シーン12 アタシは単なる居候
シーン12 アタシは単なる居候
ハイロウシティのある地球の月が、だいぶ遠ざかって、小さな点になった。
アタシが手に入れかけたと思った普通の日常は、どうやら幻だったみたいだ。
宇宙の景色を見ていると、どんどんナーバスになりそうだったので、アタシはバロンの部屋に行った。
なんとなく、一人ではいたくなかった。
バロンの部屋も相変わらずだったが、彼のカース人用に作られた固いベッドには、アタシが船に乗っていた時に持ち込んできたクッションが山になって、そのまま残っていた。
以前アタシは、彼の部屋に入り浸りすぎて、遂には彼のベッドを奪ってしまったのだ。
部屋の奥に、新しく、小さな折り畳み式の簡易ベッドが用意してあった。
そっちにはカース人向けの保湿シートが敷いてあって、彼は普段、その場所で寝ているのだと判った。
随分と、気を使わせてしまっていたのかもしれない。
多少は申し訳ない気もしたが、彼はアタシがここでゴロゴロしているのを、好意的に見てくれていたのは間違いないし、折角なので、彼の気づかいを甘んじて受けることにした。
アタシは、思い切りベッドに寝転がった。
枕元に、自分では買えなかったプレーン雑誌が数冊あった。
「何か、飲むでやんすか~」
彼は言いながら、既にアタシの好物フルーツジュースと、パリパリの塩せんべいを用意してくれていた。
ふふふ、愛い奴め。
「色々と買い置いてあるでやんす。部屋にあるものは自由にして良いでやんすよ」
「わーい。ありがとー」
彼は、はにかんだ様に笑って、デスクの前に座った。
どうやら、銃の手入れをしていた途中らしかった。
ライオネルマーク5か。殺傷力は低めだけど、精度の良い銃だ。今どき珍しい実弾式か。
アタシは雑誌を見るふりをして、ちらりと彼を見た。
彼はカース星人だ。
アタシ達のようなテアード、つまり地球人とほぼ同じ外見をしたエレスの標準的な人類種と、彼らの容姿は似ても似つかない。
赤くずん胴の軟体ボディの下から、8本の吸盤のついた触手を伸ばしたタコ型宇宙人。
顔は、そのボディの上部に、つぶらな二つの眼と、大きな口を持っている。
だが、彼らは間違いなく人類だ。
それも、エレスシードという共通の遺伝子を内包した、もとは同一の先祖から枝分かれした近縁種なのだ。
以前は、カース星人は全部同じにしか見えなかったけど、バロンと接した時間が長くなるにつれて、最近は見分けがついてきた。
それだけではない。
彼についてだけ言えば、だが、その表情についても、随分と細かい所まで読み取れるようになってきた。
そして。
その顔を見ていると、不思議と心が穏やかになる。
これは、アタシの感覚がおかしいのかもしれない。
「ラライさんが居なくなってから、正直寂しかったでやんすよ」
「(パリ)?」
振り返りもせずに、彼は言った。
せんべいを咥えたまま、彼の背中を見た。ベッドの上に、割れたせんべいのカスがこぼれ落ちた。
「仕事も幾つかこなしてきたんでやんすがね~。なんででやんすかね~。ラライさんが居ないと、張り合いが出ないでやんす」
「(パリパリ)」
アタシは答えなかった。
思った以上にせんべいは塩辛くて、唇の端がしびれた。
「あっしの、新しいプレーン。あとでお見せるするでやんす。間に合わせで調達した機体でやんすから、あんまりラライさん好みではないかもしれないでやんすがね。ヤック社のキャンベル型でやんす」
細身の、マッチ棒みたいな手足を持った、あれか。
アタシはキャンベル型の貧相なボディを思い浮かべた。
だが、予算的な事を考えれば、それでも十分に奮発した買い物だっただろう。
「兵装は、レイナイフ一本と、エネルギーパック式のブラスターライフルだけでやんすけど、いずれは重型機に乗り換えるための、つなぎみたいなモノでやんすからね」
つなぎ、と言いながら、バロンは嬉しそうだった。
アタシも元は同じプレーンパイロットだ。彼の気持ちは良く分かる。
結局、色々なプレーンに憧れはするけれど、手にしてしまえば愛着も湧くし、乗れさえすればそれで満足だったりもする。
それにしても。
ぼんやりと彼の話を聞きながら、心地よい安心感を覚えてしまうのは何故だろう。
アパートでシャワーのあと二度寝した時よりも、ずっと、この場所が気持ちいい。
「ラライさん?」
バロンが銃を触る手を止めた。
「どうしたでやんす? なんだか、上の空でやんすよ」
振り向いて、アタシを見た。
そう言えば、さっきから彼の声が心地よくて、返事の一つもしてなかったっけ。
「何でも無いよー。キャンベル型、良いじゃない。色はやっぱり赤にしたの?」
「まだ、出荷色のホワイトのままでやんすよ」
「じゃ、全塗しないとね」
アタシは彼の視線をかわして、クッションに突っ伏した。
理由はわからないが、なんだか、彼と目を合わすのが、ちょっとだけ恥ずかしかった。
勢いよく扉が開いて、シャーリィが姿を見せた。
この、絶対にノックをしないところも、うん、いつも通りだ。
「やっぱりここに居たな」
アタシを見て言った。
この感じは、また、アタシに家事全般をやらせようとしているな。
まあ、所詮アタシはこの船じゃあ単なる居候だし、自分の立場はわきまえていますけども。
家政婦のまねごとは苦手なんだよねー。
「洗濯ですか? それとも掃除の方ですか?」
仕方なくアタシは答えた。
立ち上がろうとするけれど、体が接着剤でくっついたみたいにベッドから離れない。
いや。
離れたくない。
「あーん?」
シャーリィがアタシを睨んだように見えた。
「そうそう、それもそうだね。忘れてたよ」
えー、忘れてたんどすか―(泣)。
藪蛇だったー。
「そんな事よりさ、ちょうど進路上にショッピングモールの船団があったから、ちょっと寄ってから行くよ」
「どこの船団でやんすか?」
「リンドールパレスだ」
「大手でやんすね~」
「目的地は外宇宙だ、少し、色々と仕入れておくよ」
ショッピングモール船団とは、その名の通り、巨大な一般小売の販売店を兼ねた商船の事だ。リンドールパレスほどの大企業になると、内部に一つの街までも内包した本船と、それに付随する貨物船や、中・小型規模の商船が連なって、大きなものでは百艘以上の大所帯にもなる。
彼らは全宇宙を常に転々としながら、宇宙生活者の生活を支え続けているのだ。
「それにな」
シャーリィが再びアタシを見た。
「あんたも少しは買い物が必要だろ。下着やら、着替えやら。あと、武器もな」
え、もしかして、アタシの為。
目があった。
感謝の言葉を言おうとしたが、彼女の眼は「どーだ、有難く思え」と言っていた。
そうきたか。
「ありがとうシャーリィさん。シャーリィさんって、たまに親切ですよね」
アタシは最高の笑みで応えた。
悪気なく。
いや。ちょっとだけ毒を混ぜましたが。気付かれたかしら。
・・・。
やっぱり気づかれた。
「ぎ、ギブですシャーリィさん! すみませんでしたぁ!」
アタシはベッドの上でシャーリィ渾身のサソリ固めを受けて叫んだ。
いきなりプロレス技はやめてくれー。
こう見えて、アタシは虚弱体質なんだ。意外と、骨が脆いんだ。
骨折したらどうするんだー。
「あんた、自分の立場わかってんだろーね」
すみません。調子に乗ってました。
今後、プレーンに乗っていないときは、生意気言いません。
あと、武器を持ってないときは。
シャーリィはアタシを解放した。
うう、足腰が痛い。立てない。これじゃもう家事なんて無理だ。
心苦しいが、バロンに頼むしかない!
「ほんの少し、寄り道にはなるけど、この船の自動制菌システムは同盟圏内の既知データにしか、対応させてないからね。外宇宙に行くなら、未知ウィルスの対応システムも搭載させとかないと」
「すみません、アタシのせいで」
「いいんだよ、どうせいずれは、必要な設備だったんだしさ」
自動制菌システムとは、メディカルボックス同様、宇宙生活者に欠かせないものだ。
様々な惑星間を行き来するアタシ達にとって、それぞれの星の固有ウィルスに対して、免疫をもたない事には生きていけない。
宇宙船内の空気製造システムには、各惑星の固有ウィルスに対して、瞬時に抗体を作り上げ、それを安全なレベルの浮遊ワクチンとして船内に自動充満させておく機能が備わっている。これによって、常に乗員の身体は守られているのだ。
基本的には異なる星系に近づくたびに、ワクチンは自動作成されていくのだが、データのないエリアに行く際には、サンプルを様々な所から常に採集し、リアルタイムでワクチンを製造するさらに高度なシステムが必要となる。
まさに医者いらず、って優れモノ。それだけに、高い。
貧乏海賊(といっては失礼だが)の、彼らには、そう簡単に買える代物ではない。筈だ。
アタシが不安そうな顔をしていると。
「なあに心配ないさ。この間の仕事で、キャプテンが一山あててくれたからね。その位なら、今のところ余裕がある」
それはすごい。
キャプテンって、普段何考えているか良く分からないけど、やっぱりやるときはやるんだ。
「あと、数時間もあれば船団に接触できる。準備しておけよ」
シャーリィは言い残すと、来た時と同様、唐突に部屋を出て行った。
ショッピング船団か。
アタシは、正直、少し気が焦ったが、その位の寄り道は仕方ないと思った。
この、ほんの少しの遅れが、幸か不幸か、アタシ達の運命を変える事になろうとは、その時は思ってもいなかった。




