シーン0 プロローグ
蒼翼のライシリーズ、エピソード2連載開始します。今回は全42回、毎日更新を予定しています。物語は独立して完結しますので、前作を知らない方も、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。もちろん、前作を読んでいただいた方も、お馴染みメンバーの活躍に、ぜひご期待ください。
シーン0 プロローグ
宇宙にだって、色はある。
星々の放つ光。宇宙ガスや、次元、重力の歪みが生み出す色彩の変化。漆黒だけが全てではない、しっかりと目を開けば、無限ともいうべき色彩と光を、瞳はとらえることが出来る。
だが。
知らなくてもいい、色もある。
例えば、
幾百の砲門が放つ、一瞬で数百の命を奪う熱線や、火だるまになった人型汎用マシン、プレーンが、一瞬だけ放つ末期の輝きだ。
蒼色に染め上げた機体を、生と死の僅かな間隙に滑り込ませて、「ライ」は、トリガーを引いていた。
旋回して、敵影を確認する。
迎撃機の大半は、あらかた片付けた。
あと、残るは本船だけ。
犯罪組織、エンプティハートの輸送船。
表向きは貨物船だが、どこにこれ程の迎撃用プレーンと、対戦艦用装備を備えた貨物船があるものか。
積み荷の大半は、違法ドラッグ。
未開拓の惑星に持ち込まれては、その星の既存文明崩壊を幇助する、悪魔の薬だ。
全部焼き払ってやる。
狙いを定めた瞬間、ライは敵の思いがけない反撃にあった。
パルスフィールドだった。
・・・・しくじった。
センサーが全部焼かれた。
モニターが全てブラックアウトする。
ソナーは生きていた。
座標と、現在位置くらいはわかる。だが、敵影も敵の砲撃の軌道も見えない。
「リン。駄目だ。やられた!」
『慌てないで、ライ』
頼れる相棒の声が届いた。
『撤退する? どうする』
折角ここまで追い込んでおきながら。
このまま貨物船を取り逃せば、また幾万の人間が苦しむ事になる。
だが、このままでは・・・
『私に命を預けられる? ライ』
彼女が、いつも以上に冷静な様子で言った。
『チャンスは、一度。生きるか死ぬか、どうなっても一回だけ』
「やってみる!」
『あなたなら、そう言うと思ったわ』
モニター上に、座標が示された。
『連続で座標を送る、その通りに飛んで、スピードはマックス』
「了解!」
ライはスロットルを全開にした。
僅かコンマ数秒で切り替わる座標へと、盲目のまま機体をコントロールする。
感覚を幾ら研ぎ澄ませても、真空の世界では無音。
ただ、この操作が、僅かでも遅れていれば、きっと自分は死んでいる。それだけは確かだ。
『今よ!』
ライはライフルのトリガーを引いた。
一撃は、貨物船の心臓部を撃ち抜いていた。
船は、誘爆を始めた。
ライは、まだ自身の勝利を感じ取ってはいなかった。
だが、進路を示す座標数値の変化が、徐々に遅くなり、一定になったところで
『スピードを通常速度へ。着艦オートモードへの切り替えをして。ライ、やったわ。作戦は成功よ』
彼女の声が、戦いの終わりを告げた。
『流石ね。宇宙一のパイロットの名は、・・・いえ、蒼翼の名は、伊達じゃないわね』
ライは、小さくかぶりを振った。
「違うよ。今回の勝利は自分じゃない。宇宙一のオペレーターがいてくれたから。・・・ありがとう。・・・リンのおかげだ」
『あら、珍しい、褒めてくれるのね』
無線機の向こうで、彼女が笑う声が聞こえる。
そうだ。
彼女がいてくれたから。
アタシはこうして戦ってこれた。そして、生き残ってこれた。
彼女の相貌を、真っ暗なモニターの上に思い浮かべながら、ライはレバーから手を離し、プレーンの自動操縦に身を任せた。
・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
とまあ、そんな事もあったが、今は昔、って話だ。
アタシは大きなあくびをしながら、手にしたスケジュール表を眺めていた。
アタシの名はラライ。
ラライ・フィオロン。
見た目は地球人とほぼ一緒だが、テア星系人の特色として、色素の数が若干多い。アタシの髪は地毛で青く、それなりに珍しい色だから、アタシのトレードマークになっている。
顔は。
まあまあ。
自分で言うのもなんだが、美人の類に入るのではないだろうか。
少し前までは、多少胸がコンプレックスだったけれど、最近はあまり気にしないようにしている。
プロフィールを簡単に紹介すれば。
年齢は、2△才。
性別、女。
趣味は、プレーンの操縦。このへんが、よくマニアックだと言われる。
親兄弟はいない。でも、天涯孤独ってわけでもなく、友人は数えるほどだが、居る。
だけれど、そんな友人にも明かせない過去が、アタシにはある。
3年程前の事。
犯罪組織エンプティハートと、エレス宇宙同盟軍との間で、恐ろしい計画がすすめられた。それは、銀河を巻き込み、あと一歩で、全宇宙を巻き込むほどの大乱が発生する、という事態にまで、膨れ上がった。
何百億の命が、惑星そのものと一緒に、宇宙の藻屑と消えようとした。
危機を救ったのは、どの勢力にも属すことの無い、謎の女宇宙海賊だった。
その名も、人呼んで「蒼翼のライ」。
彼女は、・・・正式には彼女達のチームは、巨大な敵を前に孤独な戦いを続け、結果として、宇宙の平和を護る事となった。
しかし、それからすぐ、彼女は姿を消した。
それでも、彼女の活躍は、いつしか噂が噂を呼び、ドラマや映画にもなって、「英雄」とまで呼ばれるほどに、その名声は高まった。
美貌の女宇宙海賊にして、銀河の英雄。
・・・・・。
はい。それがアタシでーっす。
いやあ、懐かしい。
思い出せば思い出すほど、そして、ドラマや映画で見れば見るほど、赤面する。
あー本当はそうじゃないんだけどな―。
とか。
ロマンスシーンなんかが出てくると。
いや、アタシ、キスなんかしてないし。したことなんかないし。
恋人なんて、候補すらいなかったし。
とか思って、ドギマギする。
話を少し簡潔にまとめると。
アタシは、海賊を辞めた。
戦いに明け暮れる人生に嫌気がさして、きれいさっぱりと、辞めた。
普通の生活に憧れて、頑張って経歴を消して、ただの人に戻った。
という事なんです。
ところがですよ。
その生き難い事ったら、涙なしには語れないくらい。
経歴も消しすぎて、住所不明の不審者にされるやら、そのおかげで就職も出来ないやら。
で、結局またまた海賊さんのお世話になるやら。
ってな具合で。
でも、そのおかげでアタシには、信頼できる友達、仲間、みたいな人も出来たし。
ある人のおかげで、身分証明をぎぞ・・・もとい、ちゃんと手に入れて、こうして新しい人生の一ページに立っている。
とある事件があって、アタシは海賊船の居候になって、しばらくの間一緒に暮らした。
彼らはとても好意的で、事件後も数か月は一緒に居たけれど、身分証明を手に入れた事と、無事、借金も肩代わりしてもらえた事、そして何より、アタシが憧れていた旅行会社の仕事につけた事で、とりあえずは別れることになった。
まあ、別れると言っても、永劫の別れでもなければ、喧嘩をした訳でもなく。
その。
恥ずかしい話だが、就職が上手くいかなかった時には、もう一回彼らの船に乗せてもらえる話にはなっている。
とりあえず、試用期間が3か月あって、それから本採用となるので、今は大変重要な時期だ。
折角掴んだ、このチャンス。
ものにしないと―。
と、意気込んでみたものの。
なんだか、そんなに面倒な事も無く。
研修らしき研修なども無く。
いきなり実地、という事で、アタシは今船に乗っていた。
地球人向けの観光旅客船「トイパニック号」
格安宇宙旅行をうたい文句にするセントラル・スペースカンパニーの企画船である。
観光旅客船。って、まあ、名ばかりの小型シャトル。
いわゆるクルーザーのような優雅な施設も無し。個室も、寝台列車並みだし、食堂もまるで社員食並みの狭さだ。
添乗員であるアタシの居場所なんて、もっと酷くて、仮眠をとるのにも体育座りして身をかがめないといけない感じ。
おかげで、首と腰の寝違えが、まあ痛い。
そのくせ、うたい文句だけは立派で、収容人数300名、とか、お荷物は別途管理、大型貨物室搭載、とか、まるできちんとした大型機のような勘違いを起こさせる。
だから、お客さんも、少しテンションは下がり気味になっていて、まだ出発地から一回しか亜空間移動をしていないにもかかわらず、気分が悪いだの、子供が熱を出したなどと、アタシは苦情の対応に追われていた。
ようやく、強制睡眠の時間がきて、アタシは労働から解放された。
個室で眠る者もいるが、普通の旅客機のように、シートの並んだ展望室も人気がある。
ここには窓が並んでいるため、宇宙の景色を満喫できる。
結構な数の乗客が、ここを利用していた。
全て自由席のため、良い場所はお客様に開けなければならない。
アタシは立ったまま、前方の少し開けた談話スペースに移動して、小さな窓から外を見つめながら、お気に入りのフルーツジュースのふたを開けた。
やっぱり、甘いって正義だわ。
落ち着くわー。
若返るわー。
ぼんやりと、外の景色を見つめた。
昔は、戦闘ばっかりで、この美しさに心を震わせたことなんかなかったが。
今は。この静かさに、とても満たされた思いになる。
つい、「彼」の声が聞きたくなったが、我慢した。
と。
アタシの目が、不自然な光を見止めた。
流れ星?
いや、そういう動きでは無い。
あれは、プレーンが噴出する推進力の軌跡だ。
そう気づいた瞬間。
何かが破裂した。
機内のランプが一瞬消えて、すぐに赤い非常信号にかわる。
何が起きた?
アタシは異常事態の発生に気付いた。
アタシの平和な日常。
アタシの新たなる人生の再出発。
その記念すべき第一歩が、波乱の中で幕を開けようとしていた。
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