7話
あたしは再び歩き出し、禁忌の森を捜索する。
途中にまたスライムが現れたが今度はさっきの様にはいかない。
油断はしない、核は必ず潰す。
「ピギュゥゥゥゥ」
あたし目掛けて、飛び掛かってくるが右によけ、地面に着地したところを斧でスライムを細切れにする。
一心不乱に斧で切るというよりも、叩きつける。
粘液が顔に付くのを気にすることなくミンチの様にぐちゃぐちゃにしていく、ビチャビチャという音と「ブギュ」とスライムの声が重なり、やがて動かなくなる。
袖で顔に着いた粘液をふき取り、川で汲んだ水を少し口に含む。
水が身体に入り、少し落ち着く。
「ふぅ…… やっとここまで来た」
禁忌の森の中でも祭壇と呼ばれる洞窟にあたしはたどり着いた。
そこには滅茶苦茶になった木材の破片と破れた服が散らばっている。
あたしは慌てて駆け寄り、服の切れ端を拾う。
それはケイトが最後に着ていた衣装に間違いなかった。
大粒の涙が零れ落ち、切れ端を濡らす。
遅かった…… あたしがもっと早く決断していればこんな事にはならなかった。
あの時、二人で村から逃げ出してさえいれば…… 後悔があたしの胸をぎゅっと締め付ける。
「こうなったら」妹の仇を打つ。
あの子を守ることが出来なかった罪は自身の手で償う。
それがあの子に対してのせめてもの償い。
たとえ死んでしまったとしてもやらなくちゃいけない。
足が自然と洞窟に向かう。
油をしみこませた縄を棒に巻き、火をつけ、洞窟に入る。
洞窟の中は木の根が壁を覆って不気味さが増している。
どんなモンスターがいるかもわからないので慎重に歩を進める。
火だけが照らす薄暗い中を進んでいくと奥に人影が見えた。
思わずケイトと思い灯りを近づけるとそれは人の形をした木の塊りだった。
『なんだ・・・木か』その瞬間、腕が動き、突きが避けきれず、左胸に当たる。
貫かれてはいないが鎧が凹み、飛ばされた身体が壁に当たり、背中に痛みが走る。
「痛ってぇぇぇぇ!」
ふらつきながらも斧を構える。
木人が右腕を振り下げたところを右に避け、両手で斧を握り力いっぱい水平に左腹部に食い込ませる。
ガスッと音と共に相手がよろけた隙に頭部に右ストレートを繰り出す。ガシャッと共に右手の鎧が割れる。
効果があるようには見えないが、斧を引き抜き、倒れている間にその場から一目散に逃げる。幸い、木人の足は遅く、追ってくることはなかった。
「はぁ…… はぁ……」
多少は判断を誤ったが逃げて正解だったと思う。
スライムとは違い固さがある相手に魔法もなく倒すことは不可能に近い、それに薪割の経験上、あんな固い木を斧一本で胴体を一刀両断することは不可能と、とっさに判断出来た。何事も経験だなとシミジミ感じる。
この後、何度か木人と遭遇するが細い足を切り、歩けなくしたところで逃げる事で生き延びることが出来た。
しかし……
「これはヤバいな」
何度か遭遇しているうちに、相手にも知能があるのかだんだんと遭遇する頻度が増え、ついには数で追いつめられる形となってしまった。
『出来れば使いたくはなかったけど……』
小瓶を木人に投げつける。
木人が飛んで来た瓶を割ると中から液体が降りかかり、あたしは続けて松明を投げつけると液体の掛かった木人から火の手が上がった。
やっぱり、木のモンスターには火が弱点と相場が決まっている。
仲間が燃えるさまを見て他の木人たちは一目散に逃げて行った。
ざまぁ見ろと言いたいが、秘策もなくなって後が無くなった。
こうなったら帰ることは不可能。
あたしはその場に座り込み、少し休む。
さっきまで脅威に見えた木人が今は薪が燃えるようにパチパチと音を立てる。
やがて火が治まり、辺りが暗くなる。
このまま、暗闇の中で自分は再度来た木人に殺されるのだろうか……
せめて妹が居なくなったここで死ぬ事があたしの償いなのか……出来れば痛くない方がと考えると急に怖くなってきた。
叫ぼうにも恐怖で声も出ない。
後悔や恐怖が頭の中をグルグルと駆け巡る。見えない中を手探りで必死になって退路を探す。
「熱い!」
さっきまで燃えていたところに手を触れてしまい、手の平がジンジンと触れたところから、焼けた痛みが広がる。
右手の平が少し赤くなっているのが見えた。
『あれ!? どうしてここだけ?』燃えた木人が塞いだ木の根を少し焼いた事で通路を発見した。
あたしは斧を使って、木の根を切り、道を切り開く。
火傷や出血の痛みも忘れ、一心不乱に切り開いて行き、最後の根っこを切ると、光に一瞬、目を瞑る。
徐々瞼を開けると光る苔が辺りを照らす大きな部屋が姿を現した。
「ここは…… きゃ!」
ガシャリと何かがすれる音がし、床を見ると動物の骨が転がっていた。
中には魔物らしき骨も幾つか見られる。
気味が悪い、今まで生贄になった者たちの廃棄された場所なのかはあたしには分からないが……
部屋の奥に進むと何やら大きな蔦の塊りを見つけた。
もしかしたらあそこに妹が囚われているのかもしれないと思い、走って向かった。
『ケイト、今行くからね!』
あたしは慎重に蔦を斧に引っ掛け切り離していく。
「これって……」
中から妹とは違う女性の姿が現れた。
髪は金髪で長く、白い肌が透き通るように美しく、シンプルな黒いドレスがどこかお姫様のように感じた。
彼女も生け贄でここに連れてこられたのだろうか・・・
最後の蔦を切ると彼女の身体を支える。
「あ、あの…… 大丈夫ですか?」
「すぅ~ZZZ」
彼女から返答はなく、スヤスヤと寝息が聞こえる。
どうやらまだ生きていることが確認でき安心する。壁を背に彼女の座位にさせる。
何だろうこの人は・・・
不意に彼女を見ているといつまでも見ていられるような感覚に襲われる。
ふと魔が差し、長い髪に触れる。
とてもこんな所にいたとは思えないほどサラサラとしている。まるでグェルの家で触った絹糸のような手触りだ……
「何をしているのかしら?」
「ひゃい!」
彼女は目を開け、いきなり声を掛けられ、びっくりしたあたしは尻もちを着いた。
先の寝顔と違い、赤い目があたしを見つめる。
ただ見られているだけなのに心を丸ごと裸にされるような感覚があたしを覆う。
ただの人間ではないことは間違いない、悪魔? それともハーフエルフなのかは分からず
困惑し、警戒する。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。 楽にしなさい」
「あなた…… だれですか?」
「あら、しがないただの悪魔よ」
彼女のその言葉に少し納得する。
本で女性の悪魔はその姿で男女関係なく魅了すると……
あたしはとんでもない人物を目覚めさせてしまったのかもしれないと後悔する。
「全く、少しお話しましょ」
彼女はパチンっと指を鳴らすと、周りのつるや木の破片、骨をテーブルや椅子の材料にし、作り上げた。
テーブルの上にはカップが二つ並び湯気が立っている。
「遠慮せずに座りなさい」
あたしに今は危害を加える事は無いないと信用し、恐る恐る椅子に座る。
座り心地は固いがあたしの体形に合ったかのように座りやすかった。
「貴女はどうしてこんなところに?」
「慌てない、慌てない。 次の質問は私よ」