古き良き
「楽しいか?こんな戦争」
ミハイルは吐き捨てた。
「楽しくはないなあ」
カトーがそれに答えた。
勝利者である王国軍は満足感よりも戸惑いを感じた。
機関銃が騎馬に有効であることは分かっていたが、ここまで一方的な戦いになるとは誰も理解していなかった。
「まあ、勝利は勝利だ。兵士は楽しく勝つよりも安全に勝つ方を好むのさ。楽しく殺すのが一番大事なのは、俺たちみたいな馬鹿だけだ」
「楽しくもないのに殺す方が馬鹿じゃないのか?」
ミハイルの問いに答える者はいなかった。
彼の意見を肯定する者たちは、すでに骸と化して、その意思を証明していた。
弔うように、涼やかなる風が草原に吹いた。
公国の主ルドヴィクは驚愕し、恐怖した。
未知なる兵器に。新しいテクノロジーが齎した新しい戦争に。
だが、それ以上に自らの無能を呪った。
若い命を、あのような形で無駄に散らせてしまった。
油断した、などと甘い言い訳を、ルドヴィクは許さなかった。
これは、自分の能力の無さが招いた悲劇なのだ。
ルドヴィクは苦い思いを胸にしかと刻みこんだ。
「一度引くぞ。体勢を立て直す」
ルドヴィクは部下に指示を出した。
失った戦力は大きいが、それでも一万人以上の戦力が残存していた。十分に再戦できる戦力である。
だが、この戦は負けだろうな、とルドヴィクは思った。
戦には勢いというものがある。その勢いが、先ほどの戦いで止められてしまった。
「陛下、少しよろしいでしょうか」
ルドヴィクは老騎士に声を掛けられた。
「どうした」
「少々、暇を頂きたく」
「理由は?」
「孫を一人でヴァルハラに行かせるわけにはいかないので」
ルドヴィクは全てを察した。
老騎士は死ぬつもりだと。
だが、ルドヴィクはそれを止めるつもりはなかった。
「父の代からの忠節、大義であった。暇を取らす」
「は、有り難き幸せ。では、いつかオーディン神の御許でお会いしましょう」
「ああ、良き死を」
ルドヴィクは老騎士に背を向け、その場を立ち去ろうとしたが、ふと思い出しかのように足を止めた。
「なあ、我が国は強いよな?」
「もちろんです、陛下。お仕えできて、光栄であります」
「だよな。だったら、私が居なくとも、我が国は大丈夫だと思うか?」
老騎士の顔色が変わった。
「なりませぬ、陛下。あなたは、これからの我が国に必要な人間です」
「フハハ、なあに私が居なくともオスカルの奴が上手くやってくれるさ。それに、負けるにしても負け方というものがある」
このまま敗北を認めれば、公国は不利な条約を飲まざるを得ない。だが、一矢報いることができれば。多少はマシな条件を勝ち取ることができる。
それは希望的観測を多分に含む推測であったが、ルドヴィクは死ぬ理由ができたことを喜んだ。
「陛下、我々もお供しましょう」
ルドヴィクの周りに年長の騎士たちが集まった。
戦士としての盛りをとうに過ぎた年齢の騎士たちであったが、その姿は雄々しく、誰よりも美しかった。
「まったく、馬鹿ばかりだ。我が国は」
「陛下が一番の大馬鹿でございましょう」
ルドヴィクと彼の騎士たちは破顔した。
その姿は朗らかで、これから死ぬ人間の顔とは思えなかった。
「陛下、我々もお供します!」
まだ年若い、少年のように見える兵士が声を上げた。
ルドヴィクはそれを見て、とても優しく笑った。
「悪いな、子供は連れていけない」
「ですが!」
「じゃあ、二つばかり伝言を頼まれてくれるか。我が妻アンナに、ありがとう、と。それと我が友オスカルに、あとは頼んだ、と伝えてくれ」
「は!命に代えましても、必ず!」
走り去っていく若い兵士を優しく見守りながら、ルドヴィクは心底楽しそうに笑った。
「では、死ぬとしようか、諸君」
ミハイルは遠くで響く蹄の音を聞いた。
それは、戦争ができなかったという未練が引き起こした幻聴ではなく、確かな現実として発生した音だった。
公国の騎兵が再度押し寄せる。
「馬鹿な!死ぬだけだぞ」
カミンスキーが驚愕した。
「馬鹿だなあ」
カトーが楽しそうに笑った。
「ああ、俺たちと一緒だ」
肯定するかのように、ミハイルは牙を剥いて笑った。
「鉛玉で歓迎してやれ!」
機関銃が火を吹き、騎兵たちに向かって波濤のように押し寄せる。
だが、その弾丸は騎兵たちを蹴散らすことはできない。
薄紫色の壁が発生し、騎兵たちを守る。
「ほう、魔術障壁か。走りながらよくやる」
関心したように、カトーが呟いた。
だが、それも長くは保たない。
一人、また一人と魔術の仕手たちが、現代兵器により打ち倒され、殲滅されていく。
その人数を半分ほどに減らして、ようやく騎兵たちは鉄条網に辿り着いた。
騎兵たちは鉄条網を越えようともがくが、棘に邪魔されてなかなか越えることができない。
痺れを切らしたかのように、騎士の一人が騎馬ごと鉄条網に覆い被さった。
「お先に、陛下!」
「ああ、ヴァルハラでまた会おう!」
公国騎兵たちは、その騎士を踏み越えて、鉄条網を突破した。
踏みつけられて死亡した騎士の顔はどこか満足げであった。
騎兵が迫る。
王国軍の間に恐怖が走る。
狂ったかのように王国軍は機関銃の引き金を引き続けた。
騎兵たちは、僚友を失いながらも、着実に前進を続けた。
そして、ついにその時が来た。
王国の機関銃兵は恐怖に身を竦めながら、眼前に立つ騎兵に目をやった。
騎兵たちはにっこりと笑みを浮かべながら、機関銃兵の頭を戦斧で砕いた。
人の努力が、テクノロジーに打ち勝った瞬間であった。
騎兵たちは、逃げ惑う王国兵を蹴散らしながら、一直線に本陣へと向かった。
ルドヴィクは敵の大将らしき人物を見つけ、馬を走らせる。
一人、また一人と彼の家臣が死んでいくのを感じながらも、ルドヴィクは足を止めなかった。
そして、ルドヴィクはついに辿り着いた。
敵の大将は余裕そうに、佇んでいた。
すでに、ルドヴィクの家臣たちは、王国軍の反撃にあい全滅していた。
だが、目的は達成した。
彼らの王は、敵の大将に向かい戦斧を振り下ろした。
甲高い音が響いた。
戦斧が吹き飛ばされ、宙を舞う。
それを成したのは、剣を構えた大柄な男だった。
「お見事!我が名はミハイル・ウィンチェスター。貴殿の御首級を頂戴いたす」
それは見事な名乗りであったが故に、ルドヴィクも騎士としてそれに応えた。
「応とも、私の名はルドヴィク・ヴァーサ。貴様を殺し、この戦いに勝利するものだ」
戦鬼と騎士が、ここに巡り合う。