88話
「あれなんだろ~」
「とりあえず見に行ってみようぜ。 ヤバかったら全速力で逃げろよな」
「お!? 飛ぶのに慣れた? じゃあ、行くよ~」 アリエットの魔石のペンダントが光ると羽に魔力を帯び、スピードが上がる。
女の堪と言う奴か…… 胸に引っかかる何かを感じたけど、アタシは何もない事を祈りながら身を任せる。
煙に近づくにつれ、段々と見えてきたのは燃えた後の建物で何人か集まっている様子が見え、その外観に見覚えがあった。
「急いで!」 スピードが出るのに合わせ、鼓動が速くなり、(どうか無事であってほしい) 祈る気持ちで向かう。
「アルエット、アタシを下ろして!」 家の前まで来ると辺りは焼け焦げた匂い。
人ごみを通り抜け、「おい、貴様!」 憲兵を押しのけ中に入ると焼け焦げた家の中は誰もいない事にほっと胸を撫でおろす。
誰がこんな事をしたのか気になり、調べていると「ブロンディ、帰るよ」 いきなり手を引くアリエットを見ると涙を目に浮かべている事に「どうした? 何かあったのか――」 後ろで布を被せた荷台を運ぶのを見つけ、手を振り払い向かう。
「ブロンディ!」 と呼ぶアルエットに構うことなく荷台に着くとそこには3つのふくらみが見え「これは……」 と恐る恐る荷台の主に尋ねると「あぁこの家の人達だよ。 かわいそうにまだ子供――」 アタシは荷台の布を外すと、そこには変わり果てたメルさん達が横たわっていた。
その家には3人家族で仲睦まじく暮らしていて、元気な女の子と優しい母親、母親の父も気の良い人だったのに……
あまりにも突然に命を失い、アタシ自身も理解が追い付かなかった。
村の教会では3つの棺桶が用意され、村人の手伝いで粛々と準備されていく。
その中で何やら声が聞こえ、行ってみると、どうやら身体の汚れがひどく、それを拭き取るのを誰がするのかを話し合っていた。
3つの遺体、それも血濡れの服を脱がし、拭き取る事をやりたがらないのは当然だったかもしれない。
「アタシが…… やります」 さっきまで誰がやるのか揉めていた癖にアタシがやると言い出すと怪訝な顔をされた。
一言いいたかったが準備を手伝ってもらっている手前、怒りを抑え、「アタシはこの人たちに恩がありますので任せて下さい」 村人の1人が「そんなに言うなら……」 と無事に任される事となり、教会の裏の井戸から水を汲み、教会の中に運び込む。
ダナンさんの顔はあまりにも酷く焼けただれていたので、布を被せる。
肩から胸の大きな傷、手足にも幾つもの切り傷の血を拭き取り、を針と糸で塞ぐ。
(ごめんなさい……) 次にメルさんの服を剥ぎ、血に汚れた身体を綺麗に拭き取っていく。
身体に傷は深く、特にメルさんの背中には大きな傷跡はレミルを守る為に出来た傷である事。
他にも何か所もある傷の中には、胸や首に噛み付いたような歯型の傷は特に痛々しく、あの温かかった身体は冷たくなっていてもその傷はアタシに語りかけて来るようだ。
遺体を綺麗に拭いて行く中で目を背けたくなる様な噛み痕…… それは明らかに喰い殺すような咬み方ではない、欲望のままに行われた事を理解する。
アタシは少しでも綺麗な体で眠ってほしいと思いを込め、細い糸で傷口を縫い合わせる。
レミルの遺体に絶句する。
この小さな身体にこれほどまで痛めつける奴がいる事が信じられなかった。
嘔気を怒りで抑え込み何とか3人の遺体を綺麗にし終え、聖水を振りかけ、アンデット化を防止する。
翼の音と共に「頼まれたもの持って来たよ」 とアタシがアルエットに頼んでおいた物が到着し、「ありがとう。 助かった」袋の中を確認する。
アタシは手を洗い、アルエット共に服を3人に着せていく。
最後にダナンさんには綺麗な純白の布で顔を包む。
「綺麗になったね……」 アルエットの眼には涙が溢れ、顔を手で覆い隠す。
「あぁ、出来れば生きてる時に見たかったよ」 空の青さにそれがかえって清々しいほどに残酷に感じられた。
「ちょっとタバコを吸ってくる」 タバコを吸う為に口に近づけた手の匂いは、洗っても落ちる事は無く、タバコの煙でも消える事はなかった。




