79話
「仕事中なん――」
「景気づけになんか芸でもしろ。 面白ければご褒美やるよ」
「えぇ!? 急に言われてもできねぇよ。 それにご褒美ってガキじゃねぇ」
アタシは空のジョッキや酒樽を片付ける為、その場を離れようとした時、カウンター越しにアルエットが「そぉ言えばブロンディってたまに鼻歌、歌ってるけどそれが結構、良い感じでね。 聴いてみたいなぁって思ってたんだよね~」 なんて人の気も知らないで囃したてる。
「おーい、店員さん、エールおかわり~」
「はーい。 ……アタシは忙しいんだよ」
「えぇ~聴きたかったなぁ」 アタシは仕事に戻り、その日は夜が更けるまで店が続き、寝るころには空の色は微かに明るい紺色の空をしていた。
今日も訓練が続く。
今日はひたすら魔法を使って自身の魔法そのものの理解を深める課題が与えられ、的に向かって撃ち続けている。
破裂音が森に響き、いったん休憩する頃には鳥のさえずりも無く静かな風が葉を揺らす音だけが聞こえる。
タバコを吸いながら自身の魔法についてこれまで分かった事を整理する。
まず、6発の弾丸を入れ、撃鉄を下し、トリガーを引き、発射されるまでがこの魔法でどれ一つ欠けても発動できない。
現にこの前は弾丸が足りずに発射すら出来なかった。
「おぉ、サボってんのか?」
「休憩中だよ。 ついでにアタシの魔法について考えていたとこ」
「本当に特殊な魔法だな。 複数の属性が複雑に絡んでる」
「前にも似たような事を言われたことがあるけどな」
グラウが言うには水属性の変質による形状を土属性で固定、あとは弾丸を発射する時の爆発と考察していた。
だが明らかに説明できない点がまだあり、それが……
「はっきり言ってその魔法自体が不安定すぎる」
「不安定? 安定してるって言われたけど――」
「聞け、話の途中だ。 俺も試しにやってみたがこの魔法を発動する事すら出来ない。 いくらオリジナルとはいえ似たようなことはできるが、これは全くできない。 いったいどこでこんな魔法を思いついたんだ?」
アタシは掻い摘んで経緯を説明するとグラウは驚いた顔つきでアタシを見ると深いため息の後、「お前が取引した種族どうかしてるぞ」 と言い、何のことか分からず聞いていると【子を産む未来】 何て契約は出来るはずがないと言う。
「でも、実際アタシは――」
「まぁ、相手は誰でもよかったって事だろ、仮にそんな魔法が使えたとしてもすぐに無駄死にするだけだしなぁ カモにされやがって」
あの悪魔がグラウが言うように騙したとは思えなかった。
それはあの悪魔が言ったこと『契約とは双方の納得だけじゃない、契約者の今後が悲惨なら少なからず罪悪感を持つ悪魔もいるんだ』 今思い返せば、あの表情から恐らく本心で言っている事がなんとなく分かるアタシにはカモにされたように思えなかった。
「何にせよここまで来たんだ。 使えるようにしねぇといけねぇ」
これまでの訓練でもアタシが使える魔法は弾丸を作り出し、拳銃を打つ事だけ。
座学で学んだとはいえ、他の魔法は全く発動する事も出来なかった。
火は一応出せるがタバコに火を点けるのが精一杯で戦闘には役に立たない。
「どこまで出来るかを確認するからちょっと撃ってみろや」
アタシは木に張り付けられた的に狙いを付け、撃つ。
1発の弾丸は的に命中するが所詮、止まった的。
実戦では縦横無尽に動く魔物を相手にするのでこのくらいは訓練によりスキルを使うこと無く容易当てることが出来るようになった。
「じゃあ、次はこれだ」 空中に投げられた1枚の皿を素早く撃鉄を下ろしトリガーを引く。
甲高い音と共に破片がパラパラと地面に落ちると「やるじゃねぇか」 と褒められる。
「ざっとこんなもんだ」
「いい気になるんじゃねぇ このくらいは出来て当然だ。アホ」
弾丸を作り、撃つ。
何日も繰り返される訓練に慣れてきたころにはモンスターを討伐しながらの実戦。
魔力の増強、増量したことで出来るようになった事が増えた。
アタシよりも大きな岩の前で肩幅に足を開き、拳を構える。
深呼吸の後、全身に魔力を流す。
初めのうちは全身が痺れるような感覚が見られたが今では意識して流れをコントロールする事まで出来るようになった。
(砕いて見せる) 腕だけではなく腰を軽く捻り、使う拳と逆の足を軸にして右拳を岩に打ち込むとまるで杭を打ち込んだかのように拳を中心にひび割れ、ガラガラと崩れ落ちる。
「い、岩が!?」
「そりゃあ魔力で強化した拳で殴ってるんだから当然だ」
他の魔法は使えないが増量した魔力でかろうじて身体強化が使えるようになり、さっきの様な事も出来るようになった事は大きな成長だと思うけど、グラウ曰く、普通らしい。
「ブロンディ~ 岩を砕くのはいいけど手ぇ怪我してるよ~」
ズキリと痛む右手。
左手で手首を強く握るが、裂けた皮膚から流れる血を止めることがなかなか出来なかった。
グラウがアタシの前に来て右手を掴み「魔力の込め方が甘いんだよ。 魔法と同じでイメージをもっと強く持て! アリエット、手当てしてやれ」 と指示する。
「はいは~い。 じっとしててね」 アルエットが手をかざすと優しい風がアタシの手を包み、血が消え、傷口も閉じ、痕も無く傷を癒した。
試しに拳を握るが痛みも無く、魔法の便利さには感心する。
「ありがとな」
「良いって、だってこのままじゃ働けないでしょ」
「傷も治った事だし続きを始めるぞ」
「泣けるぜ」 夕刻になり、空が茜色に染まり「今日はここまでにしておいてやる」 と今日の訓練の終わりが告げられ、荒い呼吸に額には玉のような汗が流れ、それを袖で拭う。




