シーン15 要塞は死に包まれて
シーン15 要塞は死に包まれて
要塞の周囲を一蹴したが、内部への入り口は見つからなかった。
やむなく、重子砲で開いた穴に接近し、内部ブロックの通路らしきところが見える所を探した。
ヘルメットのバイザーを閉じて、機密性を最終確認する。
射出式のワイヤーを固定させて、アタシは宇宙空間に単身飛び出していった。
破壊された金属片が、飛び交っていた。
中には鋭いものもある。
宇宙服の強度はそれなりだが、注意して進まないと、ひっかければ破れる。そうなると、いかにアタシが悪運強い女でも、助からない場合もある。
ようやく、通路に辿り着いて、アタシは中に潜りこんだ。
緊急隔壁が降りていた。
つまり、要塞自体の機能は、生きている。
アタシは緊急コードを入力した。
思った通り、隔壁は開いた。
重力も、死んではいなかった。
構造を確認して、指令中枢のありかを探った。
「リン」のアジトらしい造りだ。
彼女の性格と一緒で、まったく遊びが無い。ストイックで機能的な構造。アタシとは正反対だ。
そういえば、彼女とは一番の信頼関係だった半面、一番よく口喧嘩をした。
性格の不一致、という奴だ。
喧嘩では勝てなかったが。口喧嘩では・・・・。
うん。そっちでも、一度も勝ったことが無いな。
アタシは居住ブロックを通り抜けようとして、足を止めた。
愕然とした。
七~八人の男女が、あちこちに倒れていた。
駆け寄ったが、既に死んでいるように見えた。
しかし。
何故?
外傷は無い。しかも、その内の二人くらいは上衣を半脱ぎになったまま、近くに宇宙服が落ちている。
攻撃を受け、あわてて戦闘態勢に入ろうとして、死んだ?
アタシは彼らの皮膚が、ただれたような水泡になっているのに気付いた。
これは?
毒か。
どっちにしても、異常事態が発生したのは明らかだ。
アタシは、後ろ髪を引かれながらも、そのままにして居住区を離れた。
途中、幾人も死んでいた。
外壁に近い迎撃用の機銃台の近くで、アタシは人の呻く声を聞いた。
生きている人がいる!
アタシは駆け寄った。
宇宙服を着たテアードの男性が、機銃のトリガーにもたれたまま、突っ伏していた。
「大丈夫? 生きてるの?」
「あ、あんたは?」
男は息も絶え絶えに答えた。
「助けに来た。リンは。・・・スカーレットベルは、どこ?」
「助け? ・・・馬鹿な、俺たちに助けなんて・・・」
「馬鹿じゃないわ、ここにちゃんといるでしょ」
男は、指をさした。
「2ブロック先の、エレベーターを上だ。・・・そこに指令室がある」
「ありがとう。‥何があったの!?」
「お、俺たちにも、わからない・・・たぶん、毒かなんかだ」
「毒。どうやってこんな広範囲に?」
この要塞は、かなりしっかりと設備されている。例え毒や化学兵器を散布したとして、普通なら1つのブロックで隔離できる。細菌兵器なら、発症前に自動対処されるはずだ。
アタシが見ている前で、彼は意識を失った。
そのままにしておくのは忍びなかったが、出来ることは限られている。
アタシは彼が教えてくれた通りに走った。
エレベーターも正常に稼働した。
毒だとすれば、このヘルメットを脱いだ瞬間、アタシもやられるかもしれない。そう考えると、背筋がぞっとした。
指令室に入った。
ここも、死体の山だった。
足ががくがくと震え、一瞬、思考が混濁した。
「リン! リンは!?」
アタシは叫んだ。心に起きた動揺を必死に押し殺して、倒れている人の顔を、一人づつ確かめていく。
そして、最後に、アタシは彼女を見つけた。
リンは、最後まで戦ったようだった。
片手に通信用マイクを握りしめて、そのまま外部モニターの前に崩れていた。
ヘルメットを着用している。
僅かな希望に賭けて、彼女の上半身を抱え起こし、アタシは絶望した。
顔中が、水泡に侵されていた。
息があるかすら、わからない。もはや、ピクリともその手も足も動きはしなかった。
「そんな。嘘、リン。嫌だよ。死なないでよ」
アタシの眼から大粒の涙が溢れて、止まらなくなった。ヘルメットの内側が曇った。
いつまでもそうしてはいられない。
そう思った時だった。
妙な振動が起こった。
指令室に、危険を示すアラートが響き始める。
突然、通信が入った。
「ラライ。ラライ、居るか、聞こえてるか?」
シャーリィの声だった。
「シャーリィ。大変なの、毒で、多分毒でみんな死んでる」
アタシは叫んだ。
「こっちから見ても、大変だ。奴ら、置き土産を仕込んでいきやがった。外側から、爆発が始まってるぞ」
マジか!
アタシは焦った。
とりあえず、リンをこのままにはしておけない。たとえ手遅れだとしても。
アタシは彼女の体をなんとか抱え上げた。
その間にも、どんどんと、振動が大きくなってくる。
必死になって引きずって歩くが、あー、アタシの力不足が恨めしい。
途中、さっきリンの居場所を教えてくれた人の所まで戻った。
彼は・・・こと切れていた。
アタシはこれ以上泣きたくは泣かったが、泣くなという方が無理だ。
これって。
アタシのせいじゃないのか。
アタシがリンの居場所を調べて、その上、敵にそれを知られちゃったから。
だとしたら。
みんなアタシが殺しちゃったも一緒じゃないか。
最後の隔壁に辿り着いた。
そこで、もう一度絶望した。
なんで? 隔壁が開かない。
アタシ、閉じ込められた?
必死にパスワードを入力する。だけど、駄目だ。通電自体がしていない。
ならば力ずくで・・・。と試みたが、特殊合金の扉はびくともしなかった。
その間にも、振動は大きくなっていた。
足がふわりと浮いた。
重力の維持装置までも止まった。これは、かなり悪い状況だ。
どうしよう。脱出できない!?
アタシは扉を叩こうとしたが、叩いた反動で、自分の体が後ろへと飛んでしまう。
リンの体を掴んだまま、壁面を必死に抑えて、体勢を戻した。
別の出口を探すか。
そんな時間はあるのか。
思った先で、後方が炎を吹き上げた。
近くで、何かが誘爆したようだった。
やばい。死ぬ。
「急げ、こっちだ!」
声がした。
声は、爆発の中から聞こえた。
振り返ると、吹き飛んだ壁面に穴があいて、そこから誰かが腕を伸ばしていた。
「キャプテン~!」
アタシはリンを引っ張ったまま飛んだ。
キャプテンの手が、アタシを掴み、勢いよく宇宙へと引きずり出す。
アタシとリンの体をしっかりと確保すると、キャプテンは自らも宇宙へと飛んだ。
「よし、バロン。回収だ」
彼が言った。
片腕になったキャンベルが、アタシ達に近づいて、その巨大なマニュピレーターで優しく包んだ。
アタシ達が船に辿り着き、ようやくホッと胸をなでおろしたところで、リンの・・・スカーレットベルの要塞が、炎の塊になって、そして、宇宙の藻屑となっていった。
そして。アタシ達は。
無菌状態にした一室に、リンの体を横たえて、そっとヘルメットを外した。
念のため、アタシは宇宙服を着たままだった。
キャプテンのかわりに、シャーリィが側についてくれた。
ここは、女性だけの方が良いと、思ってくれたらしかった。
リンは、息をしていなかった。
だが、生命反応は微かに残っていた。
あんなに美しかった顔が、毒素のせいでただれてしまって、もとの彼女の相貌を思い返せない程だった。
「残念だけど、もう無理だね」
シャーリィが悔しそうに、でも、はっきりと言った。
「そんな、・・・リン」
アタシは彼女に縋りついた。
「接触性の毒素に見える。ガスだろうけど、不思議と呼吸器への吸い込みは少ない。あんまり、見たことの無い症状だな」
シャーリィは事務的に呟いた。
アタシにかける言葉を、失っている。そんな感じだった。
この間は、最悪な再会をして。
でも、どうにかしたくて、もう一度あなたと話したくて。
ここまで来たのに。
まさか、それ以上、最悪な事になるなんて。
思ってもみなかった。
アタシにとって、最初の仲間。
今までで、一番、アタシを理解してくれた人。
親友で。
相棒で。
もしかしたら、ちょっとだけライバルで。
どうしようもなく大切な「リン」
「リンのバカ―。毒なんかで、簡単に死なないでよー」
アタシは彼女の首元を掴んだ。
「なんで、アタシを置いて行っちゃうのよ。あんた、次会った時は、アタシを殺すっていってたじゃない。言ったことくらい、守りなさいよー!」
泣きながら、彼女の頬を両手で包んだ。
彼女が、ほんの少しだけ動いた気がした。
それは、アタシの気のせいだったかもしれない。
「ラライ、やめた方が良い。接触性の毒だ。皮膚を通して、うつるかもしれない」
シャーリィがアタシに手を伸ばした。
「やめて」
アタシは彼女の手を振り払った。
毒なんか、うつったっていい。
うつってしまえばいい。
それで、彼女が助かるなら。
いっそ、アタシはその方が良い。
「ラライ、それなんだ?」
シャーリィが不思議そうな声をあげた。
彼女を振り払ったアタシの手から、何かのカスのような物がパラパラとこぼれた。
なんだろう。
これ。
皮膚? みたいだ。
・・・・。
・・・・・・!
アタシは、気付いた。
これは皮膚だ。
だとしたら、もしかしたら。
「シャーリィさん、手伝ってください。彼女を、彼女の服を早く脱がせて!」
アタシは叫んだ。
「バロンさん。聞こえてる、室内の清浄モードを最強にして外部排出を入れて!」
程なく、室内の循環パイプから排気音が大きくなった。
アタシは、彼女を裸にすると、恐る恐る、彼女の頬の下に手を差し込んで。
皮を、剥いた。
彼女はレルミー系の人間だ。
脱皮すれば、毒素を排出できる。
皮膚接触性なら、尚更だ。
人の皮をはぐなんてのは、一生に一度の経験で良い。
だが、それは思ったよりも簡単な作業だった。
皮がめくれてはぎとられると、下から、もとの綺麗なままの彼女の顔が現れた。
そこから、頭を、胸を、足の先までも、はぎとっていく。
シャーリィも、無言でその作業を手伝った。
数分もしないうちに、彼女は生まれたままの赤ちゃんのようなきれいな肌に戻っていた。
そして、微かに胸が動悸した。
まだ、生きてる。
「メディカルボックスだな、急ぐぞ!」
全てを察して、シャーリィが叫んだ。




