シーン1 スペースジャックは犯罪です
シーン1 スペースジャックは犯罪です
この振動は、攻撃を受けている?
アタシは一番近い安全バーを抑えた。
こういった、旅客船の場合、予想外の衝撃を受けた瞬間に、機内の安全装置がオンになり、重力制御が行われる。
完全に無重力になるわけでは無いが、重力の軽減をする事により不要なGの発生を抑え、
全身を形のないエアバックで包むような状態になる。
「皆さん、落ち着いてくださ、あー」
アタシは声を出したところで、二度目の衝撃があった。
窓の外の星々が、急に回転し始めた。
光が線になって、見つめると気分が悪くなる。
これは、この船自身が回転している?
どちらかの流圧エンジンが止まった。アタシにはそれがわかった。
船の専属キャビンアテンダントが飛び出してきた。
アタシをちらりと見た。
アタシが着席していない事に注意をしかけて、今回のツアーの添乗員だと気付いた。
今回のクルーズにおいて、アタシは一応、責任者の一人だ。
どちらかといえば、クルーに近い立場になる。
「お手伝いを、お願いできますか」
言われて、アタシは頷いた。
「モーリスさんも、お願いしまーす」
アタシは、もう一人の社員の名前を呼んだ。
セントラル・スペースカンパニーの主任で、今回の企画者でもあるモーリスだ。
地球系で、中年でもないのに丸々と太ったこの男は、膨れ上がった腹をシートベルトで押さえつけ、まるで自分も客の一人であるかのように、事態の急変に震えていた。
出発前は先輩面して、アタシに色々とウンチクを垂れたり、アタシの宇宙服の着こなしに注文をつけたりと、偉そうにしていた男だ。
面倒くさい奴―と思ったが、このタイコ腹は、案外、宇宙生活に慣れていないとみえる。
ちっ、役立たずが。
内心ざまーみろと舌を出す。
が、そんな事を考えている場合ではなかった。
緊急時事態なのだ。
キャビンアテンダントも、「落ち着いてください」を、連呼しながら、自分たちも動揺して、かすかに震えている。
アタシは、まだなんとか、落ち着いていた。
なにせ、緊急事態には慣れている。慣れていた自分が怖い。
アタシも同じように声をかけながら、乗客のシートベルトを確認して回った。
生意気なバッドボーイが言う事をきかないので、前のめりになって締めてあげようとしたら、あろう事か人の胸を触りやがった。
シートベルトのかわりに首を閉めてやろうかと思ったがやめた。
大人げない。
手が滑ったと見せかけて、肘鉄を喰らわせてやった。
あらあら、ごめんなさいね。
それにしても。
この状況は、なかなかまずいぞ。
あっという間に、船が停止したのがわかった。
これは、スペースジャックという奴だ。
こんな旅客船に、当然ながら自衛設備なんてない。
せいぜい救難信号を出すのが関の山だが、それすらも行われた形跡がない。
おそらく、障害装置を使われたのだろう。
だいぶ、手慣れた行為だ。
これは、テロリストや政治犯などの行動にしては、段取りが良すぎる。
宇宙海賊か。
だけど、何故だ。
こんな金の在りそうもない旅客船を襲うなんて、今どきの宇宙海賊とは思えない。
「あ、客室側の防護隔壁は閉めましたかー?」
アタシはキャビンアテンダントに声をかけた。
若くてムチムチした体をしたこの地球人は、顔を青くした。
返事を聞かなくてもわかるよ。
うん、忘れてたんだね。
こんな事態に遭遇するなんて、想像もしてなかったよねー。
「まかせて、今、閉めてくる」
多分、この人たちに任せるよりは、アタシの方が速い。
そう思ってコクピット方向に向かって走ったが、時、すでに遅しだった。
自動扉が空いた瞬間、見知らぬ輩と鉢合わせした。
ダークグレー一色のスペーススーツに身を包み、顔の見えないヘルメットをかぶった男がそこに立っていて、しっかりと銃口をアタシに向けていた。
「後ろをむけ」
はい。わかりました!
敬礼をしたくなる程素直に。
アタシは両手を上げて、男の指示に従った。
いや、無理ですって。
銃を向けられたら。
あ、アタシだって昔はそれなりに海賊してましたし、銃撃戦なら負けない自信はありますけど―。
それはアタシも銃を持っている場合であって。
今のアタシは、丸腰なんです。
「抵抗はやめろ」
男の声は、人工的に合成されていた。
正体を明かさない為か、それとも、そういう人類種なのか。
この宇宙は様々な人類種がいる。中には、私達と同じ発声方法が出来ない人も多い。だから、人工の声そのものは、決して珍しいわけではない。
だが、奥から来たもう一人の男も同じ発声をしたので、おそらくは正体を隠しているのだと推測した。
「この船は占拠した。大人しくしていれば、殺さない」
本当かどうかは、わからないが、男は言った。
こういう時は、素直にしているに限る。
下手に動いては、かえって状況を悪くするだけだ。
しかも。
相手はどうやらプロのようだ。
それにしても、何の目的だろう。
この船は、旅に出たばかりだし、貨物室にだって、まだろくに荷物もない。
だいたいにして、金のある人間が乗るようなツアーですらないのに。
時々振動がした。
何かが行われているのは確かだ。しかし、何をしようというのだろう。
まあ、この様子なら、時間が経つのを待つしかない。
こうやって時間をかけて、アタシ達を見張っているというのは、裏返せば、アタシ達を殺す気はないという意思のあらわれだ。
みんな、このまま大人しくしていてください。
と、思ったところで。
最低だ。
馬鹿がいた。
よりにもよって、モーリスだ。
シートベルトを外し、腰をもぞもぞさせている。
そう言えば。
『僕は責任者だからね、ツアー客の安全を守る義務がある。君は銃の保持許可を取っているかい? ははあ、その顔はまだだね。いずれ企画者になるなら取っておいて損は無いよ』
などと言いながら、せいぜい麻痺レベルの威力をもったパラライズガンを、自慢気に見せてくれたっけ。
しかも、パンツァー社のやつ。護身用通販会社のオリジナルモデルで、見た目は良いが粗悪品だ。プロなら、絶対に買わないし、恥ずかしくてアタシは触りたくもない。
でもって。
モーリスはやってしまった。
「じゅ、銃を捨てろ!」
叫んで銃口を向ける。
馬鹿。遅いって。英雄気取りなんて、しちゃいけない。
銃を向けたら撃たれる。そのくらいの道理がわからないの。
しかも相手は二人よ。
モーリスよりもずっと早い一撃が彼を襲った。
銃撃は微かに逸れて、彼の手をかすめた。それだけで、彼は銃を落とした。
銃撃が外れたのは、アタシのおかげだ。
アタシはとっさに男の腕をはねあげていた。
こうなりゃ、やるしかない。
アタシは彼の腕にしがみつき、銃を奪い取ろうとした。銃さえ手に入れば、こっちのもんだ。ほれ、よこせー。
火花が散ったよ。
うん。
殴られたよねー。
軽々と腕を捻り上げられ、そのまま地面に抑えつけられる。
自慢じゃないけど、アタシ見た目通りで、肉弾戦は得意じゃないのよ。
殺さないでください。
ごめんなさい。
もー抵抗しませんからー。
心の中で祈りながら、後頭部に銃口の感触を感じて、アタシは本気で震えた。
「待て」
突然、違う声がした。
「その女に手を出すな」
人工音声なのに、その声は他の連中と違う。それが分かった。
「キャプテン?」
男が不思議そうな声をあげた。
アタシも顔を向けようとして、頭をぐいと押さえつけられた。
いや、それだけで痛いって。
もー、誰か助けて。
心の中で叫んだが、届くわけはない。
「彼ら」はここに居ないのだから。
「その女を立たせろ、そして、こっちに連れてこい」
キャプテンとやらが、言った。
男はしぶしぶアタシを立ち上がらせた。手を頭の後ろで組むように命令し、再びアタシの背中に銃口を当てる。
駄目ですよ。
あんた達のキャプテンが、アタシに手を出すな―って、言ってんだから。撃っちゃったりしたら怒られますよー。
「とっとと、歩け」
小突かれた。
アタシは言われるがままに、客室ブロックを出て、パイロット室にほど近い、乗務員用の更衣室に押し込められた。
化粧やら、着替えのために儲けられたこの部屋を選んだ理由。それは、ここだけが監視カメラや、マイクが設置されていないためだ。
なるほど、さすがは宇宙海賊、やる事が慣れている。
しかし、アタシなんかに、なんの用があるんだ。
アタシの目の前に、そいつは立っていた。
朱いスペーススーツが、視界に入った。
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