シーン14 外宇宙に炎は上がる
シーン14 外宇宙に炎は上がる
船の設備を整えるのに、結局2日を要した。
必要な作業とは分かっていても、多少気が急いてしまうのは仕方が無い。
二日目は、バロンが駄々をこねたので、仕方なく二人で街に出た。
アタシは軽い気持ちでウィンドーショッピングや軽食を取るなどして、重くなりがちな心をリフレッシュしようと思ったが、バロンは模型屋や、ゲームショップに夢中で、アタシが一緒に来ているのを忘れてしまったくらいだった。
ちぇ。
少しくらい、アタシをリードしてみなさいよ。
美味しいスイーツショップの一つくらい、調べておいてくれてもいいのに。
ともかく。
パレス8を出航した時には、当初の予定を大幅にオーバーしていた。
旅は、順調、とは言い切れなかった。
数度の亜空間航行を終え、トマス星系から、BB3636RHと名付けられた惑星のある外宇宙域を目指したのだが、それが、思った以上に難儀した。
そもそも、外宇宙の星系図は正式なものが少ない。
エレス同盟、ドウ帝国、ルゥ惑星連合といった勢力の正式な進出が行われていないエリアは、互いを牽制して、あえて情報を制限しているケースが多いからだ。
しかも、シェードが口にした惑星の識別番号は、テラス固有のものだ。
エレス同盟のデータに照合させながら、それとめぼしき惑星に目的地を絞るまで、多少の時間が必要だった。
ようやく目的地と思われる星に着いた時、そこが「当たり」だと知らせてくれたのは、一筋の黒い光だった。
空間の歪む、嫌な波動が、周囲の宙空に広がった。
モニター越しに、アタシはその光の正体を直感した。
「今のは、もしかして」
「間違いない、重子砲の軌跡だ」
シャーリィがアタシの直感を裏付けた。
「こんな所で、重子砲を撃つなんて。いったい誰が?」
「すぐに解る。衛星の正面にでるぞ」
シャーリィは船を全速力で走らせた。
それは、衛星とは名ばかりの、巨大な岩石の塊にしか、見えなかった。
そのほぼ中央に、「穴」が開いていた。
重子砲による貫通痕だと、すぐに分かった。
重子砲とは、拠点制圧用に開発された兵器で、超小型のブラックホールを撃ち込むような物である。
比較的誘爆をせずに、相手の機関部を破壊できるのが特徴で、何を隠そう、デュラハンの船にも一門搭載している。
撃ったのは、一艘の武装した中型スペースシップだった。
青紫に塗装された機体は、明らかな戦闘武装が施され、船の周囲には人型の有人型プレーンが数台展開していた。
ベースはカザキ社のエイネル型だ。マッシブなボディに、かなり武装を強化してある。
戦闘状態を示す、幾つものライフルや機銃の閃光が、交錯するのが見えた。
衛星は、要塞だった。
岩石の至る所から、対宙空用の機銃や砲門が見えている。
しかし、妙だ。
襲ってきた宇宙船や、プレーンによる攻撃の状況に比べ、迎撃が沈黙するスピードが速い。
先ほどの重子砲が、よほど重要な機関を破壊してしまったか、それとも、他に理由があるのか。
衛星側から、ようやく数台の戦闘プレーンが飛び出してきた。
アタシの乗っていた旅客クルーザーを襲ったのと、同じ機体だ。
しかし、その動きは以前に比べて、随分と緩慢にみえた。
あっという間に、青紫のエイネルに、翻弄され、破壊されていく。
おかしい。
いくら不意を突かれたって、こんな戦い方、リンらしくない。
リンは、アタシが知る限り最高の作戦指揮官だ。
彼女のオペレーションは、例えそれが素人の集団であったとしても、またたく間に歴戦の戦闘部隊へと変えてしまう程だ。
こんな。
こんな無様で、一方的なやられ方をするものか。
アタシは心臓の鼓動が速くなった。
襲っている青紫の一団が何者かはわからない。
だけど。
アタシのせいで、彼女が襲われているのは、間違いない。
到着が遅すぎた。
もし、手遅れになってしまっていたら、どうしよう。
「どうするんだい? スカーレットベルの方が、旗色が悪そうだよ」
コクピット席から、シャーリィが焦ったように言った。
「加勢してもいいですか。バロンさん、プレーンを借りても良い?」
サブシートのバロンが振り向いた。
「ОKで、やんす。乗ったら、座席の左を見るでやんす」
「左に何かあるの?」
「見ればわかるでやんす!」
彼が、触手で、親指を立てる様なポーズをした。
「わかった。ありがとう」
アタシはプレーン格納庫へと走った。
バロンの新しいプレーン、ヤック社の「キャンベル型」だ。
20メートル近い巨体だが、ボデイはずん胴の空き缶のようで、その上に半円形の頭部と、マッチ棒のように細い手足がついている。
お世辞にも「強そう」とは言い難い機体だが、機動性の良さと、メンテナンス性の良さ、そして、豊富なカスタムパーツという魅力があって、発売以来、ずっと人気機種として定位置を保っている。
無重力エリアに足を踏み入れ、アタシはプレーンスーツのスイッチを入れた。
スーツ内に微重力を発生させ、血流を安定化する機能だ。このおかげで、アタシは無重力酔いをせずにすむ。
反面。
こういった機能に任せているから、スーツが無いと一発でアウトになるかもしれない。
アタシはキャンベルのコクピットに辿り着いて、言われた通り左側を見た。
「あは」
嬉しくて、思わず声が出た。
カース人のコクピットは、まるで西洋便器で、アタシが乗ると、お尻がはまって情けない事になる。そのために、以前子供用の補助便座のような、補助シートを手作りしたのだが、結局使う事なく終わっていた。
バロン、ちゃんと取っておいてくれてたんだ。
あとで、お礼に何かしてあげよう。何が良いかな。
思いながら、コクピットに乗り込んだ。
計器類の電源を入れる。モニターが微かに曇っていた。傷もあちこちにある。
中古だな。でも、動作は良好だ。
「ラライ、出ます。ハッチ開けて下さい」
「了解。今開くよ」
相変わらず整備不良のハッチが勢いよく開いた。
アタシのキャンベルは、滑り出すように宇宙空間へ飛びだした。
要塞側の抵抗は、既に8割が沈黙していた。
殲滅行動にかかっていた青紫のプレーン「エイネル」が、アタシの存在に気付いた。
迎撃態勢に入る前を狙って、アタシは急接近した。
エネルギーライフルは、弾数が20。それほど無駄には出来ない。
アタシは接近戦を選んだ。
レイナイフで、一機目の腰部関節を狙う。
エイネルは、ここに動力の中枢を持っている。
もともと戦闘用の機体ではないから、ガードは装着しているみたいだが、そこさえうまくかわせば、一撃で手足の動作連動を止めることが出来る。
とはいえ、プレーン対プレーンの接近戦で、そんな細かな戦いが出来る者は、おそらく数えるほどしかいないだろう。
アタシは0.05秒の接触で、それを終わらせた。
乗っているのが「キャンベル」だって、馬鹿にしてもらっては困る。
アタシは、元「蒼翼のライ」だぞ。
明らかに、敵は動揺した。
援軍が来るなどとは、想定もしていなかったのだろう。
一機が慌ててこちらにライフルを向けた。
射撃を、難なく躱した。
レイライフルの弾速は速い。実質、狙われてからの回避は不能なほどだ。
だが、アタシはそれを躱せる。
読めるのだ。
これだけは、アタシの天性の才能だ。
普通の生活では、一切、何の役にも立たないが。
二機目の撃破にも、時間を要さなかった。
残る三機は、ようやく編成を立て直したところだった。
そこに、こっちにも加勢が加わった。
デュラハンの船が、対宙機用レーザー機銃を放ちながら接近してきた。
良い援護射撃だ。
そしていい腕だ。きちんと、一台を捉えてくれた。
きっと、バロンね。
アタシは残る二台を相手しようとして、咄嗟に反転した。レイナイフで、切り払った実弾が、目の前で炎の玉になった。
新手だ。
どこからか撃ってきた。
危うく、目がつぶれるところだった。
モニターが白くなった。
咄嗟にきりもみ上に機体を回転させながら、軌道を変える。
数秒後、ようやくモニターが回復した。
アタシの眼は、接近する暗紫色のプレーンを凝視した。
スピードが、馬鹿みたいに速い。
接触と同時に片腕をもがれた。
ちっ。強い。ここにきて、強敵登場か。
だけど。
離れ際に、ライフルを放つ。
紫のプレーンの片足が吹き飛んだ。
これで、おあいこだ。
紫のプレーンは、カスタムが半端なかった。
元の機体すら、わからない。
このアタシが即座に判別できないんだから、よっぽどだ。
敵機の肩に、笑う炎のマークが見えた。
それだけは覚えた。
やり合うしかないか。
思ったところで、急に、相手は離脱した。
気付くと、他の2機も、めいめいに破損した僚機を引っぱりながら、青紫の母船へと引き返していく。
追撃しようかと思ったが、辞めた。
深追いは良くないし、まだ、母船は無傷だ。
重子砲を持っているところを見ると、兵装はそれだけではないだろう。
下手にやり合うのは、不利だ。
格納を終えると、青紫の一団は、高速移動を開始し、戦闘宙域を離れていった。
ほっとしてはいられない。
「リン、大丈夫!?」
アタシは沈黙した要塞に向かって、キャンベルを飛ばした。
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