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HappyBirthday

 眠たい目をこすって、私は布団の上に体を起こした。うるさく震える枕もとのスマートフォンを叩いて沈黙させる。寝起きの目にはいささかきつく光る画面に目をやると、LINEの通知が見えた。

 『お誕生日 おめでとう』

 するり、と肺に朝の冷たい空気が入り込む。友人からのそのメッセージを開いて、返す言葉を考える。

 今日は私の誕生日。またひとつ、終わりに近づく日。


 朝もだいぶ早いのに、コンビニというのは律義にも営業している。それがコンビニの売りなので、当然と言えば当然なのだが。どことなく疲れの見える大学生アルバイトの顔を上目遣いに伺いながら、私は財布を開いた。

 毎日同じ午前七時半過ぎにこのコンビニへ寄るから、アルバイトの彼とはすっかり顔なじみだ。私のほうから話しかけることはないけれど、たまにほかのお客さんが少ないときなどは一言二言、世間話をしたりする。この新製品美味しいですよ、だとか、最近なんか物騒ですね、とか。どちらの事情にも踏み入らない、なんの進展もない会話。彼と言葉を交わすときに私はいつも、レジのカウンター越しにしゃぼん玉を吹きあっているような感覚を覚える。しゃぼん玉はきれいだけれど、相手にぶつかればぱちんと割れて、誰の記憶にも残らない。そんな感覚。

 「4点で660円になります」

 会計の数字を見て、小銭を探す。あー、五円玉と一円玉しかない。そうだ、昨日帰りがけに百円ショップに寄ったんだった。あきらめて千円札とポイントカードを引っ張り出す。

 「千円で、お願いします」

 「千円からお預かりします」

 カードが機械を通る。ぴろん、と聞いたことがない音が鳴って、彼の表情が少しだけ動く。何かマズイことがあっただろうか、と声を掛けようとすると、彼が私と目を合わせた。

 「今日、誕生日なんですね」

 「あ…はい。どうしてそれを?」

 「いや、誕生日のボーナスポイントがついてまして」

 「ああ…」

 言われてみればそんなことを聞いたことがある気がする。レジのタッチパネルにも「お誕生日おめでとうございます:ボーナスポイント 500」と出ていた。まぁまぁの量のポイントだ。帰りにスイーツでも買って帰ろうか。

 「おつりです」

 ぼーっとしていた私に、彼が声をかけた。そっと遠慮がちに、おつりとレシートを持った手を差し出している。私は慌てて手を伸ばして、340円のおつりといつもよりほんのすこし長いレシート、それからポイントカードを受け取った。袋を手に取り、ちいさく会釈をしてレジを去る。

 「あの、」

 店の外へ足を向けた瞬間、後ろから声がした。彼の声だ。何か忘れものでもしただろうか、おつり受け取ったよね、カードとレシートもちゃんともらった、商品はきっちりこの手の中に。じゃあなんだろ?

 振り返ってみると、彼がまっすぐこちらを見ていた。もう半年くらい会っているけれど、真正面からしっかり顔を見たのは初めてかもしれない。大学でスポーツサークルに入っているのだろうか、焼けた肌の奥にある目は、思っていたよりもだいぶ黒目がちで、そしてきれいな黒色だった。

 「何でしょうか?」

 彼は一瞬視線を外してから、もう一度向きなおって口を開いた。

 「お誕生日、おめでとうございます」

 私の手元でレジ袋がかさりと音を立てた。まさか、彼からそんな言葉をもらえるとは思っていなかったから、何と返すべきか、いろいろ色々と考えて迷って、だけど私の口は驚くほど簡単に正解を出していた。

 「ありがとう、ございます」

 ひどくはにかんで、はっきりとは言えなかったけれど。彼はにっこりと笑って、

 「ありがとうございましたー」

 と、少しだけ間延びしたいつもの声で、けれどいつもより心なしか明るい声色で、深々とお辞儀をした。

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