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英雄譚の始まりに

ああああ

雲ひとつない蒼穹を一匹の鳥が飛んでいる。

その鳥は銀色の羽根を持ち、普通の鳥よりもはるかに巨大だった。

だが、その鳥が何よりも異常だったのは、鋼鉄の手足を持ち、人が操っているということだった。

第三十五世代型人型戦術戦闘機、ハミルバル級。それが鋼鉄の鳥に付けられた名前だった。

その中。人間工学に基づいて作られたコックピットの中には一組の男女が座っていた。

「HQ、こちら三番機。これより目標に攻撃をしかける。火力支援を要請する」

モニターが映し出す外の景色を眺めながら、少女が通信機に向かって話しかける。

「こちらHQ。要請は認められない。」

「おいおい、単騎でカミカゼは御免被りたいね」

少女の前に座った男が煙草を吹かしながら、そう答えた。

「一番機、二番機、四番機は大破。他はコックピットごと潰された」

「第一砲兵大隊は?支援可能な地域に展開していたと思うが」

「壊滅した」

これ以上ないというくらいに、大きなため息が男の口から吐き出された。

「・・・すまない。お前にだけ重荷を背負わせてしまった」

「まあ、仕方ないさ。給料分は働かなくちゃな」

「これはお前の上官ではなく古い友人としての意見だが、仮にお前が逃げ出しても、私はお前を責める気はない」

「つまらんことを言うなよ、大佐殿。死ぬ気はないさ」

「・・・すまない」

そう言ったのを最後に、通信が切られる。

「さて、お前はどうする?」

笑いながら、男が少女に向かって問いかける。

「一人じゃ動かせないだろうに。それに・・・」

男から煙草を取り上げながら、続ける。

「死ぬ気はないんだろう?」

その少女の笑顔はどこまでも自信に満ち溢れていて、男と一緒ならなんでもできる、という顔だった。

「まったく・・・」

男も幸せそうに微笑んで、そう答えた。

「ガムか何かなかったか。後ろのポケットに入れておいたと思うんだが」

「ああ、たしかに入れた気がする。少し待ってて」

「悪いな。タバコがないと口が寂しくていかん」

「ちゃんと控えてよ。長生きしてもらわないとボクが困る」

「そいつは悪いな」

少女が後ろでガムを探している間に、男はコンソールに向かって操作をしていた。

「・・・本当に悪い」

男がボタンを押した直後、少女はその場から消えてしまった。加速粒子とトンネル効果を利用したワープ機構が少女をその場から転送させたのだ。

「あとで殺されるかもな」

あとがあればだが、と男は自嘲した。二人ならあの化け物を殺せるだろう。だが、その場合に二人とも無事である保証はない。ならば、命を捨てるのは自分だけでいい、それが男の考えだった。

自己犠牲はエゴだとわかっていた。それが彼女の望みではないことも。それでも、彼女だけは失うわけにはいかなかった。

残弾は無く、左腕も破損している。だが、武器を操るための右腕と、相手を殺すための武器はしっかりと握られていた。

粒子砲も光学兵器も無効化する化け物を殺す方法という問いに人類は一つの答えを出した。

殺せないのなら、動けなくすればいい。157番および158番元素を掛け合わせた時に発生する原子凍結作用を利用した封印兵器。槍の形をとったその兵器がマニピュレータに握られている。

「死にたくないなぁ。まったく損な仕事だよ」

死ぬ覚悟をした人間には似合わない呑気さで男は呟いた。

「俺の命はくれてやる。だから龍よ、お前の命ももらっていくぞ」

モニターを介して映る景色には、巨大な龍が映っていた。









タバコを吸い始めたのはいつからだったか。

もう忘れてしまったが、不味いと思ったことだけは覚えている。

その感想は今も変わっていないが、タバコに火をつけるこの手を止めることはできていない。

馬鹿なことだと自嘲する。好きでもないものを吸うことと、こんなことをうじうじと考えていることも。

吹けば消えるようなことを考えながら、煙を燻らせていると後ろから声がかかる。

「よお、いいもの吸ってんじゃねえか。一本くれよ」

「これが最後の一本だ。欲しけりゃ自分で探してこい」

「はぁー、使えねえ」

「うるせえ、隊長命令で走らせるぞ」

そんなことをほざいて、近づいてきた赤毛の男の名前はキース・グレアム。我らがグランデン王国第二十六歩兵中隊所属、第三小隊副隊長である。

一年前にできたばかりの第二十六中隊は新兵や退役兵などの二線級の戦力で構成されている。

そこに所属する我々第三小隊も例外ではなく、過半数がろくに訓練を受けていない。

新兵はキース、テッド、グレンの三人。

金髪で気弱そうなのがテッド、図体のでかいのがグレンだ。

その三人に退役兵のエリフの爺さん、隊長の俺ミハイル・ウィンチェスターを加えたのが第三小隊の戦力だ。

本来なら副隊長はキースではなくエリフに頼みたかったのだが、年上の言うことを聞くほどお利口な人間達ではない、というエリフの言葉によってキースが抜擢された。

キースと戯れているうちに他の三人も起き出しきた。

それぞれが挨拶してくるのに返しながら、今日の作戦を確認する。

「さて諸君、今日のお仕事の確認だ。5キロ先の東の村まで進軍して占領。以上だ。簡単だろ」

「やれやれ、年寄りにはこたえるわい」とエリフの爺さんがぼやく。

「わざわざ歩くのかよ。鉄道は?」とキース。

「ないから俺たちが行くんだよ」

「あの、ここって敵軍の勢力圏内ですよね?」とテッド。

「まあ、一応そうだな」

「ってことは敵がいたり…」

「たしか、お前は田舎の出身だったよな。お前の村に中隊規模の軍隊なんていたか?」

「いませんでした」

「ならここにもいないさ。ほかに質問は?」

反応が無いのを確認してから続ける。

「では祖国と給料のために働くとしよう」



野営用の天幕を片付けた後、中隊は林道を歩き続けている。整備されていない道を歩くのは兵士たちの士気と体力を消耗させる。

剣、背嚢、鎧、兜といった装備品も我々の足を重くする原因となっている。

何とはなしに横を歩くキースを見ると、しきりに足を痒そうに動かしていた。

「クソっ、痒いな」

「水虫か?靴下は毎日変えろよ」

兵士にとって水虫は死活問題だ。軽いうちはいいが、酷くなると足が腐り、歩くことができなくなる。

さらに、水虫は人に移る。一人、また一人と感染していき、部隊全体に感染が広がることもある。

まあ、塹壕やジャングルといった特殊な環境でない限り、そこまで酷くはなることは珍しいが。

「なんだってこんなに歩くんだ。クソッタレめ」とキース。

「歩くだけで金が貰えるんだ、楽な仕事さ」

「あーあ、つまんねぇな。もっとこう、楽しい仕事はないのか」

「村に着いたら、酒でもタバコでも掻っ払えばいいさ」

「そりゃあいい。若い女もいるかな?」

「まあ、いるにはいるだろうよ」

美人かどうかは分からんが、というのは口に出さないでおいた。

行軍中の暇を、下らない雑談でつぶしていると目的地の村が見えてきた。

夕日に照らされた麦が黄金色に輝き、揺れる穂は、風のささやきをその身で表現している。

そんな言葉が似合うような、美しく、そしてありふれた村だった。

中隊長の言葉で中隊全体が村の入り口付近で立ち止まる。

「第一、第二、第三小隊は村の外で敵対勢力の警戒。第四、第五小隊は村の制圧を行う。各小隊長は部隊を指揮し、状況を開始せよ」

中隊長が緊張した面持ちで命令を出す。士官学校を出たばかりでまだ慣れていないのだろう。

命令を拒否する理由もないので、村の外で警戒にあたる。


「あのお坊ちゃんめ。死んじまえ」

持ち場に着くなりキースが愚痴り始めた。

「馬鹿かあいつは?第四、第五の連中にだけいい思いさせやがって」

キースの言うことは分からなくもない。制圧、などと綺麗な言葉を使ってはいるが、その本質を表すのにより的確な言葉は、陵辱や略奪だろう。

「でも、後から行った方がいいじゃないですか。安全だし」テッドが控えめに反論する。

「あとから行くとロクなものが残ってないんだよ。食料と水以外は、全部自分のものにしようとするからな、あいつら」

奪いとった女を巡って刃傷沙汰があって以来、中隊ではひとつの掟が定められた。

略奪した物の権利は、最初にそれを手にした人間にある。

要するに人の物を後から欲しがるな、というしごく単純なことなのだが、戦争という特殊な環境と普段持ち慣れていない武器を手にしたことで、気が大きくなった男たちはそんなことも守れないほど野蛮になる。

「お前らも何か言わなくていいのか?」

横で黙っているエリフとグレンに話しかける。

「フム、女を欲しがるほど若くはないが、酒は少し欲しいのう」

「……どうでもいい」

「そんなもんかね。金目のものも多少は残ってると思うが。指輪なら高く売れるぞ。宝石も……ん?」

何かが爆発したような轟音が響く。

「うおっ!!何の音だ」

「花火じゃあないだろうな」

「そんな呑気なこと言ってる場合か」

「仕方ない。お前らは表から行け。俺は裏から回る」

「一人で平気か?」

「腐っても俺は隊長よ。お前らよりは強いさ」

四人と別れて、村の裏に走っていく。

林を無理やりかき分けて村に入ると、肉の焦げたような不快な臭いが鼻をついた。

不細工な面を吹き飛ばされて、煙を上げている首なし死体が六つ。

老人が一人、 見慣れた四人、第四か第五小隊の兵士が五人。

だがこの場において主役と言えるのは、俺でも、むさ苦しい男たちでもなく、前に立つエルフの女だろう。

嘆きの賢者の異名で知られる神学者イグニヒト・ゾートネスはこう語ったと伝えられている。

「進化論というのは面白い考えだと思うがね。力で劣り、魔法で劣り、見た目で劣る。エルフの下位互換でしかない我々人間は何故生まれたのか」

数という点では人間に劣る彼らだが、その大半が美しい見た目と苛烈な戦闘能力を併せ持っている。

すでに死体が転がっているところを見ると、このエルフの女も例外ではなかったということだろう。

「外道たちめ。恥を知りなさい!」

エルフの女が呪文の詠唱を開始する。詠唱が終わると、もう一つ首なし死体が増えることになるだろう。

エルフの女に気づかれないように、後ろから忍び寄る。

「クソッタレめ!!」

五人の兵士がエルフの女に向かって走っていく。

四人は、前の五人を盾にしながら後ろから追いかけている。

また、爆発音。五人の兵士が一人引き算されて、首なし死体に足し算された。

死んだ兵士の後ろにいたキースが、撒き散らされた血と中身をもろにかぶった。

それで目についたのかはわからないが、エルフの次の標的はキースに決まったようだった。

続けて詠唱が開始。すぐに詠唱が完了し、キースに向かって魔法が発動する。

「クソッ!まだ死ぬかよ!」

キースが前にいた兵士の一人を引き寄せて、盾にする。

またも、爆発。死体がもう一つ増える。ひどいことするなアイツ。

「所詮畜生ね。同族殺しなど」

「いや、殺したのはお前だろう、人のせいにするなよ」

「後ろ!?」

膝の後ろを蹴飛ばし、跪かせながら、エルフの細い首に腕を回し、締め上げる。

「ぐっ!?」

「はやく気絶した方がいいぞ。苦しいからな」

エルフの女は抵抗するが、この体勢では脱出することはできないだろう。

少しずつエルフの体から力が抜けていく。

エルフの女が完全に意識を失ったのを確認してから、手を離す。

「殺したのか?」

キースがそんなことを聞いてくる。

「心外だな。俺がそんなにひどいやつに見えるか?」

「いいや、お優しい隊長殿」

二人でニタニタと、悪党らしく笑う。

「いや、待て。それは我々の獲物だ」

「ああ?」

横からつまらないことを言ってきたのは、先程死んだ二人の仲間だった。

「後からなんだてめえは。このエルフをやったのはうちの隊長だろうが」

「落ち着けよ、キース。クールになろうぜ、クールに。話をするってのは大事なことだ」

「そのエルフと最初に交戦したのは我々だ」

「そうだな」

「そして、この隊のルールなら、そのエルフの女は我々のものだ」

「そうだな」

「わかったのなら、さっさとそのエルフをよこせ」

「なあ、一つ聞いていいか?」

「なんだ」

「お前の言うルールってのは、お前たちを三対五でも勝てるスーパーマンにしてくれるのか?」

キースたちはすでに剣を抜いている。うちの連中は話がはやくて助かる。

「なっ!?ここで殺しあう気か?」

「ほかの連中がくるまでもう少しかかる。エルフに殺された死体が三つ増えてもわからないだろうよ」

「ちっ、馬鹿どもが!」

剣を抜こうとするのを、手で制止しながら続ける。

「だが、こいつはスマートな解決法じゃあない、そうだなキース?」

「なんで俺に聞くんだ」

「合わせろよ。おい、じいさん」

先程から震えていた、村の住人らしき人物に話しかける。

「な、なんでしょうか?」

「一応聞いておくが、ここにいるってことはあんたはある程度権力がある、つまりこの村の村長ってことでいいな」

「はい、浅学の身ではありますが、務めさせていただいております」

「よろしい。では質問だ。この村に女は何人いる?ああ、年寄りは数えなくていいぞ」

「十六人です」

「フム、ではあんたに孫娘はいるか?」

「いましたが、去年の冬に流行病で……」

「そいつは失礼」

「おい、さっきから何が言いたいんだ」

痺れを切らしたらしく、横槍を入れられる。

「よし、お前らにはこいつの孫娘をやる。俺たちはエルフをもらう。それでどうだ?」

「それでは割に合わない。エルフの女の方がいい」

それは確かにその通りだ。俺が相手と同じ立場でも、同じ選択をする。

顔もわからない村娘よりも、自分の目で美人だとわかっているエルフの方がいいだろう。

このままでは埒があかないので、もう一押しする。

「それもそうだな。フム、では村長この村で一番若く、美しい女は?」

「失礼ですが、先程言った通り私の孫は……」

「キース」

「おう」

意図を察したキースが、村長の細く痩せ細った身体に蹴りを入れる。

「俺は嘘をつく奴と質問に答えない奴は嫌いだ」

咳き込みながら、苦しそうに村長が答える。

「も、申し訳ございません。村の東に住んでいるクレイグの妻です」

「よし、ならそいつとこの爺さんの孫娘でどうだ?」

「それで手を打とう」

「交渉成立だ。では村長、案内を頼んでもいいかな」

お互いに損がない良い取引だ。

「孫だけは、孫だけはどうかご勘弁を。先立った息子夫婦に合わせる顔がありません」

気持ちはわからないでもないが、そんなことで同情してやめるならこんな仕事はしていない。

「そうかい、キース」

「了解」

短く、そう呟いたキースの手には剣が握られていた。

「ぐっ!?」

キースが村長の身体を袈裟斬りにする。声を出せたと言うことは、即死はしなかったようだ。まあ、あれだけ血が出てたらそのうち死ぬだろうが。

「殺してやる、殺してやるぞ」

斬られたというのに元気なものだ。

「さて、行くか」

なんとなく腹が立ったので、介錯はしないでおく。

「待て、俺たちの案内はどうするんだ?」

「ああ?村長の家なんてのはだいたい村の奥だろう。あとは自分で探せ」

そう言い残して、とりあえず近くの家の前まで移動する。

「なあ、隊長。これからどうするんだ?」

「なんだ、まだ働きたいのか?」

「そんなわけないだろ」

「まあ……お楽しみだな」

「さっすが、わかってらっしゃる」

「褒めろ、褒めろ」

今日の仕事は誰も死なずに済んだ。

だが、明日はわからない。あの転がっていた死体の一つが、我々の誰かになっていてもおかしくはなかったのだ。

それでも……。

「今日も良い一日だった」












薄暗い室内にエルフが横たわっている。

もちろん、女のエルフだ。うちの隊に同性愛者はいない。

どちらかといったら、小ぶりな胸と尻を持ったエルフは男の情欲を掻き立てるのに十分な姿だった。

はだけた服の隙間から見える、鍛えられ、割れた腹筋は艶やかというほかになかった。

まるで美術品のような、そしてある意味神聖ともいえるエルフを汚そうとする背徳感が興奮を誘った。


先程、村長を斬り殺した後、俺たちは近くにあった家に入った。

中には老人が一人いたが、ナイフで襲いかかってきたので、キースが刺し殺した。

奥にいい感じの寝室があったので、エルフを連れてその部屋に入った。隊長権限で他の連中は部屋から追い出した。

このままエルフを眺めていても、楽しくないので洋服を脱がせにかかる。

足を触っていると、硬い感触。ポケットから取り出してみると拳銃だった。遊底の部分にオリーブの葉が描かれている。おそらくは持ち主が勝手に描き加えたものだろう。

弾倉には弾が入っているようだ。

「触ると危ないわよ」

女の声。

「なんだ起きてたのか」

「起こされたのよ」

「そいつは失礼」

一応謝っておく。

「面白いもの持ってるじゃない。なんでさっき使わなかったんだ?」

「当たらないのよ。立ってるだけの案山子ならともかく、走る人間にはね」

「フム、落ち着いてるな。どんな状況かわかってるよな」

「古今東西、戦場で男が女にすることなんて一つでしょう」

「なら何故?」

「下手に抵抗して殺されるよりはマシってところかしらね」

「割り切ってるな。嫌いじゃないぜ、後腐れがなくていい」

手の中で遊ばせていた拳銃をエルフに向ける。

「どういうつもり?」

エルフの質問を無視して、撃鉄を起こす。

たかたが九ミリ程度の弾といえども、頭に当たれば確実に命を奪うことができるだろう。

エルフの呼吸が荒くなる。

汗の匂いが漂う。最初は自分の匂いかと思ったが、目の前のエルフが恐怖でかいている汗の匂いだと、後から気づいた。

空気が張り詰めていく。

極限まで緊張が高まったとき、引き金を引いた。銃の機構は問題なく作動し、ハンマーが薬莢を叩いた。

「ハハハ、変な顔をするなよ」

しかし、それだけだった。銃弾が発射されることはなかった。

「悪いな。俺は魔術師じゃないからさ。こいつは撃てない」

詳しい原理は忘れたが、拳銃は引き金を引くことによりハンマーが薬莢を叩く。ハンマーを通して魔力が流れ、薬莢の底に入れられた触魔火薬を着火させる。

そして、その火薬によって銃弾が発射される。

「撃てないのなら、何故?」

「いやなに、反応しない女と寝るのはつまらないと思っただけさ」

「……意地悪ね」

「悪党だからな」

エルフの着ているシャツのボタンを外していく。

陶磁器のような白い肌が露わになる。

「綺麗だ」

「それは私に対してかしら、それともこっちかしら?」

エルフがペンダントを指で弾きながら、そう答えた。

今まで、洋服の中に隠されていたそれはエルフの目と同じ色をしていた。

「翠玉か」

「あら、詳しいの?」

「いや、昔の女にねだられたことがあるだけさ」

美しい女だったが、眠っている間に逸物を切られそうになったので結局別れた。

「はい、どうぞ」

あまり良かったとは言えない思い出に浸っていると、ペンダントを手渡された。

「別に欲しいわけじゃないんだが」

「あなたが取らなくても、あなたのお仲間が盗っていくでしょう?だったら、物の価値のわかる人にあげるわ」

「それなら遠慮なく」

背嚢から小さな箱を取り出して、その中にペンダントを仕舞う。

「変わったものを集めるのね」

女が箱の中身を覗きながら、そう言った。

マッチ、壊れた銀時計。あとは、空薬莢にタバコの吸い殻。

「ゴミじゃない」

「ストレートな言い方だな。こいつは、そうだな、戦利品だな」

「戦利品?」

「俺は戦争に行ったら、何か持ち帰ることにしてるのさ」

「だったら、もっと価値のありそうな物を集めた方がいいんじゃないの?」

「いや、ガラクタでいいのさ。名前も知らないまま死んでいった戦士たちの道具。戦場の怨念を吸い込んだこいつらが、俺の死を遠ざけてくれる」

「頭おかしいんじゃないの」

「失礼な。人をカルト扱いするんじゃないよ。ただの験担ぎさ」

気味の悪いものを見るような目で、こっちを見るんじゃない。

「さて、そろそろ話を終わらせていいかな」

「ハァ、気乗りはしないわね」

「そういえば、名前を聞いてなかったな」

「そんなものに意味はないと思うけど」

「寝る相手の名前くらい知りたいさ。俺はミハイル、ミハイル・ウィンチェスター。君は?」

「スルド氏族のレイリアよ」

レイリアの唇は柔らかかった。


男たちの怒号と女たちの叫びが響く。嗅ぎ慣れた戦場の匂いが鼻腔をくすぐる。炎の匂い、血の匂い、そして肉の匂い。お前は人殺しだとでも言うように、匂いが猛烈に主張してくる。

家を出ると、平和だった村の面影はすでに無く、見慣れた光景が広がっていた。

辺りを見渡すと、キース達が焚き火をしていたので近づく。

「よお、()()()()

「ん?ああ、了解。行くぞ、テッド」

「は、はい」

「おい、待て。二人で行くのか?」

「えっと、問題ですか?」

テッドが不思議そうに聞いてくる。

「そりゃあ、お前らの自由だが」

「こいつまだ童貞らしいぜ、隊長。一人じゃ怖いなんて抜かしやがる」

キースがため息を吐きながら、そう答えた。

「怖いって、お前…」

「あんな美人と話したことなんてないんですよ。一人だと何を話せばいいか…」

「腰振ってればいいだけだろう。まあ、俺には関係ない、好きにすればいいさ」

適当な箱を見つけて、腰かける。

テッドとキースは二人で家に入っていくのを眺めながら、ぼーっとしているとエリフに声をかけられた。

「タバコは?」

「もらおう」

「そういえば、グレンは?」

「出かけた」

気まずそうに、エリフの爺さんが答えた。

「出かけたって、遊びに行くような所もないだろうに」

「いや若い奴のやることはよく分からんが、子供を見つけて」

「子供好きだったのか、アイツ」

以外にグレンのやつは人格者だったらしい。

「その、言いにくいが」

「なんだ?はっきり言えよ」

「その、隊長と同じことをしに行った」

前言撤回。クズ野郎だった。

「そ、そうか、まあ好みは人それぞれだからな」

気まずさを隠すようにタバコに火をつける。

「ふぅ。爺さんは吸わないのか」

「孫にタバコ臭いと嫌われるのは困るのう」

「血の匂いよりはマシだろうさ」

沈みかけた太陽が世界を真っ赤に染めていく。せめてもの抗議として、煙草の白煙を吐き出してみるが、すぐに赤へと染められてしまう。

「それで隊長、次の任務は?」

「戦争さ。本当のな」

「西部戦線か、あんな地獄には戻りたくないのう」

「どうせ死んだら地獄行きだ、予行演習だと思え」

この中隊で本当の戦争を経験しているのは、俺とエリフ、それと何人かの帰還兵だけだ。

他の連中は古典的な、奪うことを目的とした戦争しか経験していない。

現代兵器の登場によって戦争の形は歪められた。

破壊と略奪という両輪で走っていたものから、略奪という車輪を取り外して、破壊の片輪のみで走る暴走車に変えてしまった。

勝者は生まれず、ただ死者の骸のみが積み重なっていく。

「酒はないか?」

不安と恐怖を誤魔化すには酒が一番効く。

「探してみよう」

「そいつは助かる」

エリフだけに任せるのも悪いので、手近な箱を開けて探してみる。

干し肉とチーズ。今日の夕飯はいつもより豪華になりそうだ。

葉巻が数箱。葉巻は吸わない。

葡萄酒と蒸留酒が一本ずつ。銘柄は大したものではなさそうだが、酔うには十分だ。

中身の割に箱がずいぶん大きい。

「あったぞ、爺さん」

「あー、その、なんだ。一つ面倒なことを言ってもいいか」

「別に言うだけなら構わんが」

「こっちに来てくれ。見ればわかる」

エリフが指差した箱を覗いてみる。

少し痩せ気味ではあるが、十分に女性らしさを備えた少女が、膝を抱えて狭そうに座っていた。

危険を察知した両親が隠したのか、あるいは自分から隠れたのか。

理由はいくらでも推察できるだろうが、この場における少女の状態を決定するのは、我々二人の意思次第であることは明白だった。

「子供は苦手だ。こういうのは年寄りに任せる」

「いやいや、こういう問題は若い者同士では解決するべきだ」

子供は苦手だ。ひとかけらほど残っている罪悪感が、優しくしろと猛烈に主張してくる。

任務のことを考えたら殺した方がいいだろう。

だが、そこまでやってしまったら、我々は戦士ではなく、獣に堕ちてしまう。

天国には行けそうにないので、ヴァルハラに行けなくなるのは非常に困る。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「………」

「まあ、いいさ。君には三つ選択肢がある。一つ目はここで黙って殺されること。これはあまりオススメしない。お互いに嫌な気持ちになるからな」

「………」

「二つ目。慰み者になって生き延びること。これはまあまあオススメだ。死ぬことはない」

「………」

「三つ目。これが一番オススメだ。ここから逃げ出すこと。水と食料は好きに持っていくといい。元々は君たちのものだ」

これは偽善だ。目の前で死なれるのが嫌だから、遠くで死んでもらおうとしているだけに過ぎない。

野盗や狼など、少女が死ぬ原因。あるいは、もっと酷い目に遭う危険は多い。

「どうするかね、お嬢さん。喋りたくなければ、指で示してくれ」

「………」

薬指を使わずに親指を使う、帝国風の指の示し方が、故郷を離れたことを実感させる。

少女が支度をするのを無言で眺める。

可愛らしいというより、勝気な印象が強い少女だった。短く切られた黒髪がよく似合っている。

ふと、ポケットの中に違和感を感じる。先ほど貰った拳銃が太ももに当たって痛い。

これは善意ではない。ただ、ガラクタを処分するだけだ。

「嬢ちゃん」

子供が持つには少々重い、確かな重量感を持った拳銃を少女に手渡す。

「使い方は分かるな。分からなかったら、ぶん殴って使え」

少女が、何か言いたそうな顔をして、こっちを見ている。

「ありが……」

「やめろ。やめてくれ。そんなのは聞きたくない。さっさと行け」

少女が走って行くのを眺めながら、自分自身に嫌悪感を抱く。

苦味を流すために、ウイスキーを呷ると、安酒の火が喉を焼いた。








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