シーン11 そして再び宙の旅
シーン11 そして再び宙の旅
数か月ぶりの宇宙船は、少しだけ武装を強化したように見えた。
外観だけだが、おそらく、何かしら宇宙機対策を施した気配がある。
あとで、よく見せてもらおうと思いながら、乗船した。
中は、前と変わってはいなかった。
少しだけだが、また通路が汚れている気がした。
船内には、もとが旅客船だけあって、10人以上が座れる食堂室がある。
この船を離れて、まだ僅かだというのに、懐かしい匂いがした。
アタシはまだ、怒りと悲しみが一緒くたになったまま、気持ちの高ぶりを抑えることが出来なくなっていた。
「ニュースになってるね」
シャーリィの呟く声が聞こえた。
「意識不明の重体だってさ。こりゃ、どうなるかねえ」
繁華街で起きた発砲傷害事件は、ハイロウシティのトップニュースで流れていた。
シャーリィのおかげでアタシの個人情報は守られたようだ。
でも、顔にモザイクをかけられた居酒屋の男が、興奮した様子で、被害者が見知らぬ女と飲んでいた事を、大袈裟に証言していた。
「さてと、一体全体、今度はどんな事件に巻き込まれたんだ、あんたは?」
この、ややキツイ印象を与える吊り目のキリル美人は、少しだけ呆れたような口調でアタシに訊いてきた。
「シェードから、話は?」
「詳しくは聞いてない。だけど、良くない状況かもしれないって言ってたね」
良くないか。
確かに。
良くないどころか、明らかに最悪だ。
アタシは、初仕事のツアー中に女海賊スカーレットベルに襲われて、殺されかけたこと。
彼女とアタシが、旧知の仲だったこと。
彼女の事を調べているうちに、アタシを採用してくれた会社が、なにか良からぬことをしている事がわかったこと。
それを、迂闊に嗅ぎまわった為に、モーリスは撃たれ、アタシも殺されそうになった事を、手短に話した。
「スカーレットベルに、セントラルスペース社か」
「シャーリィさんは、何か知ってます?」
「いや、どっちも初耳だ」
シャーリィは首を振った。
「だけど、いずれにしても、今後どうするかを決めないとね。この様子だと、今から街に戻るのは危険だな」
「そうです・・・よね」
その通りだった。
TVの中では言及しなかったが、きっと警察は、その女がテアードで、特徴的な青い髪をしていたことは突き止めただろう。
そして、モーリスの身柄から、同じ職場のアタシの事が判明するまで、さほどの時間はかからない筈だ。
さっき、アタシは激情に任せて、セントラルスペース社に向かおうとした。それを止めてくれたキャプテンの判断は正しかった。
カインは、狡猾な男だ。
アタシが生き延びた事を、きっと彼はすぐに確かめるだろう。
だが、誰に助けられたのか、今、何処にいるのかを、わざわざこちらから、あの男に知らせることは無い。
「キャプテンは、どう思います?」
シャーリィが突然、これまで一言も発しなかったキャプテンに意見を求めた。
キャプテンの眼が、一度シャーリィを見据え、次にバロンを見る。そして、一瞬だけアタシを見て。そして閉じた。
「・・・」
アタシ達は、彼の言葉を待った。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
おーい。起きてますかー。
彼の眼が、かっと開いた。
「もう一度、頼む」
彼は言った。
なるほど。
話がうまく、理解、出来ていなかったようですね。
もしくは、まるっきり聞いていなかったか。
シャーリィはめげずに説明してくれた。
しばらくして。
「何を優先するかだな」
ぽつりと、キャプテンは言った。
確かに。その通りだ。
選択肢は幾つかある。
一つ目は、セントラルスペース社を調べる事だ。
会社にとって、あたしに探られて困るような秘密があるとすれば、それは何か。
人を殺してまで隠ぺいしようとしたくらいだから、真っ当な理由があるわけはない。
生死の境を彷徨っているモーリスの事を考えると、その秘密を暴いて仕返ししてやりたい思いがある。
次に二つ目だ。
スカーレットベル、つまりリンの目的を探る事。
彼女がセントラル・トラスト社を、ひいてはセントラルスペーストラベル社を狙う理由とは何か。そして、アタシを半殺しにした理由は何だったのか。
おそらくは、彼女は、アタシを守ろうとしたのだと思う。
いや、思いたい。
だけど。
アタシ自身、彼女の事を思い返すたびに、辛い気持ちになる。正直、眠る前に思い出すと、悲しくて悔しくて目が冴えてくる。
彼女はアタシを殺すと言ったけど、この心を立ち直らせるためにも、やっぱりもう一度話をしてみたい。
だって彼女は。
間違いなく「蒼翼」の一人なんだから。
そして三つ目。
シェードの安否を確かめる事。
・・・。
これは、除外で良いだろう。
・・・・・。
待てよ!?。
アタシは大事なことを思い出した。
シェードのくれた情報に、重要なものがあった。
リンの居場所だ。
「しまった!」
アタシは大声を上げてしまっていた。
三人が、いや、バロンとシャーリィが驚いてアタシを見た。
キャプテンは、冷静に見えた。
「リン・・・じゃなくて、スカーレットベルの居場所、カインに知られた!」
「リン? それって彼女の名前なのか?」
慌てて、名前の方を口走ってしまった。
自分の間抜けさには、ほとほとうんざりする。だが。今は、それどころではなかった。
あの時、すでにアタシは盗聴されていた。
と、いう事は。
カインは。
もしくは彼の属している会社か組織は、自分たちの船を襲っていたのが、スカーレットベルという宇宙海賊だった事を、そして、彼女がアジトとしている場所がどこにあるかまでも、知ってしまったという事になる。
「リン。そう、それがスカーレットベルの本名よ」
アタシは、諦めて話した。
ここは、正直に話すしかない。
それが、一番の近道だ。
「彼女の居場所は、カインに知られてしまった。このままだと、彼女の身に、危険が及ぶかもしれない」
アタシの言葉に、バロンが訝し気な顔をした。
「でも、そのスカーレットベルって人、ラライさんを大変な目に合わせたでやんしょ? いくら昔の知り合いでも、心配するような義理はないでやんすよ」
「ううん。そうじゃない。彼女には、きっと理由があったと、アタシは思ってるの」
「理由でやんすか~?」
シャーリィが何かを察した。
「あんた達、ただの知り合い、ってだけじゃ、なかったみたいだね」
アタシは頷いた。
「その様子だと、親友か。・・・戦友かい?」
シャーリィは鋭かった。
「戦友って。ラライさん、戦争してたでやんすか?」
「あんたは黙ってな、バロン。例えば、そんな感じって事だよ」
バロンは申し訳なさそうに首を?すくめた。
「スカーレットベル。で、名前はリンか。その辺から調べていったら、あんたの正体も判明するかもな」
少しだけ意地悪な目をしてシャーリィが言った。
「アタシの正体なんて、大袈裟ですよ」
「ったく、いつまでとぼける気だか。このトラブル女は」
おっと、トラブル女ときたか。
シャーリィはいつもアタシに変な呼び名をつける。
前は借金女とか、〇〇ねーちゃんとか。
で、アタシの正体を知りたがっている。
その割には、絶対に深い所までは踏み込んでこないのが、彼女の良い所だ。
「ま、いずれにしても、決まりだな。今のところ、このままここに居ても出来ることは少ないし。・・・そのスカーレットベルって奴の所に、行ってみるか」
ちらりと、彼女はキャプテンを見た。
キャプテンは、無言で頷いた。
アタシが礼を言おうとするのを、キャプテンはほんの僅かな動作で断った。
見逃してしまう程微かに、彼の唇の端が、微笑んだように見えた。
出発が決まった。
シャーリィが出航の手続きに行っている間、アタシは船内にある自分の部屋に戻った。
部屋は、アタシが居候していた姿のまま、時を止めていた。
殺風景で、物が無いのはハイロウシティのアパートと一緒だ。ただ、一つだけ違うのは、デスクの上に、プレーンの模型が飾られている事だった。
バロンが、アタシの為に作ってくれた、リンキ―社の人型汎用プレーン「ヤイバ」。
アタシはその隣に、新しい模型が一つ飾られている事に気付いた。
これは・・・?
特徴的なシルエットをした、人型プレーン模型。
それは、紛れもなく、アタシが先日の事件で機乗したオリジナルマシン、その名も、V-ウィングだった。
たった二回、実戦に出ただけで、宇宙の藻屑となった、悲しき愛機。
だけど。
アタシ達の命を守ってくれたプレーンだ。
「気に入ってくれたでやんすかね」
気がつくと、後ろにバロンが立っていた。
「すごいね。わざわざ作ってくれたの? 関節とかは、スクラッチ?」
「腕と背中のパネルは、フルスクラッチでやんすよ。既存品だと、サイズが合わなかったでやんす」
フルスクラッチ。つまり、ベースも何もない所から作り上げたって事か。
ここまで完成させるには、結構な時間も手間もかけたに違いない。
彼の器用さを褒めるべきだろうか。
いや、これは、彼の気持ちを素直に汲むだけにとどめておこう。
それにしても。
「アタシの部屋、そのままにしていてくれたんだ」
アタシが言うと、バロンは頭を掻いた。
「姐さんは、どうせ、出て行ったんだから、いっそのこと綺麗にしちまおう、なんて、言ってたんでやんすがね」
それはそれでシャーリィらしい。
でも多分、彼女も口ではそういっただけで、本当にそうするつもりはなかったのだろう。でなければ、彼女がバロンの言う事に耳を傾けるわけがない。
バロンは続けた。
「だけど、あっしは言ったでやんす。ラライさんは、必ず戻って来る。きっと、いや、近いうちに必ず戻って来るからって。あっしには、最初からわかってたでやんすよ!」
「バロンさん・・・」
アタシは彼を見つめた。
・・・。
・・・・・。
・・・・・・バロンさんや。
それって。ちょっとだけ聞くと、良い話に聞こえますけど。
違いますよね。
あなた、アタシが就職に必ず失敗するって、思ってたという事ですかー。
アタシはにっこりと微笑んだ。
彼はまた、ゆでダコのように、顔を赤くさせた。
微笑みのかげにアタシが抱いたほんのちょっぴりの怒りに、彼は永遠に気付かなかった。
・・・ことだろう。




