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3話



今日は休日だけどあたしの日課は変わらない。日が出る前には起床し、夕食のパンの残りを1つカバンに入れ、軽く身体をほぐし走る。最初は少し走っただけでも吐いていたが、日が経つにつれそれも無くなった。

村の外れの森にある、あたし専用の秘密の練習場に来たところで、木に縄を巻き、拳を打つ。

突き、蹴り、ひじ打ちなど、人間やモンスターに見立て打ち込んでいく。地面に汗が水溜りとなり、日が昇ったところで終了。次は岩を結んだ縄を滑車で引っ張る。

滑車を吊った木がミシミシと音を立てる。腕の力だけではなく、腰や全身を使うイメージで縄を引く。



「くぅおぉのぉぉ!」



手掌に縄が食い込み、痛みが走る。

200回を超えたところで限界に達し、縄を離す。ドスンッと音と共にあたしも地面に座った。太陽の暑さと身体の熱さ、身体から流れる汗が、不快感を倍増させる。近くの川で顔を洗う。手の平には縄の跡がくっきりと赤く浮かび、水に浸けるとヒリヒリと痛み、水の冷たさがそれをやさしく包む。

顔を洗い、汗を洗い落とすと、風の清涼感が気持ちよかった。水面に映った褐色の肌とブロンドの髪を見ながら継母が言ったことを思い出す。

『高く買い取ってもらう』あたしが言う事を聞かないといつも言われた言葉・・・

胸にチクチクと痛むが、気にする時間はない。少しでも強くならなきゃと気持ちを切り替える。

腹部から空腹を知らせる音が鳴る。なんにせよ。腹が減っては戦は出来ない。

(そろそろ、お昼ご飯にしようかなぁ)



パンを齧りつつ、妹の教科書を読む。魔法基礎学の本だ。村の図書館に行けば本は読めるが、魔法が使えないのに読んだところでと馬鹿にされるのも不愉快なので、いつもこの手の本は妹から借りている。あたしと違って頭も良く、教科書にも授業で聞いた解説を書き込んでいた為、非常にわかりやすかった。

お昼の後は翌日に売るための薪割をし、この日は終了。

薪を持って帰宅すると、何やら家の前に人だかりが出来ていた。嫌な予感がしたあたしは走って家の前まで来ると、人だかりの中にこの村の領主がいた。この人は領主のギャロンさん。ケイトの同級生でミランダの父親。あたしの家に一体何の用だろうと考えるも、答えは出ないまま家の前に着いた。



「ハァ…… ハァ……」

「あぁ、チェスカちゃん……」

「ギャ、ギャロンさん、うちに何か用ですか?」

「じ、実は……」

「なんで! 何でなのよぉぉぉ」


家の中から継母の泣き声が聞こえてきた。とっさにケイトに何かあったと考えた時には人を押しのけドアを開ける。


「ケイト!!」

「……お姉ちゃん」


妹を抱きしめ無事を確認する。嬉しかったが苦しいとの事で慌てて手を離した。

妹に何が会ったかを聞くも、目をそらし答えようとはしなかった。またいじめられたのかと聞くも首を振り、怪我をしたのか魔法が失敗したのかを聞いても首を振るだけだった。



「答えてくれなきゃわからない!」



妹は目に涙を浮かべて、あたしに答えようとせず、その顔は不安で押しつぶされそうな顔だった。



「チェスカ、話すことがあるから来てくれないか?」


「うん」



外に出て、裏手の庭で父親と話すことになった。こうして2人で話すのは久しぶりな気がする。父の顔を見る限り、ただ事ではない。それだけはわかる。でもケイトに一体何が会ったのか、それだけが今一番知りたかった。



「この村には守り神がいることは知ってるな」


「でもあれはただの伝説だろ、一体何の関係が・・・」


「明日、ケイトは守り神の下にいく事となったんだ」



一瞬、頭が真っ白になった。それは間違いなく生け贄になるという事。魔王がいた時にはそんな風習があったと聞いたことがあるが、自分の住んでいる村でこのような事がある何て信じられなかった。父親が言うには動物などの生け贄はあったが今回、村で初めて人間が要求されたのであった。



「そんなことが許されるの? ギルドに頼んで倒すことも・・・」


「それはできない」


「なんで!?」


「私が……説明する」


「ギャロンさん……」


ギャロンさんが言うには古くから村には守り神が居て、その加護のおかげでこの不毛な土地に豊かな恵みをもたらしており、加護がなくなればこの土地は瞬く間に寂れる事になるという。でもあたしは納得しない。なぜケイトなのか。不謹慎ではあるが同年代の子はたくさんいるのに・・・と。



「チェスカ! 口を慎みなさい!!」


「お父さん!」


「守り神がケイトちゃんを選んだんだ…… どうする事も出来なかった……」



その日の晩は領主から20万Jを提供された。

いつもよりきらびやかな食卓。生涯、見る事はないであろう豪華な食事だが、誰も手を付ける事が出来なかった。義母もうつむきブツブツと呟くしかなかった。最愛の娘が生け贄になるのだから当然だった。

ベッドに入っても未だこの現実を理解できず、神経が昂ぶり、眠れなかった。

どうすればいいのか? ギルドに頼むのも時間がないし、お金もない。自分が助けようにも魔法も使えない。悔しい……


(妹を守るって決めたのに……)


大きな声で泣きたいけどケイトを不安にさせてしまう。必死で声を押し殺しても涙が溢れ、頬をつたい、枕を濡らした。



(あたしは……無力だ)


「……お姉ちゃん」


「な、なに?」



あたしは涙を拭き、声を出しても、泣かないように精一杯取り繕いながら、ケイトの呼びかけに答える。



「お別れ……だね」



答えられない。未来のある子がこんなことになって、簡単に答えられる筈がなかった。

あたしは妹のベッドに行き、きつくギュッと抱きしめた。苦しいといわれても構わない。これが現実だなんて思いたくない。でも、あたしはどうする事も出来なかった。

ケイトはあたしの頭をそっと撫でた。



「わたし、お姉ちゃんと会えてよかった。お姉ちゃんの妹でよかったって思ってるよ」


「あたじぃは…… なんじもぉ……」


「お姉ちゃん、わたしの事たくさん助けてくれたじゃない」



「昔ね。わたしがミランダちゃんの友達に、いじめられたことがあったよね。 その時、たくさん話しを聴いてくれたのに、わたしったら、お姉ちゃんにひどい事言って遠ざけて……」


「ひどい事?」


「うん・・・ 魔法も使えないのにって言ったじゃない?」


「そんなこともあったね」


「でも、助けてくれた。 何度、倒れても立ちあがって、私の為に戦ってくれた… どうして、そこまでしてくれたの?」


「あたしとケイトは母親は違うけど、父親は同じだろ? だからさ、そのなんていうか姉妹じゃん」


「そうだけど……」


「お姉ちゃんが妹を守るって、当然じゃねーか」


「わたし、お姉ちゃんが、死んじゃうじゃないかって、怖かったんだから」


「あたしはそんなに軟じゃない」



こうは言っているが、痛いどころでは無かった。でも、自身が義母から受けていた仕打ちに比べれば我慢が出来た。付け加えるとするなら、試したかった。自分の力が相手にどれだけ通用するのかを…… 魔法が使えない自分がこれから生きていく。それには魔法に変わるものが必要だった。



「威力が低くたって、魔法に素手で立ち向かうってすごいことだよ」


「世の中には2種類のお姉ちゃんがいる。強いお姉ちゃんと素敵なお姉ちゃんだ 」


「あたしは両方だけどな」


「もぉ、お姉ちゃんったら」


「あの時のお姉ちゃんはね。 本で読んだ魔王を倒す勇者より、かっこよかったよ」



あたしのしたことは無駄じゃなかった。動機はすこし不純だけど確かに妹を助けることが出来たのだ。姉としてはとても満足だった。月明かりに照らされた微笑んだケイトの顔は

あたしにとって最高の報酬だ。



「最後は明らかにやりすぎだったけどね」


「そんなことない」


「いくらなんでも、上半身裸で磔にして親に突き出すのはどうかと思うよ」



その話でケイトとたくさん笑い、もう涙は出なかった。悲しみを忘れたわけじゃない。ケイトのおかげで、お互いの胸の中の悲しみを押し殺すことが出来たのだった。

それはもしかしたらお互いだったのかもしれない。



「ごめんね……ごめんね。ケイト」


「こればっかりはしょうがないよ。お姉ちゃん」



その夜は同じベッドで寝る事にした。小さい時以来だねと、あたしがくすくす笑う。お姉ちゃんはいつも子供扱いすると怒るがあたしにとっては、いつまでも妹だ。大切なこの世でたった一人の妹……

明日の夜にはケイトはいない。せめて、この子のぬくもりを胸に刻むことにしよう。ケイトにも伝わったのか、あたしの身体をギュッと抱きしめてきた。胸の中で小さく震え、微かな湿り気を感じ、ゆっくりと頭をなでる。せめてこの子が寝るまではこのままにしよう。つらい現実の中、月明かりが優しくあたしとケイトを包んだ。


「お姉ちゃん……」


「な、なんだよ」


「わたしが小さいときによく歌ってくれた歌を唄ってくれない」


ケイトの言う歌。それはどこの国にも存在しない歌。

あたしも聴いた事は無いけど、何故かそのメロディーと共に覚えていた。

昔、父親や継母の前で歌ったけど双方から『気味が悪いからやめろ』って言われた事を思い出す。

ケイトは気に入ったらしく、落ち込んだ時に、あたしに歌うことをせがんできた。



「これが…… 最後だから、わたしのお姉ちゃんの歌がとっても好きなの」


「わかった」


あたしは唄うことにした。名は分からないその歌は、ささやかな願いを歌い、その願いは星に、祝福される。そんな歌だった。唄い終える頃にはケイトがスヤスヤと寝息が耳をくすぐる。

あたしもそのまま目を閉じると眠ることにした。


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