シーン13 女の武器は何でしょう
シーン13 女の武器は何でしょう
パレス8と呼ばれる巨大な商業船に、アタシ達の船は着船した。
居住衛星の宇宙港に匹敵する駐留設備があった。
船をドッキングさせて、受付の入船チェックを受けると、アタシ達は船外に出た。
「ラライさん、あっしも一緒に行くでやんす~」
後ろから、バロンの声がした。
「駄目だ。バロンはキャプテンと船の設備相談にまわってくれ」
振り向いて、シャーリィがバロンを一蹴した。
「何ででやんす? あっしも買い物に行きたいでやんすよ」
バロンがじたばたしているのが見えた。
8本の触手の中でも、主に「手」として使う2本は決まっているようだ。他の触手よりも、僅かに長いそれらを上下に振っている。
彼を見ていると、カース星人の生態日記が書けそうな気がしてきた。
「ラライの下着を買いに行くんだぞ。それでもついて来る気かい?」
「あ、そっ、それはでやんすね~」
バロンが顔を真っ赤にした。
もともと、赤いが、それすらも今のアタシには良く分かる。
でも。
シャーリィ、他の人もいるところでさ、アタシの下着買いに、とか、大声で叫ばなくったって良いじゃない。
てーか、わざとじゃないの、この吊り目女め。
「じゃ。船の整備は任せたよ」
「行ってきます! バロンさん、キャプテン」
アタシとシャーリィはそう言って、街に繰り出した。
船内は幾つものセクターに分かれていて、ファッションセクターや、日用品、食品など、それぞれのカテゴリに分かれている。
日用品は、事前に、購入する数量分を依頼しているから良しとして、食料品は、基本的なもの以外は見てまわる事にした。
宇宙食といえば、チューブに入った機能的で簡易的なものを想像するかもしれないが、宇宙に暮らすことが当然になっているアタシ達には、それこそが日常の場所だ。生活にとって、少しでも豊かな気持ちになる食事をとる事は、とても重要なのだ。
とはいえ。
料理が猛烈に苦手なアタシは、基本、レトルト頼みになるのだが。
バロンに頼まれた宇宙カニの缶詰も見つけたし、一通りの買い物を終えると、ファッションセクターに移動して、アタシは自分の服や下着を買う事にした。
アタシのクレジットキーの残高は、それでもまだ15万ニート(7万円位)残っていた。
上下の着替えを二組と、パジャマがわりに空色のスエットスーツを買った。下着は、特売品のブラとパンツのセットを5つ。
選び終えると、シャーリィがアタシの買い物かごを覗き込んだ。
「なんだよ、安もんばっかりじゃないか。面白みないねえ」
「何ですか面白みって。これでも予算いっぱいなんです」
「もう少しセクシーなの、一枚くらい選んでみたら、こんなおばさんっぽいのばかりじゃなくてさ」
おばさんだと―。
これでも可愛いのを選んだつもりなのに。
アタシの趣味に、いちゃもんつけんのか、コラ。
「しゃ、シャーリィさんなら、どういうのが良いと思います?」
少しプルプルしながら、アタシは訊いた。
「あたしなら、そうだねえ」
シャーリィは周囲を見回して、怪しげに笑った。
「このへん、っかな?」
彼女が手にしたのは、かーなーり際どいデザインの、黒いレースの下着だった。
際どい、というより、もはやヤバいレベル。
おそらくは、それを着ただけで、今日からR指定が入ってしまいそうなほど、強烈なインパクトのある物だった。
「そんな実用性の無いの、駄目です。お金の無駄です!」
「そっかなー、役に立つと思うんだけどなー」
「立つわけありませんよ」
「バロンに着て見せたら、喜ぶと思うけど」
げふっつ。
シャーリィめ、またまたボディーブローを打ち込んできやがった。
なんで、そこでバロンの名前が出るんだ。
「どうしたの、顔真っ赤だよ」
「いえ、何でもないですー」
ったく、この女は。その内セクハラで訴えてやる。
アタシは、そっと横目で、彼女が手にした黒い下着を見た。
バロンも男だし、こういうの好きだったりするんだろうか。カース人だけど、あいつ、テアードの魅力もわかってるみたいだし。
いやいやいやいや。
何を本気で想像しているんだ。
これじゃあ、シャーリィの思うつぼじゃないか。
「とにかく。アタシはそういうのは、いりませんよ。下着は実用性が一番です!」
アタシは言って、会計に向かった。
「全部で6万5千ニートです」
チャリン。
あれ。
思ったより高かった。
確か全部で5万ニートでおつりがくると思ったのに。
と、思って袋を開けると。
やられた。いつの間にか例の黒い下着が、混じっていやがった。
「シャーリィさん、勝手にこれ、入れましたね!」
「あら、気付かなかったの―?」
「もう、返品してきます」
「いいじゃないさ。一枚くらい。あんたもいい年なんだし」
年齢の事はほっとけ。あんたよりは若いですよ!
「それより、もう一か所寄っていくところがある。行くぞ」
返品する余裕もなく、シャーリィは別のセクターにアタシを連れ出した。
そこは、それまでとは、少し様子の異なるセクターだった。
全体が薄暗く、そして、あちこちにネオンライトが輝いている。
夜の飲食店街といった雰囲気だが、食事に来たわけではなさそうだった。
シャーリィは身分証を提示して、更に奥にある一角に入った。
看板もない扉を潜ると、非常に狭い店舗に入った。
左右に、幾つもの銃やナイフが飾られ、対エネルギー弾用の防弾ジャケットや、ゴーグルなどが、所狭しと並べられている。
「ドノヴァン。いるかい」
シャーリィが声をかけると、奥から、象のような肌を持ち、全体に太く体格のいいブリクス星系人が姿を見せた。
「シャーリィか。久しぶりだな。相方はどうした。死んだか?」
「バロンなら元気だ。船に居る」
「それは良かった。キャプテンは元気か。死んだか?」
「キャプテンも元気だ」
「それは良かった」
ドノヴァンというブリクス人の男は、ちょっと癖のある笑い方をして、体を揺らした。
シャーリィはアタシをちらっと見て、壁の武器を指さした。
何か選べと言っている。
だけど、アタシにはお金もないし、なにより、もう戦わないと心に誓った女だ。武器を購入するのは、少しためらいもあった。
アタシが武器を見ている横で、シャーリィはドノヴァンと話をしていた。
「セントラルトラストとか、セントラルスペースっていう会社の事で、なにかしら、耳にしていないか」
「シャーリィ、変なコトに首を突っ込むと。死ぬぞ」
ドノヴァンが声のトーンを落とした。
このドノヴァンって男は、情報通なのか。
アタシは耳をそばだてた。
「あたしは死なない。その様子だと、何か知ってるんだね」
「最近、テラの内乱で使われた兵器が、市場じゃ高額になっている」
「と、いうと?」
「戦乱の最中は、テラは一時的に外宇宙扱いになったからな、いろんな兵器メーカーがここぞとばかりに実験場にした。内戦の終了が唐突だったことで、いきなり法規制が始まって大変な事になった」
「戦後処理の段になって、回収不能に陥ったって奴か?」
「そうだ。兵器が大量にテラに残された。当然、テラからの持ち出しも禁止された。事実上、現地廃棄物扱いだ」
「ある意味、宝の山だね」
「そうとも言える。・・・セントラルトラストの関与はわからん。だが、いろんな武器商人がテラスの武器をトマスに運び出そうとは画策してる。それと、テラスで実験されて途中放棄された研究の資料なんかもな」
なるほど、色々ときな臭い。
「これ以上は、俺も知らんし、話さない。俺は死にたくないからな」
ドノヴァンは話を切った。
「ありがとよ。ところで、あんたは選び終わったかい?」
シャーリィがアタシを見た。
アタシは、うーんと唸った。
「やっぱりアタシは、武器はいりません。かね~」
「何言ってんのさ。あんた、武器が無いと、ただの役立たずじゃない」
んぐぐ。
確かにその通りですけど―。
心にぐさっときますので、もう少し優しく言ってください。
まあ、実際のところ、生身じゃ人並み以上に弱いもんなー、アタシ。
「銃は好きなんですよ。形とか、臭いとか。でも、もう人殺しは嫌なんです」
「もう、ねえ」
あ、しまった。これじゃ、アタシが人殺しだったって、自白しちゃったみたい。
「良い腕してんのにさ、もったいないじゃない」
「機械とかが相手なら。・・・でも、生きている相手は撃てません」
「あんた自分が危険に晒されてるんだよ。自分の身くらい、自分で守らないと」
「それはわかってるんですけど」
これは、感情なのか、理性なのか、自分でも判別が出来ない。
自分の弱さは、自分が一番良く分かってる。
格闘は出来ない。
怪我はしやすい。
運動神経も、正直、普通か。
自慢できるのは、プレーンの操縦と、銃の腕だけ。
だけど。
それでも、アタシは銃を持ちたくはない。
どんな相手であれ、人を撃ちたくは無いんだ。
「やっぱり。銃はいりません」
アタシはきっぱりと言った。
シャーリィは困ったように頭を掻いた。
「ったく。あんたはとことん、役立たずのポンコツ娘を演じる気なんだね。くそ度胸だけは人一倍あるくせに」
「度胸なんて、さっぱりないですよ」
「嘘つけ。度胸もない女が、アタシ達海賊船に喜んで乗ってくるもんか」
「そうですかねー」
「いっつも、そうやってとぼけやがって。あんたの一番の武器は、その面の皮の厚さだね」
「それってどういう意味ですか?」
奥で、ドノヴァンが噴き出した。
アタシを見て。
「この姉御を困らせるなんて。面白いな~あんた。俺、シャーリィが人を褒めるのを、始めて見たよ」
「え、アタシ、褒められた?」
「ドノヴァン!」
シャーリィが彼を睨んだ。
「シャーリィ、ごめん、怒るな」
彼は言いながら、一丁の銃をカウンターに用意した。
「護身用に、ちょうどいいぞ」
彼が出したのは、ティーゲル社製の、ヘルシオンβという麻痺銃だった。
モーリスが持っていた廉価品のモデルとなったもので、テアードやテラスといった一般的な人種相手には、一時的なパラライズ効果を与える。
そして、モードを切り替える事によって、機械相手には、プログラムを一時停止させるほどの衝撃信号を与えることが出来る銃だ。
流通が少なく、意外と高価なため、現在では入手が困難とされている。
「なるほどね、で、幾らだい」
「250万ニート」
うわ、無理。
と、思ったが。
「200万だな」
シャーリィが真面目な顔で言った。
「230万」
「こいつ良い女だろ。武器が無いと危険なんだ。頼むよ」
「・・・」
ドノヴァンはアタシを見て、少し悩んだ顔をした。
「仕方ない。200万で手を打とう。ただし、死なすな」
「サンキュー、ドノヴァン」
シャーリィは彼とハグすると、クレジットキーで支払いを済ませた。
ついに、アタシは銃を手にした。
店を出て、すぐに。
「シャーリィさん。これ・・・」
言いかけると、彼女はアタシの背をぼんっと叩いた。
「貸しだ、貸し。これまでも、これからもな。ただし、働いてちゃんと返せよ」
彼女は、今までにない程に優しく見えた。
あたしは、感謝の眼差しを、彼女に向けた・・・。
「あ。そのかわり、ちゃんとさっきの下着着ろよ。バロンがどんな顔するか楽しみだなー」
「シャーリィさん!」
ったく、感謝していいのか、悪いのか。
そんな事ばっかり言ってると、女版シェードって、呼ぶからな。
着るだけだったらまだしも、どうしてバロンに見せる必要があるのよ。
アタシの反応を面白がるだけ面白がって、彼女は大股で歩き始めた。




