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シーン9 助けてアタシの王子様

 シーン9 助けてアタシの王子様


 抵抗は虚しかった。

 最初、相手は一人かと思ったが、気がつけば前後を塞がれていた。

 それも、四人だ。


 アタシは両手を上げて、降参の姿勢を見せた。

 なんで悪党は銃を持っているんだ。

 銃規制をちゃんとすべきだ。

 いや、緩和すべきか。

 アタシが持てなくて、相手だけが持ってるから悪いんだ。


 抵抗しませんよ。

 って顔をしたのに、乱暴にされた。


 女の髪を引っ張るな。ボケー。


 口には出せず毒づいて粋がったが、実際には情けなく車に押し込まれた。

 全員、見知らぬ顔だった。


 いかにも悪人が好きそうな黒塗りのワンボックス。

 後部座席の真ん中に座らせられて、口にテープを張られた。

 それから、両手首をぐるぐるに縛られて、はい、おしまい。

 あたしはあっけなく無力化した。


 うーん。アタシって、本当に弱いな―。

 護身術でも、習わないといけないかな。


 左の男が、嬉しそうにアタシの体に手を伸ばした。

 駄目。それだけはやめなさい。

 こう見えても、アタシは清純派なんだ。お前らみたいなクズ野郎に弄ばれてたまるもんか。

 言葉はたまに汚いが、心も体もきれいなんだ。


 アタシは全身で抵抗をした。体をよじって頑張ったが、所詮力が違う。

 口のテープが無ければ噛みついてやるのに。


「よせ。余計なことはするな」

 突然、右の男に言われて、左の男が止まった。


 アタシはほっとした。

 そーだそーだ。

 余計なことはするな―。


 左の男が不満げな声を出した。 

「どうせ殺すんだろ」


 ・・・。

 ぎゃー。


 殺すって?・・・今殺すっていいました?


 右の男は否定をしなかった。

 いや、否定して。

 お願いだから。


 車は町はずれまでアタシを運んで、そこで止まった。

 工事現場のようなところだった。

 土砂が詰まれていて、重機がいくつか放置されていた。

 小さな仮設の事務所が置かれていたが、長い事使われていないようだった。


 アタシは、その中に押し込まれた。

 人が待っていた。


 案の定。あの男だった。


 男の一人が、アタシの口のテープをはがした。


「カイン、これはどういう事なの!?」

 アタシは叫んだ。


 彼は、アタシを小馬鹿にしたような顔で見降ろしていた。


「いろいろと、調べていたようだが、少し知り過ぎてしまったみたいだな」

 彼は相変わらずの軽い声で言った。


 知りすぎた?

 いや、それほどじゃない。

 まだまだ何もわかっていないぞ。

 カイン、あんたが何者なのか。

 いったい、この会社で何をしていて、何が起きようとしているのか?


「君は嘘をついたようだね」

 カインが近づいてきた。


「船を襲った海賊、スカーレットベルというんだね。・・・彼女の事を、君は知っていたようじゃないか? それに、シェードといったかな、彼も、なかなか興味深い存在だ」


 にやにやと笑う。

 ッ最低だ。

 ここまで下品な顔をする男を、アタシは始めて見た気がする。


「全部、盗み聞きしてたってわけね。とんだ変態だわ」


 シェード以上よ、あんた。

 アタシは心の中で呟いた。


「聞いたし、見せてもらったよ。シェードとやらの顔も。その居場所もね。もちろん、君の私生活も覗かせてもらった」


 アタシは顔が真っ赤になった。

 この野郎。

 人の最大のリラックスタイムを覗きやがったな。


「カイン、あんたって最悪」

「お互い様だ。君はスカーレットベルという海賊の事を知っていて、私に教えなかった。今回のツアーの情報が漏れたのは、もしかしたら君だったんじゃないのか」

「アタシが?」


 彼の眼に、僅かに憎悪の色が宿った。


「モーリスか、君を疑っていた。だが、どうやら君だったようだな」


 少し理解できた。

 カインは、アタシかモーリスのどちらかが、スカーレットベル、つまりリンと内通していて、あの襲撃事件を自演したと考えているのだ。

 という事は。


 アタシは、リンの行動の意味が分かった。

 スカーレットベルには、本当に内通者がいたのだ。

 客か、乗務員だったのか。

 今となれば、それはわからない。


 だけど、リンは思わずアタシを助けてしまった。

 自分の部下が、アタシに銃を向けたから。


 でも、それでは、今度はアタシがカインに疑われる。

 だから、アタシをボロボロになるまで責めて、疑われないようにしてくれたのだ。


 リンの言う通りだった。


 これ以上、リンに関わらないようにしていれば、アタシは疑われずに済んだ。


 でも結局、好奇心で動いて墓穴を掘った。

 そういう事なんだ。


 自分の間抜けさと、思慮の浅はかさを恨んだが、もう遅かった。

 カインは、部下の手から銃を受け取って、アタシのこめかみに当てた。


「私は、出来れば君を殺したくはない」

 カインは言った。


「君とシェードとやらの話から察すると、君もそのスカーレットベルという女に、うまく利用された口なんだろう。それで、居場所を探していた。違うか?」


 なるほど、そう解釈したか。

 それはそれで、誤解させておいても良いだろうか。

 なんにせよ、あまり余計なことは言わない方が良い。


 アタシは口を閉ざした。


「強情だな。まあいい」


 彼は深追いをしなかった。

 銃口を下げる。

 撃たれずに済んだ。だけど、どうして?


「調べさせてもらったが、君は天涯孤独のようだね。居なくなっても、誰も心配もしない。探しもしない。ずいぶんと、後始末の楽な存在だ」


 彼の言葉はいちいち心に刺さった。

 事実だが。

 余計なお世話だ。


「だから、銃創を残しては、かえって面倒になる。きちんと自殺の方が良い。大丈夫、この場所なら、孤独女の焼身自殺として、簡単に処理してくれるはずだよ」


 言うと、彼はアタシの手を解いた。


 そして、アタシだけを事務所の中に閉じ込め。


 外から、火をつけた。


 燃料が巻かれていたのだろうか。火は一気に燃え上がった。

 アタシは逃げようとしたが、事務所の出口は閉ざされて、逃げ道が無かった。


 アタシは悲鳴を上げた。


 車が走り去るのがわかった。


 熱い!

 まさかこんなに簡単に、アタシを殺そうとするなんて。


 火が壁面を駆け上る。


 アタシは反対側の壁にへばりついて、わけの分からない言葉を叫びながら、恐怖に慄いた。


 助けて。

 誰でもいいから、アタシを助けて。

 誰かいないの。

 警察、ああ、誰でもいい、モーリスでも、このさいシェードでも。


 絶望が襲ってきた。

 無理。こんなの、逃げられない。


 煙を吸った。

 眩暈がした。

 全てが終わったと思った。

 炎と煙に巻かれて、もはや肺まで火傷したかと思った。


 意識が遠のいた。


 その時だった。


 壁が、裂けた。

 そして、誰かが飛び込んできた。

 意識がもうろうとするアタシを抱きかかえ、勇敢にも炎を飛び越えて走った。


 アタシは見た。

 その姿を。

 幻かと思ったけど、そうじゃない。確かに「彼」は今、そこにいて、アタシをしっかりと抱きしめてくれていた。


 涙が出そうになった。

 なんだよ。

 アタシの王子様かよ。

 ずいぶんと、最高の登場じゃないか。

 惚れちゃうじゃないかよ。


「ラライさん、しっかりするでやんす~」


 久しぶりに聞く「彼」の声。

 本当に「彼」なんだ。


「彼」が来てくれた。


 タコみたいな、にゅるにゅるした赤い体でさ。

 八本足の触手でさ。

 かっこよくなんて、まるでないのにさ。

 変な訛りで話して、時々鬱陶しくてさー。


「バロンさんっ」


 アタシは彼にしがみついた。

 体が粘膜でぬめぬめするのなんて気にならなかった。


「遅くなって、ごめんでやんす」


 炎に包まれ、崩れ落ちる事務所の前で、彼はアタシを抱いたまま、ようやく足を止めた。

 彼の名は「バロン」。

 見た目は、巨大なタコ。でも、ちゃんとした人間。カース星人で、宇宙海賊デュラハンのパイロット。

 そして。

 アタシが信頼できる、大切な仲間。

 いつも、心の中で、「彼」って呼んでた男。


 ああ、でも誤解しないで。

 恋人ってわけじゃない。

 友達以上ではあるけれど、まだ、そこまでの関係だ。

 彼に好かれている事は知っているし、彼の事を、認めてはいるけれど、その、なんだ、アタシはまだ、彼に対する感情が何なのか、答えを出していない。


 それに。

 同じ人類なんだけど・・・ねえ。


 彼はいつもと同じ、優しい目をしていた。


「バロンさん、大変、火傷してる」

 アタシはそれに気付いた。


 なんだか、良い匂いがした。

 彼の手足の何本かが、見事に焼けて丸まっていた。

 やばい、一瞬美味しそうって、思っちゃった。


「この位、平気でやんす。すぐに治るでやんすよ」

 彼が微笑んだ。


 ああ、久し振り、この感覚。

 ほっとして、気が抜けて、泣きたくなって、笑った。


 バロンの顔が、いつも以上に真っ赤になった。

 すすだらけのアタシをじっと見つめて、ぽろり、と先に泣きやがった。


「良かったでやんす。本当に、間にあって良かったでやんすよー」


 こら泣くな。

 泣きたいのはアタシの方なんだ。

 あんたが泣いたら、アタシが泣けなくなっちゃうじゃないか~。


 思いながら、彼の首・・・か、胴かはわからないが、両手を回した。

 くそ。

 タコなのに。

 タコ人間なのに。


 タコのくせに、たまーにカッコ良く、見えちゃうんだよなあ。


 彼の眼を見て、アタシは、多分これまでで一番、頭が変になった。

 自分でも、おかしくなったんじゃないかと思う。

 やばい。

 泣いてくれたバロンが、愛おしくてたまらない。


 おー、よしよし。


 頭を撫でた。


 バロンが体を寄せてきた。

 あったかい。

 何だか、安心するぞ。


 ふと、目と目が合った。

 バロンは、じっとアタシを見つめ、ふいに、顔を近づけてきた。


 ん。

 これは。


 何かがおかしい。

 バロン君。あなた、急に眼が血走っていませんか。


 確かに、すこしだけ良いムードではあるけれど。

 なんだか感動的なシーンではありますけれど。

 それはちょっと性急すぎじゃありませんか。


 と、思う間もなく、バロンの唇がずずいーと迫ってきた。


 逃げようかと思ったら、ぎゅーとされて。

 胸がドクンドクンいって、動けなくなった。


 待って、待ちなさいって。

 それは、駄目。駄目だってば。

 アタシ。

 心の準備、出来てないし。

 まだ、そういう対象として、認めた訳でもないんだし。


 やば。近い。どうしよう。対処できない。

 もしかして、アタシ奪われちゃう?

 あーれー、ご無体な・・・って。言ってる場合か。


 渾身の力で跳ねのけようかとした時。


「あの~。お二人さん。あたしたちもいるんだけどね」


 ばしゃっと、アタシ達は水を被せられたみたいに我に返った。


 アタシのすぐ隣に、銀髪のセクシー女海賊、シャーリィが立っていた。

 そして、その横には宇宙海賊デュラハンの頼れる?キャプテン。ラガーの姿があった。

 シャーリィはアタシ達を見てにやにや笑って。

 ラガーはいつも通りの無表情で、手には日本刀を持っていた。


 そうか、事務所の壁を破壊してくれたのは、キャプテンの特殊能力、サイコブレードだったんだ。


「シャーリィさん。それにキャプテン!」


 アタシは二人に飛びついていった。



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