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白兵戦

いいいい

二、三日村に滞在したあと、我々は次の任務地に向かって出発した。

目的地の西部戦線では、帝国軍が鉄条網と機関銃で我々を歓迎しようと待っている。

王国と帝国の衝突は何度も繰り返されてきたが、ここまで大規模な戦争は、王国建国以来初めてのことだった。



我らが祖国、 返り血と栄光によって彩られたグランデン王国は、二百年前にはローム帝国の数ある植民地の一つに過ぎなかった。

その辺境植民地が、嘗ての主人と対等に渡り合えるほどの強国に変わったのはグランデン伯オルソンの反乱が、帝国北部で起きてからである。

後にグランデン国王となる、オルソンの帝国への反乱は、発生当初はそこまで深刻なものだと考えられていなかった。

所詮は田舎領主、三日もあれば鎮圧されるだろうと。

帝国の貴族たちが、自分たちの考えが間違っていたと気づいたのは、華々しく出発した帝国軍五万がオルソン軍二万に敗れて帰って来たときである。

帝国は、その後も遠征軍を何回か送った。

第二次遠征軍、敗退。

第三次遠征軍、敗退。

第四次遠征軍、敗退。

第五次遠征軍に至っては、そのまま王国軍に寝返ってしまった。

第七次まで続いた遠征軍を退けたオルソン王は後にこんなことを語ったという。

「あと三回もやられたら、負けていたかもしれんなぁ。百万の敵を倒すことはできても、五十万の捕虜に飯を食わす方法は知らん」

オルソン王の死後、彼の息子オルステッドが跡を継いだが、彼は良くも悪くも凡庸だった。

彼はほとんどの分野において父親よりも優れていたが、軍事的な才能においては父親に遥かに及ばなかった。

これは、オルステッド王が内政や外交といった分野に優れていたというより、オルソン王が戦争以外の才能は並以下だったということだろう。

しかし、オルステッド王の治世において、臣下による反乱が起きることはなかった。

先王からの忠臣、ヨーク候は手記でこう評している。

「国家の守護者としてはオルソン王の方が優れていた。だが、どちらの部下になるかと言われたら、私はオルステッド王を選ぶよ。怪物を主君にするのは、一度だけで結構だ」

小麦とワインの時代と呼ばれたオルステッド王の統治は、王国に平和と安定をもたらした。

しかし、安定した時代に人々は満足しなかった。

より発展を、より前進を。

そのような時代において、第三代グランデン王ベオウルフが生まれたのは必然だったのだろう。

三代目の例外、石炭と硫黄の怪物、機械仕掛けの国王、天を焼く炎、時を進めた男、規定者、知恵の悪魔と契約した者、止まらぬ矢。

後世の歴史家や権力者は、様々な枕詞をつけて、かの王を呼んだ。

弱冠十六歳にして王位を継承したベオウルフは、異常なほどの改革を行った。

メートルやリットルといった単位の制定、蒸気機関の発明、医者と薬剤師の分離、王国の強固な中央集権化、魔導火薬の開発及び量産、竜騎兵の育成、魔導士官学校の設立。

現代社会の必要とするもののほとんどが、ベオウルフ王によって作り上げられた。

時代に見合わないほどの改革によって、王国の国力は飛躍的に上昇した。

その武力を背景に、ベオウルフはアフリゴ大陸や小エイジアといった地域に侵攻し、多数の植民地を獲得した。

植民地から届く豊富な資源と、高い工業力が生み出す高品質な製品によって王国の経済は潤っていった。

この時代の王国は間違いなく世界最強の国家だったが、ベオウルフ王がローム帝国やフレンシア王国といった列強国と矛を交えることはなかった。

それどころか王国が圧倒的に優越していた科学技術、それも造船技術や鉄鋼技術といった軍用技術を列強に売り渡した。

その値段は決して安いものではなかったが。

国内の熱狂的な愛国者からは売国奴と批判されていたが、ベオウルフ王は皮肉げな笑みを浮かべて、こう答えていた。

十年もあればローム帝国は滅ぼすことができる。

だが、五年あれば連中は我々と同じ武器を作ることができる。

そして、八年後には他の国々も我々と同じ技術を手にするだろう。

売るならば今だ。今が一番高く売れる。

為政者としても、軍司令官としても優秀であったベオウルフ王だが、唯一の欠点は女性関係のだらしなさであった。

ベオウルフ王の背中に痣があることは、王都の女性ならば誰もが知っていることだった。

しかし、ベオウルフ王の後の時代の王国は、繁栄ではなく現状維持を選んだ。

ベオウルフ王の残した遺産は莫大なものだった。莫大すぎたのだ。

侵略や改革を必要とせずとも、潤っていく王国。

快楽主義と刹那主義に支配され、政治に無関心になっていく国民。

論争や衝突をせず、予定調和で運営されていく議会。

流れを失った水が濁るように、王国は停滞してしまった。

その停滞を打ち破ったのは改革者でも民衆でもなく、全くの偶然だった。

発端は王国から遠く離れた極東で起こった、ルーシア帝国とヤマト皇国の戦争だった。

王国は当初この戦争を静観するつもりだった。

極東には二個師団と一個艦隊が駐留していたが、待機命令が下されていた。

王国の目論見を崩したのは、一隻の巡洋艦だった。

巡洋艦モルドレッドは公海を航行中に原因不明のエンジントラブルに陥った。

当時のルーシア帝国と王国は停戦協定を結んでいたので、モルドレッドの艦長は近くのルーシア帝国の港に助けを求めた。

ルーシア帝国はそれを快諾し、付近の補給部隊にモルドレッドを助けるように命じた。

事件はここで起こった。

ルーシア帝国の駆逐艦ソレイユとムーロメツは偵察命令を受けて航行していた。

両艦は補給艦イリヤーと、それに近づく巡洋艦モルドレッドを発見した。

不幸なことに、ソレイユとムーロメツはイリヤーに補給命令が下されていたのを知らなかった。

ここで両艦が司令部に報告していれば、五千万人の命が救われていたのだが、焦った両艦は司令部の命令を待たずにモルドレッドに攻撃を加えた。

高度に機械化された現代の戦争が、人間の勘違いにより始まったのは皮肉と言える。

巡洋艦を沈められた王国はルーシア帝国に宣戦布告を行った。

ルーシア帝国はローム帝国と同盟を結んでいたので、ローム帝国は王国とヤマト皇国に対して宣戦布告した。

ここで終わっていたら、四カ国の問題で終わったのだが、戦いの女神は人類にさらなる流血を望んだ。

王国と同盟を結んでいたフレンシア王国が宣戦布告。

ローム帝国と同盟を結んでいたリーデリッヒ公国が宣戦布告。

さらに、リーデリッヒ公国と同盟を結んでいた…、という風に戦いが連鎖していった。

極東で起きた小さな種火は、世界中を焼き尽くす業火となった。



そして現在、西部戦線はメシヌにおいて、その炎は俺の体を焼こうとしている。

死神たちが終末のラッパを吹く。できの悪いマーチを背に、兵士たちが戦場を往く。ここは地獄の一丁目。希望と正義を嘲笑い、暴力と欲望が支配する、鋼鉄たちの夢が終わる場所。

「まーた日記か?」

グレンが手元を覗き込みながら話しかけてくる。

「いいだろ、別に」

「毎日、毎日よく飽きないもんだ」

「戦争が終わったら、本にして一山当てるのさ」

「そいつはご機嫌なことで」

前線に到着した俺たちはそのまま敵の陣地に突撃、などと野蛮なことはせずに、命令を受けるまで待機していた。。

目の前の尾根には帝国軍の要塞が広がっている。

こちらを見下ろしている大要塞は、数々の重火器で武装され、通るもの全てを拒んでいる。

「この隊の責任者は?」

声のした方に振り向くと、楽器や筆が似合うような優男が立っていた。階級章を見るに、階級は大佐だろう。二十そこそこ、俺と同じくらいの歳で大したものだ。

「私ですが…」

「そうか、少尉。君たちの小隊には地下道を掘ってもらいたい。他の小隊にも同じ命令を出している」

「穴掘りですか」

「トーチカに突撃しろと言われるよりはマシだろう?」

冗談めかして大佐が笑う。

「極東のときのような真似は二度とごめんですな」

あのときの戦争は最悪だった。機関銃と臼砲を装備した陣地に、剣一本で突撃した。生きていたのが不思議なくらいだ。

「ほう、懐かしいな。どこの部隊にいた?第八大隊か?」

「いいえ。第五大隊であります、閣下」

「よく生き残ったな。損耗率は三割くらいだったか」

我が軍の規定では全滅と同義だ。

「おっと、昔話が過ぎてしまったな。装備品は補給部隊から受け取ってくれ。それと、一人魔術師をつける」

「感謝します、閣下」

「では、幸運を祈るよ」


到着した補充要員は神経質そうな、眼鏡をかけた優男だった。

「ウィンチェスター少尉だな。コーデット少尉だ、よろしく頼む」

「ああ、よろしく少尉」

少尉を加えた我々六人は、地下道の掘進を開始した。

補給部隊から受け取ったスコップで、地下道を掘り進めていくとキースが話しかけてきた。

「なあ、隊長」

吐息と汗で熱気のこもった地下道内に、キースの声が意外なほど大きく響いた。

「なんだい、キース君」

「なんで、俺たちはこんなところで穴掘りしてるんだ。戦いに来たんじゃなかったのか?」

「俺に聞くな。上の連中に聞いてくれ」

キースには素気無く返したが、何の疑問もないと言ったら嘘になる。

本来この手の仕事は工兵に任せるものだ。ただの人間が手で掘るよりも、魔術師が土魔法を使った方が効率がいい。

工兵の数が足りないにしても、前線に回す戦力を抽出してまで穴掘りをさせる意図が分からない。

加えて、野戦築城の基本は浅く広くだ。土竜のように十メートルも掘る必要はない。

「あんたは知らないのか、少尉さん」

キースがコーデット少尉にもしつこく聞いている。

「作戦情報について詳しくは知らない」

ただ…、とコーデット少尉が続ける。

「上層部にはダイナマイトを支給されている」

「ダイナマイト?連中の砦を吹っ飛ばすつもりか?」

キースが尋ねる。

「個人的には肯定したいが、上の連中が何を考えているかは知らんよ」

不可能ではない。十分な量の火薬と魔術師を動員すれば、要塞を吹き飛ばすほどの威力を生み出すのは不可能ではない。年単位の時間がかかるが。

だが、それほどのリソースを割く価値があるかといえば、肯定するのは難しいだろう。

王国軍の人員において、魔術師が占める割合は六割ほどだ。帝国軍では五割ほどではあるが、運用思想や輸送技術の違いにより、前線の魔術師の数は帝国軍の方が優越している。

ただでさえ少ない魔術師を、たかだか一万人を殺すためだけに使用するのは得策とは言えない。

「連合軍の指揮官は?フレンシアの奴らか?」

連合軍の主な構成国は、グランデン王国、フレンシア王国、ヤマト皇国の三国だ。

それに対抗する形で、ローム帝国はルーシア帝国とリーデッリヒ公国の三国で同盟軍を組織した。

しかし、ルーシア帝国は内戦が起こったせいで大戦から離脱。リーデッリヒ公国は革命により、国家自体が消滅した。

現在の同盟軍は実質的に帝国のワンマンチームと化している。

「ヘイグ元帥だ」

「クソッタレのヘイグか?上の連中はまた殺す気か?大人しく飯炊きでもやらせておけばいいんだ」

半年前に行われた会戦において、僅か半キロメートルを前進するのに万単位の死者を出すという偉業を成し遂げたヘイグは、前線の兵士から肉屋という蔑称をつけられた。

「ヘイグがコックか?笑えねえ」

キースが茶化す。

「肉なら、新鮮なのが山ほど手に入る。しかもタダで」

王国軍の糧食はマズい。非常にマズい。王国軍では糧食として、干し肉と乾パン、それと少々の野菜が支給されている。いや、この表現は適切ではない。より正確には、牛の死体のミイラと水分を排除した小麦の塊、野菜の切りくずが支給されている。


軽口を叩きながら作業を進めていく。スコップで土を掘るという簡単な作業だが、これが非常に疲れる。

交代しながら掘り進めているが、狭いトンネルの中では疲れが完全に取れることはない。

エリフの爺さんが辛そうだ。年寄りには辛いだろう。他の三人にも疲労の色が見え始めている。唯一疲れていないのは、体を動かしていないコーデット少尉だが、トンネルの固定化に魔術を使っているので作業させるわけにはいかない。

二時間ほど掘り進めていると、土を掘る手応えに変化があった。

コーデット少尉を呼んで調べさせる。

「魔術硬化されているな。帝国の連中だろう」

コーデット少尉が土を触りながら答える。

おそらく、我々の掘ったトンネルと帝国軍のトンネルが丁字に交差しているのだろう。

「スコップじゃあ無理そうだな。爆破できるか?」

「可能だが…少し時間がいるな」

このまま爆破したら我々も吹き飛ぶ。爆風の逃げ道を作らなければ。

「おいおい待ってくれ。壁を吹き飛ばしたら敵がいた、なんてのはごめんだぜ」

キースが横から口を挟む。

「フム…本部に指示を仰いだ方が良さそうだな。頼めるか、少尉」

「それが仕事だ」

少尉が背中に背負った無線機を地面に置いて操作する。最近の魔導技術の発展は著しい。

五十年ほど前、ベオウルフ王の時代に始まった魔導学は比較的新しい学問だ。ベオウルフ王が起こした魔導革命によって、各国で魔導技術の研究が盛んになった。機関銃や無線機といった軍事技術も、魔導学の研究により生まれた。しかし、それらの技術が今のように使われるのは、しばらくの時間を必要とした。

機関銃は四十年前にはすでに実用化されていた。しかし、それが戦争に使われ始めたのはここ十年のことだ。初期の機関銃は故障が多かった。各国はそれを理由として機関銃を不採用としていたが、本当の理由は別にあった。

無論、各国は機関銃の有用性については把握していた。植民地での紛争では使用していたからだ。機関銃を使わなかった一番の理由は我々が怖気付いたからだ。

我々は本当にこんなものを人間に撃っていいのか。これを使えば戦争ではなく、ただの殺し合いになるのではないか。

相手がこれを我々に撃ってきたら、我々は戦えるのか。

恐怖。恐怖が我々には引き金を引くことを躊躇わせた。

「ウィンチェスター少尉、準備が整った。本部に繋がったぞ」

コーデット少尉の声で、思考の渦から引きずり出される。

「ああ、助かった少尉」

少尉に渡された受話器を受け取る。どうにも電話は緊張していけない。

「HQこちら第三小隊。敵軍の坑道を発見。至急判断を…」

それは突然だった。先に来たのは音だった。聞き慣れた、だが聞きたくない爆発音。その後に衝撃。

背中から地面に叩きつけられ、肺の中の空気が呻きとなって絞り出される。我々の爆薬ではない。爆発は壁の方から来た。

幸いなことに爆発はそこまで大きくなかった。壁の向こうで爆破したから、威力が減衰したのだろう。

受話器の向こうから響く声がやけにうるさく聞こえる。クソッタレ。なんだ、何が起きた。

白煙の向こうから帝国軍の制服が現れた。敵兵は我々の存在を予想していなかったようだ。剣を抜いてすらいない。

先に動くことができたのは我々だった。

「敵だ!!殺せ!!」

こういう時は単純な命令の方がいい。

スコップで敵兵の頭を力任せに殴りつけ、倒れた敵兵の首にスコップを突き立てる。意外なほど素早く動くことができた自分に驚いた。

カエルのような声を出しながら絶命する敵兵を横目に、次の敵兵に飛びかかるが、視界いっぱいに迫ってきた拳に止められる。鼻に衝撃。口元に熱い感覚が広がっていく。土埃と血で汚れた床に望まぬキスをさせられるが、相手の足に組みついて同じ目に合わせる。

銃や手榴弾といった近代的な武装をしている我々が、こんな原始的な殺し合いをしていることをバカバカしく思った。こちらを殺そうとしている帝国兵の必死な表情がひどく滑稽に映る。

敵兵の抜いた無骨なナイフが眼前に迫ってくる。左手で腕を抑えて、右手で敵の眼球に指をつき入れる。グチュリという音と共に、親指に不快な感覚が伝わる。敵兵の絶叫が耳朶を打った。苦しむ敵兵からナイフを奪い、制服の隙間から見える喉をナイフで切り裂く。血しぶきと共に、鉄臭さが鼻をついた。

だらん、と力の抜けた敵兵を押しのけて立ち上がると、脇腹を衝撃が襲った。振り返るとスコップを持った敵兵が目に入った。

痛いが致命傷ではない。まだ体は動く。

倒れかかるように、敵兵に突進。そのまま押し倒し、馬乗りになる。顎に衝撃。脳が揺られ、敵兵に上に乗られる。

敵兵は腰からナイフを抜くと、こちらの心臓に向かってそれを振り下ろした。両手で抑えるが、脇腹の痛みで力が入らない。じりじりとナイフが迫る。左胸に痛みが走る。皮膚から筋肉へ、異物が侵入する不快感と痛みを体が訴えている。戦場には似つかわしくない悠長な殺し方。少しずつ死が近づいてくる。このまま手を離してしまいたい欲求に駆られる。痛い。一瞬で死ねるなら、どれだけ楽だろうか。

瞬間、パン、という乾いた音が響いた。敵兵の頭がトマトのように吹き飛ばされ、血と脳漿の混合物が顔面に降り注いだ。口の中に入った肉塊を吐き出しながら立ち上がると、散弾銃(トレンチガン)を持ったコーデット少尉が近づいてきた。

「無事か?」

「卑怯な得物だな」

「大丈夫そうだな」

俺が格闘している間に敵兵を殲滅し終えたようだった。

「全員無事か?」

「テッド二等兵が…」

テッドには運がなかったらしい。爆発で吹き飛んだ小石が降り注ぎ、体から血を流している

「痛い、痛いよ母さん…。死にたくない、死にたくないよぉ…」

「人間がそのくらいでくたばるかよ」

幸いなことに、傷はそこまで深くはないようだった。だが、治療をしなければ危険な状態であることには違いない。

「少尉!メディックに連絡を頼む。一度撤退するぞ」

我々は撤退を開始した。















   

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