シーン19 恐怖。ドクターモランの罠
シーン19 恐怖。ドクターモランの罠
ドッグ星が、眼下に見えていた。
あれから、宙の旅は順調に進んだ。
そして何より、リンはアタシが驚くほどに、デュラハンのメンバーと馴染んだ。
もちろん、キャプテンは別だ。キャプテンだけは、あれ以来一度も部屋から出てこない。物音一つもしないので、本当に部屋に居るのか、だんだん不安になる程だった。
で。
困ったのはアタシだ。
なんでかってゆーと。
「ラライ、食堂室の掃除は終わったのかー。もうじき星に着いちまうぞー」
シャーリィの声が容赦なくとんできた。
「ラライってば、本当にぐずねー。私はもう、キャビンの方は全部終わったわよ」
「流石はリン。ついでにこっちも頼めないか?」
「まかせて、シャーリィ」
「・・・」
リンは。何でもできた。それも。そつなく、早く、丁寧に。
そして、いつの間にかシャーリィとも意気投合していて。
さん付け無しで呼び合う仲になっちゃってるし―。
ああ。
アタシって、まるで物語の灰かぶり姫みたい。
意地悪な姉と継母に虐められる可哀想な子。みたいな―。
「ったく。助けるんじゃなかったわ。あんな蛇女」
アタシが思わず呟くと。
「誰が蛇女だってぇー」
リンは真後ろに立っていた。
げ。地獄耳。
なんで、そこに居るのよ。シャーリィの所に行ったんじゃなかったの?
・・・・・。
「やめてー、ぼ、ぼうりょくはんたーい。ぎぶ、ぎぶあっ」
うげー。
・・・リン。
いくら蛇女だからって、コブラツイストは駄目。
そんなところまで、こだわらなくてもいいのに。
「二人とも仲いいでやんすねー」
バロンが通りかかった。
いや。良くない。ってーか、助けろ。
「遊ぶのもいい加減にしろー。本気でドッキング体勢に入るぞ」
シャーリィの声で、ようやくアタシは解放された。
くそー。いつか強くなってやる。
そんなこんなで、いつの間にかアタシ達はドッグ星に降り立った。
バロンとシャーリィは寄港者が利用できる無料のGランナーを二台手配してきた。
「リンは、あたしと病院へ行こう。バロン、買い出しは任せるよ」
シャーリィがリンを手招いた。
「こっちは了解でやんす―。全部終わったら、ゼロの所にキャンベルの修理依頼に行っていいでやんすか?」
「そうだな、見積もり出してもらえ」
アタシは何食わぬ顔で、バロンの横に乗ろうとした。
「ラライ、あんたもこっちだ」
シャーリィに気付かれた。
「え。アタシもですか―」
ちぇ、プレーンカスタムショップ『ゼロ・マジック』。アタシも行きたかったのに。
「リンの体も検査してもらうんだぞ。気にならないのか」
ま。仕方ないか。彼女はアタシが連れてきたわけだし。
「じゃ。また後ででやんす~」
バロンは行ってしまった。
Gランナーのハンドルはシャーリィが握っていたので、アタシは後部座席に乗った。
音もなく、ランナーは走り始めた。
病院へと続く道は、左右に人工の並木が立って、どこかしら爽やかな景色に感じられた。
「そういえば、そのドクターって。なにか問題があるとかって、言ってましたよね」
アタシはシャーリィの言葉がまだ引っかかっていた。
以前入院した時の事をよくよく思いだして、やっと、顔の長いテアードがいたことまでは記憶を取り戻したが、それほど変な印象は残っていなかった。
「ああ。まあな」
シャーリィは、少し言い難そうな顔をした。
「もしかして、シェードみたいな変態じゃありませんよね」
「いや。ああいうのとは違う。だけど、ちょっと興味が湧いたりすると、すぐ研究材料にしたがる癖があってね」
ああ。マッドサイエンティスト気質ってやつかな。それなら、確かに問題そうだ。
「度が過ぎる事もあって。そのせいで、医師の資格もはく奪されてんだよね」
はい?
なんか、とんでもない事を口にされた様ですが。
それって、問題どころの話では無いのでは。
アタシはリンを見た。
あれ。驚いた顔していない。いまから自分が診察されるってのに、不安にならないの?
リンはアタシが見つめている事に気付いた。
彼女はくすっと笑った。
「ラライ。こんな星で医者をやってるってのは、たいていそんな奴よ。そのかわり、腕は確かなのが多いわ」
「やっぱり、リンはわかってるなー」
シャーリィが少しだけホッとしたように言った。
白亜の建物が見えてきた。
何で病院ってのは、どこもかしこも同じような造りなのだろう。
あんまり奇をてらわれてもどうかと思うが、少しくらいの独創性を求めたりはしないのだろうか。
先に連絡を受けていたと見えて、その医者は顔を長くして待っていた。
首を。と言いたいところだが、本当に顔が長いのだ。
見た目からすると、中年を過ぎたくらいなのだが、あまりに細長い顔のせいで、余計に年を取って見える。
テアードだが、もしかしたらどこかの少数人類の血が濃いのかもしれない。髪も、肌も灰色をしていて、その肌は石のようにざらざらに見えた。
「久しぶり、シャーリィ」
「元気そうね、ドクターモラン」
二人は軽くハグした。
「リン、ドクターモランよ。ラライは、知ってるわよね」
「その節は、ありがとうございました」
アタシはお行儀よく頭を下げた。
「おお、君か、約束通りだねシャーリィ」
モランが、アタシを見て、飛び切り嬉しそうな顔をした。
ん。
約束?
それって何ですかー
「まあまあ、それより、例の皮だ。リン」
シャーリィが声をかけるとリンは厳重に保管された『皮』を、その保管ケースごとモランに渡した。
「これが、その細菌・・・、もしくは毒の付着したレルミーの皮だね」
モランは、ニコニコしながらそれを受け取った。
アシスタントらしき機械人形に手渡して、何やら指示を出している。
「で、その成分を調べればいい。それでよかったね」
彼はこちらを振り返った。
「ああ。どのくらい時間がかかるかな?」
「うーん。やってみない事には分からないが、どの程度の痕跡が残っているかにもよるからね。上手くいっても30日って所かな」
「そんなに?」
「詳しく調べるには、だよ。細菌兵器か化学兵器かの見極めだけなら、2日もあれば何らかの回答は出せるよ」
シャーリィは安心したような顔になった。
「あとは、そっちの赤毛のお嬢さんの身体検査だね。多分問題ないだろうけど、それはメアリーにやらせよう。おーい、メアリー」
モランが呼ぶと、先ほどの機械人形が戻ってきた。
リンは、素直に従った。
機械人形に案内されて彼女が部屋を出て行くと、モランは改めてアタシとシャーリィに向き合った。
「で、本題だが、調査費用の件だ」
「普通ならいくらだ?」
「リスクが大きそうだからね。300万って言いたいところだよ」
「なんだ、思ったよりは格安じゃないか」
「じゃあ、払えるのか?」
「いや」
シャーリィは首を横に振った。
「こいつのせいで、余計な出費がかさんでてねー。そろそろ資金切れしそうなんだよ」
アタシを指さす。
うう。肩身が狭いとはこのことだ。
「では、やっぱり取引といこうか」
「それしか、ないようだね」
「・・・?」
あれ。二人が急にアタシを見たぞ。
そう言えばさっきも、約束がどうとか、言ってたけど。
「こっちは泣く泣く差し出すんだ。高く買ってくれるだろうね」
「調査費はただにしてあげよう。それに、プラス200万でどうだい」
「プラス500万は欲しいね」
「500万か~」
モランが悩んだ。
って。あんたたち、何の取引してるの。
・・・。
まさかと思うけど、アタシの事話してないよね。
「よし。それで手を打とう。そのかわり、今後も頼むよ」
「取引成立だな。今後の事は、またその時考えるよ」
二人は、アタシを無視して握手をした。
そして。
・・・・・。
数十分後。
「何でこーなるのよー!」
アタシは手術台の上に縛り付けられていた。
手術台っていうか、どっかの変身ヒーローが、悪の組織に捕まって改造される一歩手前、って感じの状態。
「ごめんねー。痛くないらしいから。我慢してねー」
どっからか、シャーリィの悪気の無い声が聞こえた。
「シャーリィさんっ、これはどういう事なんですか!」
「それがさー。この間、あんたここに入院したでしょー」
「しましたけど、アタシ何か悪いことしましたっけ」
「そん時の血液サンプルにさー、普通じゃ考えられないくらいのエレスシードが含有されてたんだってさ。ドクター興味持っちゃって・・・」
「あ。アタシ、生まれつき人の三倍のエレスシード持ってるんです。普通です。たまにいます。特別じゃありませんってば」
アタシはじたばたしたが、無駄な抵抗だった。
なんか良く分からない機械の針やら、刃物みたいなものが、アタシを取り囲んでいる。
って。
これまずい。
殺される。
なんか、実験台にされて、モルモットみたいに殺されちゃうんじゃないの?
「君のエレスシードは特殊なんだ」
モランの声が聞こえた。
「非常に純度の高い、しかも遺伝子濃度の高いエレスシードだ。それが、常人の3倍以上も内包されている。こんなケースは極めて稀なんだよ。もしかしたら、エレスの起源に繋がる研究ができるかもしれない」
「いやー。アタシにはエレスの機嫌なんて、どうでもいいですー」
「大丈夫だ。体に傷をつけるわけではない。ちょっと組織サンプルを取るだけだ」
「ほ、ほんと?」
ほんの少し、安堵する。
しかし。
「安心したまえ。痛いのは、・・・最初だけだ」
シャーリィの嘘つき―。
痛くないって、いったじゃないかー。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
うぎゃああああああああああああああああ。
帰りの車の中で、アタシは真っ白な灰になっていた。
途中から、記憶がない。
口を開かせられて、ドリルみたいなものを突っ込まれたのは覚えている。
無茶苦茶痛かったのも。
でも。
どこにも傷はない。
あれは。なんだったんだ。
最後に、飴玉を一個貰って。
30分したら食べていいよって、言われて解放された。
リンが、アタシを振り向いた。
「ラライどうしたの?」
「・・・・・べつに」
「ふーん」
彼女は小さくVサインを出した。
「どうかしたの?」
「私は、オールオッケーだった。身体に異状なし」
そりゃ。ようござんした。
港に戻ると、バロンが待っていた。
「遅かったでやんすねー。待ってたでやんすよ」
「待ってたって、何を」
「ラライさんをでやんす」
「アタシ?」
バロンは顔を赤らめて頷いた。
「今からゼロに行くでやんす。ラライさんも一緒に行くでやんしょ?」
アタシの心に、ようやく光が差した。
「行くー。バロンさん、ありがとー」
アタシは今日一番の笑顔になった。
彼の助手席に飛び乗って、シートベルトを素早く締める。
「よーし、バロンさん飛ばしてー」
「合点でやんす」
バロンがアクセルをふかした。
「ふうーん」
リンの呟く声が、聞こえた気がした。
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