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笑う死人の行進

ええええ


古来から軍隊とは基本的に落ち着きとは無縁ではあるが、それを加味しても王国陸軍の前線司令部は騒がしさに支配されていた。

伝令が走り回り、通信兵がよくわからない数字を大声で叫ぶ。

その中でカトー・ヴァンガード大佐は彼の上官であるヘイグ元帥に報告を行っていた。

「中央陣地が攻撃を受け、防衛部隊が迎撃していますが占領は時間の問題でしょう」

「フム…、撤退命令を。これ以上の犠牲は無駄だ」

「了解しました」

カトーはこの時すでに独断で撤退命令を下していたが、素直に報告すると処罰されるので黙っていた。

この混乱では撤退命令が伝わるまでに時間がかかるので、独断先行したことはバレはしまいと高を括っていた。

中央陣地が攻撃されることは、司令部の誰もが予想しないことだった。

敵軍の砲撃は左翼に集中していたし、攻撃がここまで迅速に行われたことは今までなかったからだ。

幕僚の一人がヘイグに進言した。

「閣下、一度防衛線を下げるのが上策かと」

「私もそう思う。反対の者は?」

彼の幕僚の中に反対の声をあげる者はいなかった。

「閣下」

カトー一人を除いては。

「言ってみたまえ大佐」

「引くのではなく攻撃すべきです。今ならば、中央陣地に保管してある火薬を爆破して敵軍を殲滅できます」

中央陣地には敵軍の陣地を吹き飛ばすための火薬が用意されていた。そのうちのいくつかは今すぐに使えるようになっている。

「その案にはあまり賛成できないな。第一、どうやって火薬を爆破するのだ。それに、まだ友軍が残っている」

「火薬は遠隔で爆破可能にしてありますので、決死隊を送り込まなくて済みます。友軍に関しては諸共吹き飛ばします」

ざわめきが幕僚団の間を駆け巡った。

「それは…、あまり良い手とは言えんだろう。国王陛下からお預かりした兵を無駄に殺すわけにはいかん」

ヘイグはまだ若いな、と苦笑した。堅実な勝利よりも、劇的な大勝利を好むのは若さだろうな。だが、今は大胆な行動をするべき時ではない。あともう少し経験を積めば、塩梅も分かるのだろうが。

「閣下、敵はわずか一時間たらずで我々の陣地をほとんど占領しました。敵の損害は少なく、我々の被害は甚大です」

「ああ、悲しいことだ」

「ならば、敵軍は続けて作戦行動を取ることが可能なはずです」

「つまり、敵軍は攻撃を継続すると?」

ヘイグは否定することはできなかった。敵軍は弾薬を消耗してはいるが、兵士の損耗は少ない。未だ整っていない我々の防衛線を突破し、司令部に直接攻撃を仕掛けることは可能であると思われた。

「いや、不可能だろう。敵軍も消耗しているのだ。無駄に攻撃はすまい」

すでに勝利が得られているのに、リスクを負ってまで新たな戦果を求めることはあるまい、とヘイグは自分の基準で考えた。

「しかし、今攻撃しなければ…」

「話は終わりだ、大佐。各部隊に連絡を。撤退を開始する」


カトーは一足先に司令部を出て、伝令に指示を出していた。

生意気なガキだろうな、と自覚はしている。

自分の半分ほどの年の若造が物知り顔で作戦にケチをつけてきたら好感は持たないだろう。

まあ、だからといって自分の意見を変えることはないのだが。

「魔術兵は通信で連絡を頼む。防衛線を下げるぞ」


歴史を学んでいると、全てのことが必然であるかのような錯覚を覚える。

これは、歴史を学ぶ立場の我々が多くの情報を認識し、またその情報が何の意味を持つか理解することが出来るからだ。

加えて、歴史を動かすものの多くが自分の行動を理解し、それが導く結果を予測している。

だが、それでも。偶然というものはあるのだ。英雄であっても予想できないことはあるのだ。

カトーは最初何が起こったのか分からなかった。

猛烈な力が背中に向かって叩きつけられた。

時間にして、十分ほど。カトーの意識は、彼の元から飛び立った。

彼としては二十時間ぶりの休息だった。

しかし、焦げ臭い匂いが彼の意識を無理やり覚醒させる。

「大佐!ご無事ですか!」

痛む身体を起こして、声の主を探す。

目の前に立つ青年士官に手を貸してもらいながら、両足に力を込める。

「ああ、ありがとう。元帥はご無事か?」

「残念ながら…。我々はどうすれば」

「そうか、では生き残った中で最高階級の方の指示を仰げ」

「ええ、ですから大佐にお伺いしています」

「え?死んだの?全員?」

カトーは素に戻って、馬鹿みたいな聞き方をした。

司令部のあった場所を見ると瓦礫と、その隙間から覗く手足が見えた。

帝国軍が長距離砲でも作ったのか?

「はい。全滅です」

いや、違うか。仮に、この距離を攻撃出来る火砲を帝国軍が開発したというなら、もっと早くに撃った筈だ。司令部が全滅して混乱している間に攻撃を加えた方が効果が高まるはずだ。

偶然。運命。そんな言葉がカトーの中に浮かんだ。

だが、そんな状況の中で彼を支配した感情は喜びだった。

「フハハハハ!神様なんてものは信じちゃあいなかったが、いいぜ信じてやるよ」

前線司令部は全滅。この戦場にいる全王国軍の指揮権は一人の大佐のものとなった。

「全部隊に連絡を。これより指揮は私が取る」

かくして、英雄は誕生する。



「ふむ、当たるものだなぁ」

シーザーは呑気な声で感想を述べた。

敵司令部の砲撃が指揮官の全滅という結果を引き起こしても、彼の感想はその程度だった。

帝国軍の最大射程内に敵司令部は入っていなかった。砲兵畑の人間でないシーザーには分からないことだったが、この結果は奇跡としか言いようがなかった。

偶々、風向きが敵司令部に向いていた。

偶々、砲弾の火薬量が多かった。

偶々、コリオリ力が上手く働いた。

数え切れないほどの偶然が働き、この事例は後々砲兵学校の教本に載るのだが、シーザーは余り興味なさそうだった。

元々ただの嫌がらせだ。当たればラッキー、シーザーの認識はその程度だった。

シーザーの興味を引いたのはその後の報告だった。

「自らの陣地ごと爆破か。どう思うスコルツェニー」

「何も考えずに爆破したなら只の阿呆でしょうが、我々の作戦を理解してそうしたのなら、まあ脅威でしょうな」

敵陣地の突破後、そのまま敵司令部へ攻撃を仕掛けるつもりであったスコルツェニーは見事に目論見を打ち砕かれた。

負傷者を回収し、撤退を開始したスコルツェニーはそのままの足で彼の上官へ報告に向かい、現在に至る。

「まあいい。俺の突撃歩兵はどうだった?強いだろう」

シーザーは少年のような言い方で尋ねた。

「ええ。実に精強ですな。ただ…あの鎧は必要ですか?」

「白兵戦で便利だと思ったが、不要だったか?」

「進軍速度が下がるのが問題ですな。それと弾薬の携帯量が少なくなる」

「フム….、高かったんだがなぁ。まあいい、対処しておく」

直接出向くわけにはいかない立場のシーザーにとって、前線の人間の意見は貴重だった。

下手な気を使わずに、不満点を言うスコルツェニーに彼は好感を持った。

「つまらん時代になったものだ。俺のような指揮官は後方にいなきゃならん」

「勘弁してください。捕虜にでもなったら、私の首が飛びます」

「フハハ、だがな時代は変わるぞ」

「それはどういった理由で」

シーザーは時代が変わるのを確信していた。心地よい高揚感。次に起こる戦はもっと悲惨になるだろう。

今回の成功は相手が我々の武器を知らなかったからだ。だが、次は相手も対策をしてくる。

それはそれでいい。シーザーは不利な状況であっても、自分の能力なら覆せるだろうという自信があった。

「ただの勘さ」

彼は次の戦いへ期待を込めながら、そう嘯いた。



戦争は音を奪う。

略奪された村からは一切の音が消え去り、ただ肉の腐ったような嫌な臭いだけが残っていた。


戦場から逃げ出した我々は、五キロほど離れた村を訪れていた。

軍に戻ればおそらく、敵前逃亡で銃殺刑だろう。だが我々の誰もが軍人以外の生き方を知らない。

とりあえず、キースの提案で近くにあった村から必要な物資を拝借することにした。

これからどうしたものか。

「何もないぞ、隊長」

キースが箪笥の残骸らしきものを蹴飛ばしながら、そう呟いた。

我々が来る前に略奪を受けたらしい村には、パンの一欠片すらなく、腐りかけの人間の死体しかなかった。

「ああっ、クソ!どうするのだ!貴様が逃げ出そうなど言うからだ!」

本当にどうしようか。少尉を宥めながら、これからのことを思い憂鬱になる。

山賊でもしてみようか。悪くない考えだ。武器を持った人間を相手にせずに済む。

いっそのこと、何食わぬ顔で軍に戻ってもばれないのではないか。あの混乱では誰が死んだのか一々確認してはいないだろう。

死体ばっかり見ていると気が滅入る。ろくでもない考えしか思いつかない。


ふと気配を感じて視線を巡らす。猪の一匹でもいれば当面の食料になると思ってのことだったが、そこにいたのは肉よりもよほど良いものだった。

天蓋を透過する光のような優しく、だが確かな存在感を持った黄金色の髪をした女が、崩れかけた家を背にして座っていた。

全身をすっぽりと覆うローブは、女の顔を見ることを不可能にしているが、おそらく美人だろう。髪の美しい女は顔も美しいのだ。

生まれて初めて、神とやらに感謝をした。

やはり、幸せと不幸の総量は決まっているのだ。さっきまで酷い目にあった分、今はこんな素晴らしいものにありつける。

ありがとう、神さま。

「……ぁ」

女の喉で言葉になる前の、無意味な音の集合体が紡がれる。それが意味する感情は恐怖だろうか。

やや低めの声は、欲望を奮い立たせるのに十分すぎるほど魅力的だった。

「うおっ!女じゃねえか、ラッキー」

キースが下品なことを言いながら、女に近づいていく。

こういうのは雰囲気が大事なのだ。そんな馬鹿丸出しの行動をしたら、俺が萎える。

こちらは悪党として、相手ができるだけ恐怖するような行動をする。相手はそれを見て、足を震わせながら命乞いを始める。

それを聞いたら、助けて欲しかったら分かってるな、という風に始めるのが最適なのだ。

ただ欲望のままに行動するのでは美しくない。

ある種の様式美を求めながら、凌辱する。それがいい。

「民間人への暴行は条約違反だが…」

「相手が武器を持ってたとか、適当な理由をつければいいさ。最悪殺して燃やせば証拠は残らない」

「それもそうか。まあ、兵士に休息は必要だからな」

下品な笑みだ。少尉が笑っているのを見てそう思ったが、俺も同じ顔をしているのだろう。

そうだ、仕方ないのだ。俺たちも本当はこんなことはやりたくない。戦場という極限状態のせいで我々は獣になってしまうのだ、とでも言い訳をしておこう。

「お嬢ちゃん、迷子かぁ?それは良くない、悪い奴に襲われち…」

キースの言葉が不自然に途切れた。

首をめぐらして、キースの方に向ける。

以外と血って出るんだなぁ、宙を舞うキースの首を眺めながら、そう思った。

ぐちゃりと音を立てながら、キースの首にかかる重力が地面からの反作用を受ける。

キースの首が本来あった場所には、鈍い銀色の輝きが煌めいていた。

女の細腕で持つには少々重そうなロングソード、返り血でローブを真っ赤に染めた女は、その一振りでキースを絶命せしめたのであった。

ニヤリ、と女が笑ったのを感じた。その笑みは先ほどまでの狩られる者の顔ではなく、獲物を屠る捕食者の笑みだった。

軍人としての思考に切り替える。生きて捕らえることは考えず、殺す。

「それ以上近づくんじゃない!!」

少尉が短機関銃を構える。弾は無いが脅しとしては十分使える、そう思っての行動なのだろうが逆効果だった。脅威が発生した場合、それが自分に向けられないようにするのは弱者の考えで、それを排除しようとするのが戦士の考えだ。

「躱せ、少尉!!」

閃光が二本輝いた。一本は少尉に、もう一本は俺に向かって飛んできた。

躱すことは不可能と判断。左腕を犠牲にする。

銀色の輝きが腕の中に吸い込まれ、鮮血がその光を鈍らせる。死ぬほど痛いが、まあいいさ。元から折れていた。

少尉の首元からは、赤いものが噴水のように吹き出していた。少尉は驚いたような顔でこちらを見て、二、三度目を瞬かせると、そのまま前のめりに倒れた。


女との距離は五メートルほど。攻撃するには遠く、逃げるには短い。

どうする。時間の経過はこちらにとって不利だ。左腕から流れる血が、時間があまり残っていないことを警告してくる。

おそらく、剣の技量は相手の方が上だ。三回も打ち合えばこちらの首が空を舞うだろう。

どうすれば生き残れる。


いや、駄目だな。生き残ることを考えてしまった。

俺は死ぬ。どう足掻こうとも確実に死ぬ。

逃げても死ぬし、戦っても死ぬ。

俺ができるのは、どう死ぬか選ぶことだけだ。

ならば、道連れは多い方がいい。

重くなった体を、右足の力で前方に射出する。

敵の投げナイフが何本か胴体に突き刺さるが無視する。即死しなければそれでいい。

剣を引き抜き、それを腰だめに構える。鉄砲玉スタイルだ。技術に関係なしに、相手を確実に殺せる。

敵との距離は一メートル。相手がロングソードを構えるがもう遅い。俺の首を刎ねても、胴体は確実にその仕事を果たす。後には、馬鹿の死体が二つ転がるだけだ。

相手が剣を振り下ろす。それは半円を描きながら、俺の目の前に向かってくる。ああ、死ぬな。

だが、俺の意識はまだ消えていなかった。

相手の一撃は、俺の持っていた剣に向かって振り下ろされた。右腕を強烈な衝撃が襲い、カラン、という間抜けた音が響いた。

俺にとっては命を賭けるに値する戦いだった。だが、相手にとってはそうではなかった。

ただそれだけのことなのだ。

「ずるいじゃないか」

「悪いな」

女の放った四音節は実に美しかった。

喉から溢れ出る熱いものを意識しながら、俺の意識は暗闇に閉ざされた。












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