シーン10 疫病神とよばないで
シーン10 疫病神とよばないで
二人とも、以前別れた時と、全く変わってはいなかった。
彼らは、三人で、宇宙海賊デュラハンを名乗っている、フリーの宇宙生活者だ。
以前、アタシがカース星で無一文になり、途方に暮れていた時、偶然知り合った。そして、半ばアタシが無理やりに居候になって、それ以来、信頼のおける仲間として、アタシを迎えてくれた人たちだ。
シャーリィは通称「姐さん」。
アタシとバロンは、彼女には頭が上がらない。
見た目はアタシよりも少し年上。ナイスバディの銀髪美人で、ちょっと見は声をかけにくい程の妖艶な雰囲気さえある。
第一印象通り、その性格もきつめだが。慣れると意外にも気さくなところもあって、アタシと彼の関係を、おせっかいおばさんよろしく面白がって見ている。
キャプテンは、なかなか変わった人だ。
トレンチコートに、トレードマークのテンガロンハット。そして、武器は日本刀。
よく見ればなかなかの二枚目なのだが、長めの髪がぼさぼさしている為、若干野暮ったく見えてしまう。良い言い方をすれば、ワイルドな容貌だ。
無口、というか、極度のコミュ症な性格もあって、居候のアタシにはあんまり話をしてくれない。
でも一応、彼の船に乗る事を認めてくれているのは、なんとなくわかる。
「それにしても、どうしてここに? どこか他の星にいるかと思ったのに」
助かったのは嬉しいが、彼らは、何故ここに居るんだろう。
そして、どうしてここがわかったのだろう。
アタシのピンチに、どうして気付いてくれたんだろう。
アタシにはそれが不思議でならなかった。
「ああ、それな」
シャーリィが真面目な顔になった。
「全部、シェードのおかげなんだ」
「げ、アイツの?」
シャーリィが頷いた。
「10日くらい前になるかな。シェードから連絡があってさ、あんたが大変だから、早く来てくれって」
「10日も前に!?」
アタシは言葉が出なかった。
10日といえば、まだフォボスにもいく前だ。もしかしたら、アタシがシェードに会いに行って、すぐに彼は連絡をしてくれたのか。
シェード。
流石は宇宙一の探し屋にして、情報屋。
すごい、そんなに早くから、アタシの会社に疑いを持っていたとは。
「それがな」
こほん、と、シャーリィは咳払いをした。
「あんたが、大変というのは。だな。・・・。あんたに調査料を踏み倒されそうだから、何とかかわりに払ってくれーっと、シェードに泣きつかれてさ」
アタシは盛大にずっこけた。
あのヤロー。
アタシをこれっぽっちも信用していなかっただけじゃないか。
確かに。
調査料は踏み倒す気まんまんだったけど。
それとこれとは話が違うぞ。
「まあまあ、でも、おかげでラライさんを助けられたでやんす。あっし達が、ここに駆けつけられたのも、シェードのおかげでやんすよ」
「?」
「あいつの店の入り口には、センサーがあるんだ。店内に変な盗聴器やカメラを持ち込ませないためにな。あんたが帰る時、それが反応したんだと。それで、あわててアタシに連絡をくれてさ。・・・TV局前のバーに居るはずだからって」
ああ、そうか。
確かにシェードの店を出る時、何か音がして、シェードが何か言ってたっけ。
てっきり金の話だと思って逃げてきたけど。
それは、こういう事だったのか。
「え、って事はシャーリィさん。バーに居た時から?」
「すまないね、ずっと見てたよ」
彼女は、それほど申し訳ないという様子でもなく、さらりと言った。
「あっしは、早く助けようって、言ったでやんすよ。でも、姐さんが」
「そりゃあそうさ、敵の正体を、少しでも探っておかないと」
「ラライさん、怖い思いさせて。ごめんでやんす~」
アタシは少し、拍子が抜けた気持ちになった。
なんだ。
ちゃんと、見守ってくれてたんだ。
怖がって、損した。
だけど。
アタシは嬉しかったぞ。
「でも、これからどうするかだな?」
「船に戻るでやんす、一番安全でやんすよ」
バロンが提案した。
アタシも、そうさせてもらえると有難い。けど。
「一旦うちに帰るわけには、行かないですよねー」
ためしに聞いてみた。
「駄目って事は無いけど、大事なものでも?」
「着替えくらいですけど。ほら、すすだらけだし」
「なら、我慢しな」
やっぱりか。
あたしはしかたなく着替えを諦めることにした。
あ、でも。
「アタシのカバン。あれだけは無いと!」
アタシは急に思い出した。
アタシのカバンには、文字通り全財産が入ってる。
残り少ないクレジットのアクセスキーや、身分証明書。それに、お菓子とか、携帯ゲームとか。
あとあれだ、お気に入りの口紅だって入ってる。
あの路地だ。あそこで落としてきてしまった。
「シャーリィさん。もう一回、あの路地に戻って駄目ですか。アタシのカバン、大切なものが、全部そこに入ってるの」
「カバンだって?」
シャーリィは心底面倒そうな顔をした。
どうするべきか、彼女はちらりと、キャプテンを見た。
アタシも、せっかくなので見つめた。
キャプテンは、しばらく沈黙を保っていたが。
「仕方無いだろう」
ぽつりと、呟くように言った。
よし。ありがとう!キャプテン。
アタシ達は、レンタルだというGランナーに飛び乗った。
Gランナーとは、重力制御で走るタイヤのない車の事だ。
なかなかに狭い。安いコンパクトカーを選んだのは、予算のせいか、彼女の趣味か。いや、それは愚問だ。
市街地に戻ってきた頃には、真夜中に近い時間になっていた。
近くの大通りにランナーを路駐して、あたしとシャーリィは降りた。
バロンがついて来たがったが、彼は足が速くない。
万が一を考えて、彼と、はなから動く気の無いキャプテンは残った。
角を曲がり、襲撃を受けた場所に戻ったところで、アタシ達は息をのんだ。
警察が立っていた。
それも、数人。一人が、アタシのバックを持ち上げていた。
そして。
モーリスが倒れていた。
アタシは足が震えた。
死んでいるのか?
血が・・・流れてる。
撃たれた。
一目見て、それが分かった。
うそ。
こんな事。
ありえない。・・・いや、あってほしくない。
ちょっと、何かの冗談でしょ?
警察の手にしたライトが、アタシの顔を照らした。
「お前、このカバンの持ち主だな」
彼は、アタシの身分証を持っていた。
やられた。
アタシはそれに気付いた。
おそらくカインたちの仕業だ。モーリスを殺して、わざとアタシのカバンを置きやがった。
まるで、アタシが彼を撃ったみたいに。
男女の諍いでもあったかのように、見せかけるため。
くそ―、あったまに来る。
だけど、何て周到なんだ。
アタシがもし、あのまま焼け死んでいたら、全部それで終わってた。
女が痴情のもつれで男を撃ってしまい、やけになって焼身自殺した。
お決まりでバカバカしいシナリオ。
だけど、それで片をつけられてしまう。
「少し、事情を聞かせてもらえますかね。署まで、同行願います」
警察がアタシの肩を抑えようとした。
アタシは、逃げようと考えた。
「同行はしない。彼女は、事件には関係ない」
突然、シャーリィが言った。
「なんだ、お前何を言って・・・」
三人の警察が、シャーリィを見て、突然呆けたようになった。
アタシははっとして彼女を見た。
シャーリィはいつも、手の甲に金属のガードをつけている。
いつの間にか、それを外していた。
三人は見てしまった。
彼女の手の甲に開かれた、まぎれもない「眼」を。
キリル星系人の中でも、ごくわずか、限られた者だけが肉体に宿す、第三の視覚器官。通称、「キリルの眼」。
その眼には、催眠や、暗示、予知などの特殊な力が備わっている。
アタシ自身、キリル系の知人は幾人かいるが、これほどはっきりと肉体に宿しているのを、シャーリィの他に見たことは無い。
「彼女は、この事件に、関係がない」
シャーリィの言葉を、夢遊病者のように、警察は繰り返した。
目が虚ろになって、思考を奪われたのがわかった。
アタシはカバンと証明書を奪い返した。
シャーリィがふらついた。
この眼の力は強力だ。
だが、同時に本人の体力や精神力も、激しく奪う。
アタシはシャーリィの体を支えて、急いで車の方へと戻った。
モーリス。さっきまで、あんなに楽しそうに話してたのに。
ごめん。アタシが話しかけたばっかりに。
あなたを傷つけたのは、アタシだ。
アタシのせいなんだ。
もう手遅れかもしれないけど
お願い、死なないで。
悔しくて、悲しくて、申し訳なくて。
アタシは唇をかみしめた。
泣くもんか。
ちくしょう。
舐めたマネしやがって。
人の命を奪おうなんて、最低で最悪な奴のやる事だ。
アタシは、もう誰も、アタシの周りで死んでなんか、欲しくないんだ。
それなのに。
それなのに。
それなのに。
「運転かわって」
アタシはバロンからハンドルを奪った。
Gランナーを暴走させて、会社を目指した。
キャプテンの口元が僅かに引きつったのは、気のせいかしら。
セントラルスペース社があるブロックに近づいた時だった、街の中心でドドンと、嫌な音がした。
どこかで、聞き覚えのある音だった。
この方角は。まさか。
「ラライさん、今のは?」
バロンも気付いたようだった。
「わかってる」
アタシは仕方なくハンドルを切った。
セントラルスペース社に乗り込んで、カインと対決しようかとも思ったが、彼がそこに居るという保証はない。
それよりも、今の音が気になる。
これは爆発の音だ。
そして、この方角は。
辿り着いて、アタシ達は途方に暮れた。
そこはシェードの店だった。
正確には。
シェードの店が立っていた場所だった。
辺りには煙が充満し、あちこちで炎が上がっていた。
『シェードとやらの居場所もね』
カインの言葉がフラッシュバックした。
なんてことだ。
また、先手を打たれた。
「シェードの旦那、大丈夫でやんすかね」
バロンが心配そうに言った。
「大丈夫だ。あいつがこんな事で死ぬもんか」
シャーリィが言った。
静かに、キャプテンが頷いていた。
それにしても・・・だ。
アタシがシェードと知り合って以来、彼の店が吹き飛ばされるのを目の当たりにしたのは、これでもう二度目だ。
疫病神。かもね。
アタシはほんの少しだけ、彼が気の毒だと思った。
「やばいな。ここも、警察が来るぞ」
「さっさと、とんずらするべきでやんすね~」
とんずら、って言葉。久しぶりに聞いたな。
アタシは、もう一度セントラルスペース社に向かおうとしたが。
「一旦、戻るぞ」
キャプテンの声がそれを制した。
彼が自分から話すのは、滅多にない。
これは、命令だった。
アタシはハンドルを一回思い切って叩いてから、仕方なく宇宙港に目的を定めて、一気にアクセルを踏み込んだ。
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