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 宇宙船は理解の及ばない相互作用に支えられながらゆっくり墜ちてきた。それでも、船体が星の表面に触れた時は遥か遠くまでその衝撃が伝わり、100km離れた街の湾内最奥に係留されていた大型客船が海水浴場へ乗り上げた。

 人々は歴史が動く、世界が変わると囁き合った。ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成が確立された時のような、人の類史を大きく揺さぶる発見があると子供のような好奇心から期待を膨らませていた。

 期待や熱狂が革新的な発明や発見に繋がり、新たなテクノロジーが生まれた。しかし、それらは全て人々自身の手に拠るものだった。四半世紀という時間を掛けて膨らみは徐々に小さく萎んでしまったように見えた。

 墜落する直前、当時の高度AIが僅かなコミュニケーションに成功したと記録している。現在、記録は誰にでも見ることができる。そして、そのAIは内容について人々に伝える方法を見つけられていない。

 ウイの家では質問攻めにあった。それはどこから来たのか、何をしに来たのかという事が中心だった。質問には年齢や属性など私には答えられないものも含まれていたが、母親が父親を制止することで深く追求されることはなかった。一方、駅で私が男に捕らえられていたこと、後から追い掛けて来たことには強い懸念を示した。そして、母親が街までの電車代を私へ差し出した。母親の行動に対し父親が母親に呼び掛けることで不快感に近い気持ちを示した。が、母親の声からは決意が感じられた。ウイの両親は互いに会話しながら私の方を真っ直ぐ見ていた。

 ところで、ウイの質問は両親の緊張感を伴うものとは異質の勢いがあった。ウイと妹のナコと三人で入浴した時、

 ――タテちゃんは、ショウタくんが好きなの? うちはケイイチくんが好き。ナコも、ケイイチくんがすち。ケイイチくんは、みんなに優しくて、みんなと遊んでくれる。かっこよくて、強くて、足が速いの。ねえ、タテちゃんはどう思う。明日、私の服を着てみる? ケイイチくんは直ぐに分かるよ。……やっぱり、ショウタくんがいいの? ショウタくんは、ケイイチくんと仲が良いんだよ。

 翌朝、ウイと二人で朝ご飯を食べた。彼女の両親は既に済ませていた。母親が私たちの分の弁当も用意してくれていた。ショウタたちが迎えに来た時、ウイの妹はまだ目を覚ましていなかった。ショウタは早く出掛けようと言った。ケイイチが残り、私とショウタが先に行くということになった。

 出発しようとしている時、私はケイイチの視線に気付いた。彼と目線が重なっていた時間はほんの数秒だったはずだ。しかし、私はその瞬間の時間経過を意識的に感じていた。それから、ケイイチはウイの母親に挨拶していた。それに応えるウイの母親の声には親しみが感じられた。

「早く行こうぜ」ショウタが言う。

「うん」私はケイイチの自転車のサドルに足を掛け、振り返って、

「ありがとうございます。お世話になりました」


 私はショウタと二人で海岸へ向かった。他の年少者たちも、朝が早く出てこられないらしかった。

 朝日が青白く微細な針のように大きな積雲を刺していた。虫の音が自転車を包む風に乗っている。緩やかな下りが続き、やがて行く手に松林が見えた。櫛状の影に強烈な潮の香りが付いている。櫛の歯が疎らになると、砂浜が見えた。遠く、鉄色に泡立つ波打ち際から聞こえる音に満ちていた。

 自転車を海水浴場の駐輪場に留めると、ショウタが私の手を引いて走り出した。駐輪場から海外と平行に伸びる砂利道を進んだ。道が細くなるとショウタは私の手を離した。道は灌木の茂みの中へ入り緩やかな登りが続いた。次第に海岸から離れ、ふっ、と周りを見渡すと灰色の波打ち際を見下ろす高台になっていた。海の向こうは雲が多い。鋭く射していた朝日に雲の先が触れていた。

 走ったり、疲れて歩いたりしながら何分か進んだ。灌木の茂みが再び松林に変わった所でショウタが岩の割れ目の中へ入っていった。ショウタの声に誘われるまま、私は後に続いた。

 割れ目の中は潮の香りに満ちている。奥へ進みつつ急な斜面を下ると広い空間に出た。直ぐ傍に波の音が響いた。入り組んだ岩と松の茂みによって空は見えなかった。

「タテさん、これ」

 鮮やかで美しい青のラインの縁取り、薄い灰色から中心の青黒い波模様に向かうグラデーション、トカゲとカモメを合わせたような姿の機械だった。頭に相当する部分が開いており、拡張外装を付けた搭乗者をそのまま機体の中に格納できるようになっている様子が分かった。

「二週間くらい前に見つけた。こいつ、なんかキレイだし、まだ生きてる気がするんだ」

「この場所で、見つけたの」私はショウタの顔を振り返って尋ねた。

「ああ、見つけた時から、この状態だった」

「どうやってここへ入ったんだろう」

 私の言葉にショウタが「あっ」と声を漏らした時、空洞全体に響く音が聞こえた。足音と、金属の擦れる音と、拡声器を通した声。

「それは、この空洞を作ったのが、その飛行機だからです」

 制服姿の大人が二人、海の方から空洞の奥まで伸びる影と共に現れた。

 ――まさか、すでに子供たちが見付けていたなんて。ここは危険です。

 私はそのとき、これは飛行機なんだ、と不思議な感動に誘われ、改めて飛行機をふり返っていた。

「だめだ、これは俺たちが見付けたものだ!」ショウタが叫び、

大人たちへ向かって走り出していて、私は弾かれ倒れるような踏み込みでショウタの背中を視界の端に捉え、

「借金ノ肩を抜くな、縦肆丸!」という声を耳にし、

退く波に引っ張られた空気が、私とショウタが下りてきた岩の割れ目から柑橘類の匂いを連れて来た。

「平塚?」そこに立っていたのは黒ずくめの大人だった。影は昨日と違い細かったが、襲い来た者の衣服からした匂いが微かに混じっていた。

 矢庭に、強い風が首筋を通り抜けるような鳴き声がした。空洞は揺れ、上から砂や雫が落ちて来る。振動は収まらず、どんどん大きくなり、飛行機が後ろ足で立ち上がっていた。

「やっぱり、生きてた」ショウタが振り返り、叫ぶ。

 彼の上へ砂が降ってくる。それに次ぎ、草の根ごと剥がれた石礫が落ちかかって来た。

 私はショウタの腕を強く引いた。

 ショウタは倒れ、私は右腕に落ちて来た石と砂を払う。袂がボロボロになってしまう、袖口が解れてしまう、そんなことが気になっていた。

 美しい飛行機が動きだした。

「取手を使え」平塚の声だった。

 帯の中にしまい込んでいたシュシュを掴みだす。それは握りの部分がマホガニーであり、握りやすいように波が作れていて、両端にカスミソウのような模様が刻まれ、よく油で磨き込まれ、芯から伸びる取り付け足までは真鍮によく似、鈍く黄昏のような光を返し、細いがやや平型でランやナデシコなど様々な花の模様が刻まれており、足は丸型で根元に向かって浅い皿のような形状をし、一見すると単に精緻で贅沢なばかりの、描かれた模様が異なるふたつの取っ手である。

 飛行機は翼を広げようとしている。割れ目の両側を抑え、抜け出そうとしているようにも見える。ガリガリという金属や石のぶつかり合う音が、辺りに反響して大きくなる。

「ここが崩れる前に羽を落とすんだ」平塚が言った。

 私は平塚が言い終わると同時に走り出した。トカゲのような飛行機の右後ろ足、屈曲した膝に当たる場所へ飛び乗り、わき腹にシュシュを押し付ける。シュシュは瞬時に固定され、それを頼りに勢いをつけて背中へ移る。飛行機はぎこちなく翼を伸縮しながら風が捩じれるような音を出しているだけだ。

 そして、私は右の翼の付け根にふたつのシュシュを固定した。握りを一度緩め、小指を引っ掛けるような具合に掴み直し、腕を後ろへ振りながら背中ら跳び退いた。翼の付け根の滑らかな表面が割れ、装甲や骨組みが引き出されていく。固定されたベールのような部品が宙へ舞い上がり、大量の天蚕糸の束のような繊維がホウセンカの種の勢いで噴出した。片翼の先端が空洞の壁をこすり、弾かれ、戻ってきてぽっかり空いた付け根にぶつかり、二つに割れながら下に落ちた。破片が飛び散り、海水が散った。

 風向きが変わった。行ったり来たり、渦を巻くようだった空気の流れが、今は美しい飛行機に向かっていた。大型モーターの駆動音が甲高い音を立て始める。振動が美しい飛行機全体を震わせ、空洞に地鳴りのような音が反響した。

「武装が残っているのかもしれない、胴から解体してしまうんだ」

 平塚はショウタを抱え、居合わせた大人たちと共に海側の出口に立っていた。私はそれを横目で確かめた。

 片翼を失い、半身が抉られたような姿になった飛行機は、それでも美しかった。甲高い音と、強い隙間風が声のように聞こえた。私は“彼”に歩み寄り、下腹部に足を掛けて胸部にシュシュを固定した。握りを離し、“彼”の腹に後ろ頭を付け、逆手で小指からシュシュに指をかけて、腕を前へ振りながら強くお腹を蹴った。私の跳躍を追うように、“彼”の内側にあった物が引き出された。


 ――まだまだ稼働できる状態であるとは思いませんでした。今回は下見のつもりだったのです。この辺りである、という大雑把な情報しかなく、地元民への聞き込みをしているところでした。少年たちの言葉を信じて来たのがここでした。美品でしたし、少し残念ですが、本稼働していれば我々の今回の装備では対処できなかったと思います。お陰様で、一応は事無きを得られました。お礼申し上げます。

 素直な言葉が出てこないよな、と二人の大人の背中を振り返りながら平塚は愚痴を溢した。私はそんな平塚を詰りたかった。

「いろいろ、手違いがあったんだ。少年たちが乱入して来るとも思っていなかったし、昨日の時点で俺であることを伝えようと思っていた。けど、」

「彼らがいたから、というのは結局、言い訳ですよね」

「ああ、そうだな」平塚は後ろ頭を掻く。「後で、そのウイって子の両親に礼を言いにいかないとな」

「はい」

 海水浴場の駐輪場にはケイイチやウイたちが様子を見に来ていた。ショウタは目を赤く腫らしながらも、口を堅く結んで強がっていた。平塚がショウタの頭に手を置いている。それを年少者たちが囲む。小さな子供たちはショウタの顔を見上げるように覗き込みながら、彼らだけの言葉で、ショウタの声による真実を求めている。やはり、中心にいるのはショウタなのだ、と私は思う。彼らはせっかく見つけたと思った宝物を失った。それを、共有し、共感する方法を探しているのだ。そして、私には判然としない、が、平塚は優しい顔をしている気がする。確かに分かる事は、正午より少し前の光の中で、平塚も地面に近い所を見ている。

 私はケイイチに誘われ、少年たちから少し離れたところでその様子を見た。

「ショウタを見ていてくれてありがとう」ケイイチが言った。

「わたしは」後に続ける言葉が浮かばなかった。

「動き出すとまでは思わなかったけど、遠くない内に大人たちがアレを取りに来ると思ってたんだ」

「はい」

「できるだけ皆を、アレから遠ざける方法を考えていた」

「朝早く出発しようと提案したのは」

「うん」

「あなたは、優しいみたいですね」

「ありがとう」ケイイチが少年たちの方へ視線を送った。「今の僕には、あまり力がない」

 私もつられてそちらの方を見る。

「本当に優しい。すぐに大きくなります、力も」

「いつでも、遊びに来てください。みんなも喜びますから」ケイイチが私を見ていた。

「ありがとう」

 ケイイチが差し出した手を握り返していると、ウイが寄って来た。

「また、遊びに来てね、きっとだよ」

「うん」私は言った。


 帰り道、私は平塚を問い詰めるつもりでいた。

 ――シュシュは身を守るには向かない。最初の選択肢がシュシュではなく、わきざしになるような慣らしをさせたかったんだ。まあ、人に対して抜刀することには、慎重さが必要だが。ここに来た理由は、それは勿論、彼らが言うあの“飛行機”だ。状態が良い可能性が高い、という情報から宇宙船墜落時のものを期待していた。縦と一緒だ。だけど、あれらは全て模倣品だった。地球産の廉価版ってところだろう。廉価版でも展示物としてくらいは価値が出そうなものだったな。まあ、仕方ない。

「道具は使ってこそ、ではなかったんですか?」私は平塚の声を真似た。

「ああ、ああ、そうだった」

「わきざしではなく、携帯が欲しいです」

「ああ……明日、端末を買いに行こうか」

「あと、お金もください」

「わかってる」

 平塚の不機嫌になり切れない時の声は、とても特徴的だ、と私は思う。

 取っ手・取手・シュシュ

 くっ付けたものを引っ張り、引き出せる。何にでもくっつけられる。すごい腕力を使う。


 縦肆丸・縦・タテ

 シュシュを二つ持っている。

 人の顔や表情を読み取ることが“殆ど”できない。対称性や細胞の老若に基づく醜い、美しい、の判断は可能で、顔の皺や部位の形、それらの動きは見えている。


 入れるつもりで入れる場所がなかった台詞

「そんなに所有物だと言うのなら、借金ノ肩と一緒に私も置いてほしい。道具は使うことに意味がある、でしょう?」


 三篇で終わらせる、としたことを途中から後悔した。

 「お腹にちからを」とシュシュの設定、登場人物の名前が同じ。

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