地を踏めなくなる。
こいつら、それを知らないのか。
「タコ野郎が、俺等にたてつこうってのかい」
バンダナの男が指を鳴らしながら、じりじりと詰め寄ってきた。
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