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The old gang

オスカール・カミンスキーは王国軍人である。

階級は陸軍大佐。極東、帝国と数々の戦場を渡り歩いてきた猛者である。

年齢は42歳。年齢を考えると、出世は遅い方であろう。

その模範的な王国軍人は、小さな会議室に呼び出されていた。

カミンスキーを呼び出した相手はカトー・ヴァンガード中将。

自分よりも若い上官である。

嫉妬するほどカミンスキーは若くはないが、面白くはない。

また、呼び出された人物は自分だけではなかった。

一人は恰幅の良い、穏やかな雰囲気を与える中年男。

制服の色から察するに、空軍の人間であろう。自分よりは年上であろう。

もう一人は細身の若い男だった。いかにもエリートです、という風に制服をきっちりと着こなしている。

「自己紹介でもするかね?」

ハイスクールの生徒みたいなことを言い出したのは、空軍の中年男だった。

「では、一番の若造は私のようなので、私から。ヨーゼフ・クヴァント。情報軍所属の大佐です」

情報軍。主に敵国との諜報戦や自国民への噂の流布などを行う部門である。諜報組織の例に漏れず、前線に出る軍人たちからは嫌われている。

彼らが訪問してくる時は、自分がスパイだと疑われているのを意味するので、一般大衆からも嫌われている。

カミンスキーも、前線に出てこないカスが偉そうな口を叩くな、と思っている。

政治家からは好かれている。

「では、次は自分が。オスカール・カミンスキー。階級は大佐。帝国陸軍は第三師団、第七大隊の指揮官です。どうぞ、よろしく」

「フム。では私が一番階級が上のようだね。ヘルマン・ギンヌメール。王国空軍元帥だ」

カミンスキーとクヴァントは即座に椅子から立ち、音速の速さで敬礼を行った。

「失礼しました、閣下」

「いや、いいよ。座ってくれ。陸軍と空軍では勝手が違うからね」

空軍元帥に促され、二人は椅子に座った。

「それで、君たちは何故呼び出されたのか、理由は聞いているかな」

カミンスキーが答える。

「いいえ、閣下。自分も急に呼び出されたもので」

「私も同じく」とクヴァント。

「フム…。では我々は待っているしかできないわけだな。煙草でも吸っていようか」

そう言うと、ギンヌメールは煙草に火をつけた。

カミンスキーとクヴァントもそれに倣った。

非喫煙者の居場所はここにはない。


煙草を一本吸い終わったところで、ノックの音が会議室に響いた。

この場合はどうぞ、と我々が言った方がいいのだろうか。呼び出された方が答えるのもおかしな話だが。

「こいつは失礼。少し遅れたかな」

返事をする前にその若者は部屋に入り、窓際の椅子に腰掛けた。

「カトー・ヴァンガード中将だ。諸君らは馬肉は好きかね」

会議室の三人はカトーの意図を図りかねた。

「いい思い出はありませんな」

とカミンスキー。

食料が慢性的に不足する戦場においては、乗り潰した馬を食べることがある。食用に育てられた馬とは違い、筋張って硬く非常に不味い肉だが、前線ではごちそうの部類に入る。

「食べたことがないのでなんとも」

とクヴァント。

「刺身で食うと美味しいな」

とギンヌメール。

「その通り。新鮮な馬肉は旨いぞ。さっぱりとした油に、優しい甘さを持った肉。程よい弾力を持ち、噛むごとに旨味を溢れ出させる」

「で、何がおっしゃりたいので?」

とカミンスキー。

「何簡単なことさ。みんなで食べに行かないかということだ。少し遠いところだがね」

「食事の誘いかね?いいとも、店はどこかな」

とギンヌメール。

「ええ、実はもう決めてあります。場所はポーレッド公国。かの騎士たちに馬を馳走してもらいに行きましょう」

ポーレッド公国は、帝国や王国と比べると小国と言わざるを得ない。だが、その軍隊は非常に精強である。

重騎兵を中心としたポーレッドの軍隊は、その突破力と勇猛さから"漆黒の衝撃"と呼ばれ、恐れられている。

だが、ポーレッド公国はここ二十年ほど中立を保っている。

「あの国は同盟国じゃないが、敵国でもないでしょう」

「今まではな。だがな、今世界は二色に分かれている。俺たちか帝国か。それ以外の色は、どっちかに塗り潰されちまうのさ」

「それで、ポーレッドは帝国を選ぶと?」

「残念ながらな。俺よりも諜報部の方が詳しいだろう?」

少し考える素振りを見せたあと、クヴァントは答えた。

「事実です。確かに、部下たちから報告が上がっている」

「で、君は我々に何をさせたいのかね」

「簡単なことですよ。元帥閣下。私の傘下に入り、かの国との戦争に加わっていただきたい」

「それは上層部からの正式な辞表かね?」

「まあ、上層部からは好きな人間を連れて行けと言われましたが、強制力はない」

「では君は我々に何をしてくれる?見返りは?」

カトーは一呼吸置いたあと、答えた。

「戦争は新しくなりすぎた。我々の勝利は、国家の勝利と同義になり、我々の名誉は国家の名誉に置き換えられる」

戦争が総力戦となったことで、戦場には戦士以外の無理やり徴兵された人間たちも混ざるようになった。

彼らは国家の名誉や利益のために戦って死ぬ、そしてそれを誇りにしている。

だが、この場にいる者たちはそうなる前の戦争を知っている。

好き好んで戦場に赴き、好きなだけ暴れて、自分のために死ぬ。

今の人間は真面目に戦争をしすぎなのだ。

「もちろん、俺は国王陛下に忠誠を誓っている。あの方は仕えるに値する方だ。だが、国の為に戦っていると思われるのは我慢ならん」

それは戦士たちが抱いている違和感であった。国民は軍人たちを正義の味方かのように扱う。国家の為に戦う英雄だと。

だが、彼らにそんな自覚はない。

「だから戦士たちの為の戦争をしよう。勝てば総取り、負ければ素寒貧の、古き良き戦争を」

「我々がそれを望んでいると?」

「政治屋共に口を出されない戦争をしてみたくはないのか?」

少しの間沈黙が流れる。

「自分は乗ります」

カミンスキーが答えた。

「このまま燻って死ぬよりは楽しそうだ」

「私も乗ります。出世できそうだ」

とクヴァント。

「元帥閣下、あなたはどうしますか?」

「フム、私たち空軍の主任務は敵陣の偵察や、物資の運搬だ。君たちと違って直接戦場で矛を交えるわけではない。だからこそ、我々は夢を望んでいる。英雄として、戦士たちから尊敬を集める夢を。君は夢を見させてくれるのかね」

「もちろん。あなた方に戦場を差し上げます」

「よろしい、乗った。我が空軍は君に協力しよう」

「話はまとまったようですね」

カトーが指を鳴らすと、従卒たちがグラスに入ったワインを持って入ってくる。

「勝利に」

とカミンスキー。

「国王陛下に」

とギンヌメール。

「名誉に」

とクヴァント。

「時代遅れのろくでなしに」

とカトー。

ワインを飲み干し、グラスを地面に叩きつける音が会議室に響いた。




ミハイル・ウィンチェスターはクズである。だが、それは戦場での話であって、内地ではチンピラ程度の軽いクズである。

エルフの村を襲撃してから一週間、彼は王都ロンディニウムに帰還した。

いつもどんよりとした空に処理しきれていない下水の匂い。少し裏道に入れば、乞食や掻っ払いの熱烈な歓迎を受けることだろう。

ただ、これは街の東側だけの話であって、西側では先進国を名乗れる程度の治安は維持されている。

掃き溜めのような街だが、意外と居心地は悪くない。

暴力で大体の物事は解決できるし、それ以外の事は金で解決できる。法治国家万歳。

足に纏わり付く乞食に小銭を投げながら、街の西側に向かって歩く。

王都の東西の境界線であるティムズ川に到着。橋の近くにある広場にフィッシュ&チップスの屋台が出ていたので、二人分購入する。ラードで香ばしく揚げられた白身魚とじゃがいもの香りを楽しみながら、小綺麗になった街並みを進んでいく。

街の西側の素晴らしいところは、道端に糞尿が散らばっていないところだ。下水道が各家に繋がっているため、わざわざ道路に投げなくともトイレを流すだけでよい。法治国家万歳。

ただ、煙草をポイ捨てすると怒られるのは面倒だ。


五分ほど歩いたところで、ミハイルは古びたアパートに到着した。

呼び鈴を鳴らして、家主が出てくるのを待つ。

「新聞、宗教、保険はお断り。手紙ならポストへ入れておいて下さい。押し売りも結構です」

「そう言われると困るな、善意の押し売りに来たんだが」

「間に合ってます」

あえて、声を大きくしてそれに応える。近所の人に聞こえるくらいに。

「リーリアさん!お金返して下さいよ!返済日過ぎてますよ」

慌てた様子でドアが開く。

「よお、久しぶ…」

「うるさい」

前蹴りが飛んでくる。急所に直撃する。猛烈な腹痛がミハイルを襲った。アレを蹴られると、アレの痛みよりも謎の腹痛の方がキツい。玉と腹が連動しているのか?人体の神秘である。

「殴ることないじゃないか」

「だから蹴ったの」

ミハイルはリーリアに手を引っ張られて、部屋の中に入った。

部屋の中にはベッド、椅子、机など最低限の物しかなかった。

可憐な少女の自宅としては質素な内装だったが、引越したばかりなので仕方ないだろう。

促されて席に着く。先に口を開いたのはミハイルだった。

「はい、お土産」

「ありがとう」

二人でフィッシュ&チップスを食べる。まだ温かい。噛むと油が口の中に広がり、白身魚の旨味を引き立てる。そのまま食べるには淡白だが、油で揚げることで白身魚にメイン料理感が追加される。少し酸化しかけた油がジャンク感を増している。油で揚げればなんでも旨い、という不変の真理がこの料理にも適用されている。

「で、どうだ?こっちでの生活には慣れたか?」

思春期の娘に話しかける父親、みたいな口調でミハイルは話しかけた。

「まあ、それなり」

「そうか…」

しばらくの間、沈黙が流れる。

「すまない」

沈黙に負けたのはミハイルだった。

あのエルフの村を滅ぼしたことに後悔はない。リーリアの生活に必要な金も、十分以上の金額を渡している。

だが、それでも。彼女の環境を変えたのはミハイルだったのだ。行動には責任が伴う。その責任としての謝罪であった。

「謝らなくてもいいよ。今の生活は結構楽しい。助けてと私は頼んだ。あなたはそれに応えた。それでいいじゃない」

「いや、待ってくれ。俺は助けちゃいない。ただ暴れただけだ。結果として、君が助かったとしてもそれは俺のおかげじゃない。君が幸せになるべく努力したからだ」

リーリアは揶揄うように微笑んだ。

「馬鹿な割に、結構真面目なんだね」

「ひどいじゃないか」

「ごめんね。でも、本当に気にしなくていいんだよ。あ、でもお金はないと困る。今のところ仕事は見つけてないし」

「それは任せろ。絶対に困らせない」

意外なほど真面目にミハイルは答えた。

「で、今日はそれだけ?」

「ああ、それだけだ。他に困ったことはないか?」

「うーん、特には」

「そうか、何かあったらいつでも言ってくれ。悪い。そろそろ帰らなくちゃ、仕事が入ってる」

食べ終わった食事の袋を片付けて、ミハイルは席を立った。

自分はここに来るべきではないのかもしれない。俺のような物騒な人間が来れば、彼女はその同類だと思われる。

「ミハイル」

「なんだ」

「また来てね。あなたしか友達いないから」

ミハイルは一瞬気圧された。リーリアの眼は少し狂気を感じさせた。

歪んでいるのは自分だけでなく、彼女もなのかもしれない。

「ああ、また来るよ」

ミハイルは優しく答えて、部屋を出た。



平和な街並みを眺めながら歩いて帰る。たまには暇を持て余すのも悪くはない。

帰る途中、フィッシュ&チップスを購入した広場に何やら人だかりができているのを見つけた。 

しばらく眺めていたが、なんのために集まっているのかよく分からなかったので声をかける。

「おおい、何の集まりだいこいつは?」

答えたのは髭面の親父だった。

「俺もよく分からねえが、偉い学者先生が話するんだと」

「そんなの聞いて楽しいか?」

「聞くと飯が貰える」

親父は手に持ったホットドッグを甘い匂いを放つしゅわしゅわとした黒色の飲み物で流し込んだ。

「そりゃあ、有難い説法だ」

「あそこのテントで貰えるよ」

親父に礼を言って、テントに向かう。

「俺も話を聞きたいんだが、ここで申し込めばいいのか?」

「はい。名前と職業を記入して下さい」

応対してくれた若い男からペンと用紙を受け取り、言われたとおりに記入する。

名前 ミハイル・ウィンチェスター

職業 軍人

「書けたよ」

「ありがとうございます。では講演は十時からとなります。お茶菓子などを用意しておりますので、それまでお待ち下さい」

「はい、ありがとう」

隣のテントへ向かって、ホットドッグと甘い匂いを放つしゅわしゅわとした黒色の飲み物を受け取る。

話自体に興味はないのでバレないように立ち去ろう。

「すみません!ちょっと待って下さい!」

振り返ると、先ほど受付をしてくれた若い男が追いかけていた。

「何かな、記入ミスでもあった?」

「いや、そうではなくて。やっぱりそうだ。お久しぶりです、隊長!」

眼鏡をかけた若い男の顔をじっくりと見て、記憶の中を照合する。

隊長と呼ばれたのでかつての自分の部下だろう。それなりに戦場働きは長いので部下にした奴は多いが、生きている人間は限られる。

「テッド、テッドじゃないか。久しぶりだな、元気?」

テッドとがっしりと握手をする。

西部戦線で部下だった男だ。負傷して後方に下げられたと聞いていたが。

「まー、あれだ。平気か、あれは」

ミハイルはやけに代名詞の多い質問を行った。

テッドが負傷した場所が問題であった。本来体内に収納される臓器の中で、唯一人体の外側に備わっている臓器であり、男にしかついていないあれであった。

「どうにか、片方は残ったので」

ミハイルは心の底から同情した。

「そう…。仕事は何をやってるんだ、まだ軍人か?」

「いえ、足も悪くしたので今はなにも。年金で食いつないでいます」

「その方がいい。お前は軍人には向いてないよ」

そう言って、ミハイルは甘い匂いを放つしゅわしゅわとした黒色の飲み物を一口飲んだ。

「そういえば、何の集まりなんだこれは?」

「知らずに申し込んだんですか。たぶん、隊長の好きなものじゃないと思いますが」

「確かに俺は教養が無いからなぁ…。さっさと帰ることにするよ。会えて良かった」

「ええ僕もです。隊長もお元気で」

テッドに手を振り、ミハイルはその場を立ち去ろうとした。

「あら、テッドのお友達?」

甲高い女の声がミハイルの足を止めた。

年は二十代後半。日の光に似た透き通った金色の髪がさらさらと風に揺れている。可愛い系より綺麗系の美人である。

「ミハイル・ウィンチェスターです。お見知りおきを」

「グリーン・ネイションです。よろしくお願いします」

テッドの肩を引き寄せ、ネイションに聞こえないように小声で話しかける。

「やるじゃないか。美人を捕まえたな、スケコマシめ」

「いや、ネイション女史とはそういう関係じゃないですよ」

さっさと手を出せ馬鹿、と言いそうになるのをミハイルはぐっと堪えた。

「ミスター・ウィンチェスターでいいかしら?テッドの知り合いということは、あなたも軍人さんかしら」

「ウィンチェスターでもミハイルでもお好きな方でお呼びくださって結構。お察しの通り軍人です」

「やっぱりそうですか。私のことを応援してくださる軍人の方は珍しいわ、ありがとう」

ネイションに差し出された右手を、ミハイルはしっかりと握り返した。

ミハイルはネイションの手に違和感を覚えた。ネイションの手にはあかぎれもたこもなかったのだ。主婦であればあかぎれがあるはずだし、たこが無いということは職人や農夫というわけでもない。ミハイルは目の前の女性が何の仕事をしているのか、疑問に思った。

「失礼、ご職業は何かな、ミス・ネイション」

「知らないんですか、隊長。グリーン・ネイションと言えば、世界的に有名な従軍記者ですよ。中でも彼女が極東戦線で撮影した "機関銃と兵士"はピュリッツアー賞を受賞し、各界からも高く評価されています」

よく分からないがすごいんだろうな、とミハイルは思った。

「極東戦線?懐かしいな、あれは地獄だった」

「ええ、本当に地獄でした。人間が人間として死ぬことができない。芥のように人命が消費される。あれは絶対悪です。あのようなことは二度としてはならない」

「そうそう、本当やばかった。さっきまで話してた奴が、ちょっと目を離した隙に腸ぶち撒けて死んでるんだ。いやー、流石に参ったね、あれは。しばらくは飯が不味く感じたよ」

どこか軽い調子でミハイルは過去の戦争を思い出した。

あの戦争でミハイルが学んだことは、人間の腸は意外と長いこと、人間の腹を切ると糞便やら未消化の食べ物が出てきてとても臭い、の二点であった。

「そのような軽い言い方は不愉快です。亡くなったのはあなたのご友人でしょう」

「そりゃ失礼」

薄ら笑いを浮かべながら、ミハイルは肩をすくめた。

「その悲劇は未だに続いています。帝国との戦争は終わらず、戦死者の数だけが増していく。故に、今こそ我々人民が立ち上がるべきなのです。これ以上子供を失った親を増やさないために」

「あー、あれか。反戦運動家って奴?いいんじゃない、頑張ってよ。応援してるぜ」

「他人事ではありません。正義を為すのは私たちだけではなく、あなたたち兵士もです」

「具体的には?」

「戦おうとする者がいるから戦争が起きるのです。まずは国王陛下に嘆願して帝国と停戦して頂きます。それが叶えられない場合は、ストライキを起こします。経済が停滞すれば戦争も継続できないでしょう」

「はえー、それなりに考えてんだね。でもさあ、頼んだ?」

「は?」

「いや、俺頼んだっけ?死にたくないから、戦争やめて下さいって」

「死ぬのは誰でも嫌でしょう」

「確かに死ぬのは嫌だけどさ、痛いし。でも、死ぬ恐怖以上に、俺は暴れるのが好きなんだよ」

「どういうことですか?」

「んー、言葉だと説明し難いんだよなあ。俺には主義も主張もない。理想も正義もないし、要らない。ただ戦いたい。全力で殺したい。いや、これも違うな。んー、良い表現が出来ない。上手く説明できるか、テッド?」

「分からないでもないですが。自分を一つの暴力装置に変えたいって感じですか?確かに言葉にし難い」

二人の男たちは、自らの獣性を表現するのに的確な表現を見つけることができなかった。

「全く分かりません」

女はそう溢した。

「女だからな」

ミハイルのその言葉は明らかに嘲りの色を含んでいた。

故に、ネイションの平手がミハイルの頬を打つのも当然であった。

「痛いじゃないか。まあ、俺も悪いが。安心してくれ、俺は女は殴らない」

ミハイルはネイションの顎を蹴り上げた。

「蹴りはするが」

「一緒でしょう」

テッドは至極真っ当な指摘を行った。

「大丈夫、大丈夫。加減したから。吹っ飛ばしただけで骨は折ってない。すぐに立ち上がれる」

ネイションはぴくりとも動かす、仰向けに倒れたまま焦点の合わない目に青空を写していた。

「え?あっ!ヤバイ!殺した?死んだ?嘘だろ?軽く蹴っただけだぞ!どうしよ、捕まる!」

テッドは倒れたネイションに近寄り、冷静にその状態を観察した。

「大丈夫です。気絶しているだけのようです。顎の骨も折れてないので、しばらくすれば目を覚ますでしょう。まあ、暴行罪は成立しますが」

「逃げていい?」

「嫌だと言っても、僕を殴り飛ばして逃げるだけでしょう」

「サンキュー、テッド。後は頼んだ」

ミハイルは脱兎の如く逃げたしたが、しばらく走ったあと、何かを思い出したかのように戻ってきた。

「どうしました。やっぱり自首します?」

「それは嫌だ。男の子としてさ、惚れた女が殴られたら、殴り返さなきゃ駄目だろ。一発殴っていいよ」

「あとで復讐しませんか?」

「しない、しない。それにさ、玉なしでも玉なしにはなりたくないだろ?」

テッドは引きつった笑みを浮かべたあと、ミハイルの顔を全力殴り抜いた。




人間と動物の違いは何か。多くの生物学者や哲学者が挑んできた命題であるが、ミハイル・ウィンチェスターはこう考える。

人間を人間たらしめるものは食事である。

美味なるものを追い求めるのが人間である。

無論、動物にも味覚はある。動物たちにも美味い食べ物を求める心があるだろう。だが、彼らは選ぶだけだ。既に存在する食べ物の中から、自らの嗜好に合う食べ物を選ぶだけだ。与えられたものだけで満足する豚のように卑しい行為である。

人間は違う。人間は自らの手で食べ物を作ることができる。動物のように自然界にあるものを食べるだけではない。自らの手で生み出し、加工し、組み合わせて食べ物を料理に変化させることができる。つまりは向上心があるのだ。

人間が進化したのは、より美味しい物を食べるためだ。美味いものを食べるために脳を大きくし、手足を器用にしたのだ。

と、持論を述べたところで、ミハイルは彼の昼食を眺めた。

飾り気のないアルミ製のプレートに盛られた品々は、兵舎の食堂で配給されたものだ。

次にその内容について述べる。


食パン二枚

パサパサしている。牛乳と砂糖をケチっているせいで甘みが少ない。白パンなのは評価できる。ジャムが付属しているのもグッド。人間の食べ物。


豆とトマトを煮込んだもの

ペースト状。中途半端に溶けた豆の食感が非常に不快。酸味しか感じられない。栄養価は高い。


もろこしのポタージュ(厳密にはコーンミールをお湯に溶かしたもの。コーンミールとはもろこしを挽いて粉にしたもので、パンなどに使われる。)

粉っぽい。何故か土の匂いがする。食べると家畜になった気分を味わえる。牛の餌。喉越しは最悪。


ミートパテ

固形物。ひき肉を固めて焼いたもの。何の肉かは知らないし、知りたくない。肉の味はしない。臭い。ディストピアの住人が食べてそうな食べ物。


茹で野菜

ブロッコリーと人参。見た目は歴とした食べ物だが、何の味もしない。口の中に入れると脳が混乱する。有を無に変える奇跡の調理法。


コップに入った水。それ以上でもそれ以下でもない。


料理人の首をへし折りたくなるような品々が今日の昼食である。朝食にフィッシュ&チップスとホットドッグを食べたせいで、貧相な昼食が際立つ。

一日の終わりを豊かな気分で迎えるためには、朝食は昼食より豪華であってはならない、また昼食は夕食より豪華であってはならない。

泣きたくなるほど虚しい食事であるが、何よりも悲しいのはこんなものでも美味しいと思ってしまう自分の貧相な味覚である。

トレーの上に並んだ人類の英知の結晶たちを眺めながら、夕食は豪勢なものを食べようと決意する。

下士官や兵卒は食堂内を利用するのが暗黙の了解となっている。士官はテラス席、食堂から外に出た見晴らしの良いところで食べることが多い。また、テラス席は席と席の間隔が広いため、他人に聞かれたくない話をするのにも向いている。

食堂を離れ外に向かうと、カトーが食事をしているのを見つけた。

私費で購入したチーズバーガーらしきものをムシャムシャ食べている。軽く挨拶を交わして席に着く。

改めて今日の昼食を見る。何から食べるべきか。この中で一番マシなのは食パンだが、美味しい物は後に取っておきたい。ミートパテが次にマシな食べ物なので、それを口の中に放り込む。

微かな塩味とねっとりとした粗悪な油が口の中に広がる。まあ、悪くはない。

こちらのトレーの上を眺めながら、カトーが嫌そうな顔で話しかけてきた。

「美味いか?それ」

「まあ、肉だし」

「それドッグフードに使われてる肉と一緒だぞ」

「戦争の犬には似合いの食事さ」

音を立ててバニラシェイクをすするカトーを横目で見ながら、改めてミートパテを口に運ぶ。

こんなものでも美味しく感じるのが悲しい。

口の中に残った油を水で流しこむ。

今日の昼食には甘味がないため、先程からカトーが飲んでいるバニラシェイクがとても魅力的に映る。

「なあ、一口くれないか」

「シェイク?まあいいよ」

差し出されたシェイクのストローを口に運ぶ。

「待った、ストローは使うな」

「何で?女みたいなこと言うなよ」

「そういう意味じゃない。病気持ってたら感染るだろ」

「持ってるわけないだ…」

2、3秒考えたあと、ストローは使わずにシェイクを飲む。

「持ってるのかよ、ばっちいな!」

「平気さ。娼館に行ったのは結構前だ。もう治ってる」

嫌そうな顔をするカトーにシェイクを返した。

そこからは無言で食事を進めた。料理の味についての感想は控える。

丁度半分ほど食べ終えた頃にノートン博士がやって来た。

「何だ、ずいぶんとしょぼくれた食事だな」

「薄給の身でね」

ノートン博士の食事は文化的であった。

鉄板の上に乗せられ、じゅうじゅうと音を立てている牛のステーキを旨そうに食べている。

ミハイルとカトーは自分たちの食事を再度眺めた。

この気分は、夕食を食べる時にテレビをつけたらグルメ番組がやっていた時の気分だ。否が応にも自らの食事と比較し、ネガティブな感情を抱いてしまう。

「俺たちの前でよく食えるな」と、カトーがぼやく。

「何だ食べたいのか。仕方ないな」

ノートン博士が指を鳴らすと、二人前のステーキを従卒たちが持ってくる。

「良いのか?」

「ああ、美味いぞ」

「マジ!?ありがとう、恩は返す」

ステーキを前にして、ミハイルとカトーはキャッキャッと子供のように喜んだ。

ミディアムレアに焼かれたステーキの上に、濃い飴色のソースがかかっている。

上等なドレスを着た美女のように、艶かしく男の欲望を刺激する。

「美味いねえ」

噛み締めるように、カトーは呟いた。

「ステーキにはワインが合う。特に二十年物が。強い酸味が口の中をさっぱりとさせて、一口一口を新鮮な気分で味わうことができる」

ノートン博士はワインを口の中で遊ばせながら、ステーキを楽しんだ。

ミハイルはステーキを噛み締め、溢れ出る肉汁を楽しんだ。口の中で肉汁とソースが絡み合い、味蕾を刺激して肉の旨味を最大限に引き出す。 

三人とも無言で食事を進める。誰もが、自らの舌を言葉を発するためではなく、食事を楽しむために使用していた。

じっくりとステーキを味わったあと、三人は食後の煙草を楽しんだ。

「そういえば、俺たちが食べるって言わなかったら残りのステーキはどうするつもりだったんだ?」

「無論、食べるとも」

「三枚も?」

「そのくらい、食えるだろう」

「食えるか?」と、カトーはミハイルに尋ねた。

「食えるだろう。美味いからな」

釈然としない顔で、カトーは煙草の灰を落とした。 


「そろそろ仕事の時間だ」

「飯を食わせて貰った分は働くか」

三人は訓練場に移動した。 

訓練場では二十人ほどの人間が忙しなく動き回り、作業を行なっていた。

舞い上がる土埃に、ノートン博士が少し嫌な顔をした。

「それで、今日は何の仕事をするんだ?」

煙草に火をつけながらミハイルが尋ねた。

「おい、灰皿を使え」

「悪い、悪い」

ノートン博士が差し出した灰皿を、ミハイルは半笑いで受け取った。

「兵器の評価試験だ。二つの兵器に模擬戦をやらせて、どっちを採用するか決める」

「ちなみに両方とも私が設計した」

自慢げにノートン博士が言った。

「俺の仕事は?機械のことは分からんぞ」

「俺は指揮官、博士は技術屋。現場で実際に使うのは、お前たち兵士だ。現場の連中の意見が欲しくて呼んだんだ」

「ふうん。ご期待に添えるか分からないが、頑張りますよ」

ミハイルはカトーのことを人間として好ましく思った。だが、自分の命を預かる上司としての評価は少し下がった。現場の意見を聞くのは大切ではあるが、それは指揮官として最良の選択ではない。

兵士にとって最良の兵器であっても、勝利するための最良の兵器にはならない。

そこにカトーという男の甘さを、ミハイルは見た。

「よろしい。では博士、頼むぞ」

「了解」

博士が部下たちに指示を出すと、訓練場の地面が割れ、二つの機械がエレベーターによって上昇してきた。

一つは農業用のトラクターのような見た目であった。

長方形の戦闘室が中央に配置され、その両側面に菱形の履帯が巻き付いている。

二輪の車輪が後部に付けられ、動物の尻尾のように支えられている。

側面の穴から迫り出した大砲が旧世代の軍艦を思わせた。

「試製()()一号。コンセプトは塹壕突破と火力支援。装備は57ミリ砲が二門に軽機が三丁、無線が一つ。動力はディーゼルエンジン。乗組員八名で運用する。本当は戦艦みたいに山ほど大砲を積むつもりだったんだが、動力不足で小型化せざるを得なかった」

そして、もう一つの機械は。

「うおおおお!!」

ミハイルは子供のように目をキラキラとさせて喜んだ。

獣の唸り声に似た力強いエンジン音が鳴り響く。

魔力とガソリン、オカルトと科学、相反する二つを人類が無理やり結婚させたことで、その怪物は現実世界に具現化した。

そこに立っていたのは鋼鉄の巨人であった。銃を持ち、鋼鉄の装甲に身を包み、機械工学と魔道工学の力によって駆動する、巨大なロボットがそこに立っていた。

一歩踏み出すごとに地が揺れ、その非現実な存在が、たしかにこの世界にあるものだと実感させる。

ミハイルは、人類の技術が確実に前に進んでいるのを嬉しく思った。

「Mechanized Giant 01 長いからMG01と呼ぶぞ。MG01、通称ヨトゥンは見ての通りの巨大ロボットだ。武装は12.7mm機関銃と37mm榴弾砲の選択式。今回は機関銃の方を持たせた。全高は4メートル弱。戦車よりも車高が高い分、視界が広いのが利点だ」

どこか自慢げにノートン博士が答えた。

「あんなでかいものを二足歩行で支えられるのか?接地面積が足りないだろう」

疑わしそうにカトーが尋ねた。

「窒素加工と特殊合金のおかげで、ヨトゥンの装甲は軽量かつ頑強だ。魔力とガソリンのツインエンジンで馬力も十分だ」

「ロボットには俺も乗れるのか?あれで戦争やったら絶対楽しいぜ」

「今は無理だな。ヨトゥンは魔術師専用だ。だが、安心しろ。通常動力だけで動く機体も今度作ってやる」

「やったー」

きゃっきゃっとミハイルは子供のように喜んだ。

それを尻目に、カトーは批判的な視線をヨトゥンに向けていた。

「よーし、模擬戦開始といこう。始めてくれ」

最初に動いたのはヨトゥンだった。かかとに収納されたローラーを展開し、滑るように戦車に向かって近づく。

「ローラーで走るなら、足いらないんじゃないか?」

カトーが至極当然の疑問を述べた。

「足が付いてた方がカッコいい」

ノートン博士が自明の理を述べた。

急速に距離を詰めるヨトゥンに対し、戦車は砲の狙いをじっくりと定めて、ヨトゥンに向かって57ミリ砲を発射した。

赤い光と白煙を生み出しながら、砲弾が空を裂く。

ヨトゥンは回避しようとするが、亜音速で迫る砲弾に対して、その動きはあまりに鈍重すぎた。

直撃。盛大に部品を撒き散らしながら、ヨトゥンの左腕が爆散する。

「おいおい、模擬戦で実弾かよ」

「コックピットは外すように命令してある」

半身を失ったヨトゥンだが、戦意は未だ失われていなかった。

戦車の装填時の隙をつき、ヨトゥンは戦車の側面に回り込んだ。

滑るように移動しながら、ヨトゥンは機銃の引き金を引いた。

発射された弾丸は戦車の横腹を確実に捉えたが、その悉くが戦車の分厚い装甲に阻まれる。

ヨトゥンが決定打を決めかねている間に、戦車の装填が完了する。

再び轟音。

砲弾が発射されるが、それは何も傷つけることなく、空気のみを破壊して進んだ。

戦車の砲は砲郭内に収納されているため、その射角は非常に狭く、ヨトゥンに攻撃を当てるためには車体ごと回転する必要があった。

だが、そんな鈍重な動きをヨトゥンは許さなかった。

戦車の回転する速度より速くヨトゥンは移動し、戦車の後部に回り込んだ。

機関銃がスコールのように弾丸を吐き出す。

戦車の後部は、前部や側面と比べれば比較的装甲は薄いが、それでもヨトゥンの機銃では貫通することができない。

攻撃を当てられない戦車に対し、攻撃を当てても効かないヨトゥン。

両者とも相手を撃破できないという点では同じだが、稼働時間の短いヨトゥンの方が長期戦では不利になる。

それに気づいてか、ヨトゥンのパイロットは賭けに出た。

機関銃を投げ捨て、戦車の後部に密着する。

ヨトゥンの残された右腕が戦車を掴み、そのままひっくり返そうと持ち上げる。

戦車も投げられまいと履帯を回転させるが、その回転は虚しく空を擦るのみであった。

それはまさしく神話の戦いであった。巨人と巨大な亀が、地を揺らし、人の理を超えた闘争を繰り広げていた。

ツインエンジンが唸りを上げ、陽炎を生じるほどの熱気がヨトゥンから発せられる。

戦車の角度が45度ほどになったところで、突如異変が起きる。

ヨトゥンの右腕に亀裂が走り、粉雪のように破片が舞い散る。

いかに特殊合金を使用しているといえども、30トンの質量を支える力はなかったようだ。

かかる負荷に耐えきれずにヨトゥンの右腕は破断し、倒れ込んできた戦車によって、その下半身を下敷きにされ破壊された。

決着が着いたのは明らかであった。

「戦車の改善点としては旋回砲塔にすることと砲を一門にすることだな。二つも要らん」

指揮官としての冷徹な目でカトーは判断した。

「ああ、ロボットには硬目標への攻撃力が足りなかったか」

「それは確かにそうだが、こいつら二機の仮想敵は歩兵だ。火力は今ので十分だろう」

「今回の結果を鑑みるに、機動力はあまり役に立たんな。戦車の方を採用しよう」

破壊されたヨトゥンのコックピットからパイロットが這い出てくるのを眺めながら、カトーは戦車の方を優れた兵器であると評価した。

それは技術者であるノートン博士も同様であった。

だが、一人馬鹿がいた。

「ちょっと待ってくれよ、あっちのロボットの方が強い。採用するならロボットだ」

ため息をつきながら、カトーは反論した。

「馬鹿を言うな。火力も装甲も戦車の方が上だ。車高が低い分、被弾面積も小さい」

「コストも戦車の方が安い。ヨトゥンの三分の一程度で作れる」

設計者として、中立の意見であった。

「あのロボットに戦車三両分の価値があると思うか?」

「思う」

男らしい断言である。 

「理由は?」

「カッコいいから」

馬鹿を見る目で、カトーはミハイルを見た。

「は?」

「カッコいいから」

二度目の断言であった。

「そんな理由で採用しろと?」

「いや、あながち間違いとも言えん。ヨトゥンの方が敵に与える威圧感は大きい。また、兵士の士気も、ヨトゥンの方が高くなる。兵士の士気が高くて困ることはあるまい」

苦しい言い訳であったが、一応は反論であった。技術者として、戦車の方が優秀であることをノートン博士は理解していたが、彼の中の男の子の部分は納得していなかった。

巨大ロボットに乗りたいという夢は、男の子共通の夢である。

「お前までそんなことを言い出すのか」

呆れたように、カトーは呟いた。

「ロボットの方が戦車より強いって証明すればいいんだろ?ちょっと、これ持っててくれ」

ミハイルは灰皿を預けると、腕をぶんぶんと回しながら戦車に向かって近づいていった。

「何をするつもりだ、あいつは?」

「さあ?」

戦車の乗組員が脱出しているのを確認したあと、ミハイルは拳を構えた。

「ふんっ」

57ミリ砲の発射音よりも、さらに大きい破壊音が訓練場に響き渡った。

人体の拳という柔らかく、液体を多く含む、武器と呼ぶにはあまりにもお粗末な代物によって、現代兵器の象徴たる戦車は容易く破壊された。

「俺は戦車より強い。俺は人間だ。ということは、人間を模したロボットは戦車より強い。だから、ロボットを量産しろ」

右腕から血をポタポタと垂らしながら、ミハイルは言語を用いることなく、自らの正しさを証明した。

「そんな理屈が通るか」

そう言いながらもカトーは嬉しそうだった。

「仕方ない、仕方ないな。理論上では、戦車の方が優秀であろうが、現場の兵士がロボットの方が言っているのだからな。ロボットの方を採用するしかないな」

カトーは自らの男の子的欲求を優先させた。

「そうだ、仕方ない」

「仕方ないな」

悪童三人が楽しそうに笑った。


「で、今日の仕事はこれだけか?」

「いや、まだある」

カトーは部下に命じて、一丁の銃を持ってこさせた。

「撃ってみろ」

「魔術師じゃないから、銃は使えないぞ」

「大丈夫だから、撃ってみろ」

疑問符を浮かべながら、ミハイルは素直に銃を構えた。そのまま撃つと人に当たるので、礼砲のように空に向かって引き金を引く。

ミシンのような音を立てながら、その銃は天に向かい弾を吐き出した。

「おお、すごい撃てたぞ」

「新式の火薬を使ってる。魔術師じゃない奴でも使える」

魔術師以外でも使える火薬として、黒色火薬があるが、これは威力が大きすぎ、煙が出るという理由から機関銃用の火薬としては採用されなかった。

黒色火薬と比較すると、この銃に使われている火薬は反動も小さく扱い安かった。

「使い心地はどうだ?」

「悪くない、素人でも一週間も教えてやれば使えるようになるんじゃないか」

「こいつは採用してもよさそうだな」

「当たり前だ、私が作ったんだ」

嬉しそうにノートン博士が笑った。

「あとは?何か仕事ある?」

「いや、俺からは特にない」

「私から、少しだけいいか?ちょっと腰を屈めてくれ」

「こうか?」

ミハイルは馬跳びのような姿勢をとった。

「そのままじっとしてくれ」

ノートン博士は手に持っていた灰皿で、ミハイルの後頭部を思いきり殴りつけた。

「ぶべっ」

気の抜けた悲鳴を上げながら、ミハイルは気絶した。

「ええ、何やってんの、お前?」

カトーは引いた様子でノートン博士に尋ねた。

「いや、こいつは殺しても死なないだろう。だから、気絶するかどうか試してみたんだが、気絶はするようだな」

カトーは真面目な顔に戻った。

「無力化する手段、ということか」

「友人相手に謀り事はしたくないが、暴走した時に止める手段は考えておく必要がある」

「毒はどうだ?」

「前に飲み物に盛ってみたが無駄だった。動けなくするなら、ガロン単位の量が必要だろうな」

カトーは寂しそうに笑った。

「ろくな死に方はしないな、俺たちは」

「フッ、そんなことはとっくに知っていただろう」

唸り声を上げながら、ミハイルが目を覚ました。

「むう、何だ、頭が痛い」

「煙草でも吸って目を覚ませ」

ミハイルは立ち上がりながら、ノートン博士に差し出された灰皿を受け取った。

「ありがとう。うわっ、何だこれ血が付いてる」

「さて、今日の仕事はこれで終わりだ。ああ…それと、」

なんてことはない風に、カトーは言った。

「ポーレッド公国と戦争することになったぞ」

なんてことはない風に、二人は答えた。

「そりゃ楽しみだ」

「違いない」

戦鬼たちは、次なる戦への準備を行う。

終わらせることが出来なかった、戦争を弔うために。



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