隔離
宇都宮がハンドル操作で列車を停車させたことを確認すると、相楽は再び乗客の元へと戻った。
そして、マイクを使い、乗客に向けて話し始めた。
「皆様にご報告があります。私、相楽琴子は、客室乗務員として、本日、皆様にご飲食物を提供させていただきました。しかし、私、相楽琴子は、実はコロナ陽性です」
突然のアナウンスに乗客が騒つく。
予想通りの反応に、相楽はしたり顔をする。
今日の検査で、相楽がコロナ陽性だったのは、決して偶然ではない。
この列車で給仕することが決まった相楽は、クラブやライブハウスなど、人の密集するところにわざと出向き、自分がコロナに感染するようにしたのである。
「ご飲食を提供させていただく際、私は、お客様に渡したコップや、お客様に渡したお釣りなどに当然触れております。お客様に渡した食べ物や飲み物に私の唾がかかっている可能性も十分にあります」
相楽はあえてマスクをしていなかった。
「ですので、この列車内では、私を感染源とする集団感染がすでに起こっている可能性がございます。そのため、列車は再び急停車いたしました」
「ふざけんな!!」という怒号が飛んだ。もっとも、大半の乗客はまだぽかんと口を開けている。「彼ら」の覚悟など、所詮その程度なのである。
「これは復讐です」
政府への復讐、それが相楽がこのようなことをした目的だった。
「私の両親は、エメラルド・クイーン号の乗客でした」
その豪華客船の名を知らない者は、この列車内には誰一人としていないはずだった。その客船は、この国と新型コロナウイルスとの最初の接点であり、なおかつ、この国の危機管理の恥を世界中に晒したものだったのだ。
「皆様ご存知のとおり、エメラルド・クイーン号の一部の乗客からコロナ陽性反応が出て、この船は日本の港に停船しました。そこで政府は船をそのまま港に停泊させ、船を外部から隔離したのです」
そして、と相楽は続ける。
「これも皆様のご存知のとおり、エメラルド・クイーン号の隔離政策は完全なる失策でした。エメラルド・クイーン号そのものがコロナウイルスのホットスポットとなり、集団感染が起きたのです。たくさんの感染者が出てしまい、たくさんの死者が出てしまいました」
細かい経緯について説明する必要はないだろう。それは散々ニュースで報じられていたのだ。
「私の両親は政府の失策によって、罹らなくてもよいはずのコロナウイルスに感染し、死亡してしまいました。ですので、これは復讐なのです。あなたたちは全員、政府の関係者で、政府によって甘い蜜を吸ってきた人たちです。当然、政府のミスの責任も負わなければなりません」
乗客は今度はすべてを理解した上で、シーンと静まり返っていた。
もう今更騒いだところで手遅れだと察したのであろう。
「この狭く密封された列車の車両内で、1時間半以上もの間、不特定多数の乗客が私と濃厚接触をしたのです。皆様のほとんどの方の体内にコロナウイルスがすでに忍び込んでいることでしょう」
相楽は最後にニコリと笑う。
「ですので、当然、この列車自体を隔離する必要がありますよね。エメラルド・クイーン号のときと同じように」